末王子スチュアートの本音
朝日が導いてくれる中、中庭と呼ばれるアベンシャール城誇る美しい庭先へと移動した。
俺の心境とは裏腹に、色とりどりのバラが凛とした様子で咲き誇っている。
ここは、フローラと初めて出会った場所でもあった。
いつもしっかり結んだ手は、今では指先だけが繋がった状態である。
「フローラ……」
意を決して、彼女に向き直ると、うるんだ大きな瞳がこちらをとらえていた。
もう、逃げては居られない。
彼女をしっかり見て、告げた。
「フローラ、謝らせてください」
「あっ、謝るのは、わ、わたしの方です」
俺の言葉よりも先に、頭を下げたのはフローラだった。
「申し訳……ございませんでした……」
深く深く頭を下げられる。
一体、彼女に何を詫びることがあるだろうか。
「ふ、フロ……」
「わ、わたしは、あなたさまと仲良くなりたくて、あなたさまに呪いをかけました」
(えっ……)
想像さえしていなかった言葉に動揺した。
(今……なんて……)
「もっとも許されない呪いです。人の心を操ってしまう効力がありました。あなたさまが、わたしを好きになってくれることを願い、かけた呪いです」
彼女に言いたかったこともすべて脳内から飛んでいってしまった気がした。
それほど、インパクトの強く、夢ではないかと思える言葉が耳に残った。
「きっと、大人になったわたしは、この呪いを解くことができました。それでも解けなかった。いいえ、解かなかったんです」
彼女は、そこできゅっと唇を結んだ。
「解けませんでした」
その瞳にはまたたくさんの涙をためて。
「わたしは、あのときも今も……あなたさまに自分のことを見てもらえる幸せを知ってしまった。も、申し訳……ございません……」
そして、再び頭を下げ続ける。
小さな体がぷるぷる震えていた。
「俺に、好きになって欲しかったんですか?」
空気を読まない声色で、思わず尋ねていた。思考回路が追い着かない。
「ど、どんな罰でも受け入れます」
申し訳こざいません……と彼女は繰り返す。
(えっと……)
ゆっくり頭を整理する。
答えないということは、肯定ととらえて良いのだろうか。
誰が誰を好きで、誰に見てもらう喜びを知ったって?
(えっと……)
それこそ操られた世界にいる気がした。
それならば……
「頭をあげてください、フローラ」
まだ俺にもチャンスはあるというのだろうか。確かめたくなる。
「で、できません」
「あなたの顔が見たい」
見たいのだ。
好きで好きでたまらないその顔を。
「む、無理です……」
「俺が悪かったんです。出会ったときからずっとフローラのことが大好きだったのに、あなたを前にすると頭が真っ白になってしまってなにも話せなくなった。話そうとするとうまくいかなくて、あなたを悲しませた」
口にしてしまえば、簡単なことだった。
それなのに、こんなことができなかったなんて。
膝をつき、彼女の顔を覗き込む。
「なにをしても、喜ばせたくてもあなたを泣かせてしまうばかりだった。俺は、最低です」
「お、王子様……」
うるんだ瞳が俺を捕らえたとき、どこまでもこの人を傷つけてしまったのだと改めて思った。
同時に、彼女の瞳が俺ではないもうひとりの男を見ている気がして胸が痛んだ。
「お、おやめください! あ、足が……汚れてしま……」
ジャドールではない。
スチュアート・アベンシャールを。
「あの……」
「はい」
そう思ったら、悲しくなった。
「ジャドールと、呼んでいただけないでしょうか?」
この二年間で積み上げてきたふたりの絆が消えてしまいそうでこわかった。
「え?」
「すみません」
そう繰り返すしかできない。
俺はどうしたいのか?
その問いの答えは出ていた。
彼女と新しい未来をもう一度築き上げていきたかった。




