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隣国、ロスターニア

「ほんの数ヶ月の月日が経っただけだというのに、フローラがずいぶん変わって見えるのは、君のせいかい? ジャドール……」


 隣国、ロスターニア近郊。


 かつてこの地に留学をしていたアベンシャール国第三王子に与えられた領地内に滞在し、招かれた催しの準備をしているところだった。


「フローラに、何をした?」


「な、何も……ってわけじゃないけど、あなたが思っているようなことはなにもしていない! ほ、本当だ!」


 笑顔とは裏腹に胸ぐらを掴まれ、目には見えない圧をかけられる。


「できるものなら今すぐにでも俺のしたい……でも、無理なんだ……」


 無理なんだよ。


 誰の目にも触れさせないよう俺だけが大切に大切にしたくても、そうはいかないんだ。


「死ぬ覚悟はできているのか、ジャドール……」


「あのお方に触れて死ねるのなら本望ですよ」


「おまえはもっと、賢い男だと思っていた」


 思いっきり力任せに振り払われ、バランスを崩しかけて改めて苦言する。


「毎日毎日、あんなにも忍耐を鍛えられて何もしていないんだから褒めて欲しいくらいですよ」


「黙れ、何かしていたら即刻おまえを吊るし上げる」


 そう言ってのけると、ふぅと息を吐き、第三王子は腕を組んで脱力したように壁にもたれかかる。


「だが、おまえも普通の人間のようで安心したよ、ジャドール」


「……俺をなんだと思っていたんですか」


「感情のない戦闘機と相違はなかった」


「ひどいお言葉ですね」


 しばらく彼の護衛の騎士として、魔女である彼女と一緒に彼のもとで行動を共にしていた。


 もともと第三王子が滞在していた場所ということもあり、アベンシャールの一行には友好的だったロスターニアの国民だったが油断はできない。


 俺が守るべきは第一に彼女であることは間違いないが、彼女の希望もあり、ここへやってきたのだった。


「フローラを城に戻したいという意見が出始めている」


「……でしょうね」


「おまえがうまくやっているようだが、時間の問題だと思っている」


 彼女が本気で魔女として活動を始めたのは、夏の頃のことだ。


 王家から来た依頼も完璧にこなし、彼女の功績は次第に王宮内の良き評価にも繋がり、彼女の印象もどんどん変わっているらしい。


 王宮の魔女を凌ぐ魔女。


 かつてそれがフローラという名の魔女につけられた二つ名だった。


 何枚握りつぶしても城からの要請は増えるばかりで俺も頭が痛い日々を過ごしていた。


「実際のところ、我らが末王子はすでに彼女を許している。というよりも、末王子自身が声を大にして彼女のせいではなかったと主張をしているくらいだ。フローラはあの森でずっと監視下におかれる必要がなくなる」


「……フローラが、出たいというのなら自由にしたいと思っています」


「おまえが言わせていない、の間違いではないのか? ジャドール……」


「そんなこと……ないとは言い難いですが、俺の幸せはあの方そのものです。王家だろうと農村部だろうと何もない僻地だろうと地獄へだって構わない。フローラが行く場所ならば喜んでついていく」


「……父上が泣くぞ」


 言ったとおりだ。


 突然魔女らしく、どんどん成長を始めた彼女の心理はわからない。


 ただ、その背中を見ていたら、彼女の努力を否定することなんてできるわけがない。


 彼女が王宮に戻りたいためにそうなったのだとしたらもちろん反対はしない。


 いつでも俺は、彼女の一番の理解者でありたいと思っている。

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