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きらきら星協奏曲

作者: 日向 葵

 朝日が病気に罹った。「深層心理発露時嘔吐宝石症」と言うらしい。

 それを泉が教えてもらったのは昼休み、園芸委員として花壇の手入れをしている最中だった。

「あ、いたいた」

「おーよくここだって分かったじゃん」

「まあね」

 通学カバンを提げておらず、朝日は一度教室に入ってから外に出てきたらしかった。

 同じ園芸委員の朝日は泉が植物の世話が得意で好き好んでいるのを把握している。ここに足を運んだのも決して当てずっぽうではなかったが、泉には知る由もない。

「病院行ったんだって? 大丈夫?」

 朝のホームルームで朝日が病院に寄るため遅刻する旨は知っていた。ギプスや松葉杖などは見当たらず、顔色も特に悪くない。昨日の放課後までは何もなかったはずだから、部活でケガでもしたのだろうかと軽い気持ちで泉は質問する。

「うん。なんか変な病名だったけど、とりあえず大丈夫」

「変な?」

 そうして聞き返す泉に朝日が告げたのが、「深層心理発露時嘔吐宝石症」という初めて聞く名前の病気だった。

 病名のとおり、本音を言うたび口から宝石を吐くそうだ。医者が言うには万に一人罹患するかしないかとか。

「そんなに珍しいなら……」

 治療法とか、薬とかもしかして……。 

 パンジーの列の合間から雑草をむしりながら流し聞きするには結構ヘビーそうな内容に、泉はその先が続かなかった。思わず土まみれの指が止まり、隣にしゃがみ菓子袋の破片を拾い上げる朝日の横顔を凝視する。

「治すのは簡単で、言わないでいた本音を全部言い尽くせばいいんだって」

「あ、そうなの?」

 泉の不安交じりの疑問を先読みした朝日が説明してくれる。飄々とした声音は奇病になんの心配もしていないようだった。

 思ったよりずっと平易な治療法に泉は拍子抜けしつつもひっそりと胸を撫で下ろし草むしりを再開する。

「とゆーわけで泉、いつも宿題写させてくれてありがと」

 ポロリ。

 特に苦しむ様子もなく朝日が吐き出したのは、向日葵のように明るく輝く黄色い小さな宝石だった。

 



 午後の授業が終わっての休み時間。朝日はクラスメートにもお礼を伝え周っていた。既に来ていた六時限目の古典の先生にも丁寧に頭を下げている。そのたびぽろぽろ口からこぼれる宝石を教室のみんなは驚いたり不思議がったりしながら拾い上げた。

「これ本物?」

「らしいよ」

「えーっマジで!? 貰っちゃっていい?」

「もちろん」

 教室の一隅できゃあきゃあ女子群がはしゃぐ。

「これ、なんていう宝石かなあ?」

「後で地学部の子に聞いてみよ」


 放課後になればすっかり朝日の病気は知れ渡り、理科と保健の先生、それから地質学部員までもが罹患者の机を囲んでいた。後は帰るだけの泉は机の中から必要な教科書やノートをゆっくりカバンに仕舞いながら流れてくる会話に耳を立てる。

「学校側としては特段気をつける事は無い?」

「はい。医者は感染はしないし、これまでと変わらず日常生活が送れるから衣食住で気を付けなきゃいけない事は無いって。誤飲はするかもしれないが、これくらいのサイズならスイカの種を飲み込んだのと同じで緊急性は低いとも。あんまり飲みすぎたらそのときに考えようって」

「そう聞くと、大きいサイズの石ができるかどうかが心配だな」

「あ、なんか隠していた気持ちに宝石の大きさは比例するって話でした」

「ロマンチックだ」

「ええー、じゃあちょっとこの石ちっちゃすぎない?」

 大人二人が真面目に質問する後ろで部員は好き勝手言い合う。

 でも彼らが言う通り、確かに昼に貰った宝石は感謝の証にしては小さい気がした。友人間のやりとりなんてぞんざいなもので、ノートを返す時お礼はあったりなかったりする。その「なかったとき」の分を凝縮したサイズだろうか。

 とはいえどんなサイズだろうと、泉にとって唯一無二であるのに変わりはなかった。




 それから暫く、校内では朝日のお礼参りと理科の先生や地質学部員による鑑定や調査が続いた。

「ねえねえ、朝日ってシトリンしか出ないん?」

 足繁く研究対象のもとへ通う部員の一人が、朝日の前の席を借りて向き合い質問する。

 この日も放課後にれば教室を出る暇もなく朝日は好奇心に輝くたくさんの目に囲まれていた。

 しかし今日は委員会活動の日だ。当番が回ってくるたび、自然と並んで二人は花壇に向かっていた。当たり前すぎて口約束すらしない決まり事だが、複数人に囲まれている朝日をわざわざ連れ出すのは嫌味っぽくて泉には憚られた。しょうがないのでスマホゲームで時間を潰して待つことにする。

「シトリン?」

「シトリンっていうのはー。ほら、この黄色いの」

 生徒はわざわざ持参した本を机上に広げ、朝日に宝石の説明を試みる。

「朝日から宝石もらったっていう人が持ってくる宝石、みーんなシトリンなんよ」

 泉はこの部員と一緒のクラスになったことがないが、朝日とはかつてのクラスメートだったのか随分会話が気安い。一冊の本を挟んで鮮やかな写真を見合う二人の顔の近さが泉には気になった。

 ゲームを操作しても朝日達の会話を耳が勝手に拾う。どうやら泉が大事にしている向日葵色の宝石をシトリンと言うらしかった。

 硬度は、とか鉄イオンが、とか地学部らしい単語がすらすら発せられた後、研究者らしいまっすぐな眼差しで朝日を見据え部員は「で、最初の質問。他の石は出したことある?」と尋ねた。

「水色や紫とか?」

 思い出しながら朝日が例に挙げた石は泉も見せてもらった覚えがある。紫陽花のようにぽってりと丸くて水色の不透明な宝石と、パンジーを髣髴とさせる深みのある澄んだ紫色の四角い宝石だった。

「詳しく聞いていい?」

「個人的にこんな法則があるなーとか、何か気付いたことってある?」

 新しいトピックを皮切りにして、それまで一人に任せていた聴取へ残りの部員も参加する。

「お礼を言ったら黄色なんじゃないかとは薄々気付いてた」

「気持ちが反映されるってこと!?」

 朝日の周囲が沸き立つ。

「あとは……あー、謝ったら青……? 病院でドクターと病気について話すときは紫ばっかりだよ。悩みとか相談ってことかな」

「ほえー面白」

「違うのは色なのかな、種類なのかな。実物って今度でいいから見せてもらえない?」

 さすが科学の部活に入っているだけあって地学部には研究者気質が多いようだ。興味深そうに質疑応答を続けスマホにメモをしている。引き際は弁えているらしく思ったより早めに切り上げ、部員達は去って行った。

 ここでそそくさと朝日の机に向かうのはいかにも待っていましたと白状するようで、泉は準備を終えたあっちが声をかけてくるまで手元の画面を注視していた。


「それにしても治んないなあ、朝日の病気」

「ほんとそれ」

 ぽつぽつと生える草を抜きながら、水を入れたじょうろを片手に水道から戻ってきた朝日に、心配半分興味半分の言葉を投げる。

 園芸委員は基本昼休みに活動し、二人も春の間はその例に漏れなかった。けれど最近は放課後ここに赴いている。暑くなってきたこの時期、水やりは午後のほうがいいからだ。気温が低い時間帯に水をやると日中温まって植物を傷めてしまう。そうならないよう放課後花の世話をしたいと朝日に伝えれば、意外にもすんなり了承してくれた。 この委員会が性に合っている泉とは違い、朝日は余りものを引いたくちだ。早く帰宅なり部活なりしたいだろうに提案を受け入れてくれたのが泉には少し意外だった。なんなら秋までは一人で作業するつもりでいた。

「それなって、自分のことじゃん……言いたいことが分からないとか?」

 だとしたらそれはなんだろう。

「まあ」

 曖昧な返事に何かあるんだなと友人としての勘が告げる。ただ、そこをつついてもいいものか泉に答えは出せなかった。気にならないといえば嘘だが、勘ぐりすぎるのは下世話だ。

 ちょこんと土から伸びる新芽を万が一にも摘まないよう手を動かしつつ、泉は口も同時に動かす。花期が終わったパンジーとマリーゴールドに代わって蒔かれたのは向日葵の種だった。朝日も隣の花壇に水を撒きながら答える。

「他人事すぎる。治したくないの?」

「そりゃ治したいさ」

「じゃあなんで言わないの?」

 そんなつもりはないのに泉は問いを重ねてしまった。ここのところ朝日には『なぜ』がぶつけられてばかりで、内心うんざりしてるかもしれないんだから気をつけなければと心がけていたのに。

「言っていいの?」

 思いがけない発言にどういう意味かと真横を見上げる。シトリンみたいに、向日葵みたいに黄色い初夏の夕日を背負った朝日の表情は、逆光で判別できなかった。




「朝日、病気治ったんだって!?」

 どこから噂を聞きつけたのか、朝のホームルームが始まるぎりぎりの前にもかかわらず例の部員が朝日の席に駆け寄ってきた。

「おかげさまで」

「そっかー。もうちょい調べたかったのが正直なとこだけど、でも治ったんならよかった!」

「ありがとう」

「体調に変化はない? やっぱ最後の宝石なら特別な色?」

「普通の黄色いのだったよ」

 それは嘘だったが、質問者には見抜けなかった。

 その代わり、朝日が最後に吐き出した宝石が薔薇色にきらめく今までで一番大きい「本音」だったということを泉なら知っている。

リメイク。良くなった気はしない。

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