絶体絶命
「ジャドール様、目覚められたようで何よりです。フローラ様、ユリシス様がお呼びです。あとはわたくしにお任せください」
柔らかそうな栗色の髪を肩もとで揺らし、メイドは淡々と述べたあとで笑みを浮かべた。
「し、心配なので、も、もう少し、ジャドールといたいです」
「ええっ?」
俺の手をぎゅっと握り、言い切った彼女にまだ夢の中を彷徨っているのかと耳を疑った。しかし、ただごとでないのはすぐにわかった。
「ユリシス様に……そうお伝え下さい……」
彼女の表情に余裕が残されていなかったからだ。
「王子様からのご命令です」
「でしたら、彼の部下が必ずきてくれるはずです。大丈夫です。すぐに行きますから……」
その顔は張り詰めていて、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりだ。
「……あなたは演技がお下手ですね」
メイドは笑った。
不気味なほどに目を細めて。
「気づいたことは褒めてあげます。でも、そうやって顔に出したら台無しですよ」
はっと息を呑んだ彼女が俺の前に出たのがわかった。
「魔女様、下がっていてください」
さすがにいつまでも倒れてはいられない。
思ったよりも自由のきかない体に苛立ちを覚えつつも、体を起こす。
「ダメです。あなたは、あの者の魔法陣の中にいたんです。力がほとんど吸い取られた状況では敵いません。そ、それにここは……」
背を向けたままの彼女がそっと告げてくる。
言葉を切ったのは、目の前のメイドがくくっと小さく笑ったからだ。
さらに警戒を深めた彼女は細い両手は俺を隠すように広げられた。
不利なのは十分承知の上だ。
きっと第三王子のことだから、ここにもそれなりの警護はつけていてくれたはずだ。
それでも、こうして難なくこの場所に来たこの人物はただ者ではないのだろう。
現に、魔法陣を作るだなんて、間違いなくそれなりに経験を詰んだ魔力を持つものである。
「……甘く見ないでください。大切な人を守れなくて、なにが騎士ですか」
彼女の肩に手を置いたところで、視界がバチン……という音を立てて二重に見えた。
「……っ」
「ジャドール!」
「大丈夫です。ちょっとくらっとしただけです」
彼女のいうことは確かのようだ。
俺が歯を食いしばるたび、メイドの口元が楽しそうに緩む。
「天下の騎士様も大したことないのですね」
言われたとおりだ。
一体、何のために強くなった?
情けなさしかなく、自分で自分を嘆きたくなる。
でも、ここで動かないわけには行かない。
「わたし……いや、俺はおまえのために来たんだよ、フローラ」
「えっ……」
そう言うなり、メイドは水差しに入ったその水を躊躇なく彼女にかけたのだった。




