朝の挨拶はほどほどに
(ふたりか……)
こっそりとついてきたであろう足音の数が減り、フローラが気づいた様子はなかったため、まぁよしとする。
自宅の庭ですらひとり自由に歩けないのかと思うと、なんとも窮屈な心境である。
「……すっかり、王子様ですね」
「えっ?」
「あっ、いえ、すみません……もともと王子様なのですけど、なんというかもう完全に王子様にしか見えないと言うか……」
ちらっとこちらに目をやり、目が合えば頬を染めて下を向くフローラ。
「す、スチュアート様は別世界のお方に見えます」
「……俺との大切な思い出がすべて、末王子のものにすり替わったということですか?」
繋いだ手を引き寄せてキスを落とす。
「やはり、末王子がいいんですか?」
「なっ、あ、あなたが末王子様ではないですか!」
飛び上がった彼女が頬を膨らませた頃、温室のバラ園に到着した。
「フローラだって、遠くなってしまいましたよ。だからこうして、近づきたくなる。朝早かったのは理解しています。すみません……」
「あなたがいらっしゃる頃には自室に戻るつもりでしたよ」
「えっ、そうなんですか?」
「戻ろうとしたら、あなたがいらっしゃったんですよ」
エスコートした先のベンチに腰掛けたフローラが大きな瞳で見上げてくるため腰が抜けそうになった。
思わず屈んで今度はこちらが見上げる形になると、俺が跪いたことに慌てたのだろう。
「あっ……」と声を上げたものの俺が言ったら聞かないのはもうわかっているからか、フローラは何も言わず、そっと俺の頬に両手を添えた。
(えっ!)
そしてそのままちゅっと音を立て、彼女の唇が俺のものにくっつけられた。
「……お、おはようございます」
堪能する間もなくさっと離され、恥ずかしいのか俺の肩に顔を埋めた彼女は小さな声で言った。
「王宮で素敵な方たちと一緒にいる姿は目にしています。やはりあちらの方がいいと思い始めた頃かと思いますが、わたし……もう少しここにいようと思います」
「………」
「ここは、学びが多すぎます」
「フローラ……」
「はい」
「朝から誘惑するのはほどほどにしてくださいね。午後からも兄上たちの手伝いに行くというのに、あなたがあまりにも可愛すぎて離れるのが心から嫌になる」
「ゆっ……し、してません!」
「いっそのこと、このままふたりでどこかへ行きましょうか?」
「そ、そんなことが許されるわけがないじゃないですかっ!」
頬に触れると唇をへの字にした。
「フローラ、俺にはもうあなた以外、目に入りませんよ。たとえどんな魅力的な方が目の前に現れても、みんな同じ顔に見えているはずです」
フローラが気にしてくれるのは嬉しいが、いらぬ誤解を生みたくない。
「お、お胸もぼよよーんとして、ふわふわしていました」
「触れたくなるのはあなたの胸だけです」
「そ、それはそれでなんだか嫌です」
「胸だけではありません。あなたのすべてに触れて、叶うことならすべての場所に口づけがした……」
「も、もういいです!」
さっと胸元を隠し、フローラが怪訝そうな顔をする。
距離を取ろうとした彼女のあごを逃さないとばかり持ち上げ、そのままもう一度唇を重ねる。
「フローラ、おはようございます」
ビクッとしながらも応えてくれるようになったこの人以外、目に入らないというのに。
「あなたにしか興味はありません。本当は片時も離したくないのに、あなたを同室に向かい入れることを父上が許してくれません」
「ど、同室なんて無理です!」
「あなたの身の回りのお世話をするのは俺の役割ですよ。他のものが代わりに行っていると思うと、モヤモヤします」
「お、王子様にそんなことさせられません!」
ああ言えばこう言う。
しっかり言い返せるようになったフローラに口角が上がりそうになるのを我慢して、続ける。
「今の俺なら夜な夜なあなたの愛読書のようなことを毎日何度でもしてあげられます」
「ひっ! どうして知ってるんですか!」
何のこととは言っておらずカマをかけたつもりだったが、否定をしないところが彼女らしい。
「リタさんから同じものをいただいています。順序を守れと」
「り、リタァ!!!」
「今はもう刻印も消えたので、口づけもそれ以上のことだって、あなたが満足されるまで何だってできますから」
「し、心臓が持ちません!」
「もちろん、当たり前のことではありますが、あなたに何かあれば必ず責任は取ります。一生俺はあなたのそばに離れることなくいますから、安心して俺に……」
「せっ……責任……な、なにを……そ、そういうことではありません!」
じゃあどういうことなのだと追求することは簡単なことなのだが、これ以上はフローラが耐えられなくなって逃げてしまうだろう。
フローラがどういった会話に弱いのかは理解はしてきたつもりだ……けど、いじわるはここまでにして、そっと彼女を抱き寄せる。
「大好きです。今日も明日もずっとずっと未来まで」
「……はい」
未来永劫この気持ちには変わらない。
「あなたとここでこうして隣にいられることは本当に本当に夢のようです」
ずっとひとりで、ここに彼女がいたらどんなに素晴らしいだろうか。
想像した場所は山ほどある。
「まだまだあなたに見せたい景色はたくさんあります」
「お、お隣にいられるのは幸せなことです」
「……こ、攻撃力がすごい」
ずっとずっと、どうやったら笑ってくれるのか、想像していた。
公務のあとも、稽古の後も。
ずっとずっと夢見た光景だった。
「フローラ、大好きですよ」
何度言ったって足りやしない。
朝の光が差し込む中、どんな花よりも美しい女性を前に、俺はこれから先も何度も何度もそう告げるのだった。
あなたが「大好き」なのだと。




