魔女の住んでいた街
「ふ、不潔だわ!」
「ま、魔女様?」
真っ赤になって両手で顔を隠す彼女に、自身が半裸でなおかつ妖艶な美女に手を添えられていることを思い出し、絶句する。
「ご、誤解です! ま、魔女様……こ、このお方は……」
言いかけて、なんと紹介すべきか言葉に困り、続く言葉が見つからない。
この人はあなたの母親なのだと俺が言うわけにいかない。それでも……
「わたしだ、フローラ」
次に聞こえたのは低い男の声で、気づくとそこには一匹の猫が立っていた。
「え! どうして!」
「不潔なのはおまえだ。白昼堂々と男に接吻をねだるとは、なにごとだ!」
「なっ……み、見ていたの!?」
「そうですよ! 魔女さま! あとで必ず続きをしますからね! あんなの接吻のうちに入りませんから!」
「あ、あなたは服を着てください!」
耳まで赤くしてきゃーきゃーと騒ぐ彼女はいつもどおりでほっとする。
「会いたかったのよ! 今までどこにいたの? 平気なの?」
言われたとおり、いそいそをシャツをきていると黒猫のもとに乗り出す彼女の姿があった。
「平気だし、この通り元気にしている。おまえこそ、楽しそうで安心した。会えるのはもう少し先だと思っていたが……」
「会いたかったのよ。教えてほしいこともたくさんある」
彼女が年頃の女の子のような話し方をしているのが新鮮で思わず見入ってしまう。
そう思うと俺にはまだ距離があるのか。
「フローラ、まずはこの優男を紹介してくれ」
わざとらしく瞳を細め、黒猫は前足でこちらを指す。
「ええ、そうね」
そういえば、こうして三人で顔を合わすのは初めてである。いささか複雑ではあるが彼女がどう紹介してくれるか楽しみでもあった。
「ジャドール、この方は黒猫のリタさん。話したでしょう? わたしがあの森に来てからずっとお世話になっているのよ」
どうやらリタとは偽名のようだ。
「リタ、こちらはジャドールよ。新しい騎士様よ」
心なしか明るい声で俺を指して笑う。
今まで見たこともないくらい生き生きとした笑みを浮かべている。
「ほう。相当心を許しているようだな、フローラ。彼はおまえの恋人なのか?」
「ち、違うわ!」
勢いよく否定されてがっくりもしたくなるが、彼女がいつもと違って見えて目が離せない。
「恋人でもない男にデレデレとしているのか、おまえは……」
「ちっ、違うの……あ、あれは……」
「まぁいい。説教はあとだ。用件を聞こう。ジャドール殿、外せるか?」
「……もちろんです」
魔女と魔女の会話なのだろう。
彼女の側なら危害を加えられる心配もなさそうだし、お呼びでない俺はひとりもと来た道を通り、店外に出ることとなった。
明らかに入ったときより中が広く感じられたのは、魔女様の力の影響なのかもしれないなどとふと思いつつ、外のベンチに腰掛ける。
夏場なのに、不思議とここは暑くない。
木陰だとなおさらカラッとした空気が流れ、さわやかな風が肌に触れる。
この地は昔、何人か魔女様たちが住んでいたと言っていた。
それでも今はいない。
王族が捉え、自らの利益のため彼女たちの自由を奪ったのだろうと推測できた。
だからこそ、勘違いとはいえ、先ほど襲われたのだろう。
俺の身なりは、前の王によく似ていると言われていた。
笑わなかったらそっくりで、戦い方も考え方も、驚くほどよく似ていると騎士の先輩たちからも言われたことが何度もあった。
『氷の王』と呼ばれた男だ。
だが、あいにく俺ひとりの力では何もできないただの騎士だ。
本当に笑えるくらい無力である。
「まだ何か用があれば、出てきてもらえますか? 可能なら、お話ができたら幸いです」
声を上げてみると、ざわっと周りの木々が揺れる。
俺は俺で戦う気はないのだと証明するため、両手を挙げてみせた。




