お目当てのものを探します
実は騎士として派遣されて移動したことはあってもそれ以外に王宮の外へ出たことがなかったため、話には聞いていたものの俺自身も街というものにやってきたのは初めてだった。
ものを買うにはお金がいる。
そこまで高くはないと思うが、その相場がわからないため、今まで騎士として定期的に支給され、使わずに貯めてきた賃金のほとんどを持ってきていた。
いつかは換金所で換金できるほどの何かを自給自足の上で作っていきたいが、今は何もないためしばらくは手持ちで足りることを願いながら街を眺める。
彼女も物珍しそうにきょろきょろと辺りを見渡していた。
何か欲しいものがあるかと聞くと、できれば薬草が見に行きたいというので、道行く人たちに訪ねながら目的の場所を目指した。
彼女の望んだ店に着く頃には彼女もようやく自分で歩けるようになっていて、葉っぱで溢れた薄暗い店の前に着いたとき、「中へ入ってもいいか」と目を輝かせて尋ねてきた。
もちろん、彼女のしたいことが最優先だ。
不気味なツタで覆われている外観からも女性は怖がりそうだなと思いつつも、「ごゆっくり」と伝えると彼女はぱぁぁっと目に見えて表情を明るくし、よたよたしつつも急ぎ足で中へ飛び込んで行った。
薬草が見てみたいだなんて、さすがは魔女だと小さな後ろ姿に自然と笑みが漏れた。
自分はこうしたいと希望を伝えてくれることなんて、初めて出会った春の頃には考えられなかったから今の状態はとても嬉しかった。
「お兄さん、ひとり?」
「え?」
店の戸口に寄りかかっていた彼女を待っていた俺に、ひとりの女性が近づいてきた。
「よかったら、うちでお茶でもどうだい?」
街の女性なのだろうか。
この場によく馴染む衣服を身に着け、自信に満ちた様子で話しかけてくる。
今更ながら、行き交う人たちの中にもこちらをチラチラ見ている人たちがいることに気づく。
「休憩どころかなにかですか?」
旅人だとバレたのかと心配したが、探るように尋ねてみる。
もしも休めるところなら、彼女となにかおいしいものを食べるのもありだ。
「いやぁ、お兄さん、とってもいい男だから一緒に過ごしたいなぁと思って」
「………」
ああ、そういうことか。
「そういうことなら結構です。一緒に来ている方がいて、その方を優先に行動……」
「アロー、ずるいよ!」
「そうだそうだ! わたしが先に目をつけたのに」
「えっ……」
断ろうとしたところ、女性の後ろからもわらわらと他の女性が集まってくる。
「あっ……いや、だから……」
「抜け駆けはやめてよ、アロー」
「何言ってんだい。早いもん勝ちだよ!」
もはや俺のことなんて全く見えていないのでは?と思えるほど、女性たちだけで声を荒げて激しく口論が始まる。
幼い頃から筋肉質な騎士たちに囲まれ、彼らとともに過ごすことに慣れていたし、今では慎ましく愛らしい彼女との交流しかない俺にとってはあまりに恐ろしい光景だった。
不用意にこんなところで騒ぎ立てられても困る。
こっそり抜け出そうとしてもうひとつの視線に気がついた。
きっと俺には彼女のセンサーがついているに違いない。
振り返った先に、彼女がいた。
「まっ……」
呼びかけて、さすがにこの場所で『魔女様』と呼ぶのは良くないかと躊躇をしてしまって、次の言葉を探していたほんの一瞬のことだった。
絶望の色でいっぱいになった彼女の瞳と目が合った。
それは、世にも恐ろしい光景だった。




