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囚われの魔女と護衛の騎士

 知らないわけではない。


 自分たちがどれだけ恵まれていて、外の世界には自分たちに知り得ない想像を絶する景色があるということも。


 知っていたつもりだった。


 ただ、目をつむりたかっただけで。


 いつもいつもきれいごとの世界の中で、自分自身を正当化して生きていた。


「……ジャドール」


「はい。魔女様、いかがなさいましたかか?」


 しまったしまった。


 彼女との大切な買い出し(デート)の最中にほかごとを考えるなんて……


「眉間にシワが寄ってます」


 薄暗がりの店内で、熱心に物色中を繰り返していた彼女の後ろに寄り添う形で歩いているときだった。


 夏場も変わらずひんやりとした手が伸ばされ、俺に触れようとする。


 正確には触れられず、背伸びをしようとするからほんの少しかがんでみせると気分をがいしたのか頬を膨らませた。


「わたしがここに誘ったばかりに、ごめんなさい」


「そっ、そんなことありません! あなたの願いはすべて叶えたい! それが俺の喜びです!」


 彼女にこんなことまで言わせてしまう始末だ。最悪である。


 情けないことに、さきほどの出来事を引きずっていた。


 場所さえ離れてしまえばみんな普通に接してくれ、過ごしやすさとしては悪くなかったが、万が一またなにかあってはいけないと彼女の買い物もすべてくっついて回っていた。


「あなたは、十分よくやっています」


「え……」


「さきほどの者の言葉は、たしかにあなたの住んでいた王宮に届かない声かもしれません。ですが、あなたひとりが背負い込み、苦しむ必要はありません」


 しっかりとした大きな瞳が俺を映す。


 ああ……


「あなたはわたしを見張るための騎士として、あなたはあなたなりに自身が与えられたことをしっかり毎日を全うしてくれています。それはわたしが保証します」


「……好きです」


「ええ? なにをいきな……きゃっ……」


 突然しがみついた俺に彼女が飛び上がったのを感じる。


「やっぱり、あなたがとても好きです」


 思ったよりも広い店内とはいえ、人に見られる可能性しかないこの場所でこんなにも密着してしまい、彼女に怒られるであろうことはわかっていたが、体が言うことをきかなかった。


 彼女をぎゅっと引き寄せ、目を閉じる。


「……ジャドール」


「ああ、失礼しました。突然俺の中のあなたが不足しました。ダメですね。こんなところで……」


 名残惜しさしかなかったが、そっと彼女から手を離す。


 もうなにもしませんよ、と両手を上げて笑ってみせたが、意を決したように唇を引き結んだ彼女がじっとこちらを見ていたことに気づく。


「……にしていいです」


「え? ……ま、魔女……さま……?」


「あなたが満足をするなら、好きにしていいです!」


「はいっ?」


 両手を広げ、ぷるぷる震えられたらたまらない。今しがた耳にした言葉が何度も何度も脳内で回る。


「わ、わたしも、ジャドールにはいつも笑っていて欲しい……ですから……」


「なっ!」


 とんでもない爆弾発言である。


 いつも望んでいたことだったというのに、言われた側のこちらが動揺してしまう。


「あ、あなたは罪な人です」


「えっ……」


「そんなこと言われたら、気が狂いそうです」


 自身の頬が火照ったのを感じる。


 口元を片手で覆うもバレたであろうことは彼女の表情を見ていればわかる。


「わ、わたしでよければ……の話です」


 負けじと頬を染めた姿を見せられると、気を抜いたらまた自制が利かなくなりそうだ。


「が、外出先でなかったら、どうなっていたことか……発言の重みに気をつけてください」


「……い、嫌ならいいです!」


「そんなわけないでしょう!」


 むっとして離れていこうとする彼女を再び引き寄せるも、珍しく彼女は抵抗しない。


「口づけ……てもいいですか?」


 だからこそ、調子に乗ってしまうのだ。


 拒絶するならしてくれたらいい。


 などと思いながら、次の反応を待つもふるふるしながらも彼女は動こうとしない。


「ま……魔女さま……」


 彼女の頬に触れると、ぐっと瞳を閉じた彼女がこちらを見上げていた。


「………」


 ずいぶんと心配をかけてしまったようだな、と高鳴る鼓動とは別に冷静な声が脳裏をよぎる。それでも、


「魔女さま、好きです」


 ここまでしてもらって躊躇をするほど度胸なしではない。


「大好きです……」


 心の底から。


 好きで好きでたまらない。


「はっ、早くしてください」


「失礼します」


 唇を寄せるとさらにぷるぷる震える彼女があまりにも可愛い。


 ゆっくりと近づけた先で唇同士が軽く触れたか触れないかの瞬間、彼女が腰を抜かしてしまい、それどころではなくなった。


「ま、魔女さま!」


 ぐったりとする彼女を抱きかかえ、慌てて散らばった薬草をかき集める。


「あーあー、見てられないね。所構わず発情するのはやめとくれ」


 後ろからおっとりした老婆の声がした。


「店内でいかがわしい行為はやめとくれよ」


「もっと早く、止めに来られると思っていました」


 彼女が目を回していることを確認し、振り返るとその生き物と目が合った。


「おかげで最高の機会を逃しました」


「……殺すぞ、小僧が! わかってやってたくせに白々しい」


 黒猫は牙を剥き、俺は躊躇なく頭を下げた。

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