冬の朝の小さなキセキ
「魔女様! 魔女様ぁ〜! まっ……」
声を上げてから冷静になる。
まだ彼女を起こす時間ではないというのに、トレーニングがてら外に出た俺は、昨日とは違う外の光景に目の当たりにして興奮したまま思いっきり声を張り上げてしまっていた。
ハッとしたのはすぐあとのことで、今の大声で彼女が目覚めなければ良いなと願いながら、庭先を行ったり来たりする。
吐く息が白い。
すっかり冷え込む季節がやってきた。
それなのに、それなのにだ!
足元に目をやり、たまらない感覚になる。
小さな芽が顔を出していた。
ずっとずっと待ち望んだ、希望の芽だ。
じゃがいもはどんな環境であっても育ちやすいと聞いたことがあったが、まさかこんなにも早く芽が出ようとは。
ひんやりした空気の中で心だけが温かくなった気がする。
(えっ……)
視線を感じて顔を上げるとカーテンがほんの少し揺れていた。
(しまったなぁ……)
諦めてそちらを眺めていると、ひょこっと小さな影が見えた。
「おはようございます、魔女様」
慌てて駆け寄ると窓が開き、彼女が顔を出す。
起きたばかりなのか、ぼんやりした様子の彼女は髪の毛がところどころ絡まっていて可愛いらしい。
「すみません、起こしてしまいましたね。ようやく芽が出たみたいで、嬉しくて……」
「えっ!」
「あとでまたお呼びしますよ。まだ早いですからもうしばらくお休みください」
「起きます!」
「えっ!」
くるっと背中を向け、パタパタという足音が聞こえてきたため、慌てて入口の戸まで向かう。
「いっ、いけません!」
入口から飛び出してきたところで彼女を抱きとめる。
「そんな薄着で外へ出ては風邪をひきます!」
「こ、このくらい平気です」
「あっ……」
想像していたよりもぽかぽかと温かい彼女はそのまま抱き上げると真っ赤になって憤慨した。
「本当だ。温かいですね」
いつもの薄っぺらい黒色のローブをまとっているだけなのだろうと思っていたが、まるで温石を思わせるほど冷えた体に心地よい。
「あなたこそ、とても冷たい!」
ぺちぺちと頬に触れ、至近距離でこちらを見つめてくる彼女は今日も無自覚である。
「裏地に熱を入れています。よかったらあなたも……」
「俺はこうしていれば温かいです」
朝から刺激が強い。
ほら、と無防備にめくって見せてくれるのを遮って身を擦り寄せる。すると、
「……ひっ、お、下ろしてください!」
といつものように一刻も早く離れたいと言わんばかりに嫌そうな顔を見せてくる。
「改めまして、おはようございます。魔女様」
「お、おはようございます」
どんなにひんやりとした空気の中だって、こうして朝早くに彼女に会えるのだったら問題なく耐えられる。
「起こしてしまってすみません」
「あなたはいつも早いんですね」
「トレーニングを朝にするのが日課なんですよ」
花壇の方に足を向けながら、珍しく質問をしてくれる彼女に自然と頬が緩む。
秋の日の一件以来、ずいぶん距離が近くなったような気がする。
もちろんあれからなにやら飲み物には仕組まれているようだけど、話しかければ少しずつではあるが会話をしてくれるようになった。非常に大きな進歩だ。
芽を見せると、わぁ!と彼女は表情を明るくした。
下ろしてくれと言うので今度こそ、彼女に自由を与えると、パタパタッとそばに寄り、しゃがみ込む。そして、手をかざす。
「早く大きくなってね」
まるで話しかけているようだった。
「彼らは、あなたが毎日大切にしてくれていることをよくわかっているのですね」
無意識なのだろうか。
慈しむような表情と優しい声はいつも俺に向けてくれているものとは違う。
たまにこうして、この人は本当に魔女様なのだなぁと実感させられることが増えた。




