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満月の夜と黒猫

 彼女が闇に囚われる夜があるのを知ったのは、夏になる少し前のことだった。


 それは月が出ない新月の夜。


 ごめんなさいと繰り返し、呻くように彼女は泣き叫ぶ。


 夢の中で暗い暗い闇に閉じ込められているのだ。


 俺が代わってあげられたらいいのにとその日は彼女のもとで待機することが増えた。


 そばにいて手を握ると、呼吸の乱れが整うのが少しばかり速くなった気がするのでその日だけは彼女のもとで一夜を過ごし、翌日彼女の絶叫と大拒絶の中で目を覚ますこととなる。


 歴代最も最悪な馬鹿王子のせいで、彼女は永遠にその呪いから解き放たれることはないのだ。


 馬鹿王子の幸せすべてを捧げたとしても、この姿を目の当たりにしたあとには心穏やかに許すことなんてできるわけがない。


 そしてもうひとつ。


 彼女が俺に隠していることに気づいたことがある。


 満月の夜、彼女の部屋のあたりから男な声がするのだ。


 薄々は気づいていた。


 日付が回る頃、全速力で駆けていく黒猫の存在も。


 満月の夜は、さらに結界を強める。


 それでも効果は変わらない。


 ため息とともに、橋の前に腰を下ろす。


 大きな月夜が俺を照らす。


 外に出た途端、ゆっくりと雲が動き、月が顔を出したのだ。


 あまり暑くはなかったが、夏という季節を過ぎた頃からあたりの霧が晴れることが増え、雲も太陽を出迎えるようになった。


 要するに、青空が戻ってきたのだ。


 突然どうしたものかと驚かされた。


 彼女も同じように瞳をまん丸く開いて空を見上げていた。


 変わらない静かな夜だった。


 だけど、ほんの一瞬違うように見えたのは、目の前で黒い影が立ち止まったからだ。


 黒猫だった。


 金色の瞳と目が合うなり、黒猫はこちらに背を向け、歩き出す。


 ついてこいと言われたようで、そのまま後を追う。


 小屋の裏側のさらに奥の茂みまで後をつけたとき、何が起こってもいいように備えていた。


 大きな大きな大木の前で猫が止まる。


 猫なのに、月明かりに照らされた影が人のもので思わず尻込みしそうになる。でも、


「言いたいことがあるのだろう」


 そう男の声がしたとき、別の感情の方が先立ち、それどころではなかった。


「ここの結界は俺が管理している。何人たりとも自由に出入りされては困るんです」


 自分でも驚くほど感情のない声が出た。


「事によってはただではお返しできないこともご承知おきいただきたい」


 大切な彼女と密会をする男の声の主なんて、猫であろうと許さない。


「ふん、小僧が生意気な」


 振り返った猫はそのまま黒い影を帯びる。


「おまえに何ができる」


 そのまま人の形に姿を変える。


 声も低い男性の声から高らかな女性のものに変わっていく。


「おまえごときが、わたしに勝てるとでも思っているのか」


 真っ黒いローブに身を包んだ長い黒髪の女性がこちらを見て赤い唇の端を上げた。


「まっ……」


 魔女様……と言いかけたが、違う。


 長い髪に整った目鼻立ちにそれを際立たせる濃いメイク。


 雰囲気は彼女によく似ているが、彼女ではなかった。


「おまえの結界など、わたしにはないも同然だ」


 女は笑った。


 闇にその高らかとした声が轟く。


 この人も魔女だ。


 直感でそう思った。



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