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トライアングル

夏の暑さはときに人を狂わせるらしい。

もう2年前に終わった恋だと思っていた(まさる)への気持ちが溢れ出して止まらなくなった。

勝が隆大(たかひろ)と付き合ったと聞いたときに、僕の勝への恋心も完全に蓋ができたはずだった。

勝を忘れるためにという訳ではないが、僕は健輔(けんすけ)と出会い恋に落ちていた。

勝が隆大と上手くいって、僕が健輔と上手くいけば全てよしだななんてことを思っていた。

勝に色々な恋愛相談をしながら、僕は健輔に想いを伝えたが、どんなに待っても返事の1つくれなかった。健輔は僕が思ったよりも不誠実で、また自由に性を謳歌したいときだったようだ。6歳も下に入れ込んだ自分が馬鹿だったのかもしれない。


そんなふうに思いながら、僕も僕でそれなりに悲しんでるときに、勝と隆大が別れたという。かなり酷い別れ方で、僕は言葉を失った。こんなにも愛するということに真っ直ぐな人をそう簡単に裏切れるのかと、人の残酷さも知った。


お互い、別に傷を舐め合うわけでもなく、今まで通り過ごしていた中で、僕は改めて勝に対する特別な感情に気がついてしまった。

健輔のことなんてどうでもよくなるほどに溢れて止まらない思いに支配され、僕は僕なりにこの3ヶ月、今まで通りだけど今まで通りじゃない自分として勝に接してきた。

今度こそ、勝を自分の手で幸せにする。

そう勝手に確信し、暴走したのが運の尽きだったのかもしれない。

「こうすけのことは好きだよ」

という勝の好きという言葉に舞い上がったのもまた事実だ。

2人の時間が今までよりゆったりと、暖かく流れていたと僕は思っている。

何を言うわけでもなくとも、なんとなくお互いのペースのままに過ごせていた気がする。

でもその日は突然訪れた。なんてない8月の終わりの日だったことしか僕は覚えていない。

最後に2人で話したときの勝の言葉は

「こうすけと一緒にいて楽しいよ。飯も美味いし。好きだけど、違うんだよ。きっとこうすけには別のいい人がいるよ。」だった。

あの時僕が

「勝以外にいい人なんかいないし、僕が勝を幸せにするんだっ!」なんて言わずに

「勝と一緒に幸せになりたいから、今は勝と一緒にいたいと思ってる。」みたいな言い方ができてたら少しは未来も変わってたのかもしれない。



青天の霹靂とはまさにこのことなのだと思った。

勝に新しい彼氏ができたと人伝に聞いたのである。

僕は勝への勝手な恋心を抱えながら、つい6時間前まで勝とすごしていた。

新しい男ができたなんて話、本人はまるでせず、ただいつも通りの時間がそこには流れていた。妙な居心地の良さがあったが悪い時間ではなかった。


あれからなんだか、勝と会わないように必死になってる僕がいる。

僕の気持ちもアイツは全部知ってて、僕も勝の気持ちをわかって受け止めていたつもりだ。

アイツの嫌いなものは全部直そう。アイツと2人で過ごせるためにこういうことをしていこう。そんなことは全部、絵空事で終わったのである。

その事実を受け止めようとすればするほどに、やり場のない虚しさと怒りをぶつけてしまうことがわかったから、僕は会わないようにしようと心に決めた。

今はまだアイツの顔を見て笑えないから、何言っちゃうか分からないからと自分を抑え込む理由を探して、その中に自分をはめ込んだ。


1ヶ月もすればまた自然と振る舞えるはずと思ったその日、僕は勝と再開してしまった。

わずか1週間で会うなんて思ってもみなくて、頭がどうにかなりそうだった。

とにかく取り繕おうと努力したが、勝の目に僕はどう写ったのか、滑稽なピエロだったかな、なんの悪びれた様子もなくいつも通りに接してくるアイツに怒りと諦めを感じながら、そんなところも含めて好きになったんだよなと思って、僕は必死に酒を煽り、仮面を被った。

アイツにこれ以上、汚い言葉も、僕の淡い思いも、叶えたかった未来も何もかもが見えないように、聞こえないようにと何枚も何枚も分厚い仮面を被り続けた。


いつ帰ったかすら覚えてない。ただ、いつも通りでいた記憶はある。僕、頑張れたよね?と夢の中で何度も自分に問いかけた。


気がつけば携帯のアラームが出勤時間を知らせている。二日酔いで今にも倒れそうな自分を律して出社した。今は仕事があるから正気でいようとできるからと、どうにか思い体を引きずっての出社だ。


昼にLINEが入る、隆大からだ。

勝と別れた直後にインスタで連絡があり、お互いの連絡先を交換して、細々と繋がっていた。

お互い、初めは別のアプリで繋がっておりタイプでもあったから、基本は外に出せそうにないような話しかしてない。

もちろん、勝にもこうやって繋がっていることは内緒である。別に話す必要も無いから言ってないというだけでもあるが、多分知るとすごく嫌がるから伝えてない。


隆大の見た目は僕のタイプである。もう少し痩せてくれればいうことなしだ。僕らの世界ではそれなりに高い地位にいる人間に日々可愛いと言われれば、最下層にいる僕でも少しは自信が持てるからという、僕の下心で繋がったところもある。あとは、友達としてであればいい人で、楽しいからという理由もある。

いつか、時の流れの中で勝が隆大のことを許せる日が来れば、また3人で大騒ぎできたらというのも僕の淡い希望であった。


さっきも言った通り、僕はヒエラルキーの最下層の方だ。人からモテたという人生は、ゲイと自覚してから歩んだことがない。

「ゲイは捨てるとこないっていうから、アンタみたいなのを好きって言ってくれる物好きもいるわよ!」なんて周りはいうが、僕は僕で自分の好きになった人からはいつも振り向いて貰えない不毛な恋ばかりしてきたせいで、1人でいくんだろうとどっかで思っているふしもある。

今回みたいに、お互い思いがあったと思ってもこのザマだ。結局は一人相撲をしておしまい。

隆大はそんなふうに僕がなってることは知らないからか、いつも通り「可愛い、好き」と伝えてくれる。この言葉にいくらか救われている。

好意は素直に嬉しい。特に、傷ついた心にはより染みるのだ。ただし、これがとんでもない毒薬だと気づいてもいたので僕は隆大に聞いてみることにした。

「なんで隆大は僕にそう言ってくれるか不思議に思うんだ。だって僕だよ?」

さっき来たLINEはこれに対する返事だった。

「素直に思ってること伝えてるだけだよ!」

明るい隆大らしい返事だ。

「ありがとう。隆大がいつも言ってくれること凄く嬉しい。隆大ぐらいだよ僕にそう言ってくれる人って」

なんて自虐まじりに返す。

こういう感じになるとだいたい夜に返事があって、お互いにエロい話で盛り上がって終わるというのを僕はそれまでの経験で知っていたから、今日もそうなると信じていた。

夕方に隆大からの

「大好きです」

というLINEが来るまでは。



そのLINEはあんまりにも唐突で、真っ直ぐで。

言われ慣れてない僕は退社準備をしながら見たその文の前でフリーズするしか無かった。

僕は咄嗟にいつもの冗談だろうと思うことにして

「告白みたいになってんじゃん」

とちゃかす。

「あ、ほんとだ。でもいいたかったんだー」

とすぐに返事が来た。

「免疫ないからやめてよ。嬉しいけどビビったよ。」

という僕に隆大は

「でもこれ、半分は本気だよ。大好きだからね。」

と送ってくる。

状況が理解できない。頭が全く追いつかない。

「本当にこういうこと言われ慣れてないからさ。本気で受け取っちゃうよ。やめてよ笑」

と誤魔化す僕に隆大は

「本当に?こんなに可愛いのに?」と聞いてくる。

僕はそれまでの恋愛のこと、自分のことをはじめて隆大に話す。

「僕は大体が、好きになった人に振り向いて貰えないんだ。好きって言われるのもベッドの上だけ。こんなまじまじと言われたの隆大が初めてだよ。」

「だけどさ、いつも好きになったら振り向いて貰えないから、僕はこのままずっと1人なんだと思う。」

と送ると既読になってから返事が来るのが遅かった。

向こうはいつもの冗談のつもりだったのかな、半分って言ってたし、重くとらえすぎたか等と恋愛偏差値の低い僕が考えていると

「ひとりじゃないよ。俺が一緒にいるよ。」

と連絡があった。

僕が返事を返せないでいると

「大好きなこうすけと、付き合いたい気持ちはあるよ。でも俺も馬鹿じゃないからこうすけが言いたいこともなんとなくわかってるから。」

と追加の返信が来た。

僕はまだ冗談に持っていきたくて

「ねぇ、本当に告白みたいになってるって!」と送ると

「うん。そうだよ。ただこうすけと喋ってるとさめちゃめちゃおもろくて、一緒にいたらもっとおもろいんやろなーって思ったことあってさ。」

「勝の件とかいろいろあったけど、こうやってやりとりしてるのも正直嬉しいもん。」

「ただ、このまま会えなかったり、会えずに…って考えたら言いたくなっていっただけ、だから告白だけど、そんなに重く受け止めないで。」

こんなにも人が僕のことを思ってくれるのかという喜びと同時に、僕はまだ勝への恋心が捨てきれていない。むしろ次の機会があれば次こそはと思っているぐらいだ。なのになんでこんなになるんだというパニックで頭がいっぱいだった。

隆大の言葉は嬉しい。飛びつきたい自分がそこにいるのもわかっている。ただ、勝との関係や今の友達関係を全部壊す覚悟があるのならの話である。

「ありがとう、嬉しい。でも僕からは何も言えないや。」

と、どうにか返事をすると隆大は

「大丈夫。全部わかってるから。ただ知って欲しかっただけなんだ。ごめんね。」という。

とりあえず、一旦この話を終わらせて、隆大と明後日の夜電話をする約束をした。

僕はちゃんと隆大に伝えなきゃいけない。友達でいたいって言わなきゃ、勝と友達ですらいれなくなってしまう。そして何より僕が引っかかるのはなんで隆大は僕に向けたような感情を勝に向けてあげなかったのかということ。

だから、僕は隆大の気持ちを受け取れない。しかも、言葉に重さを感じないから尚更である。隆大の浮ついた話はいくらでも知っている。本当に愛してくれているとは僕は思えない。


勝とこれからも笑っていくために僕は、人から受け取った好意を無下にする。

これが正解なのかは僕も分からない。ただ、少ながらず勝が僕のことを見ていてくれて、勝とまたそういう雰囲気になったときのために僕はこうするしかない。

僕の一方通行かもしれない。叶わない願いかもしれない。

ただ、僕は今僕の信じた未来を生きるためにこの選択をする。


これから台風が来る。

それを過ぎれば一気に秋らしくなるだろう。

きっとこれも全て夏の暑さのせいで狂ったせいだ。誰がどうという訳でもなく、きっとこの暑さのせいだ。

そんなふうに僕は心の中で繰り返し、考えることをやめた。

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