騎士と魔女は結界を超える
「今日はよろしく頼む」
外出許可がおりたのは、本当に数キロ先の小さな町だった。
しかしながらこの深い森は入った者を惑わせ、思考回路を停止させ、道を断つため、専用の馬がない限りは出入りは安易ではないし、気まぐれに抜けようとするならば何日かかるかはわからない。
そのため、今回は空から移動をすることに決めていて、その際に頼りの綱となったのが目の前でふよふよと浮かぶ不思議な生き物の存在だった。
いつも大きな荷物を運んでやってくるのだ。人間ふたりくらいなんとかなるだろう。
「あとは……」
小屋の扉に目をやり、彼女がやってくるのを待つ。
お出かけしましょう!と明るく言ってみたものの、出てもいいのかと彼女はギリギリまで不安な様子だった。
それもそのはず、彼女はここへ来てから三年間、ずっとこの地を離れたことがないのだから。
叶うことならもっと多くの世界を見せてあげたいと思ってしまうのだ。
「おっと、申し訳ないけど……」
出口を歩くイモムシをさっと移動させる。
自然界の生き物はみな仲間だと思っていて大切にしたいとは思っているが、彼女は虫という生き物が好きではないらしいため、彼女の視界からできるだけ離れたところにいてもらうよう全力を尽くしていた。
ひんやりとした湖に手を浸し、夏の夜に見た美しい光景を思い出す。
あの日のことを考えるだけで胸が弾む。
そんな風に幸せに浸っているところに扉が開き、おずおずと彼女が出てきたところだった。
黒い影マントを羽織り、フードを被っている。
「魅惑的ですね」
「えっ?」
シックな黒色で決めたスタイルも彼女らしくて可愛かったが、もっと色のついた服装も似合うだろうなと想像するとまた思考が暴走しそうになるから自重した。
「俺といるときは、お顔を見せて下さい」
「ま、また……そんなことを……」
そっとフードに手をかけると、彼女はぐっと目を瞑る。
その愛らしいこと愛らしいこと。
フードの下の長い髪は銀色のリボンで結われている。
朝食のときのままだ。
「この生き物に乗って移動をします」
さらに愛おしさまで増すのをぐっとこらえ、これからの流れを説明する。
「一応役割上、俺は常にあなたと行動しなくてはなりませんが、おひとりで買いたいものもあるでしょう。そのときはそう言っていただければあなたの時間を作ります」
「……そ、そんなことして大丈夫なのですか」
ぐっと唇を噛んだ彼女が言わんとすることはわかる。
「逃げようものなら全力で追います」
だからこそ、できるだけ明るく言ってみせる。
「そして、あなたを閉じ込め、一生俺の元を離れないようにします。なんならペナルティで、毎日俺に……」
「にっ、逃げません! 逃げませんから!」
「まだ言い終えていないのに」
面白いくらい勢いよく真っ赤になった彼女は逃げることはないだろう。
両手を使って顔を覆い、逃げません!と連呼している姿は驚くほど可愛く、ちょっとはそんな現実もありだと思ったのはここだけの話だ。
「さぁ、行きましょう」
結界を解く儀式を行い、呆気にとられて辺りを見渡す彼女に声を掛ける。
手を差し出すと、最初は躊躇したものの申し訳無さそうに身を委ねてくれる。
彼女を抱きかかえ、合図をすると生き物はボブン!と変わらぬ間抜けな音を出しながら大きく膨れ上がったため、そのタイミングで飛び乗る。
見上げれば驚くほどの青空が広がっていた。




