ざわめく心と舞踏会
「ユリシス様、フローラ様の準備が整いました」
「わかった。行こう」
第三王子に仕える側近が頭を下げ、彼は襟元を整える。
「フローラに何かしたら、あなたが第三王子とはいえ、絶対に許しませんからね」
もはや何百回目になるかわからない言葉を繰り返す。
騎士として待機をする俺とは別に、彼女には専属の魔女として舞踏会まで付き添わせるそうだ。
そんなの聞いていないし、聞いていたら絶対にここまでくることはなかった。
彼女が頑張りたいと言わなければ今すぐにだって引き返したいくらいだ。
「おお、怖い怖い。心の狭い男は嫌われるぞ、ジャドール」
「フローラが他の男の隣を歩くと思うと腸が煮えくり返る想いです」
「アベンシャールの末王子が現れたら、わたしもおまえも眼中にはなくなるだろうさ」
「………」
「あの男は、来ないだろうけどな」
俺が言葉を失ったことに満足をしたのか、第三王子は得意げな表情で、側近が開ける扉を通り、案内されるがまま彼女のいる部屋に足を進めた。
もちろん俺もあとに続いたけど、非常に面白くなかった。
日の光が差し込む扉の向こうを見て、第三王子が驚いたように静止し、次の瞬間大げさに絶賛したときも、なぜ自分が一番に見られないのだともやもやでいっぱいになった。
あの向こうには着飾った彼女がいる。
頬を緩めた第三王子が中の様子を物語っていた。
堂々と手を取ることが敵わない自分自身が悔しかった。
「ジャドール、早く来い」
ふてくされた俺に、第三王子は苦笑しながらその立ち位置を譲ってくれようとする。
なんだよ、と室内が見渡せる場所に立ち、言葉を失った。
「ジャドール……」
長い黒髪は高い位置にまとめられ、銀色のリボンが編み込まれるように巻かれていた。
ドレスは黒基調で、ほっそりとした彼女のボディラインがよくわかるデザインで、両肩を出した彼女の白い肌に目を奪われた。
「なっ! 肌を見せすぎです!」
いつもローブを羽織ってなんならフードまでかぶっていた彼女の露出を見逃するわけがなかった。
「こんな姿で人前に出るなんて、いけませんっ!」
「何を言っている。これが今最も流行っているご令嬢のスタイルだそうだ。王都から離れて経つとはいえ、おまえだって見たことはあるだろう」
恥をかくのは彼女なのだと言われてしまえば黙るしかない。でも……
「……似合いませんか?」
ほんのり化粧を施された彼女に上目遣いで尋ねられたらもう降参である。
「女神かと思いました。この世で一番美しいです」
「……そ、それは言いすぎですけど」
「俺が隣に並べない時にそんなに魅力を見せつけられると泣きたくなります」
「……もう」
彼女の頬に触れると、ほんのり赤くなったそれを緩め、彼女は笑った。
「はいはいはいはい。お邪魔をして申し訳ないけど、そろそろ出発してもいいかな」
割って入ってきた第三王子のおかげで現実に引き戻される。
「空気が読めないお方ですね」
呟くと、ジャドール!と彼女に叱られた。
そんな表情すら可愛くて困る。
では、まいりましょうか、と彼女に手を差し伸べる第三王子の姿はやっぱり面白くない。
もともとまさに物語に描かれる王子様という印象で、周りの視線を一気に集めてしまうほどキラキラした人だけど、それだけに彼女と並んだ姿を見るなんて我慢ならなかった。
「ジャドール」
彼女を先に馬車にエスコートし、彼は振り返る。
「……なんでしょうか」
ついつい不機嫌な口調になってしまう。
「はは、困ったやつだな。途中でおまえにも少しチャンスをやるから、そう不貞腐れるな。しかしな……」
そう言って、彼は笑みを消した。
「舞踏会には、ヴィオラ嬢も招待されていると聞いている」
「え……」
「彼女の母親はこの国の王妃の妹にあたるからな」
「……そう、ですか」
明るい金色の巻き毛を大きなリボンで結った少女の姿が脳裏をよぎる。
「くれぐれも失礼のないよう過ごすように」
「……はい」
胸がザワッとしたのは、思い出すのは彼女の泣き顔が浮かんだからだ。
「末王子はここには来ていない。だからこそ、うまくやれよ」
第三王子の声が遠くに聞こえた。
俺は彼女のことをよく知らない。
わかっているのは、彼女がかつて、アベンシャールの末王子の婚約者候補だったということだ。




