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懐かしい香りと魔女の薬草

 色とりどりのキャンドルに火を灯すと、小さな明かりが順番に灯されていく。


 焼き菓子をお皿に並べ、持っていくと彼女が良い香りのお茶を注ぎ終えたところだった。


「魔女様、触れますね」


 髪に手を伸ばすと、彼女は何も言わずに背を向ける。


 いつものように、リボンをつけると彼女の表情がよく見えた。


 先ほど見た時よりはいささか血色も良くなったように思うが、それでも弱り果てた印象は拭えない。


 しばらくは無理をしないで大人しくしていてもらえるようお願いしたい。


「好きなお菓子を選んでくださいね。美味しかったらまた買いに行きましょう」


 さり気なく付け加える。


「良い香りですね」


 遠慮がちに彼女がチョコレートの入った焼き菓子を手に取ったところで俺も自身の席に腰を下ろす。


 言いたいことは山ほどあるが、あとにしよう。今はこのひとときを楽しみたかった。


 彼女が用意してくれたカップを手に取り、口元に寄せる。


 甘い、花のような香りだ。


 口に含むとさらに香りが強くなったように思える。


 じんわりと体に広がっていき、体内がふんわりと柔らかい世界に包まれたような気持ちになった。


「………」


 何かが含まれている。


 気づけたのは、一度似たようなものを飲んだことがあるからだろう。


「おいしいです」


 表情に出さずに笑うと、そのとおりだったのだろう。


 じっとこちらを伺うように見ていた彼女がはっとしたように飛び上がる。


「よっ、よかったです」


 その顔は複雑そうに歪んでいた。


 わかってはいたものの、彼女が望むなら従うまでだと一気に飲み干す。


 じわじわと脳内が麻痺したようにふわふわとした感覚でいっぱいになる。


 ほんの少し、睡魔と似ている。


 胸が温かくて、むしろわくわくとさえしてくる。


 すべてのことがどうでもよくて、今なにをしていたかも即答しろと言われたら口にできないかもしれない。


 一体彼女は、何を飲ませたのだろうか。


 わずかな理性で考えるもやはり、まぁいいかという心境になってくる不思議だ。


「ま……じょ……さま……」


 どのくらいの時が流れただろうか。


 彼女が立ち上がったことに気がついて、朦朧とした頭で声をかける。


 全身真っ黒な装いで、長い黒髪をリボンで結っているため整った顔がよく見える。


 ああ……かわ……


「大丈夫ですか?」


 彼女の声がぼんやりと聞こえる。


「だい……じょ……ぶです……」


「すぐに楽にしますから」


 膝を折り、目線を合わせてくれる。


 頬にひんやりとした感触がして、彼女の手が触れたのを感じた。


 まさに『無』の状態だった。


 美しい顔が目の前にある。


 ああ、手を伸ばしたい……と頭の何処かで思うも、体は動こうとはしない。


 ああ、抱きしめたい……そんな声がどんどん小さくなっていく。


 かわ……


「ああ……」


 そういうことか。


 触れられた指先が離れていくとき、徐々に霧は晴れていった。


「どうですか?」


 泣きそうな顔で彼女が笑った。


 初めて笑顔を見たかもしれない。


 大きな瞳は、涙で揺れている。


「もうつらくないでしょう?」


「つらいです」


「えっ?」


「あなたとお話ができなかったのはつらかったです」


「えっ……」


 引っ込め損ねた手首を掴むと、彼女は簡単にバランスを崩し、俺のもとへとやってくる。ぎゅっと抱きしめると懐かしい香りがした。


 驚いた彼女が息をのむのがわかった。


「すみません……」


 彼女の肩に顔を埋める。


「あと少し、この体勢をお許しください」


 今の俺には、魔女の薬草は効かない。

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