魔女の幸せとその行い
「い、いつもごめんなさい……」
「大丈夫ですよ。役得です」
「本当に情けない……」
彼女の指定してきた街へ向かう際に使用したモフモフに乗って空を舞うという行為がとても苦手らしく、浮いている時もその後もしばらくはカタカタ震えている彼女は、抱きかかえるときゅっと一生懸命しがみついてくるため、こちらとしては至福のときだった。
「も、もう少しで、何とかしますから」
「むしろこのままこうしていられたら、どんなに幸せか……」
「からかわないでください」
恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた彼女は俺をどうしたいのだろうか。
可愛すぎて仕方がない。
「ジャドール……」
「はい」
「もうひとつだけ、ご迷惑をおかけしてもいいですか?」
「もちろん」
迷惑だなんて、思うはずがない。
「ほんの少し、耐えてください」
「耐える? あなたに頼ってもらえるのなら、俺は何だってしますよ」
何度だってそう言える。
「では、お言葉に甘えます……」
「ん?」
その言葉を合図にか、ぐっと両手を巻きつけてきた彼女に抱きつかれる形になった。
「んんん?」
この状況がなんなのか、誰か説明して欲しい。
耐える……とはまさか、理性を問われるというのか。
「……やっぱりダメですね」
「え?」
「こうすれば、あのお方が来てくれると思ったのに」
頬を染め、ぽつりと漏らす彼女の意図はわからなかったが、あの黒猫に俺の命でも狙わせたかったのだろうか。
浮つきたくないと言っていたのはどこの誰だ。思考回路を停止するには十分すぎた。
「こうして仲良くしていれば、あのお方は来てくださると?」
「まぁ……そんなところです」
残念そうに回した手を離して彼女が苦笑する。耳まで真っ赤になっていた。
「現れるまでそのままでもいいですよ」
「いえ、さすがにそんな……」
「これであなたの言うあのお方が来てくれる可能性があるのなら、存分にやってみましょう。もっとくっついても大丈夫です。もっともっと仲良くしましょう! むしろ……」
「……言うと思いました」
「あなたとならずっとこうしていられる」
「……こ、ここからは大丈夫です」
街へ足を踏み込むからだ。
「ああ、確かに」
違和感のある行動は厳禁だ。
できるだけ目立たずに過ごすのが一番だからだ。
「かしこまりました、魔女……いえ、ここからは、お嬢様とお呼びした方が良さそうですね」
足を地面につけた彼女をかがんだ状態で見上げると、目をパチパチさせていたが、咄嗟に両手で頬を覆う。
「は、反則です!」
「なにが?」
「何でもありません!」
「えっ、なんなんですか……」
「何でもないです! さっ、立ってください! 行きますよ」
そう言って手を引かれる。
「あなたはもっと、堂々としていてください。その権利があるのですから」
「えっ、あっ……はい……」
小さな手のぬくもりに今度は俺が動揺することになる。
手を繋ぐなんて、よくあることなのに。
「わたしなんかのために、跪かないでください」
「なんかじゃありません。あなたのためなら地面に這いつくばることだって……」
「絶対にダメです!」
「……わかりました」
物申したいことは山ほどあったが、今日はこれ以上彼女を困らせるわけにはいかず、繋がれた手を握り返して笑顔を作ってみせることで我慢することにした。
また頬に手を当てた彼女を横目に、そういえば今日は外出時のメガネをかけていないなとふと思ったところで「どうして来てくれないのよ……」「絶対今なのに……」とぶつぶつ呟いていた彼女に気付いていなかったわけではないが、後ろに感じた足音に集中していたため、考えることを放棄していた。




