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外出日の朝の出来事

「魔女さ……」


「ジャドール、おはようございます!」


「えっ……」


 いつもなら五回目のノックのあとで慌てて飛び出してくる彼女が今日は一度の目のノックの途中で颯爽と出てきたのである。


「えっ……あっと、魔女様……」


「今日はよろしくお願いします」


「あっ、はい……」


 そういう彼女の瞳はいつもと違い、唇をぐっと引き結び、意気込んでいると言うよりはまるで緊張しているように見えた。


「まっ、魔女様!」


「はい?」


「おはようの口づけがまだです!」


 もちろん、俺としても待ち望んでいた彼女との外出である。同じく意気込みは十分だ。


「今日はしません」


「えっ!」


 頭に隕石が落ちてきたような衝撃だ。


 とはいえ、いつも一方的に迫って無理やり口づけているのは俺なので合意の上とは言えないが、動揺することなく真っ直ぐな瞳で断られてしまうと何も言えなくなってしまう。


「今日のわたしはいつもとは違います。浮ついた気持ちで過ごすわけにはいきません」


 わかってください、と言われたら了承するしかない。


「ううっ……明日は絶対にしますからね……」


「もうわたしは子どもじゃないから朝の挨拶は必要ないといつも言っているのに」


「しないと俺に朝が来ません」


「そんなわけないでしょう」


 泣き言を繰り返すとほんのり頬を染めて反論してくるその様子に理性が吹っ飛びかけたけど、楽しい一日はここからなのだ。負けるわけにはいかない。


 確かに、よく見ると今日の衣装は心なしかきっちりしているような。


「……うう、あなたの意志を尊重して、今日は俺も騎士としてあなたの隣に着きます」


 それならば仕方がない。


 がっかりしながらも、彼女を席にエスコートし、銀色のリボンを準備する。


「触れますね」


 長い髪の毛に指をかける。


 出会ったころに比べて抵抗なく触らせてくれるようになったし、指通りの良いきれいな髪になった。


 もともとは美しい人なのだから、これからもどんどん魅力的な人になっていくのだろうなと思う。


「もしかしたら、今日は大切なお方に会えるかもしれません」


「え?」


「わたしに魔術を教えてくれたお方です」


「ここで?」


「そうです。ここに来てから様々なことを教わりました。ただし、あの頃のわたしは……特に魔女の能力に関することは教わる気が全く無くて、よく怒られました。今はもっといろんなことを学びたかったと後悔しています」


 あの黒猫(ルシファー様)のことなのだろう。


 たしかに、彼女から学べるのならばそれに越したことはないが、しばらく会うことはないと言って去っていったのだ。


 そんなに簡単に会うことができるのだろうか。


「ああしてあのお方が残してくれたあの本が見つかったということは、もしかしたら会えるのかもしれないと思って」


「そうですか」


「会うことが叶えば、あなたのこともご紹介してもいいですか?」


「え……いいんですか?」


「はい。お世話になっているお方がいると伝えてはあるんです」


「ええっ……」


 そんなことが。


 彼女が背を向けていてくれて良かったなぁと思ってしまうのは、情けなくもにやけてしまった顔を見せたくなかったからだ。


 残念ながら、あのお方に出会うのは難しいだろう。


 それでも彼女が俺をどのように紹介してくれるのだと想像したら、嬉しくて仕方がなかった。


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