21. 新たな指令
カナを家まで送り届けた日の夜。レイラが就寝したのを確認した後、ダウンズは自身の家の周りにある林の中に入る。アプヒズからの呼び出しである。
「こんばんわ先輩。ここで会うのは一か月ぶりっすね」
「よっ、アプヒズ。久しぶり」
アプヒズはダウンズがキセラ隊の副隊長であった時の部下である。壊滅してしまったキセラ隊、唯一の生き残りでもある。
アプヒズは魔王との戦いの時、キセラの命令によって戦場を離れていた。その事をアプヒズは今でもずっと後悔し、自分を責め、自らを憎み続けている。
彼女もダウンズと同じ、あの日に醜く生き延びてしまった咎人なのだ。
アプヒズは今日も140センチ台の可愛らしい姿であるが、その見た目とは裏腹に、騎士団内部では相当上位の実力を持っている。元々は戦闘は苦手だったはずだが、テミスの聖戦から死に物狂いで鍛錬し、今の実力を身に付けるに至った努力家でもある。
「騎士団長は一ヶ月も何してたんだ?まあ、指令が来ないのは良いことだけど」
「勇者関連でてんやわんやしてたらしいっすよ。ほら、新しく出現したデュランダルの」
「ああ。たしかオリビアだっけ?」
南に封印されていたデュランダルを引き抜いた勇者が誕生したという話を、一か月前に聞いた気がする。
「その勇者に関しての指令っす。よかったっすね。1年ぶりの女性を落とす任務っすよ」
「え?マジ?」
ダウンズはアプヒズから手渡された騎士団長からの指令書を読む。内容は、「勇者オリビアに近付き、彼女をサポートしろ」、そんな抽象的な指令であった。
「まあ、落とせは嘘っす。勇者オリビアがもうすぐマンタンの街に到着するんで、彼女に近付いてください。こういう時の為に遊び人気取ってんすから。先輩の腕の見せ所っすね」
「まてまてまて。オリビアは南の冒険者だろ?なんでこんな中央に?」
「元々は玉響の鶯の討伐依頼を受けてきたらしいっすけど、それはうちの隊が壊滅させちゃったっすから」
「だったら帰るんじゃないのか?」
「それがですね、マンタンの街ではまだ人攫いが止んでいないってのを小耳に挟んだみたいで、『それを解決するまでが依頼だ!』なんて意気込んでいるらしいです」
「―――勇者に選ばれそうな人間だな」
マンタンの街では玉響の鶯が壊滅後も人攫いが止んでいない。そんな話をカナから聞いたばかりだ。
「騎士団はまだその人攫いの正体は掴めてないのか?」
「お恥ずかしながら。それに関しては申し訳ないっす」
「いや、お前が気に病む必要はないさ」
いつも生意気なアプヒズが珍しく真面目に頭を下げる。邪魔な岩を退かしたら、下からゴキブリがわらわらと這い出てきた、みたいな感じなので仕方がない。
「オリビアはキセラ隊長に比べたらまだまだ勇者としては未熟っす。玉響の鶯の裏に隠れてたものが、案外大物の可能性もあります。彼女を守ってあげて欲しいっす」
「―――守る、か」
思い出すのはテミスの聖戦。あの戦争でダウンズは、キセラを守れなかった。そんな自分に、貴重な勇者の護衛を任せてもいいのだろうか。
「不安そうっすね。先輩は前科者ですから、不安はわかるっすけど、昔の先輩とは違います。大丈夫っすよ」
「慰めてくれるのか?珍しいこともあるもんだな」
「客観的な事実っす。魔王が勇者を守る。これ程心強いものはないっすよ」
魔王が勇者を守る。確かに構図的にはそうなるのか。
というか、肝心なことを忘れていた。
「そうじゃん。俺魔王なんだけど?勇者に近付いちゃっていいのか?」
「先輩、見た目は人間だから大丈夫っす。魔王だとは絶対にバレない様にしてくださいね」
「簡単に言ってくれるなぁ………」
アプヒズは出会った当初から、ダウンズの扱いが雑であった。それは今でも変わっていないようだ。
「そんじゃよろしくお願いしますね、先輩」
「はいよ。なんとかやってみるさ」
そう言い残すと、アプヒズはこの場を去っていった。残されたダウンズは、面倒な指令を言い渡されたと、1人頭を抱えるのであった。
翌日の昼過ぎ、ダウンズはレイラを連れてカナの勤める服飾店へ足を運んでいた。
「昨日の今日で早速来たんだ」
「ちょっと頼み事があってな」
そう言うとダウンズはカナに頼みごとの内容を話す。仕事が入ったからしばらくレイラの面倒を見て欲しいという話だ。
「しばらくって、どれくらいなの?」
「それがわからんのよな。一週間か、一ヶ月かかるかも」
「私は構わないけど、レイラちゃんは納得したの?」
カナはそう言ってレイラの顔を見ると、レイラはずっと頬を膨らませている。どうやら納得はしていないようだ。
「納得してないみたいだけど?」
「頼むよレイラ」
「嫌です!一週間以上もダウンズさんと一緒にいられないなんて、絶対嫌です!」
レイラはそう言ってぎゅっと腕に抱き着いてくる。普段なら嬉しい限りであるが、ダウンズにも仕事があるのだ。
レイラには既に家で話はしてあるが、どうも話が平行線になったため、とりあえずカナに尽力してもらおうとカナの職場まで押し掛けたのだ。
「この街にはいるから、すぐに会いに行けるって」
「会うだけじゃダメです!一緒にいたいんです!」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけども………」
レイラのご機嫌斜めな様子にたじたじになるダウンズ。そんなダウンズとレイラのやり取りに、カナは苦笑する。微笑ましいやり取りである。
「レイラちゃん。許してあげたら?会いに来るって言ってるし」
「むぅ~~~~」
「3日に1回、いや、2日に1回は会いに行くからさ!頼むよ!なっ?」
「―――毎日です!毎日だったら許します!」
「ま、毎日かぁ………」
騎士団長からの指令は勇者オリビアに近付きサポートしろという、めちゃくちゃ曖昧なものだ。それゆえ、何が起こるか想像できない。毎日は会いに行けない可能性があるのだ。
だが、ここら辺が妥協点だろう。毎日会いに行けるよう、努力はしよう。
「わかった!毎日会いに行く!それでいいか?」
「―――それなら、許してあげます」
ようやく折れてくれたレイラにダウンズはほっと息を撫で下ろす。
「それで今回の仕事は何なの?また話せない内容」
「まあな」
「大変ね、あんたも」
カナはたぶん、ダウンズが何かを隠していると察してはいる。だが、彼女はそれ以上深入りしてこない。深入りすれば、困るのはダウンズであるとわかっているのだろう。それがダウンズにとってはありがたかった。
「迷惑かけるし、また服でもレイラに見繕ってくれよ」
「だって。良かったねレイラちゃん」
「はい。ダウンズさんを悩殺できる服、教えてください」
そんな事を言いながら、レイラはカナと共に服を物色し始めた。今回も大量の服がかごに入れられていく。値段を聞くのが怖い。
「そういえば今日、冒険者の連中が騒がしかったわ。何やら、『勇者がこの街に来てる!』なんて言って」
「勇者って言うと、オリビアって名前の?」
「そうそう。どうやらこの街に来てるみたいね」
もうすぐマンタンの街に到着するとは言っていたが、カナの話だと既に到着していたようだ。明日にでも、冒険者ギルドに顔を出してみる必要がありそうだ。
「女の子だからって、勇者様をナンパしたりしないでよね?」
「寧ろ、勇者だからってナンパしない方が失礼じゃないか!」
「あんたなんて、勇者様にぶん殴られればいいわ」
勇者オリビアに近付く必要があるダウンズである。どの道、ナンパすることになりそうなのは内緒である。