王宮の魔女の娘、再び
「何の真似だ、小僧……」
「いえ、フローラがあなたを探しているようでしたので、いらっしゃるならお会いできたらと思ったまでです」
店内の奥深くに続く廊下を歩いて案内された室内で力をなくした彼女をソファーに横たえ、その寝顔に思わず笑みが漏れた。
「先日は、お世話になりました」
「は?」
そこにいたのはすでに黒猫ではなく、妖艶な美女が当たり前と言わんばかりにその場で威嚇するような目つきで立っていた。
「ドラゴンの件です。あなたが先手を打って結界を張ってくれていたのでしょう。おかげで被害は最小限に抑えられ、助かりました」
「何でもお見通しとでも言いたいのか」
「いえ、フローラが祖母と同じくらいの力を感じると言っていたので気が付きました」
「そうか。不思議なものだな」
彼女を眺め、王宮の魔女の娘は何とも言えない表情を見せた。
「なぜここにいるとわかったんだ?」
「さぁ……でも会えました」
「相変わらず胡散臭い男だ」
散々な言われようにこちらも苦笑するしかないが、同じようにこの場所を指定した彼女にも驚かされた。
「ここは、わたしたち魔女の一族が住んでいたところさ」
「え?」
「みんなそれぞれの運命によりもはやここには誰ひとりとして一族は残っていないし、この娘も知らないはずだが……」
「そうだったんですか」
そっと彼女の髪に触れる。
すべてを知った風でいて、まだまだ知らないことばかりだ。
もっともっと彼女に近づきたいと思うのはわがままなのだろうか。
「それにしてもおまえ……この娘が人間慣れしていないことをいいことにやりたい放題すぎる。いい加減にしろ」
「やりたい放題? 聞き捨てなりませんね」
自覚はあるが、日頃から見ていない人に言われたくない。
「その甘い顔で好きだ好きだといえばフローラは言い返せないのをわかっていてやっているだろ」
「好きな人に好きと伝えて何が悪いんですか? 可能性があるのなら、プライドだって捨てます」
「うー、最悪だ!」
確かに、最近は自分でもやりすぎていると薄々気づいてはいるが、彼女も負けじと可愛い反応で応戦してくるのが悪い。
「本当にババアの術は効いているんだろうな?」
「そうですね。俺も最近、理性が飛びそうなことが多くて心配しているところではあります」
見せてみろ、というのでシャツを脱ぎ、背中に刻まれた術式を見せるとルシファー様が息をのんだのがわかった。
「ルシファー様?」
「おまえ……つらくはないのか?」
「え?」
なぞるように背に触れた彼女の手からひんやりと優しい熱を感じた。
「ババアもひどいことをしやがる」
「ということは、術式は未だ問題ないということでよろしいですか?」
「たまにはその娘に手でもかざしてもらえ。少しくらいは楽になるだろう」
「いや、素肌に触れられたら俺がどうなるかわかりません」
「相変わらず気持ちが悪いな」
言いながらも彼女の手は背に触れられていた。
じんわりする痛みが少しずつ和らいでいく。
毎日というわけではないし、激痛なわけでもない。むしろ、この痛みは自身への戒めだとわかっているから気にはしていない。
ほんの少し痛いと感じるたび、自分自身のやるべきことを思い出すのだ。
「その娘が、本気で好きなのか」
「好きです! 命だってかけられます!」
「おまえが命をかけるな。国が傾く」
「傾くわけないですよ。俺ひとりの影響なんて、ないに等しい」
「面白い男だな、おまえは」
ルシファー様が笑い、その笑顔に彼女の面影を見た。
いつかの未来、こうして声を上げて笑う彼女とともに過ごせているだろうか。
それからは沈黙が続き、ルシファー様はただ黙って俺の背に手を添えてくれていた。
「なっ! なにを……何をやっているの……」
沈黙を破ってくれたのはようやく目覚めた彼女で、ありえないと言わんばかりの表情を浮かべてわなわな震えていた。




