表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/108

騎士では魔女は救えない

「大丈夫か? ジャドール……」


 第三王子が騎士たちを率いて颯爽と現れたのが目に入った。


「俺は大丈夫です。一体……なにが?」


 室内にいたと思ったら突然外にいて、いつの間にか現れた兵士たちにも驚かされた。


「おまえの生気が奪われてしまったんだ。そのため、フローラがおまえを異空間に避難させた。そこにどうやってこの者が侵入したかはわからないが、な」


 取り押さえられた男を見て、第三王子が今まで見たことのないような凍りついたような視線を向けていた。


 対照的に男は不気味なほどにおとなしく、身動きひとつせずにただただ静かに捕らえられている。


「あいつは、わが国に仕える魔術師です。この不始末はしっかりつけさせていただきます。貴殿らに危害を加えてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」


 あたり一帯を囲む兵たちをまとめ、ひとりの男がこちらに向かって頭を下げた。


 濃いブラウンの髪の毛がさらっと揺れる。


 第三王子と同じくらいの年頃で、ずいぶんと堂々とした姿を見るに、この国の王子だろうか。


「頭を上げてください。狙われたのは、こちらにも落ち度はあります」


「詳しいことはあとで。……えっと」


 連れて行け、と合図をしたあと、彼はこちらに向き直る。


「改めまして、ロスターニア国第一王子、フィリップです」


「彼らはわたしの護衛のジャドールと魔女のフローラです」


 俺が答えるよりも先に、第三王子が柔らかく答えた。


 心なしかこちらをかばうようにすっと前に出てくれたようにも思えた。


 そのときだった。


「アベンジャールの王子!」


 前の方から声がした。


「俺たちはおまえを許さない」


 囚われた男が怒鳴り声を上げていた。


「フローラは俺たちの希望だったんだ。絶対に……絶対に許さない……」


「黙って歩け……」


 背を向けて引かれる彼の顔は見えない。


 それでも、その声に彼の思いは詰まっているように思えた。


 彼と対峙をしたとき、背中がとても痛んだ。


 俺が反撃をするのを拒むように。


 王宮の魔女が与えた、刻印が痛むときは彼女の気持ちと共鳴していた。


『攻撃しないで……』


 そう言われているようだった。


「わたしはフローラの幸せを願っている」


 第三王子が声を上げた。


 低く、落ち着いた声だった。


「確かに、我々アベンジャールの王族のせいでフローラにはつらい想いをさせてしまった。それでもわたしは……」


 彼が、そんな顔をする必要はないのに、第三王子は表情を曇らせた。


「信じられるか! 王宮の魔女には恩義があるくせに、その孫娘のフローラの幸せを奪い、未来を奪った。おまえたちに……」


「彼は関係ない。悪いのは、すべてわたしだ」


 深呼吸をして、立ち上がる。


 抱えたフローラを起こさないよう意識して、ゆっくり口を開く。


「攻撃をするならわたしが受けて立つ」


「は? 女ひとり守れない騎士になんて用はない」


 なおも声を荒げる彼の周りは地面が揺れ、彼を押さえつけていた兵士がひとり、またひとりとうめき声をあげて跪いていく。


「彼女を頼みます」


「ジャ、ジャドール……」


 そっと大切な彼女を手放したとき、第三王子は俺の表情を見て、眉を寄せた。


「おまえ……」


「あなたにばかり、つらい思いをさせ、申し訳ございませんでした」


 いつかの彼は言っていた。


『わかっているんだろう。彼女を救えるのは騎士の君じゃない』と。


 そのとおりだ。


 そのとおりだった。


 いち騎士には、できることが限られていた。


 逃げてばかりいて、ずっと責任を放棄し続けてきた。


 叶うならこれからもそのつもりでいた。


 そのままでありたかった。


 嫌だった。


 本当は、もう戻りたくなかった。


 考えるだけで自分が嫌になるのだ。


 今のままで、彼女を笑わせたかった。


 もう……あの日を思い出したくなかった。


「彼女を……」


 だけど、


「フローラを頼みます」


 この美しい人を守れないのなら俺の存在意義はない。


 ひとりだけ逃げるわけには行かなかった。


 彼女が大切ならば、向き合わなければならない時が来たのだ。


 第三王子に背を向け、腰元に下げた剣を抜く。


「逃げも隠れもしない」


 心がふわふわとしていて、追いついていない。


 まるで自分の体じゃないみたいだ。


 それでも目の前で構えた男に告げていた。


「わたしが、彼女の未来を奪ったアベンシャール国第五王子、スチュアート・アベンシャールだ」


 逃げられないんだ。


 この事実からは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ