5. レイラと服を買いに行く②
「それで?今日はレイラちゃんの必需品一式を買いに来たでいいのね?」
「ああ。彼女にあったものを見繕ってくれ」
ようやくカナの怒りが収まり、レイラの服や靴などを見繕ってくれるようだ。ダウンズの顔はボコボコに腫れており、本来のダウンズの顔の原形も残っていない。
レイラは痛々しく腫れあがったダウンズの顔を心配していると、ダウンズが片目でウインクしてきた。こんな状態であっても、ダウンズはダウンズであるようで、少しほっとするレイラ。
しばらく店の中を見て回り、カナは色んな服を手にとっては元の場所に戻す、というのを繰り返していた。たまに元の場所には戻さずに、他の店員に手渡したりもしている。これは一体何の儀式なのだろうと、疑問に思うレイラ。
そんなレイラの疑問を見て取ったのか、ダウンズがレイラに耳打ちをしてくる。
「レイラに似合う服を選んでいるんだよ。似合いそうな服があったら、他の店員さんに預かってもらってるんだ」
「なるほど、そうなんですね。でも、もう10着以上も店員さんが持ってますよ?あんなに沢山必要なんですか?」
「ああ………女の子は服、沢山持って方がいいしな………」
そう言うダウンズの笑顔は、何故か引きつっていた。カナが服を店員に渡すたびに、「あ………これで20着目………」なんて呟いている。
そんな時間が数分続き、ようやく店内のほとんどの服を見終えた。
今度は靴を何足か持ってきてもらい、その内の2足を選んでもらった。これで残るは後、下着だけである。
「ダウンズ。出て行きなさい」
「え?なんでだよ」
「今からこの子の下着を選ぶの。邪魔だから出てけ」
「どんな下着か、俺は知る権利がある!」
「いいから出てけ変態!」
「ひぃ!ごめんなさい!」
カナが語気を強めて手を振りかぶると、ダウンズは慌てて店の外に出て行った。
店の中でカナと2人っきりになったレイラは少し緊張するも、カナはレイラが緊張しない様に優しく話し掛けてくれる。
「レイラ。女の子1人で大変でしょう?特にダウンズは、女心なんてこれっぽっちもわからない、デリカシーの無い男だし」
「いえ………ダウンズさんにはよくして貰ってます」
「本当に?今は1人だから、本当のこと言ってもいいのよ?」
「はい、本当です。美味しいサンドイッチを食べさせてくれましたし、私が転ばない様に、手も繋いでくれました。それに………ダウンズさんは、私を殴ったりしません」
レイラが淡々とそんな事を言うと、カナの表情が一瞬歪んだ。ダウンズが聞いた時と同じような顔だ。そんなに自分は変な事を言っているのかと、自分で自分が不安になるレイラ。殴られるのが日常過ぎて、少し認識が歪んでいるのかもしれない。
カナは表情をすぐに笑顔に戻し、下着を選びながら、レイラとの会話を続ける。
「ダウンズは確かに最低で、クズで、ろくでなしで、女ったらしのクソ野郎よ。でも、ダウンズは絶対、あなたを故意に傷つけたりはしないわ。それは保証する」
「―――はい」
「だからあなたも、ダウンズの事、信用してあげてね」
レイラはそんな彼女の言葉がすんなりと耳に入ってきたのを感じる。カナは、レイラがまだ心の底では、ダウンズを疑っていることに気付いていたのだ。そんなレイラの心中を察して、ダウンズという男の安全性をレイラに伝えたのだ。
「信じられないかもしれないけど、彼、意外と優しいから」
「それは………知ってるかも、です」
レイラはぎこちなく答える。彼は確かに、レイラに優しく接してくれているのだ。それだけは、確かな事実であった。
「さて。下着の選定も終わったし、そろそろダウンズを呼びましょうか。外でまた女の子をナンパしてるかもしれないし」
そんな事を言って、カナはダウンズを呼びに行った。ダウンズは言われた通り、外で大人しく待っていたようだ。
「お会計は20万5千イェンになりま~す!!」
「に、20万!?!?」
カナがニコニコでそう言うと、ダウンズが驚愕で口をあんぐりと開けた。20万というのは、それ程驚くべき数字なのか。奴隷であったレイラにはわからない。
ダウンズは泣きべそをかきながら渋々お金を支払うと、カナはホクホク顔でそのお金を受け取った。
ガックリと肩を落として店の外に出ようとするダウンズたちに、カナは再度話し掛けた。
「ダウンズ!レイラちゃんを泣かせたら、承知しないからね!!」
「わ~ってるよ!」
「あと、髪が伸び放題だから、ちゃんと切ってあげなさい!」
「あいよ!!」
言いたいことは言い終わったのか、カナは踵を返して店の中に戻っていった。騒がしかった買い物の時間は終わりを告げ、再びダウンズとレイラの2人の時間がやってくる。
「さあ。気を取り直して帰るか!帰ったらその伸び放題の髪、切ってやるからな!」
「はい。よろしくお願いします」
そう言ってダウンズは、再びレイラに左手を差し出した。靴は買い替え、既にレイラの足に合った靴になり、歩き辛さは無くなっているが、それでもダウンズは左手を差し伸べてくれる。
レイラは今度は、躊躇なくダウンズの手を握った。家への帰路をゆっくりと歩く中、ずっとレイラはダウンズの温もりを感じ続けた。
家に帰りついたダウンズは、早速ハサミを取り出して、レイラの髪を切ろうとする。ダウンズが取り出したハサミに少しだけ怯えた様な表情をしたレイラであったが、抵抗はせず、ダウンズに自らの髪を預けてくれた。
ダウンズはレイラの髪を少しづつ、丁寧に切り始める。始めの方は、ハサミがレイラの黒髪を切る度に、驚くように肩を跳ね上げていたレイラであったが、何度も続けるうちにレイラの驚きは無くなっていった。やはりまだ警戒はされているなと、少し悲しくなりながらも、それでも自分に髪を預けてくれることに感謝し、丁寧にレイラの髪を整える。
ダウンズの金髪は男性にしては長く、後ろ髪は肩まで伸びている。これ以上伸ばすと手入れが大変なので、いつもこれくらいの長さになるよう、ダウンズは自分で髪を切っているのだ。ダウンズの髪はいつもサラサラで、髪の手入れを怠ったことはない。
そんなダウンズであるからこそ、レイラの綺麗な黒髪を、自分の髪を扱う時よりも、より丁寧に切っていく。髪の手入れの大変さを、ダウンズは身をもって知っているからだ。
時間にして1時間程度、ようやく散髪の時間が終わりを告げた。ハサミを持った自分に1時間も身を委ねてくれたことに感謝しつつ、レイラに鏡で髪を切った後の自分自身の姿を見せる。
「どうだ?いい感じだろ?」
「―――凄い、です………なんだか、自分じゃないみたいです」
レイラは自らの容姿の変化に、思わず驚きを露わにした。
鏡に映っていたのは、もう奴隷時代のレイラではなく、あか抜けた街娘風のレイラであった。自らの黒い髪は肩に丁度かからない程度に切り揃えられていて、目元を完全に隠してしまっていた前髪は綺麗に横に流され、2つの赤いヘアピンで留められていた。これなら先ほど歩いた大通りを1人で歩いても、違和感のない出来に仕上がっている。
正直、レイラは自らの容姿が嫌いであった。他の奴隷よりも少し優れた容姿をしていたせいで、女性主人の怒りを買い、いつもより多く虐待を受けたことが何度かあるからだ。今までレイラは、自らの容姿がよかったことで、良いことなんて1つも無かった。
だが今回は、自らの容姿が優れていたことに感謝してしまった。何故なら、ダウンズがレイラの言葉を聞いて、嬉しそうに、得意気に、笑ったからだ。
ダウンズの今までの笑顔は、レイラを安心させようという笑顔であった。そこにはダウンズの優しさが詰まっていたが、やはりそれでも作為的なものを感じていた。
だが、今回の笑顔は、彼が心の底から浮かべた笑顔のように感じたのだ。レイラを安心させるためではない、心の奥底から湧き出た、彼の感情であるのだ。
そんなダウンズの笑顔を見て、レイラはようやく彼に、親しみを感じた。今までもダウンズは親しみを持って、レイラに接してくれていたと思う。だが、それでも彼を信じ切ることはできない自分がいた。
しかし、今回のダウンズの笑顔を見て、ようやく彼の事を、本当に信用できるかもしれないと、少しだけ感じてしまったのだ。
ハサミを持っている彼が怖かった。髪を切られるのも怖かった、ハサミが髪を切るたびに聞こえる”ジャキッ!”という音は、常にレイラの身を斬る音に聞こえて怖かった。
だけど、カナの言葉を思い出し、我慢して耐えた先にあったのが、ダウンズの本当の笑顔だったのだ。ここでレイラはようやく、ダウンズに親しみを覚えたのだ。
「レイラ。気に入ったか?」
ダウンズが本当に嬉しそうにレイラに問う。思えばレイラがサンドイッチを食べていた際も、この笑顔を浮かべていた気がする。ダウンズという男は、レイラが美味しそうに自分が作った料理を食べたり、レイラがダウンズの散髪に驚き気に入ったり。とにかくレイラが何か心を動かされた時に、ダウンズという男は心の底から笑顔になるのだ。
「はい。とても、気に入りました」
レイラは自分でも気づかぬ内に、慣れておらず、ぎこちなさの残る笑顔を浮かべて、ダウンズの問いに答えた。ダウンズはそんなぎこちないレイラの笑顔を見て、またも嬉しそうな笑顔を見せた。これがレイラがダウンズに見せた、初めての笑顔であった。