大事なのは運です
「俺はお前を愛する気は無い」
隣国である大国、スエテ王国に嫁いだエヴァーナは、たった今、結婚式を終えて夫になったこの国の若き王に宣言された。
「まあ、理由を伺っても?」
王の言葉にも動じないエヴァーナに、王は一瞬目を瞠ったが、言葉を続ける。
「俺には……ずっと思い続けている人がいる」
「まあ、では、その方を妃になさればよろしかったのでは?」
「……その人は、女王になる。我が国には嫁げない」
言いにくそうにしながらも、エヴァーナがグイグイと聞いてくるので、王は目を伏せながらも答える。
(ええええー! 陛下ってば、うちの妹が好きだったの?!)
近隣国で女王に即位すると言われているのは、シャンス国だけだ。
エヴァーナの妹、メイジーは一つ下の妹で、次期女王と言われている。
実は母のお腹には三人目が宿っている。もしその子が男の子だった場合、王位はその子に譲られる。
小さなシャンス国のお家問題など、この大国には些細なことなので、まだ耳には入っていないのだろう。
もう少し待てば、この王は妹を娶れたかもしれないのだ。
「わかりました。でも、この結婚は国同士の外交が絡んだもの。好きな人と結ばれる運など、王族であれば恵まれるほうが少ないかと」
「……わかっている」
エヴァーナの正論に、王はそっぽを向いてしまった。
「でも、私は運が良いと思いますわ」
「何だと?」
にっこりと笑って言ったエヴァーナに、王は怪訝そうな顔を向けた。
「私を愛さないのは陛下の勝手ですが、私が陛下を愛するのもまた、自由ですわよね?」
「……」
(あら、黙っちゃった。でも、ほんと、陛下ってばイケメン! どんな年老いた王に嫁がされるかと思えば、私ってば本当に運が良いわよね!)
この国の若き王、アシェル・ラ・スエテは、漆黒の髪と瞳を持ち、繊細な顔立ちをしている。今にも消え入りそうなその儚い美貌に、エヴァーナは思わず、ほう、と溜息を吐いた。
(シャンスにもイケメンはいたけど、みんな豪快でガサツだったのよね。屈強なのも良いけど、この線の細さで剣術もトップクラスなんて、ズルイわあ……)
「何を企んでいる……」
「はい?」
アシェルの美貌に思わずニマニマしていると、蔑むような目でアシェルはエヴァーナを捕らえた。
(まあ、冷たい目。イケメンってどんな顔してもカッコいいのねえ。でもどうせなら笑った顔が見たいわ)
「おい?」
アシェルに声をかけられ、エヴァーナはハッとする。また自分の世界に入り込んでしまっていた。
「企むとは?」
「お前の噂は聞いている。くそ、『森の泉』さえ無ければ……」
にっこりと微笑むエヴァーナに、アシェルは口惜しそうに言った。
『森の泉』とは、シャンス国にある、万能の泉だ。
「森の泉の水はあらゆる病を治す……。それを手に入れたスエテ王国はますます他国を寄せ付けない強大な国になります。もう少し喜ばれては?」
「お前を愛することは無いと言ったが、嫌いになりそうだ」
「まあ」
エヴァーナの容赦無い物言いに、アシェルは辟易としていそうだった。
「では、私のことを抱くことも無いと?」
「ぶほっ!!」
(まあ、陛下が吹き出しちゃった)
「なっ?! なっ……」
顔を真っ赤にしながらアシェルが慌てふためくので、エヴァーナはくすりと笑って言った。
「お世継ぎの問題がありますもの。例え愛していなくても、姉妹ですから、私はメイジーに似ています。彼女だと思ってお抱きになれば……」
そこまで言って、アシェルの空気がひやりと変わった。
「女のくせにはしたない。……お前を俺の愛する人の代わりにだと?! ふざけるな!!」
エヴァーナを睨みつけ怒ったアシェルは、教会の控室から出て行った。
(まあ、陛下ってば、そんなにメイジーのことを愛していたのね)
腹違いではあるが、エヴァーナはメイジーと同じ父譲りの銀髪に、エメラルドグリーンの瞳をしていた。
(見た目じゃなくメイジーを愛しているのね)
アシェルの背中を見送りながら、エヴァーナはまた一つ溜息を吐いた。
王女として生まれたからには、政略結婚は覚悟していた。エヴァーナは、女王としての即位を決められた人生だったからだ。
(ふふ、私ってば本当に運が良いわ)
シャンス国は小さい国ながらも、『森の泉』の水を他国に高値で売ることで潤っていた。そして『森の泉』を守るため、ほぼ鎖国状態だった。
『森の泉』が出現したのは、エヴァーナがまだ幼い頃。あの頃は弱小国だと周辺国に馬鹿にされ、蔑まされ、施しを受けていた。
しかし、『森の泉』の水のおかげで、周辺国は手のひらを返し、こぞって水を手に入れようとした。
優位に立ったシャンス国は、限られた貿易以外を分断し、エヴァーナの元にも他国の情報は入らなくなった。
それから母が他界し、有力貴族だった現在の義母がメイジーを伴い嫁いできた。
そこからシャンス国は衰退していった。
義母とメイジーがお金を湯水のように使うので、あっという間に貧乏になった。『森の泉』の水を大量に放出すると、価値が下がる。水頼りのシャンス国は、贅沢をしないから潤っていたのだ。
(それなのに、お義母様もメイジーも、馬鹿にされないようにって他国の目ばかり。きらびやかにすることばかりに国の財源を使うから……)
父王は母が他界してから、義母にいわゆるぞっこんというやつで、言いなりである。
困り果てた所に、スエテ王国から、『森の泉』の独占契約と婚姻の話が来て、大金に飛びついた、という訳だ。
(スエテ王国がまさか代替わりしていたなんて。情報って大事ねえ)
年老いた王に嫁ぐことを嫌がったメイジーと、娘を手放したくない義母によって、エヴァーナがスエテ王国に嫁ぐことになった。
「さて、備えますか」
祖国を思い返し、苦笑いしたエヴァーナは、大きく伸びをした。
◆
「何だ? これは?!」
結婚式から二週間。エヴァーナは久しぶりに見る夫の顔に思わず見惚れる。
(はあ、やっぱり私の旦那様、イケメンだわ)
初夜はもちろん無く、それどころか部屋さえ別々だった。アシェルは即位してから日も浅いらしく、忙しくしていた。対してエヴァーナは妃としての仕事も振られず、暇を持て余していた。
「何って……、ハーブ園ですわ?」
エヴァーナがアシェルに見惚れていると、苦い顔をされたので、仕方なく答える。
「それは見ればわかる!! お前は何をしているんだ?!」
「だから、ハーブ園を作っておりますわ?」
繰り返される問答に、アシェルは溜息を吐いた。
(ああ、繊細なお顔立ちなのに、よく怒鳴られる。このギャップもたまらないわあ)
「おい?」
額に青筋を浮かべるアシェルに、エヴァーナはハッとする。
(いけない、また見惚れてしまったわ)
「アシェル様、王妃殿下はハーブを育てる天才ですな」
二人のやり取りに、ホッホッホッ、と笑いながら前に出たのは庭師のジャックだ。
「ジャック……元宰相のお前が庭師なんかやっていると思えば、その女と馴れ合っているのか?」
老齢のジャックは、宰相職を息子にさっさと引き継ぐと、自分は趣味のガーデニングを活かし、王城の庭師に落ち着いていた。
「殿下、お言葉ですが、庭師「なんか」とは失礼ですよ」
「な?! お前こそ妃のくせに何をしている?」
「私の国では王族も騎士も貴族も皆、家族のように一緒に働きますもの」
アシェルの言葉に、聞き捨てならないと思ったエヴァーナが口を挟むと、火の粉がこちらにやって来た。
「ほっほっほ、素敵な国ですなあ」
「そうでしょ〜?」
ハーブ園を作り上げ、エヴァーナはすっかりジャックと仲良くなっていた。
元宰相のジャックが認めたことにより、他の使用人もエヴァーナに一目置いていた。
最初は「弱小国のしたたかな女」なんて言われたりもしていた。
しかし、そんな言葉など気にせず、皆に変わらない態度で接するエヴァーナに、城の使用人たちは皆絆されていった。
「陛下、今、城では陛下がお妃様を蔑ろにしているともっぱらの噂ですぞ」
ジャックの言葉に、アシェルはぐっと押し黙る。
悪意ある噂は、最初はエヴァーナのものだった。しかし、この二週間でそれは逆転し、今やエヴァーナは「可哀想なお妃様」である。
(ジャックとここで出会わなかったら、こんな楽しい仲間も、やるべきことも出来なかった。私、本当に運が良いわあ)
「お前、ジャックまで手懐けて、何が目的だ?」
ジャックにやり込められ、アシェルは矛先をエヴァーナに変えた。
「だから、ハーブ園を作ることが目的ですわ」
さっきからそう言っているのに、とエヴァーナは溜息を吐いた。それを見たアシェルがカッとなり声を荒げる。
「祖国の金を使い込み、我儘放題のお前が?! 俺は騙されないぞ! このスエテで贅沢出来ると思ったら間違いだからな!」
言いたいことを言うと、アシェルは城内に戻って行った。
「エヴァ様、気になされるな」
「まあ! 陛下はお忙しいのに、わざわざ私がハーブ園を作っている様子を見に来てくださったのね?!」
ジャックがフォローしようと声をかけると、エヴァーナはまったく気にもせず、むしろ喜んだ。
エヴァーナにとって二週間ぶりの夫の姿である。ただただ姿が見られて嬉しかった。
(それに、口は悪いけど、実際には何の不自由もない暮らしをさせてもらっているし、優しいんだよね!)
ふふふ、と笑いが込み上げてくると、ジャックは目を細めた。
「エヴァ様は本当にアシェル様のことが好きなんですねえ」
「だって! カッコいいもの! それに、あのぶっきらぼうな優しさがたまらないわ!」
エヴァーナはジャックの前では素を出して話せる。すっかり砕けた口調で力説すると、ジャックは優しい顔で微笑んだ。
「優しい、ですか。本質を見極められるエヴァ様は流石というか、器がでかいというか……」
「あら? 褒めてくれるのは嬉しいわ!」
エヴァーナはそこまで深く考えずに発言しているのに、ジャックが褒めてくれるので嬉しくなる。
「シャンス国との縁談は、国の決議なのですが、アシェル様はその前にあなたのことを調べさせたみたいなのです。しかし……」
ジャックは先程のアシェルが言っていたことがエヴァーナに当てはまらないと首を傾げた。
(確かに。散財して国を傾けたのはお義母様とメイジーよ。でも陛下はメイジーのことが好きで??)
「うーん、よくわかんないけどいっか!」
「しかし……」
考えてもわからないことをいつまでも悩むのは、エヴァーナの性では無かった。あっさりとエヴァーナがそう言えば、ジャックは神妙な面持ちで話し始める。
「陛下のお母様、王太后様は今、病で伏せっておられます」
「森の泉の水はこのスエテ王国にも販売されていたはずよ?」
ジャックから内情を聞かされ、エヴァーナは驚きつつも、答える。森の泉の管理を役人と一緒に行っていたエヴァーナは頭の中の台帳を思い浮かべる。
「はい。しかし、森の泉の水は貴重な物。まずは国民に使うべきだと、陛下は病院に振り分けました。王太后様もそうすべきだと。幸いにも病状は落ち着いておられましたし」
「まあ……」
ジャックの説明に、エヴァーナは感動した。
(ああ! やっぱり陛下は素敵な人だわ! お父様も昔はそうだったのに、シャンス国はすっかり変わってしまった……)
どんなに馬鹿にされようと、国民を想い、国民のために皆一緒に働いていたあの頃。
(そういえばあの頃、一人だけバカにしない男の子がいた。思えば私の初恋だったかも?)
エヴァーナは昔を思い、目頭が熱くなる。
「しかし、王太后様の容態が最近思わしくなく……」
「ああ! だから、私との婚姻で森の泉の専属契約を申し込まれたのね」
言いにくそうなジャックに、エヴァーナは手の平を拳でポン、と叩いた。
「気を悪くなされましたか?」
気遣わしげな表情でジャックは見たが、エヴァーナはにっこりと微笑んだ。
「いいえ、ちっとも! 私にとってもスエテ王国にとっても運が良いタイミングだったわ」
「はあ………」
意味のわからない言葉に、ジャックはエヴァーナが無理をして明るく振る舞っているのだと思い違いをした。そして、「可哀想なお妃様」の噂はますます広まるのだった。
◆
「おい! どうなっている!」
更に数日が経った頃、すっかり生い茂るハーブ園にアシェルがエヴァーナを訪ねてきた。
(あああ、陛下! この前より早くお顔を出してくれたわ! 今日もカッコいい!!)
「おい?」
怒鳴り込んで来たアシェルだったが、ぽーっと顔を赤らめているエヴァーナに、アシェルは勢いが衰えつつも、声をかける。
「今日はどうされたんですか、陛下」
ハッとし、何事もなく笑顔を作るエヴァーナに、アシェルは調子が狂いつつも、続ける。
「シャンス国に森の泉の水を依頼したが、一向に届かない」
(あら、もうそうなってしまったの)
「お前! 何か知っているな?! 説明しろ!!」
アシェルの言葉に逡巡していると、エヴァーナはアシェルに肩を掴まれて詰め寄られた。
「……おそらく、泉の水が枯れたのかと」
(ああ……陛下の手が私の肩に……大きくて男らしい手だわ)
真剣に答えながらも、エヴァーナの心は忙しい。
「……何だと」
「いつかはそんな日が来るのではと思慮しておりました」
「……わかっていながら、それを隠して婚姻を結んだと?」
エヴァーナの言葉に、アシェルの顔がどんどん険しくなっていく。
「思慮していただけで、そうなる確証はございませんでした。スエテもきちんと調査をされなかった。全ては運ですわ」
「何だと?! 全て運のせいにするか!!」
「……陛下」
エヴァーナの言葉にカッとなり、アシェルが掴んでいたエヴァーナの肩に思わず力を入れた所に、ジャックが茂るハーブの裏から出てきた。
「王太后様のご容態に何か?」
諫めるように、落ち着いた声で問うジャックに、アシェルも落ち着きを取り戻す。
「ああ……、今朝、ご容態が悪化されて、医師も手のつけようが無いと」
「泉の水は」
「国内には残っていない」
重々しい空気がハーブ園に流れる。
「でも、陛下は運が良いですわ!」
「……何だと?」
空気を読まないエヴァーナの明るい声に、アシェルは眉を寄せる。
「今朝、ちょうどリコリラの実がなりましたの。これを王太后様に処方してくださいまし」
「リコリラ……だと?」
リコリラとは、その実が万能の薬になると言われ、辺境の国の奥深い場所に生息していると言われている、幻のハーブだ。
「摘みたてですわ」
側にあった赤くて綺麗な実をもぎ取ると、エヴァーナはアシェルに差し出した。
「……なるほど、お前はこのスエテの中から崩壊をもたらそうとしているのか、思い通りにならないからと」
「はい?」
アシェルのトンチンカンな言葉に、流石のエヴァーナも、つい素が出てしまう。それを見逃さなかったアシェルは冷たい表情で、エヴァーナの手の上の実を払った。
「母上を殺しても、この国はお前の物にはならないぞ!!」
ブチッ、とエヴァーナの中で切れる音がした。
「うっさい!! この石頭!! お母様が危篤だって言うなら、さっさとこの実を煎じて飲ませなさいよ! お母様の命がかかっているのよ?! 時間との勝負なのよ?! 後悔するのはあなたなのよ?!」
そこまで一気にまくし立てると、エヴァーナの目に涙が込み上げる。
エヴァーナの母は病気で他界した。国民を思いやるが上に、自分を後回しにしていた母は、あっさりと死んだ。
森の泉があったのに、使えるものを使わないで死んだ母。母の病気に気付かなかったエヴァーナも父も酷く後悔した。
「な?! お前……?」
エヴァーナに圧されつつも、アシェルは何かを思い出したように目を見開く。
「陛下、これはまぎれもなくリコリラの実。早くこれを……」
ジャックが口添えをしてくれようとしたが、エヴァーナはそれを制した。
「陛下、もしもこの実を飲まれた王太后様に何かあれば、その場で私を殺してかまいません」
「エヴァ様?!」
驚いたジャックが止めに入ろうとするも、エヴァーナはそれさえ制して、アシェルを見据えた。
「……良いだろう。ついてこい」
エヴァーナと視線を交わしたアシェルは、踵を返すとエヴァーナを手招きした。
「はい!」
エヴァーナは今朝摘み取ったリコリラの実が入った籠を掴むと、アシェルの後ろを追いかけた。
「エヴァ様、私も手伝います!」
「ありがとう、ジャック!」
◆
王太后の離宮は城の奥にある。部屋に通されたエヴァーナは、急いでリコリラの実をすり潰す。ジャックに用意してもらった水差しの水をコップに注ぎ、潰した実を混ぜる。
「これを」
エヴァーナはお付きの医者にコップを手渡し、王太后の口に運ばれるのを見届けた。
王太后は苦しそうに息をしていたが、水を飲むことは出来た。
王太后がゆっくりとコップの水を飲み干し、一刻。
「アシェル……?」
「母上!!」
朦朧とした意識を覚醒させ、王太后が遠くで見守っていたアシェルに声をかけた。
アシェルは急ぎ王太后に駆け寄り、手を取った。
「良かった……」
「ありがとうございます、エヴァ様」
王太后の無事を見届け、笑顔になるエヴァーナに、ジャックも目を細めた。
アシェルは泣きそうな表情で王太后と何やら話している。エヴァーナはジャックとそっと離宮を後にした。
(ああ、あの陛下の切ない表情も胸がえぐられたわあ)
王太后の無事を確認し、ホッとしたような泣きそうな表情をしていたアシェルを思い出し、エヴァーナはときめく。
(色んな陛下の表情を見られて幸せだけど、まだ笑った顔を見たことは無いのよねえ。一生無理かしら)
「ところでエヴァ様……」
ハーブ園まで歩き到着した所で、ジャックがエヴァーナに向き直る。
「この状況を見越してこのハーブ園を?」
ジャックの問に、エヴァーナはウインクをし、唇に人差し指を置いた。
「泉は枯れる前兆があった。それに変わるものを差し出さないと、この婚姻は破断、悪ければ私は処刑、でしょ? だからこのハーブを育てる必要があった。でも、リコリラの実が実ったのは本当に運が良いとしか言えないわ」
「エヴァ様は運が良いとよく言われますが……」
「うーん、私、昔から運を引き寄せられる体質みたいで」
エヴァーナは自分が運の良い人間だと思っている。幸運を引き寄せる体質を神様がくれたのだと。
「おい!!」
そこまでジャックと話して、アシェルがハーブ園に走ってきた。
「まあ、陛下、私は殺されなくて済んだのですよね?」
「当たり前だ!! ……その、母上を救ってくれたこと、感謝する」
「まあ」
照れくさそうにお礼を言うアシェルに、エヴァーナも頬を染めて歓喜する。
「その……色々言って悪かった」
「ああ、国を乗っ取るだの、何か企んでいるだの、ですか?」
「だから! 悪かっ……た……!」
(まあ、可愛い!)
バツが悪そうに謝ると、アシェルはそっぽを向いてしまった。
「陛下、エヴァ様は噂のような人では無いと、このジャックはエヴァ様を見てきて断言出来ます」
「そう……か」
ジャックが頭を下げ、エヴァーナのことを進言すると、アシェルも今度は素直に聞き入れる。
「まあ、お義母様と妹の豪遊を止められなかった私にも王族として非はあります」
「何と言った?」
エヴァーナの言葉に、アシェルが固まった。
「ですから、メイジーの行いがそのまま私の評判に繋がるのは仕方のないこと」
「まてまて、その前だ」
アシェルの意図に首を傾げながらも、エヴァーナは繰り返す。
「お義母様と妹の豪遊を止められなかった私にも非はありますかと……」
「は?!」
エヴァーナの言葉にアシェルの目が白黒している。
(まあ、珍しい。また新しい表情を見られちゃったわ)
「お前が……姉の方?!」
「はい?」
アシェルがエヴァーナを指さして震えている。
「女王になるのは姉の方だろ?! 何故姉のお前が嫁いで来ている?!」
アシェルは酷くうろたえているようだった。
「妹がごねましたので」
(そう言えば、シャンス国の「王女」が嫁ぐとだけ交わしたわね)
ふむ、とエヴァーナは逡巡し、ふと思い至る。
「陛下はメイジーに嫁いで来て欲しかったのですよね?」
エヴァーナの言葉にアシェルが再び固まる。
「昔、森の泉で誰か助けたことは?」
「ああ、そう言えば溺れる男の子を助けたことがありますわ」
(そうか、あの初恋の男の子は泉で溺れた男の子だったわね)
アシェルの言葉に、エヴァーナは昔の思い出が一気に蘇る。
小さい頃、どこの誰か覚えていないが、確か外国の留学生の男の子。当時貧乏なシャンス国なんかに勉強に訪れてくれて、エヴァーナのことも国のこともバカにしなかった男の子。
でもその男の子は、自己評価が低く、自分なんて、と言っていた。
あの日、溺れた男の子を助けた時、あの子は『自分なんて死ねば良かった』と言った。エヴァーナは『命は皆等しい、無駄にするな』と怒鳴り飛ばした覚えがある。
自分をバカにしない優しい男の子に、自分を卑下して欲しくなくて怒った。エヴァーナの初恋だ。
「さっき、怒鳴られて、まさかと思った。……変わらないんだな」
ふ、と緩んだアシェルの笑った顔が、記憶の男の子と重なる。
「え? え?!」
アシェルが初めて笑顔を向けた、という出来事と、初恋の男の子がアシェルだった、という事実が一気にエヴァーナを襲う。
「俺は……妹が嫁いで来たのだとばかり思っていた……まさか、俺の愛しい人がすぐ側にいたなんて」
「え、あの……?」
縋るような、真剣な表情でアシェルがエヴァーナに近付く。
(うっそ!! このイケメンが初恋の人?! 私、どんだけ運が良いわけ?!)
「勘違いとは言え、俺は君に酷いことばかり言ってきた……許して欲しい……エヴァーナ」
(うっわ! 名前呼びとか破壊力凄いんですけど!!)
顔を赤くしながらも、目の前のアシェルを見上げれば、見たこともない甘い表情をしている。
「君をずっと想っていた、エヴァーナ」
「陛下……」
甘い表情、甘い声で迫られ、エヴァーナはすっかり顔が蕩けてしまう。
「いやいや、やはりエヴァ様は寛大なお方ですな」
「……まだいたのか、ジャック……」
甘い空気の中、ジャックが割って入ったので、アシェルは苦い顔を向けた。
「エヴァ様が許しても、城の陛下の噂は最悪! 挽回せねばなりますまいぞ?」
ジャックの言葉に、アシェルはうっ、と言葉に詰まる。
「まあ、運の良いエヴァ様がご一緒ですから大丈夫でしょう」
「任せて!」
ジャックがウインクをして言うと、エヴァーナもウインクで返した。そして今度こそジャックはその場から立ち去り、二人きりになる。
「……ずいぶんジャックと仲が良いのだな? 愛称で呼ばせるなど……」
「まあ、陛下、妬いていらっしゃるんですか?」
「……その話し方もやめてくれ。さっきのように、昔のように砕けて話して欲しい……エヴァ……」
(エヴァ、ですって?!?!)
アシェルの愛称呼びに、エヴァーナはキュン死しそうだ。
「ずっと、ずっと好きだった、エヴァ……愛さないと言って後悔している。俺は君をずっと愛している」
「では、私のことも抱いてくれる?」
「!!!! ……お前しか抱かない!」
エヴァーナの問にアシェルは顔を真っ赤にしたが、今度は冷たい怒気ではなく、照れるのを隠したような、優しい怒鳴り声だった。
「嬉しい。私も、アシェル様が初恋だったんです。嫁いで来たときも、アシェル様がかっこよくて、ラッキーと思ってました」
「顔だけ……?」
いつの間にか抱き寄せられていたエヴァーナは、拗ねるようなアシェルの声にくすりと笑う。
「今はどういう方かわかりませんので」
「俺もエヴァに愛されるように努力する」
ぎゅう、とアシェルはエヴァーナを抱き締める力を強くした。
(本当は国思いで、優しさを表に出せない不器用な人だって知ってるけど、こんなに愛を囁いてくれるなら、しばらくは黙っておこうかな)
アシェルの甘い声色に酔いながら、エヴァーナは彼の胸の中でふふ、と微笑んだ。
(初恋同士の再会が結婚なんて、本当に奇跡よね。私ってば本当に運が良いわ!!)
エヴァーナは聖女だった。アシェルを助けた時に泉に触れたため、『森の泉』の水は万能薬になった。
ハーブ園のリコリラの実も、エヴァーナの聖女の力に呼応して実を付けた。
しかし、エヴァーナはそんなことは知らない。ただ自分は運が良いと思っているだけ。確かに運を引き寄せる最強聖女のエヴァーナは、これからもこの国で無双していくのだが、それはまた別のお話。
お読みいただきましてありがとうございます!
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