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孤高の魔女

「ふ、フローラ!」


 ま、間に合わなかった。


 思わず出た自身の大声と、目の前で呆然とした状態でびしょ濡れになった両手を眺める彼女の姿が目に入った。


「フローラ、だい……」


「さ、さわらないで!」


「えっ……」


「さわらないで……ください……」


 さっと俺から身を離し、ぐらっと体勢を崩した彼女はその場に座り込むもその視線はメイドを捕らえたままだった。


「フローラ……」


 こんな一大事だと言うのに、俺は体を起こしていることが精一杯だった。


 まるで力を抜き取られたように動けない。


「ジャドール、大丈夫ですよ。たまにはわたしに任せてください」


 歯を食いしばった彼女はこちらを向かない。


 動けない自分が死ぬほどつらく、握った拳が砕けるのではないかと思ったほどだった。


「へぇ、さすがにわかったんだ?」


 ははっと、声を上げて笑うその顔はだんだん女性のものから男性のものへと変化を遂げていく。


 まるで最初からこの顔を見ていたかのような、錯覚をした気分になってしまう。


「この忌々しい香りを、忘れたことはないわ」


 滴る水滴を腕で拭い、彼女は立ち上がった。


「だから、わたしにも効かないわ。何度も何度もこの香りを打ち破ろうと考えていたから」


「すごいや! さすが、最強の魔女の孫娘と言われただけのことはあるね。あーあ、残念だなぁ」


 本当に思っているのか疑わしいほど軽やかな口ぶりで男は両手を広げるジェスチャーをした。


「でも、早く俺のことを好きになってほしいんだよ」


 あろうことか、そんな戯言までつぶやき出したのだ。


「なっ、ふざけ……」


「甘く見ないで」


 ふざけるな、と声を上げようとする隣で先に声を上げた彼女が今まで聞いたことのない声を大声で怒鳴ったため、驚いてそちらに目を奪われた。


「わたしを操れるのはこの世でたったひとりだけ」


 言うなり、彼女は両手を突き上げる。


 息をのんだ。


 もともと彼女は俺の中で誇り高き女神であり、こんなに美しくて愛らしいと思える存在は見たことがない。


 それでも、彼女はこんなにも強く精悍な人だっただろうか。


 誰も寄せ付けることのない、そんな圧倒的な存在感を全身で感じさせられた。


 迷いのないあまりにも崇高な光景だったため、不覚にもその様子を見入ってしまった。


「理解ができないよ。あの王子は、君から未来を奪ったのに、それでも助けたいと思うの?」


 男の顔が、ほんの少し切なげに揺らいで見えた。


「奪われていないわ。得られるものしかなかった。わたしはもう、前を向いているわ」


 彼女が次に上げた手を下げたとき、一気に世界が一変し、透き通るように白かった世界が夜の闇に変わった。


「捕らえよ!」


 凛とした声が響き、 いつの間にかあたり一片を囲んだ兵士たちが一気に男に飛びかかったのだった。


 ふっと体が軽くなり、身を起こしたと同じタイミングでガクッと崩れ落ちた彼女が俺の腕の中で気を失ったところだった。


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