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アベンシャールの王子たち

 懐かしい香りがして目が覚めた。


 埃っぽい香りではない。


 柔らかな花の香りがした。

 

 居場所も薄暗く天井の低い小部屋ではなく、広く大きい天蓋付きのベットの上にいて、ああ、戻ってきてしまったのかと絶望的な気持ちになる。


「おお、やっとお目覚めたようだな、《《ジャドール様》》」


「えっ……」


 ぼんやりした意識の向こうで声がして、視線を上げると腕組みをして立ち並ぶ兄上たちの姿があった。


「なっ、どうして……」


「おまえの帰りを待ってたんだ」


「散々可愛いフローラに好き勝手してくれたらしいな」


 こうして王子達が揃ってお出ましになるのは珍しいどころか、聞かせろ!と凄まじい圧で迫りくる彼らの姿はなかなか見れるものじゃないな……と内心思う。


「あっ、兄上……フローラは?」


「もうすぐ到着するころだと聞いている」


「そ、そうですか……」


 最後に見た泣き顔が頭から離れない。


 失望しただろうなと想像しただけで気がおかしくなりそうだ。


「スチュアート」


「はい」


「おまえはもう、フローラには会えない」


「なっ!」


 勢い良く反応して、頭に激痛が走った。


「くっ……」


「無理をするな。また倒れるぞ」


「ど、どうして……どうしてです?」


 絶対に、そんなこと、あってはならなかった。


「フローラに会えないなんて、わたしの人生が終わったも同然です。この命ある限り、彼女に会えないなんて選択肢はありません」


「王命でも?」


「ち、父上が……」


 兄上の鋭い視線が刺さる。でも、


「聞けません」


「き、聞けないって、おまえ……」


 普段は物わかり良く生きていたからだろう。突然反抗的になった末っ子に驚きを隠せないようだった。


「父上と話します」


 ベッドから降りようと試み、兄たちの唖然とした様子が目に入ったがそんなことはもうどうでもいい。


「兄上たちはおまえのそのポンコツっぷりに耐性がないのだから、そのくらいにしてやれ、《《ジャドール》》」


 さらに後ろから現れた声に顔を上げる。


 飄々とした様子でこの呼び方をしてくる兄上はひとりしかいない。


「ユリシス……様……」


「「はぁ?」」


 アベンシャール第三王子、ユリシスが音もなく入室してきたところだった。


 兄としてではなく、先日までの主従関係の影響でついつい第三王子を王子扱いしてしまい、他二人の兄上たちをさらに驚かせてしまったようだ。


「兄上たちもお人が悪い。ちゃんと説明してやってください」


 ふふっといつもの余裕たっぷりな笑みを浮かべ、彼は変わらぬ様子でこちらに向かって歩いてきた。


「おまえにはもう、王宮の魔女が施した刻印がない」


「えっ……」


「それはそうだろう。王族のひとりが城内に入るにあたって、騎士である証を背に刻んだままにするはずがない」


「と、いうことは……」


「フローラにとっては最も恐ろしい珍獣だ。我々がそんな危険なものを大切なフローラに近づけるわけないだろう」


「なっ……」


「なにより、フローラを悲しませる者はそばには置けない」


「………」


 それを言われたらなんとも言えなくなる。


 でも、


「この世で一番……フローラが大切なんです」


 これだけは譲れない。


「泣かせてしまってばかりでしたが、何よりも何よりも大切な気持ちは変わらない」


 ジャドール!とこちらを振り返り、頬を染める彼女の姿が脳裏に浮かんだ。


「……会わせてください。お願いします」


 兄上たちの言っていることはもっともだ。


 でも、会うことができないなんて耐えられなかった。


 地に足をつき、そのまま跪き、頭を下げた俺に兄上たちが息を呑んだのがわかった。


「お願いします」


「頭を上げろ。そんなことは望んでいない」


 ただひとり、第三王子のみ口角をあげた。


「まぁいい。最後のチャンスをやろう」


「最後……」


「フローラが到着した」


「えっ!」


「しかしながら、心を閉ざしていてわたしの存在さえも認知してもらうことはできなかった」


「………」


 その言葉に、胸がぐっと痛くなる。


「これから彼女はここで、新しい王宮の魔女として働くことになるだろう。でもきっと、我々王子には二度と顔を上げてくれることはなくなるのだろうとわたしは悟ったんだ」


「……そんなの絶対に嫌です」


「はは、しつこい男は嫌われるぞ」


 フローラと同じ空間にいて、近づけないなんて考えただけでもぞっとする。


 そんなの、何もできなかったあの頃と何も変わらないではないか。


「振られてこい」


「えっ……」


「わたしたちも悪ではない。おまえがしっかり最後を締めくくれるよう、そのチャンスだけはくれてやろう。しっかり想いを伝えて、わたしは好きじゃないと言われればいい」


「なっ……」


 それはそれで冗談じゃない。


「そうしたら諦めもつくだろう」


 ははは、と笑い、行けと扉を指す第三王子の声が聞こえるかそうでないかのうちに、俺は走り出していた。


 彼女に会いたい。


(あ、諦めなんて、つくわけないだろ)


 ただその一心だった。

  

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