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元騎士の遊び人、奴隷の少女を保護する  作者: あべしろ
第2章 氷剣の勇者オリビア
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31. 氷剣の勇者オリビア

「丁度いいとこに来たなオリビア!!」


 天井から瓦礫と共に落下してきたオリビアを抱き止め、彼女をお姫様抱っこしながらダウンズは叫んだ。あまりのタイミングの良さに、オリビアの事が幸運の女神に見えてくる。

 ダウンズの腕の中にすっぽりと収まったオリビアは、状況が全くわかっていないからか、目を見開いて驚いている。


「ちょ!今どういう状況!?」

「サリバン侯爵率いる貴族軍団が操るドラゴンに襲われている時に君が天井から降ってきたって状況だ!」

「ちょっと待って!情報が多すぎる!」


 ダウンズの矢継ぎ早な状況説明を、オリビアは混乱しつつも整理し始める。


「なんでドラゴンと戦わされてんのよ!」

「ここは平民が魔物に虐殺(ぎゃくさつ)される様を見るための施設だ。俺はその見世物にされてたってこった」

「―――何それ。笑えないわね」


 少し怒りが混じった言葉だ。同じ人とは思えないような貴族の所業(しょぎょう)に、オリビアは不快感を(あらわ)にする。


「オリビアはどうしてこんな所に?」

「ケトー伯爵を問い詰めて吐かせたのよ!それで忍び込んで警備に見つかって交戦したらこんな事に!」

「なるほど!君らしいな!」


 かなり大胆な行動をする子だ。出会った当初もそうであったが、結構好戦的なきらいがある。


「ここはどこなんだ?」

「サリバン侯爵の別荘。まさか地下にこんな施設があるなんて知らなかったけどね」


 オリビアが自身が落ちてきた大部屋を見渡して言う。どうやらここはサリバン侯爵所有の施設の地下であったらしい。どうりで日の光を全く拝めていないわけだ。


「ダウンズは何をやっていたの!?レイラやカナが心配してたわよ!?」

「ちょっと捕まって内部から調査しようと思ってな。彼女らには悪いことをした」

「やっぱりわざと捕まったのね。ちゃんと終わったら謝りなさいよ?」

「わかった」


 確かに堂々亭の事件の時に傍にいたレイラやカナにはいらぬ心配をかけてしまった。少し反省する様子を見せるダウンズ。


「状況はわかったわ。とりあえず降ろしてくれる?このままの格好はちょっと恥ずかしいかも」

「承知いたしました、お嬢様」


 気付けばダウンズはオリビアをお姫様抱っこしたままであった。ダウンズは姫様を扱うかのように、オリビアを優しく地面に降ろす。


「ん。ありがと。重くなかった?」

「精霊の羽根より軽かったよ」

「ふふ、ありがとう」


 この場に似つかわしくない綺麗な笑顔をオリビアは浮かべ、ダウンズに礼を言う。凶暴なドラゴンと同じ部屋にいるとは思えない笑顔である。


 そのドラゴンであるが、天井の瓦礫(がれき)を避け切れず、瓦礫の下敷きになってしまっているようだ。だが、この程度でくたばるほど、ドラゴンという種族は甘くはない。


「グオオオオオオオオ!!!!」


 ドラゴンが怒り狂ったような咆哮を上げ、瓦礫の中から飛び出してきた。


「ダウンズ。丸腰であれと戦ってたの?」


 オリビアが引き気味に言う。流石にダウンズ自身も、笑えない状況である。


「そういうこと。オリビアが来てくれて本当に助かったよ」


 ダウンズが本気でオリビアに礼を言う。攻め手を欠いていたため、オリビアが来てくれたのは本当に助かるのだ。


「私ドラゴンと戦ったことなんてないんだけど………」

「大丈夫。俺も一度だけだ」

「寧ろあることに驚きだわ………」


 得体の知れないダウンズの過去に驚きつつも、オリビアは戦闘態勢を整える。


「あのドラゴンは操られている可能性がある。奴の足止めを頼めるか?」

「操られてる?」

「ああ。後ろ側にドラゴンを操るための何らかの装置が付いているはずだ。俺はそれを狙う」

「了解。任せて」


 2人ならば、背中に回り込む隙は生じる筈。あのドラゴンが操られているのならば、ウォーベアーの時のように、正面からは見えない位置に謎の装置が付いているはずだ。


 そんな話をしている間、目の前のドラゴンが雄たけびを上げた。どうやら(しび)れを切らした様だ。


「来るみたいだぞ」

「了解!」


 オリビアは氷剣デュランダルを構えた。白銀に輝く刀身が、目の前のドラゴンを照らしだす。

 今、勇者オリビア&ダウンズコンビとドラゴンの戦いが開幕した。






 ドラゴンが動く。

 ドラゴンがまたしても息を吸い込み、4度目のブレスを吐き出した。既に3度も防がれているというのに、このドラゴンは頭が悪いのか、それとも操られてまともな思考ができていないのか。とにかく同じような攻撃方法しか使ってこない。


「任せろ!聖なる障壁(セイントウォール)!」


 ダウンズは再度、光の障壁を生み出し、ドラゴンのブレスを防ぐ。


「やるじゃない!」

「元騎士を舐めんじゃないよ」


 オリビアがダウンズに感嘆の言葉を伝える。聖なる障壁(セイントウォール)は騎士学校で身に付ける魔法である。魔法が苦手でない限りは、ほとんどの騎士が使える筈だ。まあ、ダウンズやキセラなどの隊長クラスになると、その大きさや出現の速さは常人の比ではないが。


 ドラゴンのブレスが止んだタイミングを見計らい、オリビアが光の障壁の横から飛び出す。ブレスを吐き終わって、隙を見せているドラゴンに向かって、炎の魔法を繰り出す。


灼熱の砲弾(イグニスブレイズ)!」


 オリビアの手の前に直径1メートルほどの炎弾が出現し、ドラゴンに向かって発射された。物凄い勢いで飛び出した炎弾は、ドラゴンの顔面に着弾し、轟音を立てて大きな爆発を引き起こした。


「ひゅ~。なんちゅう威力よ」

「炎の魔法は得意なの」


 炎弾が命中し、爆発に巻き込まれたドラゴンは、首を大きく振って痛がっている。ダウンズがあれほど頑張って相手をしていたドラゴンに、いとも簡単にダメージを与えたオリビアにダウンズは感心する。流石勇者に選ばれるだけはあるなと、オリビアを見つめる。


「ちょっと!私に見惚(みと)れてないで、早く回り込みなさいよね!」

「おっと、そうだった。そんじゃ頼んだ」


 そう言ってダウンズは、右に行ったオリビアとは逆の方向に駆け出す。ドラゴンの注意は完全にオリビアに行っており、ダウンズはドラゴンの視界から消える。


 ドラゴンが狙いをオリビアに定め、右前足を振りかぶって、オリビアに向かって叩きつけた。足に付いた爪は鋭く大きく、直撃なんてしたら、人間の身体なんてひとたまりも無い。


 だがオリビアは、そんな事関係ないとでも言うように、正面からドラゴンの爪を受けた。ドラゴンの前足を氷剣デュランダルで正面から受け止めたのだ。

 まるで鍔迫り合い(つばぜりあい)のように、ドラゴンの爪と氷剣デュランダルが火花を散らす。ギリギリと音を立てながら、両者引かぬ力比べが繰り広げられる。


 鍔迫り合いを続けるオリビアは、拮抗(きっこう)した状況を打破すべく、勇者の剣の力を解放する。


侵食する氷華(イロードグレイス)!」


 白銀に(きら)めく氷剣デュランダルから冷気が放出され、受け止めているドラゴンの前足を少しずつ冷気が侵食し始めた。ドラゴンの前足を、まるで氷の華のような凍結が(むしば)み始める。

 鋭い爪が付いたドラゴンの前足が、氷剣デュランダルに触れている個所から徐々に凍り付いて行く。侵食する速度はそう早くはないが、ゆっくりと確実にドラゴンの前足を蝕んでいく。


 ドラゴンは驚愕したような様子を見せながら、徐々に侵食されつつある前足を引っ込め、一度オリビアから離れた。


 オリビアはその隙を逃すまいと、更に新たな攻撃をドラゴンに繰り出す。


凍てつく大地(グランドグレイサー)!」


 オリビアは氷剣デュランダルを地面に突き立て、魔力を一気に地面に放出する。

 すると、氷剣デュランダルが突き刺さった地面から一気に冷気が放出され、前方に向かって猛烈な勢いで地面が凍り付き始めた。

 地面の凍結はすぐにドラゴンの立つ大地まで到達し、ドラゴンの4本の足全てを地面と共に凍らせて、大地に縫い付けた。


「グオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 雄たけびを上げながらドラゴンは足を解放させようともがくが、氷剣デュランダルによる凍結はそう簡単には溶けない。ドラゴンは地面に足が捕まったまま、身体を揺らして暴れまわる。


 一方ダウンズは、オリビアの戦いを見ながら隙を伺っていた。

 得意な魔法は炎であるオリビアであるが、彼女を選んだ勇者の剣は氷結が得意な氷剣デュランダルである。一見矛盾して見えるかもしれないが、これが氷剣デュランダルの特徴なのだ。勇者の剣には、所有者となる人物を選ぶ際に基準があるのだ。


 氷剣デュランダルはかなり天邪鬼(あまのじゃく)である。自らの所有者には必ず、炎魔法の適性があるものを選ぶ。

 炎と氷。相反する二つの力を使いこなすのは至難の業ではない。だからこそ、この二つの力を使いこなそうとする、根性のある人物を選ぶ傾向にあるのだ。


 オリビアの攻撃によって、足を凍らされたドラゴン。

 ダウンズはその隙を逃さない。ドラゴンに向かってダウンズは駆け出し、大きく跳躍(ちょうやく)して背中に飛び乗った。


 背中の上に飛び乗ったダウンズは、ドラゴンの背中に例の装置が無いかどうか探し始める。

 背中に違和感を感じたドラゴンが、背中にいるダウンズを振り落とそうと更に大きく暴れるが、ダウンズはドラゴンの背中にへばりついて目的のものを探す。


 目的のものはすぐに見つかった。ドラゴンの首の付け根あたりに、例の装置が取り付けてあるのを発見したのだ。

 今度の装置は手の平大くらいの大きさがある装置であった。操る魔物の大きさや強力さによって、装置のサイズも変わるのかもしれない。


 ダウンズはすぐにドラゴンの首の付け根まで近付き、装置を取り外した。目的は達したため、すぐにダウンズはドラゴンの背中から飛び降り、オリビアの前に着地する。


「あったぞ!」


 すぐに振り返り、ドラゴンの様子を見る。


「念のためドラゴンの拘束は解かないでくれるか?」

「了解」


 ダウンズはオリビアと並んでドラゴンの様子を観察する。


 先ほどまで暴れまわっていたドラゴンは、そんな事忘れたかのように完全に大人しくなっていた。

 まるで今目が覚めたかのように、大きい目をぱちくりさせて、周囲を見渡している。


「やあドラゴンさん。こんにちは」


 ダウンズが目の前のドラゴンに話しかける。


「ドラゴンって、人間の言葉が通じるの?」

「通じる。なんなら人の言葉を話せるドラゴンもいる」

「え?――――それって、都市伝説じゃなかったの?」

「俺もドラゴンに会う前はそう思っていたよ」


 ダウンズがフィリーズであった頃、キセラが聖剣カリバーンを手にしてから数か月たった頃であろうか。任務中に突如、巨大なドラゴンと出くわしたのだ。

 その時は戦闘にはならなかったが、キセラと共に、ダウンズはそのドラゴンと会話を交わしている。その経験から、このドラゴンにも、話しが通じると判断したのだ。


「グルルルル………」


 目の前のドラゴンは、困惑した様子を見せながらも、ダウンズを(にら)みつける。


「ドラゴンさん。俺の言葉はわかるか?」


 ダウンズが再度、ドラゴンに話しかける。

 ドラゴンはダウンズを警戒しながらも、頭を縦に振った。どうやら言葉は通じているようだ。だが、会話はできない、そんな状態のようである。


「本当に………通じてる………」


 オリビアが目を見開いている。眉唾物(まゆつばもの)の噂話だと思っていたものが、まさか本当だったのだ。驚くのも無理はない。


「ドラゴンさん。君はここの悪い貴族に捕まって、操られていたんだ。それを俺と彼女、勇者オリビアが助けた。今はそんな状況だ」


 ドラゴンは勇者という単語に、ピクリと反応した。オリビアの方に視線を移し、彼女の持つ氷剣デュランダルを凝視(ぎょうし)する。


 本物であるかどうかを確認したのだろうか。しばらく氷剣デュランダルを見た後、再び視線をダウンズに戻し、今度はダウンズの左胸に視線を移した。

 まるでそこに何があるかわかっているかのように、服の裏に隠れているはずの、ダウンズの魔王の心核を凝視するドラゴン。

 このドラゴンには、ダウンズが魔王であることがわかっているのだ。


 ドラゴンはしばしダウンズの左胸を見た後、ダウンズの目を見て小さく(うなづ)いた。


「信じてくれるか?」

「―――ギャオ!」


 返事をするように小さく泣いたドラゴン。勇者か魔王か、どちらの姿を見て信じることを決めたのかは定かではないが、目の前のドラゴンはどうやら、ダウンズたちを信じてくれることにしたようだ。

 さっきまで低く(うな)っていた声は掻き消え、ドラゴンは落ち着いた様子でダウンズたちの次のアクションを待つ。


「オリビア。ドラゴンを解放してあげて」

「わかったわ」


 オリビアは躊躇(ちゅうちょ)することも無くドラゴンの氷の拘束を解く。ドラゴンの落ち着いた様子、ダウンズの言葉。この2つを信用し、ドラゴンに敵意が無いと判断したのだ。


 ドラゴンは拘束が解かれるとすぐに羽ばたき、空中に舞い上がった。羽ばたく翼が作り出す温かな風が、ダウンズとオリビアを包み込んだ。例えドラゴンの子供であっても、羽ばたく姿から感じるその雄大さと威厳(いげん)は健在である。


 そんな雄大なドラゴンであるが、突如首をくるりと別方向に向け、そこにいる何かを睨みつけた。ダウンズたちを見下ろしていた、貴族たちのいる部屋である。

 ドラゴンは間髪入れずに息を吸い込み、貴族たちのいる部屋を目掛けてブレスを吐き出した。あまりにも流れるような動作であったため、止めようとする言葉が遅れてしまった。


「あ!ちょ………!」

「―――やべ。こうなることは考えてなかった」


 思えば当然であった。自らを操っていた貴族たちを、ドラゴンが放って置くはずが無いのだ。報復の行動に出る。これは至極当然(しごくとうぜん)だ。


 ドラゴンは貴族たちにブレスを浴びせて満足したのか、再びダウンズたちを一瞥(いちべつ)し、屋敷の天井を突き破って空高く飛んで行った。


「―――サリバン侯爵、生きてると良いけど………」

因果応報(いんがおうほう)だけど………せめて話が聞ける状態であって欲しいわ」


 最後の最後で詰めを誤ったダウンズであった。

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