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おはようの口づけをしよう

(あーあ……)


 そう思った時にはもう遅かった。


 彼女の唇に触れ、夢中で彼女の存在を確かめようとさえした。


 柔らかな熱を感じるたび心がじわじわと温かくなり、この世で一番幸せな瞬間だと思った。


 軽く、軽く触れるだけ!触れるだけだと何度も脳内で言い聞かせるも、理性が吹っ飛びそうになるほど目の前の存在は愛おしい。


 一生このままでいいと願いながら、わずかに離れた唇は何度も何度も彼女を探してしまい、彼女をびくっと飛び上がらせた。


「ジャド……ル……」


 息とともに漏れた声にはっとする。


 幾度目かの熱を堪能しながら、ゆっくりと遠くにいた自分自身が体内に戻ってきた気がした。


「あっ……」


 やりすぎた……そう思ったのは、潤んだ瞳で頬を染めた彼女が肩で息をしているのを目にしてしまったからだ。


 俺の胸元に添えられていた彼女の指先がプルプル震えていた。


「フローラ……」


 か、可愛すぎる……じゃなくて、衝動に負けてしまったことに申し訳なさを感じながら彼女の唇にそっと指を添える。


「ごめんなさい……」


 親指で拭うと、薄く塗られた桃色の唇から軽く吐息が漏れ、またおかしくなりそうなのをぐっとこらえた俺を褒めて欲しい。


「あなたが魅力的すぎて、抑えられなくなりました」


「胸がドキドキしてぎゅっとなって苦しいです」


「……そ、そんなこと可愛い顔で言わないでください」


 おずおずと言い出すものの攻撃力の高い無自覚な言葉はいつも俺を狂わせる。


 この気持ちが恋以外の何になるというのか。疑う余地すらない。


「背に刻まれた刻印に背いて、あなたを俺のところに閉じ込めたくなります」


 頼むからちゃんと仕事をしてくれ、刻印よ……と嘆きたくなる。


「それでいて、あなたのすべてに触れたい」


「……ジャドールなら大丈夫です」


「………」


「あなたが、大好きですから」


「……理性を試されているんですね」


 やめてくださいと、真っ赤になりながら必死に抵抗する普段の彼女の姿が脳裏に浮かんだ。


 その姿を見ていると、ああ……可愛いなぁといつも幸福感で満たされた。


「魔女様……」


「さっきまで名前で呼んでくれたのに」


「……えっ、そんなこと言っちゃいます?」


「べ、別に……あなたが呼びやすいのなら……魔女様、でいいです」


 どこまで可愛さを爆発させてくるのか、頬をぷっと膨らませてくるその姿はもはや俺をどうしたいのだと問いたいくらい魅力的な誘惑は止まらない。


「よ、呼ばせていただきますよ! ……フローラ」


 とろけるような笑顔に胸がぎゅっとなる。


 少しずつ少しずつ。


 申し訳ないと思う気持ちに。


「あなたは、こんな気持ちでいたのですね」


「えっ?」


「フローラ、あなたは今、ほんの少しいつものあなたよりも熱を秘めています。だから、やっぱり、これを飲んでほしいんです」


 解毒薬を見せると、それまではにかんでいた彼女が眉を寄せる。


「俺にはちょっと、これが正しいものかわからないのであなたが危険物だと判断するのであれば飲まないでいただきたいですが、もしこれが本物の解毒薬であれば元のあなたに戻って、冷静な判断で俺を見てほしいと思います」


「み、見てますよ……」


「戻ってもまだ、気持ちが変わらなければ好きだと言ってください」


「あなたを好きだと言えないわたしに……戻りたくないです……」


「えっ、いや、言ってくれないのも困りますけど……」


 不安げな彼女をそっと抱き寄せる。


「目覚めてすぐ、好きだと思えなくても、どれだけ年月をかけようとあなたはいずれ俺を好きだと言う。そうさせてみせますから」


「ジャドールのことが好きなのに」


 彼女の腕が回される。


「本当に、本当に本当に大好きなのに」


 どうしてわかってくれないの?と頬を擦り寄せられる。


「約束しましょう。次目覚めたとき、あなたにおはようの口づけをします。俺の大好きな気持ちです。それは変わりませんから」


「ほ、本当に?」


「もちろんですよ! いくらでも」 


 術の力とは恐ろしいなと改めて思いながら、笑いかけると彼女は戸惑った様子を見せながらも小さな小瓶の蓋を開ける。


「絶対飲んでも好きなままなのに」


「俺の方がもっともっと好きですよ」


「……ジャドールはいつもそればかり」


「本当のことですから」


 笑いかけると、彼女は一気にそれを飲み干し、ぐったり力をなくして再び俺の胸に倒れ込んだ。


 ごめんなさい、と告げるも彼女にはもう聞こえていなかった。

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