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元騎士の遊び人、奴隷の少女を保護する  作者: あべしろ
第1章 遊び人と奴隷少女の出会い
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1. 遊び人ダウンズと奴隷少女レイラとの出会い

「エミーちゃん!君は今日も素敵だね!俺と今夜遊ばない!?」


 この街、マンタンで平民に大人気の食堂【堂々亭(どうどうてい)】。日はすっかり沈み、夕食時で混雑する食堂の喧騒(けんそう)の中で、ダウンズは給仕(きゅうじ)の女性であるエミーに声を掛ける。


「ごめんなさいダウンズさん。今夜は忙しいの」

「ガーン!!」


 エミーの返答を聞き、大げさなほどのリアクションを取るダウンズ。そんなダウンズの玉砕(ぎょくさい)する姿を見て、周囲の客から大爆笑が巻き起こった。


「ぎゃはははは!また玉砕かダウンズ!いい加減(あきら)めろよ!!」

「がはははは!これで何回目だよ!」

「確か50回くらいだ!」


 周囲の客の爆笑に晒され、落ち込んだような様子を見せるダウンズ。この光景はもう、この堂々亭ではお馴染みの光景となっていた。ダウンズが堂々亭を訪れる度にエミーを誘い、エミーがそれを断る。そんなやり取りは何十回も続いていた。


「エミーちゃん。一回くらい遊んであげたらどうだ?」


 毎回飽きもせずにアタックを続けるダウンズを見かねて、客の1人がエミーに言う。


「絶対に嫌です!女性にだらしない男性は嫌いです!ダウンズさん、今日も街で別の女性をナンパしてたの、知ってますからね!?」

「ま、待ってくれ!本命はエミーちゃんだけだ!その別の女性には、道を聞いていただけなんだ!」

「嘘です!その女性、実は私の友人の知り合いなんです!はっきりと、”ナンパされた”と言ってましたよ!?」

「ぐ………ぬぉ………」


 口から出まかせを言って弁明(べんめい)するダウンズであったが、ぐうの音も出ない証拠を突きつけられ黙るしかなくなったダウンズ。エミーから向けられる冷ややかな目を酒の(さかな)に、ちびちびとエールを飲んで誤魔化(ごまか)す。


「今日の賭けの結果は”ダウンズの負け”だ!配当は………倍率1なんで払い戻しだ!」

「賭けになってねえじゃねえか!ふざけんな!!」

「ダウンズの勝ちに掛ける奴なんていんの?」


 そんなダウンズのエミーへのアタックは、堂々亭で賭け事になるほど人気のイベントである。もう賭けの(てい)を成してはいないが、ダウンズの道化を客たちはいつも楽しんで見ているのだ。ダウンズ自身もそれを嫌だとは思っておらず、恥を承知で皆に道楽(どうらく)を提供し続けている。


 堂々亭の恒例(こうれい)のイベントも終わり、食堂の喧騒も落ち着いてきたところ、もう帰ろうと準備をしていたダウンズに慌てて駆け寄る影が1つ。冒険者という職業についている友人のウィズだ。

 冒険者とは寄せられた依頼をこなし、金を稼ぐ職業だ。依頼の種類は様々で、街の外を闊歩(かっぽ)する魔物の討伐や素材の採集、民間人の護衛などがある。所謂(いわゆる)、何でも屋みたいなものだ。


「ダウンズ。ちょっと話いいか?」

「ん?なんだ?」


 慌てて駆け寄ってきたウィズに顔を向けるダウンズ。ウィズは友人だが、いつも落ち着いているので、慌てる様子は少し珍しい。


「ちょっと頼みたいことがあってな」

「頼みたいこと?」


 ウィズがダウンズに頼み事とは、これまた珍しい。


「今日外に出た時に盗賊に襲われている馬車を見つけてな。盗賊はおっ払ったんだが、生き残りは数人しかいなくてさ。その生き残りのほとんどは自分の家に帰って行ったんだが、1人だけ問題があってな」


 ウィズは腕利きの冒険者で、正義感の強い人物だ。盗賊に襲われている民間人を放っては置けなかったのだろう。


「その1人が奴隷の女の子なんだ。しかもその主人が、盗賊に殺されちまっててな」

「身寄りのない奴隷か………」

「そうなんだよ。そこで相談なんだが、お前、その子を引き取っちゃあくれねえか?」


 ウィズがダウンズにそんな頼み事をしてきた。奴隷の少女を保護してくれということだろう。

 ダウンズは考えるが、そう簡単に引き受けられる話では無い。ダウンズの稼ぎからなら、少女の1人や2人(やしな)えるが、問題はそこじゃあない。ダウンズには、人一人の人生を背負えるような甲斐性(かいしょう)は持ち合わせていないのだ。


「なんで俺なんだ?他にも適任はいっぱいいるだろ?それこそお前とか」

「俺や冒険者仲間は各地を転々とする都合上、持ち家を持っていないのがほとんどなんだ。俺の知り合いで家を持っていて頼れるのはお前くらいしかいない」

「はぁ」


 確かに稼ぎの安定しない冒険者などは、家を買って定住するものは少ない傾向にある。だが、あくまでその傾向があるというだけで、他にも候補(こうほ)はいる筈だ。


「他にも家持くらいいるだろ?」

「他の奴は信用できん」

「はあ?俺の方がもっと信用できないだろ!」

「いや?(むし)ろ、お前になら安心して任せられる」

「女の子だろ?手を出すかもしれんぞ?」

「お前は無理やりそんな事したりしないだろ?遊び人気取っちゃあいるが、女には優しい奴だ」


 ウィズの言う通り、確かにダウンズは遊び人だが、女性に対してはあくまで紳士的に接するように心がけてはいる。行きずりの女が相手であっても、絶対に乱暴(らんぼう)に扱ったりはしない。


「―――騎士に預けるのはどうだ?」

「わかるだろ?そんなことしたらまた奴隷落ちだ。そんなの可哀想だろ?」

「まあ、そうだけど………」


 この国の騎士は基本的に貴族贔屓(びいき)だ。そもそも騎士はほとんどが貴族で構成されているため、騎士に預けたりしたら、またその少女は奴隷として他の貴族に売られてしまうだろう。それは確かに忍びない。

 特にこの国ミスト王国の貴族は酷い。平民を常に見下しており、奴隷になんて身を落とせば、貴族によってなぶり殺されるのがほとんどだ。


「なあ、頼むよ。この通り!」

「う~~~~~~~~ん………」


 ウィズが手を前で合わせてダウンズに懇願(こんがん)する。ウィズに頼られるのは素直に嬉しいが、そう安請(やすう)け合い出来るものではない。

 ダウンズは再度ウィズの様子を見る。祈るようにダウンズに向かって手を合わせているウィズは、確かに困った様な顔をしている。ダウンズが引き受けなければ十中八九、その少女は騎士に預けられ、再び奴隷として売られるだろう。冒険者という職業柄、ウィズは常に魔物の闊歩する危険な街の外で仕事をしている。そんな彼に奴隷の少女を押し付ければ、ただの足手纏(あしでまと)いにしかならない。

 ウィズにとっても少女にとっても、ダウンズが少女を引き取ったほうがどちらも幸せになるのだ。


「―――わかったよ。引き受けよう」


 ダウンズが渋々(しぶしぶ)といった様子でウィズの頼みを引き受ける。少女を1人養うだけだ。それくらいであればダウンズの生活にもほとんど影響は無いだろう。


「ありがとうダウンズ!本当に助かるよ!」

「それで、その少女はどこに?」

「食堂の外にいる。来てくれ」


 ウィズがほっとしたような様子でダウンズに礼を言い、食堂の外に案内を始めた。


「あ、ダウンズさん、帰っちゃうんですか!?また来てくださいね!」


 ダウンズが食堂を出ようとすると、エミーがダウンズに満面の笑みで話し掛けた。


「エミーちゃん!また来るよ!」


 ダウンズも満面の笑みでエミーに手を振った。やはり彼女の笑顔は美しい。ダウンズ以外にも、引く手は数多だろう。


 ダウンズが少し遅れて食堂の外に出ると、ウィズが食堂の外で待っていた。ウィズの隣には少女が1人。この子が例の少女なのであろう。

 少女は年齢も見た目から推測(すいそく)できないくらいにガリガリに痩せこけていて、目や表情からは全く生気を感じない少女であった。無造作(むぞうさ)に伸びた長い黒髪はボサボサで、身体中に打撲(だぼく)(むち)の跡が残っている。服はいかにも奴隷だと主張するような、薄い布一枚の簡素な服である。


「この子が?」

「ああ。レイラというらしい」


 ダウンズがレイラを観察すると、レイラと視線が合う。目の奥は暗く深く、そこからは何の光も感じないほどの漆黒の(ひとみ)があった。見慣れた、人生に絶望したものの瞳だ。

 ダウンズと目が合ったというのに、レイラは身じろぎも恥ずかしがりもしない。ただ真っすぐと生気のない目でダウンズを見つめ返す。堂々とした態度というより、どうでもいい、好きにしてくれ、そういった何もかもを(あきら)めたかの様な態度である。

 ダウンズはレイラの境遇(きょうぐう)を察する。たぶん前の主人は、レイラの事を大切に扱っていなかったのだろう。彼女の身体から見える生々しい傷跡は、前の主人から受けていた虐待の熾烈(しれつ)さをありありと示している。その所為でこの子は、こんな風に生気を失ってしまったのだろう。

 ダウンズはレイラの境遇を想像し心を痛めながら、彼女の前で片膝を付き、目線を合わせて彼女に話し掛けた。


「俺の名前はダウンズ。今日から君を保護することになった。よろしく頼むよ」

「はい。レイラです。よろしくお願いします」


 何の感情も籠っていない、平坦な声。レイラの声からは、怯えも、希望も、喜びも、悲哀も、何も感じられない。彼女はダウンズの言葉に、何も期待していないのだ。


「それじゃあよろしく頼むよダウンズ」

「ああ。じゃあなウィズ」


 ウィズはダウンズにレイラを預けると、申し訳なさそうに去って行った。自らが助けた子であるのに、面倒を見れないのを申し訳なく思っているのだろう。


「とりあえず家に帰ろう。少し歩くけど、大丈夫か?」


 ウィズを見送ったダウンズは、レイラに左手を差し出して言う。急に目の前に差し出された手を見て、レイラはビクリと身体を震わせた。ぶたれるとでも思ったのだろうか、少しダウンズは申し訳ないと反省する。


「―――はい。大丈夫です」


 レイラはダウンズの言葉に返事をするが、差し出されたダウンズの手を取ることは無かった。ダウンズは手持ち無沙汰(ぶさた)になった左手を引っ込め、レイラの歩幅に合わせるよう、ゆっくりと家に向かって歩き出した。

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