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元騎士の遊び人、奴隷の少女を保護する  作者: あべしろ
第1章 遊び人と奴隷少女の出会い
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7. 信じてみる

 喫茶店でダウンズと共にデザートに舌鼓(したづつみ)を打った後、レイラはダウンズと共に外に出る。喫茶店での時間は、本当に幸せなひと時だった。今まで食べたことも無いような2種類のデザートを味わったのもそうだが、その幸せをダウンズと共に分かち合えたのだ。

 レイラの中で、ダウンズという存在がどんどん大きくなってきているのを感じる。彼はいつも、レイラに喜楽と安心感を提供してくれるのだ。

 だけど、それと同時に、レイラの中では恐怖もより一層大きくなっていく。ダウンズに対する恐怖ではない。もうダウンズを怖いと思うことはほとんどなくなった。

 なら、いったい何が怖いというのか。それは、この幸せな時間が失われてしまう事への恐怖である。

 ダウンズとの日々は、レイラにとって今までに無いくらい、幸せな時間である。まだ出会ってたった一週間であるが、確かな幸せを感じていたのだ。

 そんな幸せな日常が失われてしまうんじゃないかという恐怖が、今日という日を(さかい)に、さらに大きくなってしまった。

 もしダウンズが前の主人のように、暴力を振るい始めたら?もしダウンズが、レイラの前から急に居なくなってしまったら?そうなると、レイラは一気に天国から地獄に落ちる。それがレイラは怖いのだ。

 握っていたダウンズの手を更にぎゅっと握る。こうすれば恐怖は薄れる。

 ダウンズは突如手を強く握られたことに驚きつつも、彼もレイラの手を強く握り返してくれた。こうしていつも彼は安心感を与えてくれる。

 大丈夫。ダウンズはここにいる。今はまだレイラの(そば)にいるんだ。

 レイラは自らの中に芽吹いた恐怖を押し込め、ダウンズの横を歩き続ける。






 しばらく街を歩いた後、突如ダウンズが慌てたような様子で大通りの脇に逸れて、レイラに言う。


「悪いレイラ!ちょっとここで待っててくれるか?」

「はい。大丈夫です」

「ごめんな。すぐ戻るよ」


 そう言ってダウンズは駆け足でレイラの視界から消えた。何の用事?とは聞けなかった。ダウンズが慌てていたからだ。急いでいるようだったので、レイラが時間を取るのはダウンズに迷惑だと思ったのだ。

 レイラは一気に心細くなる。やはりレイラの中ではもう、ダウンズという存在は大きくなり過ぎたみたいで、彼がいないと一気に不安や恐怖で一杯になる。先ほど感じていた恐怖が、一気にぶり返してくるのだ。このままダウンズがいなくなってしまうのではないか。そんな恐怖がレイラを支配する。

 奴隷時代のレイラは、1人でいる時間の方が安心できた。前の主人は、暇さえあればレイラに手を上げたからだ。1人でいる時は暴力を振るわれない。レイラにとっては唯一、安心できる時間であった。なのに今は、この体たらくだ。ダウンズがいないと、心細く感じるようになってしまったのだ。


 そんな心細くなっていたレイラに、2人組の男が話しかけてきた。


「ねえ君。1人?」

「え?」


 突然知らない男に話し掛けられ、硬直(こうちょく)してしまうレイラ。


「ねぇ?もしも~し。聞いてんの?」

「え、あの………」

「ああよかった。今一人なの?」


 男2人はニタニタとした表情を浮かべながら、レイラの顔や身体をじろじろと見る。男性経験のないレイラにもわかる。これは身体目当てのいやらしい目である。


「つ、連れがいますので」

「ほんとに?どこに?こんなに可愛い子を置いてくなんて、酷い男だねぇ」

「ほんとだよ。そんな奴放って置いて、俺たちと遊ぼうよ」

「い、いやです!」


 恐怖を押し殺しながらなんとか拒否するレイラだが、それでも男2人は食い下がる。


「ねえ、いいじゃん」

「ほら。いいから来いよ」

「い、いや!放して!」


 男の内1人がレイラの腕を掴んだ。レイラの背筋(せすじ)に強烈な悪寒(おかん)が走る。恐怖で足がすくみ、ガタガタと足が震える。

 そんな状態でもなお、拒否しようとするレイラに腹を立て、男は遂に強引な手段に出る。


「ちっ!いいから言うこと聞けよ!」

「ひっ!」


 レイラの腕を掴んだ男がもう一方の手を振り上げ、レイラに暴力を加えようとしたのだ。今まで奴隷時代に受けてきた暴力への恐怖が再燃し、レイラは思わず目を(つむ)った。


 男が振り上げた手が、レイラに向かって振り下ろされる、その瞬間――――――


「何をやってる」


 聞き馴染みのある声、だが、聞き馴染みのない声音がレイラの元へ届いた。


 レイラが瞑っていた目を開けて声の主を確認すると、そこに立っていたのは、男が振り下ろそうとした手を掴んだ、ダウンズの姿であった。


 レイラを暴行から守るように男の手を掴んだダウンズの顔は、鬼の形相で男性たちを(にら)みつけていた。


「ナンパにしちゃあ、随分と手荒じゃねえか?ああ?」


 ダウンズの声色は、いつも聞いている優しい声でも、楽しそうな声でもなく、身震いしてしまうほど低い、氷点下の声であった。


「ダウンズか、丁度良かった。俺たちこれからこの子と遊ぶんだが、一緒に来ないか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ダウンズが眉間をピクリと動かし、更に顔が険しくなった。この男たちはダウンズを知っているようだが、ダウンズはこんな男たちは知らない。


「その子は俺の連れだ。手を放せ」

「なんだ、お前の連れだったのか。じゃあ俺らも混ぜろよ」

「聞こえなかったか?手を放せと言っている」


 ダウンズが掴んでいる男の手首をギリギリと締め上げる。


「いて!いてぇ!!わかった!放すよ!」


 あまりの握力に男はダウンズの言葉に従い、レイラの手首を放した。ようやく自由になったレイラは男から距離を取り、ダウンズの背中に隠れる。


「んだよ!なんでそんなに怒ってんだよダウンズ!」

「さっきからダウンズダウンズうるせえな。俺はてめえらの事知らねえんだよ」


 ダウンズの後ろに隠れたレイラを(かば)いながら、掴んだ男性の手をダウンズは突き放す。急に後ろに押された男性はバランスを崩し、後ろに倒れて尻もちを付いた。


「いてて………なんなんだよ!お前だってナンパしてんだろ!?ここらじゃ有名だぞ!?」

「お前らのはナンパじゃねえ。ナンパってのはな、一度限りの出会いをお互いに楽しむもんだ。お前らがやってんのはただの誘拐だ」


 ダウンズの持論だ。嫌がっている女性を無理やり連れ去るのはナンパなんかじゃない。ただの拉致監禁だ。女性が嫌がるならすぐに引き下がる、それこそダウンズの信条(しんじょう)である。


「クソが!女の前だからってカッコつけてんじゃねえよ!!」


 ダウンズに自らの行動を(とが)められた男たちはいきり立ち、ダウンズに向かって同時に殴りかかってくる。

 ダウンズは両サイドから襲い掛かってくる男の拳を屈んで避け、突っ込んできた勢いを利用して、男2人の腹に両拳で腹パンを喰らわせた。


「ぐぉっ!!」

「ぐへぇ!!」


 あまりの痛みに、くの字に折れ曲がる男2人。

 ダウンズは右の男の、腰付近まで下がった顔面目掛けて、思いっきりアッパーカットをお見舞いする。


「ぶふぉっ!!!」


 あまりの威力に弧を描きながら空中に吹き飛ばされた男は、10メートルほども後ろに弾き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられて、意識を刈り取られた。

 ダウンズはその後すぐに左の男に向き直り、胸ぐらを掴み上げて、男を空中に持ち上げる。


「2人だからと舐めてかかったな?お前ら程度じゃ相手にもならんよ」

「そう言えば元騎士だって噂だったな………クソッ!」


 胸ぐらを掴まれて持ち上げられている男が悪態(あくたい)をつく。男の言う通り、ダウンズは元々騎士であった。理由があって騎士をやめたが、その時の経験や鍛錬は、今もダウンズの中に根付いている。そこらの(やから)にどうにかできるほど、やわな人物ではないのだ。

 ダウンズは持ち上げた男を投げ飛ばした。投げ飛ばされた男性はまたも尻もちを付き、怒りに満ちた顔のダウンズを震えながら見上げる。


「すり潰されたくなかったら()ね!クソガキが!!」

「ひ、ひぃっ!!」


 ダウンズのあまりの形相に腰を抜かした男は何とか立ち上がり、意識を失った男を置いて一目散に逃げだした。


 ダウンズは消え去った男の背を見送ると、すぐに後ろのレイラに向き直り、片膝をついて問いかける。


「大丈夫か!?ケガはないか!?」

「は、はい!大丈夫です!」


 口ではそう言っているが、レイラの身体は怯えて震えたままだ。両手をプルプルと震わせて、荒い息で両肩が上下している。

 ダウンズはそんなレイラの両手を取り、ダウンズの大きな手で包み込んだ。ごつごつとした、温かいダウンズの手だ。


「怖かったよな。ごめんな、1人にしちまって」

「だい、丈夫です。1人は慣れてますから………」

「こんな時に強がらなくていい」


 ダウンズはレイラの手を握り締め、レイラの(ひとみ)を真っすぐに見つめて言う。


「怖い時は怖いと言っていい。辛い時は辛いと言っていいんだ」

「………で、でも、怖いって言えば、辛いって言えば、前の主人は、暴力を振るいました………」

「言っただろ?俺は絶対にレイラに手を出さない。―――まだ、信じられないか?」


 レイラも信じたい。ダウンズはいつも優しくしてくれた。色んなものを与えてくれた。そして今回は、レイラを暴漢(ぼうかん)から守ってくれた。そんなダウンズを、レイラも信じたいのだ。


「―――信じたいです。でも、怖いんです。いつか前のご主人様みたいに、急に暴力を振るわれないかって………!ダウンズさんに、捨てられないかって………!不安で、不安で………!」


 レイラが胸の内に秘めていた不安や恐怖を吐露(とろ)した。瞳から涙を流しながら、レイラは嗚咽(おえつ)を漏らす。


 ダウンズはそんなレイラを引き寄せて、自らの大きな体で抱きしめた。


「………!」


 突然のダウンズの抱擁(ほうよう)に、レイラは目を丸くする。


「レイラ、約束する。俺は絶対に、レイラに暴力は振るわない。レイラを絶対に見捨てない。―――だから………だからどうか、俺を信じてくれ!」


 ダウンズはレイラに約束しながら、レイラをぎゅっと抱きしめる。ダウンズの温もりが、優しさが、レイラに伝わってくる。


「本当、ですか………?………ダウンズさんを信じても………いいですか?」

「ああ、約束する!―――だから、俺を信じろ!」


 ダウンズの言葉で、レイラの心の中のダムが決壊した。心の中に押し込めていた感情が、一気に外に溢れ出した。

 レイラの瞳から、大量の涙が溢れだす。決壊したダムによる涙の激流が、レイラの不安や恐怖を押し流す。


「ダウンズさん………!ダウンズさん………!」


 レイラは嗚咽を漏らし続けた。ダウンズの名を何度も呼び、すぐ近くにダウンズがいることを確かめる。ダウンズの背中に両手を回し、レイラもぎゅっとダウンズを抱き締め返す。もう離さないと、そう訴えかけるように。


 レイラはこのダウンズという男を、もう一度だけ信じてみることにした。

 今まで何度も裏切られ、身も心も傷ついてきた。傷付き、ボロボロになった心は、他者を信じない、他者に期待しないことで、何とか守り抜いてきた。

 だけど、ダウンズはそのレイラの心を、何度も(いや)してくれた。レイラの冷え切った心を、暖めてくれた。

 だからレイラは、彼の前に、自らの心をさらけ出そう。彼をもう一度だけ、信じてみよう。

 ダウンズの優しさに、ダウンズの温かさに、答えるように。


 レイラはダウンズの腕の中で、自らの感情の(おもむく)くままに泣き続けた。

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