4. レイラと服を買いに行く①
ダウンズが作ったサンドイッチを食べた後、ダウンズにリビングで寛ぐように言われたレイラは、寛ぎ方もわからぬままソファに浅く座って待機していた。初めは立っているつもりであったレイラだが、ダウンズに座っておくように言われたため、仕方なく座っていることにしたのだ。
しばらくソファに待機して待っていると、ダウンズがある服を持ってレイラの元へやってきた。
「今朝買ってきたんだ。まともな服持ってないだろう?今日それを着て服を買いに行こう」
そう言ってダウンズが手渡してきたのは、一着の無地のワンピースであった。触った瞬間にわかるほど、良い素材を使ってあった。レイラがずっと着せられていたボロきれの様な服よりもずっと肌触りがよく、ふわふわとした素材でできている。
「あの、これは………?」
「俺からのプレゼントだ。着てもらえると嬉しい」
「わ、わかりました」
レイラは戸惑いつつも、着ていたダウンズのシャツを脱ぎ去り、ダウンズに買って来てもらったワンピースを着ようとする。
だが、レイラがシャツを脱いだ瞬間、ダウンズが少し驚いたような顔をした。レイラは何故驚いているのかわからず、思わずダウンズに尋ねる。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そう言ってダウンズはレイラから気まずそうに視線を逸らした。何が何だかわからず首を傾げるレイラであったが、何でもないとダウンズが言うのであればそれを追及はできない。大人しくワンピースを身に纏った。
「そういう所から教えないとダメだな………」
ダウンズの呟きはレイラには聞こえず、そのままダウンズの言葉にかき消された。
「似合ってるな。可愛いぞ」
「ありがとうございます」
ダウンズの誉め言葉に無表情で返事をするレイラ。容姿を褒められているのだろうが、今まで容姿が良くて得したことは一度たりとも無い。
ダウンズはそんな相変わらず無表情なレイラに苦笑し、外に出る身支度を整える。
「よし。そんじゃ外に出るか」
「はい。わかりました」
ダウンズの言葉に従い、レイラは玄関から外に出る。だが、そのまま外に出ようとしたレイラを、ダウンズが慌てて止めた。
「おっと、気付かなくて悪い。そう言えば靴が無かったな。ちょっと待ってろ」
そう言ってダウンズは再度家の中に戻り、革製の靴を手に持って戻ってきた。その後、レイラを座らせると、ダウンズは無言でレイラに靴を履かせ出した。
「大きさは男性用だからぶかぶかだが、まあ裸足よりはマシだろう」
「えっと………ありがとう、ございます」
立って少し歩いてみるが、確かにぶかぶかで少し歩きにくい。だが、靴を履いたことで小石を踏んだ時の痛みなどはなくなり、総合的にはとんとんの歩き心地だ。
「ぶかぶかで歩きづらいだろう?転んだら大変だし、手を繋いで行こう」
ダウンズはそう言って、レイラに向かって左手を差し出してきた。その手を見て、レイラは昨日の夜を思い出す。確かあの時も、ダウンズは左手を差し出してきていた。たぶんこの手は、手を繋いで一緒に歩こうという、彼からのメッセージだったのだ。彼の行動の意味が、一晩立ってようやくわかった。
あの時手を差し出された時、ぶたれるのではないかと怯えた。だが、あの時の彼はただ、レイラの事を心配して手を差し伸べてくれたのだ。
レイラは差し出された手に恐る恐る右手を近づけ、思い切ってダウンズの左手を握ってみた。大きくて、マメだらけの大人の手だ。
レイラが手を握った瞬間、一瞬だけ驚いたような顔をしたダウンズだったが、すぐにレイラに笑顔を向け、レイラのと手を繋ぎながらゆっくりと歩き始めた。
ぶかぶかの靴を履いたレイラのペースに合わせるように、ゆっくりと歩を進めるダウンズの温かさを右手から感じながら、レイラもダウンズに付いて行くのであった。
「よし、ついたぞ!ここだ!」
ダウンズがレイラに向かって言う。ダウンズが普段の2倍以上の時間をかけて辿り着いたのは、マンタンの街の大通りにある、平民の女性向けの服飾屋であった。レイラが持っている服は、いま彼女が来ているワンピースと、奴隷時代のボロボロの服のみだ。普段着に、外出用、寝間着を始め、ブラやショーツなどの下着に、靴。これらを買い揃えに来たのだ。
ダウンズはレイラと手を繋いだまま、女性向けの服飾屋の中に入る。扉を開けた先はキラキラとした内装となっていた。男性向けの不愛想な服飾屋とは全く様相が違っている。
「いらっしゃ…………げっ!ダウンズじゃない!」
「よっ!カナ、久しぶり」
服飾屋の中に入った瞬間、客を出迎える言葉ではなく、「げっ!」という声を出したのは、カナという女性だ。茶髪のボブカットにスラッとした体形の女性で、ダウンズが街中で2度見かけて、2度ナンパし、2度玉砕した相手である。
カナもダウンズと同じく堂々亭の常連であるため、今ではたまに話す友人のような関係である。
「なんでこの店にあんたがいんのよ。―――って、その子は?」
カナがいかにも嫌そうな顔でダウンズと話していると、隣に手を繋いでいる女の子がいることに気付く。
「ああ………説明が難しいんだが、とりあえず俺が保護することになった女の子だ」
「あんたが保護ぉ?柄にもないわね。………手なんか出してないでしょうね?」
「出さねえよ。幼すぎる」
「どうだか?」
カナが訝しむ様な目線をダウンズに向けた後、今度はレイラに話し掛けた。
「お名前は?」
「えっと、レイラです」
少し怖がりつつも、いつもの無表情で返すレイラ。
「このダウンズって変態に、変な事されてない?」
「はい、大丈夫です。ベッドのある部屋を与えて貰ったり、サンドイッチを作って貰ったり、大変良くして貰ってます」
「ふーん。本当に変なことはしてないみたいね」
「だから言っただろう?」
レイラからお墨付きをもらっても、尚も訝しむような眼をやめないカナ。そんなダウンズを目の敵にしているような様子のカナを不思議に思ったのか、レイラが思い切ってカナに尋ねる。
「あの………カナさんは、ダウンズさんの事が嫌いなんですか?」
レイラがそんな事を聞くと、カナは満開の笑顔で嬉々として話し始めた。
「よくぞ聞いてくれました!この男は、ほんっっっっっっとうに!ろくでなしなのよ!」
「ろくでなし?」
「そうなの!こいつ、2回も私にナンパしてきたのよ!1回目はまだいいわ!単に断っただけだから!でも,、そこからわずか2日後に、こいつ何食わぬ顔でまたナンパしてきたのよ!」
レイラの質問でカナがヒートアップし、怒涛の勢いで捲し立てる。
「し・か・も・!」
言葉を強調しつつ、ダウンズを指差しながら更に捲し立てる。
「こいつ!2日しか経ってないのに!私をナンパしたこと忘れてやがったのよ!!これ以上の屈辱、今まで味わったことも無いわ!!」
カナが一気に捲し立てるが、それでもカナの勢いはとどまることを知らない。
「な~~~~~~~~にが、『君可愛いね。名前なんて言うの?』じゃ~~~~~~!!!2日前に、名乗ってるっつうの!!!」
息を切らし、ぜぇぜぇと言いながら、ようやくカナの勢いは止まった。
何度聞いても、なんて酷い話だと思う。自分の事であるが。
恐る恐るレイラの事を見てみると、心なしか無表情の奥に軽蔑のまなざしが混ざっているように見える。せっかく少しだけ心を開いてきたのかなと思っていたのに、またもや振出しに戻ってしまったようだ。
「レイラ!聞いてくれ!これには深い事情があるんだ!1回目のナンパの時のカナは化粧をしていたが、2回目の時は化粧をしていなかったんだ!それならわからなくったって、仕方ないだろう!?!?」
ダウンズはレイラに求めてもいない弁解をする。そんな弁解を聞いても、レイラの冷ややかな目は止まない。寧ろ怒りを燃やしているカナに、油をくべる結果となった。
「てめえダウンズ!!やっぱりぶっ殺す!!!」
その後ダウンズはボコボコにぶん殴られ、地面に転がされたことは言うまでもあるまい。