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【ひと休み編】〜当たり前の幸せ〜

「やりすぎたかな」


 騎士としては完璧だった。


 突然、王子付きの優れた騎士たちに混ざり、このあと護衛をすることになったにも関わらず、彼は動じることなくすぐにその守備の陣営に加わった。


 彼は頭脳派で、どんな困難な場面でも瞬時に判断できる能力に長けていると言われていた。


 わずか十四という若さで隊長に上り詰め、様々な騎士から一目を置かれていたアベンシャールの近衛騎士・第二部隊隊長の姿がそこにあった。


 さすがの第三王子も認めざるを得なかった。


「あと一言でも何かを言えば、わたしも噛みつかれてしまいそうだ」


 言葉とは裏腹にその背中を見つめ、第三王子は嬉しそうに口角を上げた。


「ユリシス様の前では、見たことない顔ばかり見せてくれるので、こんなことを言ってはなんですが、とても新鮮で楽しいです」


 フローラも逞しいその背から視線を外すことなく頬を緩める。


 今、どんな刺客が現れても一撃でしとめられるだろうと本人さえ思うくらい内心怒り狂っている騎士の姿をほのぼのと眺めるふたりの様子はさらに彼を苛立たせたが、その声は聞こえないため、騎士は爆発寸前だった。


「ジャドールはユリシス様の前では年相応の男の子に見えます」


 ふふっ、フローラは笑った。


「わたしの前では、いつも余裕綽々で完璧で、とっても大人びて見えるから」


「フローラのこの愛らしい笑顔が自身の話だと思っていないんだろうね。ああ、こちらをすごい顔で見ているよ」


「ユリシス様のことはとても尊敬していて、彼にはどう頑張っても逆らえないのだと言っていました」


「ほう」


 興味深そうに片眉を上げる第三王子に言ってよかったものかと一瞬戸惑いながら、フローラは大切な騎士に視線を戻す。


 ぽつりと彼が漏らしたことがあった。


 きっと彼は覚えていないかもしれない。


 夕食後、フローラが薬草を調合しているといつの間にか当たり前のように隣にいるようになった彼がぼんやりフローラを眺めながら口にしたことがある。


「ジャドールを自由にしたいんです」


「君から、ということかな?」


「そうです。無意識にわたしは、彼が離れていかないように術をかけているのだろうと特に最近は確信しています。彼は警戒心が強いのか、なかなか隙を与えてくれませんが、ほんの一瞬でも機会があるのなら、彼にかけてしまった呪いを解きます」


「……ジャドールが聞いたら泣くだろうね」


 フローラが真剣だからこそ、第三王子は彼女に聞こえるか聞こえないかの声で呟くしかなかった。


「隙を与えないうちは、フローラも彼のことを大切にしてやってほしい」


「え?」


「あの騎士は、十二歳で親元を離れて騎士を目指した。欲しいものを欲しいと言わず、ただひたすらつらい修行に耐え続けたと聞いている」


 そして、彼は今でも背中に刻まれた刻印にずっと支配され続けている。


「初めてなんだよ。彼が何かのために怒ったり笑ったり。君の言ったとおり、年相応の男の子のように見えるのは」


「で、でもわたし……」


「あとで彼との時間をちゃんと作るから。彼に意地悪をしていると思わないでくれ」


 背の高くてキラキラした、物語に出てきそうな王子様は最高の笑みをフローラに向けた。


「感謝しています」


 だから彼女は頭を下げた。


「夕日がきれいだと教えてくれる人がいる。一緒に眺めて、時が止まればいいなと思える人がいる。他愛もない会話で笑ったり泣いたり」


 魔女様……と彼は呼ぶ。


 作業をする姿をじっと眺めては、魔女様は何でもできるのですね、と優しく瞳を細めてくれる。


「共にいる時間が当たり前になりました。そばにいて心地よい。そんな方との時間を再び、わたしに与えてくださって、感謝しています」


「……フローラ」


「はい」


「幸せなんだね」


「……はい。とても」


 泣きそうな顔で、魔女と呼ばれる少女は笑った。


「いつか……本当の彼に出会えたら、わたしから想いを伝えます」


 きっと無理だと思いますけど、とほてった両頬を隠すように覆った彼女の頭を優しい瞳で第三王子が撫でる。


 その様子を殺気立った騎士が世界の終わりを予感させるほどの狂気を振りまいて見ていたことをふたりは知らない。



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