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それぞれの帰る場所へ

「うわぁ、良からぬムード到来だ……」


「隊長にはない大人のムード全開だ」


「さ、さすが第三王子……」


 木陰に隠れ、気づかれないギリギリの範囲でふたりを見守り、一喜一憂する騎士たちの中で握った拳が崩壊しそうだった。


「あんな完璧な笑顔で見つめられたら魔女様もにやけちゃいますよね〜」


 今にも飛び出したかったが、今じゃないと必死に言い聞かせる。が、先にこちらに声をかけたのは、向こうの方だった。


「そこにいるんだろ、ジャドール。おまえにも頼みがあるから出てきてくれ」


 げっ!バレていたのか!と慌てる騎士たちを横目に躊躇なく立ち上がる。


 彼女が真っ赤になって飛び上がった姿にもう我慢ならなかった。


「ジャ、ジャドール! い、いつから……」


「最初からに決まってます」


「なっ!」


「大丈夫。あの距離ではさすがに聞こえていないはずだから」


 あたあたと顔を隠そうとする彼女と面白がってこちらにも聞こえる声で耳打ちのモノマネをする第三王子にこれ以上になく苛立ちを覚え、言ってはいけないことを口走りそうになるのを必死に耐える。


 彼女を今すぐにでも自分の方へ引き寄せたいが、彼女の意思を無視することもできない。


「言いたいことがあるようだけど、先に聞こうか?」


「いえ、用件をお願いします」


 第三王子がニヤッと笑った。自分の余裕のなさが浮き彫りになって嫌だ。


「わたしがもともと留学していたロスターニアの国は知っているか?」


「はぁ」


「もうすぐそこへ行く際、1日だけ騎士のおまえと魔女のフローラに護衛を頼みたいんだ。もちろん、お忍びで頼みたい」


「えっ……」


「うちの騎士たちはだいたい隣国にも顔が割れている。その点おまえたちふたりなら誰にも知られず行動することができる。まぁ、何かあるというわけではないが、用心をするに越したことはないだろう」


 そうして、にっと口角を上げた。


「い、いいんですか? 俺らを国外に出して……」


「両親はわたしが説得する予定だ。詳しいことは改めておまえ宛てに通達を送ろう」


「はぁ……」


「なんだ、不満なのか?」


「いえ、あの……俺はまだあの森にいてもいいと……」


 いてもいいというのか。


 彼女の答えを聞いたわけでもなく、遠慮がちに視線を向けた先の彼女が真っ赤な表情から一変して、衝撃を受けたような顔をこちらに向けていた。


「あなたは、出ていきたいの?」


 発せられた声は震えていた。


「ま、まさか……あなたといられるなら地獄の果てでもついていく、といつもお伝えしているはずです」


「そ、そんなことをいつも真顔で言っているのか、君は……」


「ユリシス様は黙っていてください」


 恐れ多くもドン引きしている様子の第三王子を押しどけ、彼女に向き合う。


「あなたが生きたい場所が優先です。必ずそこに俺もいますから」


「まるでストーカーのレベルだな……」


「ユリシス様!」


 大切なところでいつまでも茶化してくるため、やりづらい。


 気を利かせて離れていてほしいものだ……なんて、第三王子に言えるはずもないし。


「わ、わたしはあの森に住み続けます」


 そんなとき、彼女が絞り出すような声を出した。


「まだ、やり残していることはたくさんあります。覚えなくてはならないこともたくさんあります。それから……」


 言葉を切って、俺を睨む。


「怪我をしたら、悲痛の叫びが上がるほど苦痛な薬草をたっぷり塗ると約束しました。や、約束は守ってください!」


 耳まで真っ赤にしてそう言われたら、いや、言われなくても答えはひとつしかない。


「喜んで、あなたの罰を受けたいと思います」


 その言葉とともに、彼女に抱きつくと案の定喚くように騒がれたし、呆れて物が言えないといった表情の第三王子と大爆笑をする騎士たちとでそれぞれの反応が見られたが、気にはしなかった。


 再びまた、あの場所に戻れることが嬉しかった。


 もちろん、森の中からひとりの騎士の悲鳴が響き渡ったのは、その後すぐのお話だ。

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