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【ひと休み編】〜囚われの騎士は魔女に恋をする〜

「なっ……」


 夕食のあと、リタに言われたとおり、彼の背を見せてもらうことになった。


 男性の背中なんて見たことがなかったからとても緊張したけど、そんな浮かれた気持ちはすぐに吹き飛んだ。


「あ……あの、ま、満足したなら、も、もういいでしょうか」


 ソファーのクッションに顔を埋めたジャドールが珍しく弱々しい声を出したが、わたしの耳には届いていなかった。


 そっと触れるとじんわり熱い。


「う、うわっ、魔女様っ!」


「い、痛いですか?」


「い、痛くないですけど、い、いろんな意味で大変微笑ましくないです!」


 顔を上げることなく、ジャドールは悲痛の声を上げる。


 触れた先の彼の背には肩の部分を覆うような大きな刻印が刻まれていた。


 彼の肌に似つかわしくない痛々しい傷跡だ。


「ああ、なんてこと……」


 気づいたら目頭がじわっと熱くなって、ボタボタと涙が頬を伝っていた。


 わたしになんて出会わなければ、この人はこんな傷を背負うことなんてない立場の人だったのに。


「ご、ごめんな……さい……ごめ……」


 彼の背に寄りかかり、傷跡をさする。


 なにも、なにも知らなかった。


 もちろん、彼だけではない。


 今までの騎士にも申し訳ない思いでいっぱいではあるが、彼がここへやってきたのは十五歳になったばかりという年齢だった。


 そんな彼が、この傷を背負うことでどのくらいの負担を受けたことか。


 想像しただけでも気が遠くなりそうだった。


 彼の背に唇を当てる。


「ちょっ! フローラ! ダメだ!」


「きゃっ!」


 いきなり振り返ったジャドールに勢いよくに両肩を掴まれ、押し戻される。


「ぜっ、絶対……だ、ダメだ……」


「ど、どうし……て……」


 わたしならできる。


「どうして拒むんですか……」


 わたしなら、魔女のわたしなら、彼に刻まれた刻印を解いてあげることができるのだ。


「い、今は絶対に、絶対にダメです!」


「……うっ、うわぁぁぁあ」


「ふ、フローラ……」


 あたあたする彼の前で思わず声を上げて泣いてしまう。


「いっ……いつもは……口づけしたいって……言ってたくせに……」


「し、したい! したいですよ!」


「じゃ……じゃあ……どうして……」


「し、したいけど、今は絶対ダメなんです……」


「ジャドールのうそつきぃぃぃ!」


「ちょっ……」


 絶対ダメだと連呼する彼はもう背中は見せないと言わんばかりにさっとシャツを羽織ってみせた。


 そんな姿に、わたしは情けなくて虚しくて、感情が迷子になってしまってまた涙が止まらなくなる。


「わたしなら……わたしなら解けるのに……」


「いっ、今は絶対に解いちゃダメなんです!」


「ど、どうして……どうしてですかっ……」


 自分が嫌いになる。


 大嫌いだ。


 大切な人を傷つけてばかり。


 なにもしてあげることはできない。


「……魔女様、好きですよ」


 そう言って、ジャドールはそっと抱きしめてくれる。


「あなたが好きです」


「もう……聞きません……あなたの言葉なんて……聞きません……」


 いやだいやだと頭を振るも、彼は離してくれそうにない。


 弱ったな……などと漏らしたのを聞き漏らさなかったのだ。


「離してください……ジャドール……はなしっ……」


「好きです」


「信じない! はな……」


「あなたが大好きだからですよっ!」


「……っ」


 今までに聞いたことのない大きな声を出した彼に思わず息をのんだ。


「この術式がなくなったら、俺は間違いなくあなたを傷つけます」


「……わたしがこんな目にあわせたんです。傷つけたっていい」


「ダメです! 絶対にダメです!」 


「ゔゔっ……」


「……わかってください、魔女様」


 わたしの肩に顔を埋め、彼は切なげな声を漏らす。


「俺を、もう少しあなたの側にいさせてください。お願いします」


 わたしはもう、なにも言えない。


「この世にたったひとつ、あなたの騎士である証です。俺の誇りなんです。十五なったとき、とても嬉しかった」


「……こんな傷をつけられて嬉しいなんて……あ、悪趣味です」


 すすってもすすっても鼻水は出てくるし、涙だって止まりそうにない。


「なんとでも言ってください。でも、あなたを好きな気持ちだけは譲れない」


「どさくさに紛れて何を言ってるんですか……そういう問題ではないでしょう」


「あなたが好きなんです」


「もうっ……」


 いっつもそれしか言わない。


 何があっても好きだ好きだと繰り返す。


 まるで、その感情に支配されているように。


 そうこう思っているうちに、珍しく彼はそっとわたしから手を離す。


「ジャドール……?」


「背中はダメですが、他なら喜んで口づけます」


「なっ、何言っているんですか!」


「したくないなんて、思われていたのは心外です」


「し、知りません! きゃっ!」


 今度はわたしが動揺する番だ。


 耳から頬にかけて唇を押し当てられ、くらくらする。


「魔女様……大好きです……」


 こうしてまた、何もかもうやむやにされてしまうのだ。


 わたしの気持ちも、何もかも。


 この人は、本当にずるい。


 本当にずるいのだ。


「……てやるから」


「えっ?」


「なんでもないですっ!」


 何度も何度も勝手に口づけて、目が合えば子供のように笑う彼に誓う。


 わたしは、あなたにかけた呪いを解きます!と。


 だって、わたしは……あなたが大好きだから。

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