末王子の初恋
彼女は小さな魔女だと言われていた。
おばあちゃんおばあちゃんと花が咲いたような笑顔を浮かべて王宮の魔女のあとについてまわり、その愛らしさから彼女を大好きになった兄たちを前に鈴のような声で笑った。
可愛いと思った。
仲良くなりたいと思った。
でも、彼女はいつも兄上たちと一緒にいて、近づくことができなかった。
俺は笑うことがとても下手くそで、思ったことがちゃんと口に出せなかったから、兄上たちが彼女の元へ向かっても木の陰から見ているのが精一杯だった。
年が近いという理由で兄上たちに彼女を紹介してもらうことになったときはとてもとても嬉しくて、それと同じくらい……いや、それ以上に緊張したのを覚えている。
母上から、口にできないのなら心でしっかり思えば伝わるのだと言われていただめ、彼女の元へ向かう途中はずっと自分についての自己紹介を脳内で繰り返し続けていた。
バラの庭園に向かったとき、長い黒髪を背に垂らした女の子がひとりで遊んでいた。
『フローラ!』
兄上が声をかけると、彼女はひょこっと弾むように振り返り、頬を紅潮させてこちらに笑いかけてくれた。
『フローラ、こいつはスチュアート。俺たちの一番下の弟だ』
笑いかけてもらえると思って、兄上の後ろから顔を出し、頭を下げた。
『はじめまして。スチュワートと申し……え?』
手を差し出そうとしたとき、彼女は驚いたように口をパックリ開け、大きな目をぱちくりさせてこちらを見ていた。
『あ、あの……なにか……』
兄上たちがニヤニヤと笑っていて、はっとした彼女は顔を赤くして両手で頬を覆ったところだった。
(えっ……)
どうして……そう思った。
兄上たちには満面の笑みで笑いかけているのに、どうして俺には顔を隠すのか。
『そうかそうか、フローラ……』
『うそだろぉ〜』
何がおかしいのか、愉快そうに笑い合う兄上たちの様子も含めてとてもショックを受けたのを覚えている。
しっかり名乗ろうと意気込んで行ったのに、名乗ることさえ叶わなかった。
今なら彼女が真っ赤になった仕草なんて見慣れてしまったというのに、会うたびに顔を赤らめて躊躇しながらも、それでも近づいて来ようとする彼女に悲しい気持ちでいっぱいになった。
心の中で、一生懸命唱えた。
仲良くなりたいのだと。
本当は直接言いたかったけど、口にしてしまったら彼女が怖がってしまうと思ってさらに何も言えなくなってしまった。
思えば思うほど、彼女は真っ赤になって下を向く。
怖いなら近づいてこなければいいのに。
だんだんそう思うようになった。
笑おうとして、頬を引きつらせるのだ。
見ているだけでこちらが泣きたくなる。
『わたしに気を使わなくて結構です』
『兄上なら庭園にいましたよ』
彼女が近づいてくるたびにそう言うようになった。
胸があまりにも痛いため、自衛をすることを覚えたのだ。
彼女は優しいから兄上たちと同じように気を使ってこちらにも来てくれているのだと思って、こちらも気を利かせたつもりが泣かせてしまったことがある。
何をやってもうまくいかない。
近づいてくるくせに怯えて泣いて、ひどい人だと思ったけど、その泣き顔を見ていたら放っておくわけにはいかなかった。
小さな体を揺らしてしくしく泣いている姿は見ていられない。
泣かないで欲しいと触れかけたとき、彼女が大きな瞳に涙をいっぱいためてこちらを見たため、思わず手を引っ込めてしまった。
あまりにも可愛くて、どうしたら良いのかわからないのだ。
ずっと……ずっと知っていた。
俺は初めて見たときからこの小さい魔女に惚れていて、自分のことを好きになってもらいたかったということを。
だから、何をやっても傷ついてしまうことを。
『おはよう』
早朝から薬草を摘みに行く彼女のそばに向かい、心の中で何度も唱えた。
『おはよう』
怖がられると嫌だから、彼女が気づく前にそっと背を向ける、帰るのが日課になった。




