9. レイラは手伝いたい
朝食を食べた後にリビングで寛いでいると、何やらレイラがそわそわしているのが目に入る。何かあるのかと気になったダウンズは、自分から言いにくい事なのかもと思い、読んでいた本を閉じて思い切ってレイラに尋ねてみる。
「レイラ?どうしたんだ?何かそわそわしてるけど」
突如ダウンズに話し掛けられたレイラはちょっとびっくりしつつ、思い切って自分の意志を伝えてみる。
「あの………、私にも何かやらせて欲しいです。その………家事とか」
「別に無理して何かやる必要はないぞ?もう奴隷じゃないんだし」
「無理してとかじゃないんです!いつもダウンズさんにいろいろしてもらってるので、自分も何か役に立ちたいんです!」
ダウンズはようやくレイラの心中を察した。確かにダウンズはレイラの奴隷時代の傷を鑑みて、極力命令などはしないように心がけていた。だがその所為で、レイラが手持ち無沙汰になり、逆に居心地を悪くさせていたのかもしれないと反省する。
「確かに、家事は分担してもいいかもな」
「はい!お願いします!」
「じゃあ………まずは洗濯と掃除をやってもらうか」
「わかりました!それなら前にやっていたのでわかります!」
さっそくレイラは掃除をしたいと言ってきたので、レイラに箒とぞうきんを渡すと、本当にてきぱきと掃除をし始めた。確かに慣れた手つきで、散らかっていた家の中は少しずつ綺麗になっていく。
てきぱきと忙しなく動くレイラを眺めてると、すぐにリビングとキッチンの掃除は終わったみたいだ。
「あの、ダウンズさんのお部屋も、掃除してもいいですか?」
「そこまでやってくれんの?じゃあお願いしようかな」
「はい!―――もう1つの部屋も、入って大丈夫ですか?」
もう1つの部屋。ダウンズの家には3つの部屋があり、1つはダウンズ、1つはレイラが使っていて、部屋が1つ余っているのだ。
「ああ。大丈夫だよ」
「はい!ありがとうございます!」
「礼を言うのはこっちなんだけどなぁ………」
最後の部屋は、いわゆる仕事道具などを置いてある部屋で、騎士団時代から愛用している剣や盾、仕事で着るための使い捨ての目立たない服などが置いてある。そう物も多くない筈なので、すぐに掃除はできるし、見られて困るものは置いていないので問題ないだろう
午前中の内に掃除も終わり、ダウンズが作ったランチを食べた所で、レイラが興味津々という様子でダウンズに尋ねてくる。
「ダウンズさんは元々騎士だったんですか?」
部屋には騎士時代の剣や盾、甲冑などが置いてある。掃除をしている時にそれらを見て気になったのだろう。
「ああ。そうだよ」
「どうしてやめちゃったんです?」
「それはな。レイラみたいな可愛い子と一緒に暮らす為さ!」
「むぅ。からかわないでください」
ダウンズが冗談交じりに答えると、レイラは頬を膨らませた。レイラとしては真剣に知りたいと思って尋ねてきたのだろう。頬を膨らませている姿は、年相応で可愛らしい。
「ちょっと任務に失敗しちゃってな。責任を取って辞めたんだ」
「あ………ごめんなさい、嫌なこと聞いちゃって………」
「大丈夫だ。昔の話だしな」
そう言いつつダウンズは少しだけ寂しそうな表情を見せた。そのダウンズの表情を見て、レイラは咄嗟に話題を変える。
「ダウンズさんは今何のお仕事してるんですか?」
「たまに偉い人から依頼が来るんだよ。それをこなして金を稼いでる。まあ、何でも屋みたいなもんかな」
「へー。どんな依頼が来るんですか?」
「うーん。レイラに教えるにはちょっと早いかな」
「え~、気になる………」
「まあ、また今度な」
ダウンズははぐらかす様にレイラの頭に手を乗せて、くしゃくしゃと頭を撫で始めた。レイラは撫でられるのが気持ちいいのか、目を細めてダウンズの手の感触を味わっている。
「実は昨日、仕事の依頼が来たんだ。近いうちに1日空けるから、レイラを誰かに預けないといけないんだが………」
「―――付いて行っちゃダメですか?」
「ダメだ。危ないし」
「むぅ~~~~!」
「そんな顔してもダメなもんはダメだ!」
頬を膨らませて付いて行きたいと主張するレイラであったが、ダウンズへの依頼は貴族の暗殺である。レイラを連れて行けるわけがない。
「だって………ダウンズさん以外は、まだ怖いです………」
「ああ、確かになぁ………」
レイラはようやくダウンズに心を開いてくれた感じはあるが、やはりまだ他人は怖いのだろう。確かに預けることができる人物を、安易には選べない。
「ウィズはどうだ?レイラを助けてくれたのはあいつだろう?」
「ほとんど会話もしてないので、よく知らないです」
「じゃあ、カナは?」
「カナさんだったら、大丈夫かも………」
カナはダウンズの事を信じられる人物だと言っていた。その言葉通り、レイラはダウンズを信じてみて、今幸せな生活を送れている。確かにカナであれば、レイラもそう怖くはない。
「じゃあカナに頼むか。俺やカナ以外の人との関わりも、焦らず少しずつ慣らしていけばいいさ」
「はい………」
それでもレイラは少し悲しげな表情を見せた。レイラは単純に、ダウンズと離れたくないのだ。彼と離れると、途端に寂しさと心細さが顔を出すのだ。
だが、ダウンズにも仕事がある。レイラには申し訳ないが、ここは我慢してもらうしかないだろう。
そんな風に、ダウンズとレイラで話をしていると、ダウンズの家にレイラが来てから初めて、ノックの音が響いた。
「ダウンズ、いるか?」
「ん?その声はウィズか。ちょっと待ってろ」
どうやら来客はウィズのようだ。何かまた、頼み事でもあるのだろうか。流石にこれ以上誰かを保護するのは難しいが、はたして何用なのか。
ダウンズがウィズを玄関まで迎えに行き、鍵を開けてウィズを出迎える。
「やあレイラちゃん。お久しぶり」
レイラはウィズの姿を見るや否や、タタッと急ぎ足で走り、ダウンズの後ろに隠れた。
「お久しぶりです………」
ダウンズの後ろに隠れて、顔を半分出しながら平坦な声でウィズに挨拶を返す。超、極度の人見知りだ。
「がはははは!!ウィズお前、めっちゃ怖がられてんじゃん!」
「―――そういうダウンズは、めちゃくちゃ懐かれてるな」
笑われたウィズは眉間にしわを寄せる。ダウンズにからかわれて、少しご立腹だ。
「ほらレイラ。ウィズが盗賊から助けてくれたんだろ?ちゃんと礼を言いな」
「はい」
レイラはダウンズにそう言われると、大人しく従う。ダウンズの後ろから出てきて、ウィズの前に立つ。
「あの時は助けてくださり、ありがとうございました」
「どういたしまして」
レイラはウィズに向かって頭を下げた後、すぐに踵を返してダウンズの後ろに戻っていった。あくまで姿を出したのは礼を言うためだったらしい。
「ダウンズ、その子にどうやって懐かれたんだ?」
「俺もよくわからん」
「―――ダウンズさんは、いっぱい優しくしてくれましたから………」
ダウンズの後ろから答えるレイラ。その答えを聞き、またもダウンズが大笑いする。
「ぶはははは!!ウィズ、お前は優しくないってよ!!」
「さっきから笑い過ぎだダウンズ!!ぶん殴るぞ!!」
「お~~怖え。なあレイラ?」
「はい」
「お前………!子供を使うとか、卑怯だぞ………!!」
そんな冗談交じりのやり取りもほどほどにしつつ、ウィズが訪ねてきた目的を問う。
「それで?今日は何の用なんだ?優しくないウィズ君」
「まだ言うか………!!」
ウィズがムッとしながら、尋ねてきた目的を話す。
「最近堂々亭に言ってないだろう?エミーちゃんや常連たちが心配してたぞ?何かあったんじゃないかって」
「あ………、確かに」
堂々亭はダウンズの行きつけの食堂だ。2,3日に1回くらいの頻度で行っていたが、確かに最近は行けてない。レイラとの日々が存外楽しくてすっかり忘れていたのと、レイラがいたため外食はできなかった、というのもある。
「まあ、その分だと何かあったって訳じゃなさそうでよかったよ」
「単純に行くのを忘れてただけだ。そうか、1週間行かないだけで心配されるくらいには、あの店に貢献してたのか」
「だな。常連が嘆いてたぞ。はやくダウンズのアホ面を見たいって」
「あいつらの為には絶対に行きたくねえ………!」
どうせ常連のアホ共は、ただ単にダウンズがエミーに玉砕される姿を見たいだけなんだろう。
「そろそろ顔出してやれよ。エミーちゃんも心配してるし」
「確かにそろそろ顔を見せておきたいが………」
ダウンズはそう言って、ダウンズの後ろに隠れるレイラの事を見る。この子は御覧の通り極度の人見知りである。彼女が人見知りである事にはちゃんと理由もあるので、できれば無理はさせたくないが………
「だ、大丈夫です!私も行きます!」
レイラが覚悟を決めたような顔でそう宣言した。
「ほんとに大丈夫か?無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理してません!ダウンズさんが近くにいるなら、大丈夫です!………たぶん」
最後の弱気な「たぶん」が無ければ完璧だったが、まあ、ここは彼女の意思を尊重しよう。自分から苦手を克服しようという姿勢は褒められるべきだ。
「わかった。じゃあ今からでも行くか。今から向かえば、丁度いい感じの時間だろうし」
「は、はい!わかりました!」
ダウンズがそう言うと、レイラは自分の部屋に戻っていった。外に出る準備を今からするのだろう。
「ということだ。ウィズ、お前も付き合え。久しぶりに飲もうぜ」
「しょうがないな。レイラちゃんもいるんだし、ほどほどにな」
こうやってダウンズたちは、久しぶりに堂々亭で飲むことが決定したのだった。