6. ダウンズはレイラと出かけたい
ダウンズがレイラを保護して一週間が経過した。レイラは一週間が経過した今でもまだ無表情のままであるが、時折笑顔を見せるようになり、声にも徐々に感情が乗り始めてきたように感じる。特にダウンズがご飯を用意した時は感情の起伏が顕著だ。
ダウンズはお世辞にも料理が上手いとは言えない。男の1人暮らしでかつ、今まではほとんど外食で飯を済ませてきたからだ。レイラに初めてサンドイッチを作った時など、キッチンにある火起こし用の魔道具の使い方すら分からないような状態だったのだ。初日の朝にレイラ用の服と一緒に買い込んだ卵も失敗し続け、全部使いきってようやく完成したのがあの無難なサンドイッチである。
ダウンズはそんな料理不得手な状態であるため、よく料理を失敗する。そして、自分でも失敗したなと思った料理を出すと、レイラは無表情のまま食べ進める。だが、稀にある運よく成功した料理を食べると、レイラは美味しそうな表情で食べてくれるのだ。そんなレイラの表情が嬉しくて、最近は料理本を買い漁って、よく料理本を熟読しているのはレイラには内緒だ。本は(というより本に使われるような上質な紙は)高級品なので出費が痛いが、レイラの笑顔の事を考えるとどうでもよくなってくる。
そのレイラとの生活であるが、ここ一週間はほとんど外出をしていない。外出するのは基本ダウンズ1人で、それも食料の買い出しや、先に言った本の調達くらいである。一日のほとんどは会話をちょっとずつ挟みつつ、2人で家の中でぼーっとしているだけだ。始めの方はレイラは立って待機していたのだが、流石に一日中立っていられるのは申し訳ない。レイラが立つたびにソファに座るように促していたら、最近はようやく自分から座ってくれるようになってきた。
朝昼晩の3食を欠かさず食べさせるようになったからか、レイラの肌には血色が戻ってきたように感じる。まだまだ体型は一週間程度では変わらず痩せ細ってはいるが、見るからに不健康そうな見た目は鳴りを潜めた。レイラが従来持ち合わせている容姿と合わせて、やせ型の美少女と言っても過言ではないくらいには変化していた。
そんなある日、ダウンズはふと思い至った。そろそろ外の空気に慣れる頃ではないかと。
ダウンズがレイラと共に家に引きこもっていたのは、人の目に晒されるのが、レイラはあまり得意じゃ無さそうだったからだ。前回、服を買いに出かけた時は、人とすれ違うたびにビクリと震え、ずっとそわそわと落ち着かない様子であった。
だが、それでずっと家に引きこもっているわけにはいかない。街の外に一歩出れば、そこには魔物が闊歩する危険な世界だ。保護者であるダウンズがいつ死ぬかもわからぬ世界であるため、1人で生きていけるように他者の目にも多少は慣らす必要があるだろう。
「よし!レイラ、今日は出かけないか?」
「お出かけですか。はい、大丈夫です」
レイラはそう言いつつも、若干の不安そうな表情が見えた。見た感じは無表情に見えるが、ここ一週間でダウンズは、レイラの表情の微妙な変化を読み取れるようになってきたのだ。レイラには申し訳ないが、これもレイラのためを思ってだ。
早速外出の準備をし、いざ家の外に出ようとすると、ダウンズはレイラの服装の変化に目聡く気付く。レイラは普段着から外出用の服に着替えているのだが、その着替えた服が、前回外出した時に買った服ではなく、最初にダウンズが買い与えた無地のワンピースであったからだ。
「服はそれでいいのか?」
「はい。………ダメでしょうか?」
「ダメじゃないが、なんでその服を?もっといいのをカナに選んでもらっただろ?」
「えっと………この服が、お気に入りだから、です………」
レイラは顔を少し俯けながら言った。そんなレイラの言葉に、ダウンズは胸が熱くなる。嬉しさでダウンズの表情がニマニマとにやける。
「そうか!だったらそのお気に入りの服で、お出かけと洒落込もうじゃないか!」
「は、はい。わかりました」
そう言ってダウンズはレイラに左手を差し伸べた。前回同様に、レイラは戸惑うことなく手を握り返してくれる。手を繋ぐのには慣れたレイアの手を引き、今日もダウンズはゆっくりと歩き始めた。
レイラはダウンズの事を少し誤解していた。家でのダウンズは紳士的で、レイラには優しく接してくれている。だが、外でのダウンズは、服飾店のカナが言っていた通り、最低なクズ野郎であるようだった。
ダウンズの顔はマンタンの街では広く知られているようで、それも悪い風に広まっている。やれ遊び人だ、やれ女たらしだ、やれ女の敵だ。ほとんどが女性へのだらしなさが広がっている様子である。
道ですれ違う人の内、何人かがダウンズを知っているようであった。男性はおおむね好意的な態度であったのだが、女性とすれ違うとその女性は、ダウンズを目の仇のように敵視するのだ。カナは表面だけダウンズを嫌っているように見せていたが、他の人はそうでは無い。本当に嫌っているかのように、ダウンズを知る女性は彼から距離を取るのだ。
「ダウンズさんは、女の敵なんですか?」
「まさか!俺は全ての女性を愛する、味方の中の味方さ!………なのにどうしてこんなに嫌われてるんだろうな………。こんなにイケメンなのに………」
「そういう所だと思います」
「うっ………!はっきり言うねぇ………」
レイラはがっくしと肩を落とすダウンズを見て、控えめに笑う。ダウンズという人は、喜怒哀楽がはっきりしている。今のように目に見えて落ち込むこともあれば、少し褒めればすぐに嬉しそうに笑ったりする。そんな彼の表情の変化を見ているだけで、レイラは楽しくなってくるのだ。
引き続きダウンズと歩き、レイラが少しだけ他者の目にも慣れてきたところで、どうやら今回の目的地に到着したようだ。ダウンズがレイラを連れてきたのは、1つの喫茶店。店構えはおしゃれで、客は若い女性が多いように感じる。
「いらっしゃいませ~。2名様ですね。こちらの席へどうぞ~」
中に入ると可愛い服を着た店員が、レイラたちを席に案内してくれた。
「実は前から行ってみたいと思っていた店なんだが、男一人じゃ入りにくくてな。レイラと一緒なら入りやすいかと思ったんだ。存分にレイラを利用させてもらった」
「そうなんですね。私で良ければ、どんどん利用してください」
利用したとダウンズは言ったが、レイラはあまり嫌な気はしなかった。ダウンズには色んな事をやってもらっている。レイラが役に立つのであれば、言葉通りにどんどん利用してもらっても問題ないと思ったからだ。
「何か食べたいものはあるか?」
ダウンズがレイラにメニュー表を見せながら問いかけるが、レイラには何が書いてあるかもわからない。レイラは字が読めないのだ。
「すみません。何が書いてあるかもさっぱり………」
「悪い。文字読めなかったんだな。だったら………」
そう言ってダウンズは申し訳なさそうにメニュー表を引っ込め、店員を呼んで注文を始めた。
「苺のショートケーキ1つに、ティラミス1つ。それに紅茶を2つ」
「承知いたしました」
ダウンズが注文を終え、しばらく待つと、店員が注文した品を運んできた。1つは白い三角に苺が乗った食べ物で、もう1つは黒と白が層になった食べ物だ。どちらも見たことはあるが、食べたことのない食べ物である。
「苺のショートケーキですお嬢様。どうぞ、お召し上がりください」
そう言ってダウンズは、白い苺の方をレイラに渡してきた。これは苺のショートケーキというらしい。だとすると、もう一方の方がティラミスであろう。
レイラは言われた通りにフォークを手に取り、恐る恐る苺のショートケーキを食べてみる。すると、ケーキの切れ端が口の中に入った瞬間、甘さが口の中いっぱいに広がった。
「~~~~~~~~!!」
レイラが声にならない声を上げた。あまりの甘さに、大きく目を見開く。このあまりにも甘い、ふわふわの食べ物を噛みしめる度に、口いっぱいに更に甘さが広がる。今まで食べた食べ物の中で、一番おいしいと感じる。
ダウンズはそんなレイラの美味しそうな表情を見て満足げに頷き、今度はティラミスの方をレイラに差し出した。
「え?」
「こっちも食べてみてくれよ」
差し出されたティラミスには、一口も手をつけられていない。おそらく、どちらもレイラに食べさせるために注文したのだろう。
レイラはダウンズの優しさに感謝しつつ、好奇心に負けてティラミスも口に運んだ。
「~~~~~~~~~~!!!」
ティラミスを食べた瞬間、口いっぱいに美味しさが広がった。苺のショートケーキより甘さは控えめだが、その分ビターな風味が広がり、甘さと苦みがマッチして、口の中に大人な風味が広がる。
レイラは目と口を閉じて、口いっぱいに広がった幸せを噛みしめる。そんなレイラの様子を、ダウンズは嬉しそうに見つめている。
「どっちが好みだ?」
「えっと………」
「いや、待ってくれ。俺が当ててやろう」
ダウンズの問いに答えようと、視線が2つのデザートを行ったり来たりしていた所で、ダウンズより待ったがかかった。
レイラは改めて考える。自分はどっちが好みだろうと。
苺のショートケーキは、今までにない甘さが強烈にレイラを襲った。対してティラミスは程よい甘さと苦みが混ざり合い、落ち着いた美味しさがあった。
しばらく考えた後、レイラは決断した。自分が好みだと思ったのはティラミスだ。確かに苺のショートケーキも美味しかったが、ティラミスの少し大人な風味の方が、レイラにとっては好みだったのだ。
「決まったみたいだな?」
「はい。大丈夫です」
「OK。―――じゃあ、レイラが好きなのは―――――」
ダウンズは一呼吸置き、勢いよく指を差した。
「こっちだ!!」
ダウンズが指差したのは、ティラミスであった。
その瞬間、レイラの顔がぱあっと笑顔になる。ダウンズと心が通じたようで、自分の事をわかってもらえたようで、嬉しかったからだ。
「せ、正解です!」
「よっしゃ!やったぜ!!」
レイラはダウンズと共に、ニコニコと笑い合う。無表情を装うことなど忘れ、心の底から喜び合う。他者から見たら何が嬉しいのかと理解できないだろう。だが、こんな些細な事であっても、レイラは嬉しかったのだ。
しばらくダウンズと笑い合った後、レイラは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、いつもの無表情に戻った。これだけ笑いあっても、やはり癖が付いてしまった無表情はなかなか抜けないようだ。
レイラはまたデザートを口に運ぼうとしたところで、ダウンズはどちらも一口も食べていないことに気付く。
「ダウンズさん。これ………」
レイラが2つの皿を、向かいに座るダウンズの方へ押し出した。
「どうした?遠慮せずに食べていいぞ?」
「いえ、その………ダウンズさんと、一緒に食べたくて………」
「―――え?」
レイラの言葉にダウンズが少し驚く。
レイラはダウンズが食べていないことに気付き、ダウンズにもこの美味しいデザートを食べてもらい、美味しさを分かち合いたいと思ったのだ。
「ダメ………でしょうか?」
レイラが上目遣いで、不安そうにそう言った。あざとい女性の様な仕草だ。これを狙ってやっているのであれば、彼女はとんだ小悪魔だろう。
「わかった。一緒に食べようか」
「―――!はい!」
そう言ってダウンズとレイラは、2つのデザートを2人でシェアして食べ合った。2人で同じものを食べると、より一層美味しく感じるレイラであった。