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引きこもり魔女

「魔女様!」


 努めて明るい声を出した。


「今日からお世話になります! あなたの騎士です!」


 ドアを開けたすぐそこに彼女は座っていて、俺の入室とともに飛び上がったのが目に入った。


 小さくてほっそりとした手でパンの切れ端を持ち、静かに佇んでいた。


 長く長く伸びた黒髪の向こうに見えた大きな瞳が怯えたように揺れたのがわかった。


「よろしくお願いいたします!」


 感じたのは、明らかな拒絶だった。


 警戒心でいっぱいの瞳は威嚇とともに俺を捕らえる。


「お食事中ですか?」


 空気を読まぬふりをして話しかけ続けるとまたびくっとした彼女は今度は小さい体を震わせ、下を向いた。


「俺もたくさん持ってきたんです。よかったらご一緒してもよろしいですか?」


 問うも彼女は頭を上げない。


 怯える様子に申し訳ない気持ちにならなかったわけではないが、やっとここまでこれたのだ。引くわけにも行かない。


 ただ、この少女に自分はあなたの味方であるということを伝えたかった。


 小さな体は、とてもみんなが恐れるほどの魔女の姿には見えなかったし、むしろ言葉に出来ない想いが込み上げてくる思いがあった。


「あっ、あの……お、俺……っ、ぐはっ!」


 声にしようとした途端、突然首を絞められる感覚に襲われ、盛大にむせた。


「っ!」


「……だ、大丈夫です」


 慌てて立ち上がった彼女を制す。


「おっ、おみ……お水を一杯いただけませんか?」


 乱れた息を整えお願いすると、勢いよく背を向けた彼女は壁にかかる大きなバケツを片手に走って外へ飛び出ていく。


 ちょこまかと動くその姿の愛らしいこと。


 普段ならば微笑ましく眺めていたであろう光景も今はそんなわけにはいかない。


 油断をするとまたむせてしまいそうで深く深く息を吸い、ゆっくり吐くことに専念する。


 嫌な汗を拭いながら、ここへ来る前に受けたある儀式のことを思い出していた。


 ここで監視役を務める騎士になるために誓わされたことがある。


 きっとそこで契約を結ばされたのだろう。


 俺が彼女を知る騎士だと告げられないように。


 告げようとすると、こうして息ができなくなるのだろう。


 厄介なことになった。


 何度目かになる大きなため息をついたとき、バタン!というけたたましい音とともに彼女が帰ってきたのがわかった。


 申し訳ないことをした。


 ずいぶん心配させていることがわかった。


 ゼエゼエと、呼吸の乱れた音がここからでも聞こえる。


 ガタガタと奥の方で何かをしている音がする。


「まっ、魔女様、申し訳ございませんでした」


 何ごともなかったのだと伝えようとパタパタ動き回る音のする方へ向かったとき、前なのか後ろなのか一瞬では判断のつかない乱れた長い黒髪がこちらを見上げ、彼女がこちらを見てくれたのだとわかった。


「魔女様……」


 無意識にも顔が見たくなり、そっと長い長い前髪に触れると彼女は弾むようにびくんと飛び上がる。


 その勢いで手に持つコップの水を床に盛大にぶちまけるのがスローモーションで見えた。


「わっ、すみません! すぐに拭きますから」


 ガシャンとガラスが割れる音で我に返る。


 あまりに馴れ馴れしかったと自身の咄嗟の非礼に自分自身も驚きながら、ガラスを拾おうと膝をつき、なにか拭きとれそうな物をとあたりを見渡す。


「お体に飛んでないですか?」


 立ちすくむ彼女は何も言わない。


「あの……」


 床に散乱した水滴にばかり気を取られていた俺は、顔を上げた先で見えた光景に息を呑んだ。


 長い黒髪の下で顔を真っ赤に染めた少女と目が合った。


 両サイドの髪を握りしめ、ふるふるとしている。


『森に住む魔女は恐ろしい』


『人を恨んでいて、目が合うと呪われる』


 何度も何度も聞いた言葉だった。


『呪われてしまう……』


 みんな口々にそう繰り返した。


(これを呪いというならば……)


 思わず告げたくなってしまうこの気持ちだろうか。


J'adore(好きです)……』


 思ったときには、自然と声になっていた。


 

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