シーズン1 第八章 日本原子力発電所爆破事件二:冬馬の指揮
第八章 日本原子力発電所爆破事件二:冬馬の指揮
有栖の帰還に皆で祝福を上げた後、僕らはそれぞれの仕事に取り掛かることになった。各々の部隊の半数を各地の爆弾解除に向かわせて、もう半数は三か月前の旅行会社特別支店長殺害事件を調べるために、地下七階に備えられている会議室に集結した。その内二、三人は聖の尋問の為に別室へと向かう。裁判所は聖への無理強いを快諾してくれた。会議室とは名ばかりの無機質な部屋で、装飾と呼べるものは一切無く、一応付けておくかという具合のグレー一色の壁紙が一面に貼られている。長方形の巨大なフロアに大人五人は寝転べそうな机が三つ並んでおり、部屋の一辺にデスクトップパソコンがずらりと並び、もう一辺にはコピー機が列を成している。さらに一辺にはスクリーンが収納されていた。椅子だけはやたら座り心地が良く、社長室に置いてあるような高級品が無数に並んでいる。ざっと百五十人程の隊員が着席し、制限時間まであと一時間半というところで、局長と聖を含めた敵の最終目的について話し合いが始まった。中央に着席した昭道と創史の横に座らされた僕は、二人から例の事件について意見を求められた。
「はい」
マイクを渡されながら起立するように促される。ただ、僕のことを話す前に確認しておかなければならないことがあった。
「その前に一つ。確か交流戦で見た時は軍にはおおよそ七百人ほどいたと記憶していますが、グラウンドに集まったのは約百人。他の六百人はどちらへ?」
「当然の疑問だな」
創史が大きく溜め息を吐いてから、渋々言葉を発する。
「連絡が付かん。二百人は避難民の誘導やマスコミ対応、敵からの攻撃魔法感知に当たっているが、最初に原発へ向かわせた二百余りの隊員からの連絡は敵の出現を報告する緊急通信を最後に途絶えた。応援に向かわせた二百も連絡取れず…だな」
各地へ分散せざるを得ないとはいえ、約四百の軍人を相手に通信さえも許さない徹底ぶりに、美萩と栄治は思わず弱音を漏らしてしまう。
「そんな…四百人が…生死不明ということ…?」
「不味いよな…」
流石に気合の喝を入れられるような事態ではなく、創史も唸り声を上げた後に黙り込んでしまった。事態は相当に深刻な様子であり、他の隊員たちも良い表情ではない。
「ま、まあ…先に進みましょうか…」
「そうするしかないの」
「それでは、三か月前に起きたジャイパンクの爆破事件での不可解な点を列挙します」
「私は司会進行を」
「わしはスクリーンに映し出そうかの」
何と気の利く上司なのだろうか。部下にやらせるのではなく、率先して書記や司会に回ろうとする人間は有能な人間が多いと言う言葉に、野心が強い無能だなどと馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。
「お願いします。では最初の一点目ですが、先ほども述べた通りあれほどの大爆発を起こすのに、どうして社長に近付いたのかという点です」
僕の発言に合わせて、スクリーン上にパソコンによる文字入力がされていく。魔法特化部隊の長であり、機械音痴そうな老人が軽快にタイピングする様は何ともシュールであった。その横で、司会役であるはずの創史が口を挟んだ。
「割って入って悪いが、被害者に最後に暴言を浴びせてやろうと思っていたとか、元々は爆発しようなどと思わず冷静な話し合いを求めていたなどの線は無いのか?」
「ほとんどないと思いますよ。交流戦が終わってから、不謹慎ですが、自分の謎解きが正解していたか気になって受付のお姉さんに資料をくれってお願いしたんです。わざわざ他職種である警察に丸投げしていたなんて知りませんでしたから手間を取らせてしまった」
「皮肉は結構」
創史にピシャリと言われて態度を改める。美萩に負けたようで嫌だった。
「まあほとんど正しくて良かったなと思うくらいでしたが。それで、犯人はあの太り気味の奥さんに枕を強要されてたんですよ。大切な社長の娘を巡ってわざわざ居酒屋で口論するくらい熱心なのに、自分の体の管理も出来ない既婚者にレイプされるなんて、彼女に誤解されたりしたら最悪ですよ。それこそ、二人纏めて殺めてやろうと思うほどに」
「犯人が死んでしまった今は憶測に過ぎず…か…」
「推測が彼の仕事なんだろうて。忘れるでない」
納得出来ないでいる創史を昭道がしかった。
「そうだったな。百発百中の男か」
「買い被り過ぎで」
「済まない。進めてくれたまえ」
「というわけで、本当に憶測に過ぎません。社長の娘さんと長期的に付き合えていたのですから、普通の人間よりも優秀です。人を殺すことに快楽を覚えるような殺人犯でも無いです。嫌な人を殺して自分も死のうと考えているなら、殺害の対象に奥さんも入っていて当然だと思いませんか?犯人は奥さん諸共吹き飛ばして自分も死のうとするはずなんですよ」
「言われてみればそうかも」
隣に座る美萩が月に一度の同調を見せる。続いてその横にいる栄治と有栖も異論無しと言うように頷いた。
「犯人は奥さんのいたロビーより上の階である支店長室で爆発を起こした。何かそこに特別な意味があるように思えて仕方ないんだ。それを強調するような点があります。これが不可解な点二つ目、爆発の規模の割に被害が少ないという点です。僕と美萩は東京駅の丸の内宿舎に居ました。爆発地点からそこまでは数十キロは離れているのに、立ち込める爆炎が見え、爆発による熱風、強風をも感じられました。当時の僕はかなり…その…恥ずかしながら一般教養が不足していましたし、常識的な知識が欠けていました。まあ…学歴とかは置いておいてですね」
他の世界からやって来たという事実を伏せるためにしどろもどろになってしまう。しかし、一同はそんな僕の言葉を待つように、真剣に僕の方を凝視していた。彼らの仲間の救出のためにも、僕の事情によって話が乱れてはいけないと思い、きっぱりと言い放った。
「僕は社会を知らなかったし、その時はただその場で推理ゲームを楽しんだだけだったので気付かないことがありました。これに関しては、無責任に美萩たちの仕事に口を挟んだ僕の責任でもあります」
「そんなこと、今は良い」
創史が優しく続行を促す。感謝の意を述べてから、再び話し始めた。
「呪文というのは相当に強力なはずで合って、ビル一件も吹き飛ばないなんてのは妙な話ですよね?」
呪文は洒落にならないくらい強力なモノという認識が正しいかどうか、念のため確認するように有栖の顔を伺う。優秀な有栖は僕の意図を汲み取って、大きく頷いた。
「それで、爆発があった十二階より下のフロアがほとんど倒壊していないってやっぱりおかしいですよ。それともう一点、その五人以外が一様に軽傷者含めて怪我をしているのがおかしいんですよ。資料を見た感じ、一階ロビーにいた奥さん以外の受付人も怪我をしているのに…です」
今度は自信を持って言い張ると、有栖が少しだけ頬を上げたのが分かった。
「冬馬君の言うように、それは確かに不思議なことだな…警察はちゃんと調べたのか?」
「僕が資料を見落としていなければ、それほど詳しい記述は無く、その点も記載されていなかったと思います。記載されていればその場で知識不足が自身で理解できるでしょうから」
「ったく、毎度のことながら適当だな…」
「まあまあ創史よ。犯人が死亡していたらそんなもんだろうさ。それで一応は解決されていたんだから」
「しかしな、そのせいで今こうやって死人を出すほどの事件がだな…」
途中で自分の口を閉ざして意図的に話の流れを区切ると、まあよいと口を慎んだ。
「恐らく、あの場に集めた無傷の容疑者五人の中の誰かが鍵を握っていると思われます。特に怪しいのは、互いに浮気をし合っていた夫婦の二人。両方とも怪しいです」
「根拠はなんじゃいな」
「妻の不倫に気付いた夫は、どうして慰謝料請求というような確実な利益を選ばずに、彼もまた不倫をしてしまったのでしょうか。妻の不倫を知ったから、自分も不倫しようと思い立ったと言っていました。しかし、それなら離婚して慰謝料を貰ってから正々堂々と不倫すれば良かったのではないでしょうか。当然、男女の関係というのはアタックするタイミングというのも大切ですから、面倒な離婚手続きをしてから狙っていた女性に手を出していては遅いと思っていたのかもしれません。それに、離婚はしたくないが、妻ばかり良い思いをするのは悔しいと思ったのかもしれません」
そこで美萩が僕の説明を補強するように発言する。
「私からも一点。冬馬ほどの観察眼を持たない私でも、あの夫婦の雰囲気と言うか立ち振る舞いと言うか、そういうものに妙な感じがしました。私も容疑者に上がっていた五人は怪しいと思います」
「そんな夫婦ですが、互いに不倫しているにも関わらず、結婚指輪がずれているような形跡もありませんでした。四十半ばになっても結婚指輪を日常的に身に付けているなら、指輪の跡が残りますよね。妻の不倫相手は二人いましたが、二人とも夫と面識がありましたからわざわざ外さないとしても、夫の方の不倫相手は全く別会社の事務員でしたので既婚者だという事を隠していた可能性は十分にあります。まあ、こればかりは夫の不倫相手に確認を取って見ないことには何とも言えませんが、もしも妻の存在を隠していた場合、指輪を外すのは必然です。再び付け直すにしても僕の目に留まらないほど、寸分たがわず跡に沿って付け直すくらいの几帳面な人物なら、慰謝料だってきっちり請求しそうなもんじゃないですか。おおよその相場は三百万円くらいですし、確定でもらえる三百万円、それを放ってまで不確定な女性を追いかけるでしょうか。それほど大事な女性を見つけながら、浮気がバレない様に律儀に指輪をピッタリはめ直すでしょうか」
「つまり、夫側の不倫相手が、既婚者であることを知っていたならば、その夫婦が十中八九何か隠していると見ているんじゃな」
「そういうことになります」
「あとは、この事件について話すことはあるかの?」
「いえ。自分の話せることは以上です」
全てを話し終えた僕は、隣の席から水が差し出されたことに気が付いた。
「飲みかけで良ければ飲みなさい。話し疲れたでしょう」
どういう風の吹き回しか、美萩が顔を赤らめるほど恥ずかしいという心情を抱きながらも親切を働いている。突然の美萩の行動に戸惑いつつも、半分くらいあったボトルの水を飲み尽くした。口を付ける直前に少しばかり、ピンク色の輝きが見えたような気がしたが無心を貫いた。
「ちょっと、全部飲むことを許可した覚えはないけど。それに、お礼の一言くらい言いなさいよ。こっちも三か月前のあなたに感謝するつもりで差し出してるんだから」
「その見返りに水って、安くない?」
「このッ」
美萩が拳を振りかざしたところで、いつの間にか僕ら二人の後ろに立っていた創史が鬼の形相で僕らを睨んでいることに気が付いた。美萩も同様に創史の覇気に身震いして、後ろを振り返った。
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
僕らはすぐに謝罪を述べて鬼退治をする。創史は、表情を戻して僕と美萩の肩に手を置いて、遠くを眺めながら言葉を紡いだ。
「私らだけでは…。正直に言おう。私と昭道だけではここまで辿り着けなかっただろう。君らが奮戦してくれたおかげで…いや、君らが生まれてから今日まで己を磨き続けてくれていたお陰で、聖の逮捕に続き捜査方針まで確立出来た。もしも、魔法科学特別部隊の筆頭チームが君らとは違う人材だったら、もっと遅れをとっていたやもしれん。奴らの思惑通りに構成されたチームかもしれん。しかし、やつらの企みによって作られた君らが、こうして我々を先導してくれる。皮肉なもんだとも捉えられるが、私らは君らの力に頼らざるを得ない…」
それから、昭道も立ち上がると、有栖と栄治の背中を軽く叩いてから言った。
「有栖君。栄治君も。己との葛藤に打ち勝ち、良く修羅場を潜り抜けてくれた。君らは、我が軍の希望の光じゃよ。正直のぉ…君らの隊は難アリということを日々聞いていたから…。急激に隊の成績が伸びた点で、裏があるだろうとは思っていたし、実際に色んな意味で仕組まれた隊だったわけだが、君らは問題の全てを差し引いても仲間想いの強い素晴らしい隊だと思うわけじゃ」
二人は僕らから手を離して自席に戻ると、今度は他の隊員に向けて演説した。
「皆も同様に、素晴らしい人材じゃよ。厳しい訓練に耐え、過酷な任をこなして日本を守って来た。隊員にはまだ若いもんもいるし、初めて命を懸ける子らだっているじゃろう」
そこまで喋ると、物凄い速度でキーボードを叩き始めた。少しして、エンターキーをリズムよく二度タイプする音と同時に、スクリーンにでかでかと行動目標が映し出された。スクリーン上の文字を追うようにマウスカーソルが動かされ、昭道はそれに合わせて喋った。
「恐れも分かるが、作戦や行動の詳細を取りこぼせばそれこそ命取じゃよ。先ずワシの部隊に命をする。転移魔法が使えるもん、第三の目を第三の耳と同時に使用できるもんは本部に残れ。戦闘魔法が得意なもんは四人班を組んで各地の援護に向かえ。ただし、本部を護衛する班、緊急事態に対応する班を二班残せ。実力に自信のあるものが残るんじゃぞ」
「次は私の部隊だ。重火器の訓練を受けている者は本部に残れ。それ以外の班は、機動性の高いハンドガンを用いて各地の援護へ向かうように。昔、美萩の指導を受けたことがある者は、各班一人以上が入るように調整し、班の指揮官を担え。いいか、必ず予備のダイヤルを用意して、本部と君たちのどちらからでも連絡が着くようにしろ。それと、容疑者五人に聴取をする。各容疑者に一班ずつ当たれ」
あっという間に、どこにどんな人員を割くか決めてしまい、部隊の長としての実力を理解させられた。そこからさらに、長たる器というものを振りかざされる。
「怯える気持ちも分かる。しかし、入隊時に散々叫んだ信念を思い出せ!今この時、この瞬間こそ、君らの信念が燃える時である!大事なものの為に懸命に戦え!」
「ワシらの正義と意地で敵を貫いてみせぃ!そこに命が燃ゆる限り、四肢に血が通わなくなるその時まで戦いを止めるでないぞ!」
貫禄と重圧を兼ね備えた号令に、室内にいる人間の闘気が沸き立つのを感じ取った。今にも沸騰しそうなくらいに煮えたぎる戦意に鳥肌が生じた。そして、飽和しそうな一同を解き放たんと、創史が大きく息を吸う。その一言がまるで死を意味する呪文のように絶大な効力をもたらすことが肌で分かった。そうして彼は、一度唱えたら死ぬ呪文と比喩するに足りる号令を唱えた。
「全軍!行動開始!」
タイミングを見計らうような動作は一切見せず、一同は一斉に起立し、同時に返事をする。凄まじい統率力に唾を呑むことしか出来なかった。褒めようと言葉を考えることすらもおこがましいほどの一体感だった。
タイムリミットまで残り一時間となる頃には、転移魔法によって援護隊を全て各発電所に送り込んでいた。転移魔法はかなりの魔力を消耗するようで、既に転移魔法使用者十人の半数が、いつの間にか集結していた軍の医療班によってベッド上安静と診断されてしまっていた。
「全くだらしないのお…」
これには流石の昭道殿も参った参ったの状態である。
「緊急に転移が必要になったらどうするんじゃい」
その言葉に、まだ元気な五人がダウンした仲間に代わって謝っていた。
そうこうしている間に、現状をまとめた書類を作成し終えた創史が声を出した。
「よし、では残っている者で状況を整理する。何か不明な点や気付きがあれば言ってくれ」
皆に資料が渡り、日本原子力発電所爆破事件というタイトルをめくる。目次を見ると、次ページから時系列順に並べられているようだった。
「先ずは今回の事件の序章である、魔法科学特別部隊創設についてだ」
創史は書類の内容を、つかえることなく淡々と読み上げていく。ジャイパンク特別支店長から多額の融資を受けながら、聖の名目の下で現局長が創設した。目的は優秀な人材による計画阻止の阻止だと推測する。有栖を強制加入させた後、家族や凪をも巻き込んだ長期計画が始動した。
「次が、ジャイパンク特別支店爆発事件だな」
犯人、被害者共に死亡が確認されていた。犯人は呪文を真横で唱えており、ビル十二階から上は倒壊したが十一階以下はほとんど無傷である。それに関わらず、無傷でいたのは不倫と言う共通の話題がある三人とカップル二人の計五人だけだ。一見すると単なる恨みつらみが文字通り爆発しただけだ。被害者と局長の関係や目的も含めて、この事件については不可解な点が多い。原発とは直接的な関りが無くとも、早急な解決が求められていることに間違いはなかった。
「それから、凪くんと有紗ちゃんの誘拐事件について」
二人は自主的に姿をくらますように仕向けられていて、僕らが捜索に遠出した後で通信障害が発生。隊を孤立させて事件から遠ざけようとしていたのは火を見るより明らかだった。日本一巨大な電子力発電所である刈羽原発へと誘導し、僕らはまんまと引っかかる。その後、凪や有紗ちゃんの話に加えて聖の漏らした言葉により、局長が大元であると推測した。僕らの戦闘と同じ時間、安全地帯であると判断された東京では避難民の誘導や報道の統制が行われていた。
「そして現在に至る…と」
創史が話し終える頃には、彼のボトル満タンの水が底を尽きていた。無理に率先して読まなくてもいいじゃないかと言うのは野暮であると思ってやめた。いつの間にか有紗が新しい水を用意しており、創史に差し出すと嬉しそうに空にする。引き気味の有紗に礼を言った直後、創史の無線に通信が入った。電話の音声がスピーカーに切り替わるように、隊員の声が室内に響くほどに大きくなった。
「五人の調査が終了しました。若い男女は新宿地下シェルターへ入る直前で確保し、聴取を行いました。かなり慌てた様子で避難を急いでいますが、どうしますか?」
無線越しにあの時のカップルの声が聞こえてきた。表情を見れないためそれが演技かどうかは判断し難い。
「他の三人は」
僕が頭を悩ませていると、創史が別の隊に情報を求めた。
「こちら、新宿シェルター内部です。三人の容疑者はこちらで確保しました」
「因みにその三人、シェルターに入ったのは早かったのかな?」
「ええ。かなり奥の方に座っていましたので、早めの避難だったと予想出来ます」
その報告を聞いて、やはりカップルは無関係だと確信した。
「カップル二人はもう放していいよ。その三人が黒だから」
「よし。お前たちは爆発現場の応援に行け。三人は聴取をするから本部へ転移させる。身柄を確保しておけ」
「は!」
創史の言葉を聞いた転送魔法使い達は、指示が出されるよりも早く五人で結を始める。五人の周囲に象形文字のような紋章が現れ、円を描くように連結すると中央から眩い閃光が放出された。堪らず目を瞑り、光が消えた後に開眼すると、三か月前に見た顔が三つそこに並んでいた。転移魔法とは便利なものだなと感心しつつも、やはり良いものにデメリットは付き物で、一度使用しただけの彼らは息が上がってしまっていた。
「やれやれじゃの」
昭道は額を抑えながら首を横に振る。そんな彼らに労いの言葉を掛けながら、主役の三人へ近づいた。
「また会ったね。不倫トリオさん」
状況が掴めていないのか、きょろきょろと辺りを見回しては互いの顔を見て、また周囲の警戒をしては確かめ合ってという動作を繰り返していた。
「な、なんなのよこれ!どこなのよここ!」
青色のスーツに、体系に不釣り合いのタイトスカート姿のビッグボブが騒ぎ立てる。
「そんなに興奮しないでください」
会話にならない動物を宥めるように優しく言ったつもりなのだが、彼女は余計に憤慨して僕の胸倉を掴んで叫ぶ。
「ここはどこって言ってるの!早くシェルターに戻してよ!そうじゃなきゃ」
次に浮かんだ言葉を鈍い歌声を奏でて言語化を阻止した。
「そうじゃなきゃ、何なんだい?」
「も、もしかしたらここまで放射能がくるかもって噂を耳にしたんだよ!」
「お二方もそう思ってるのかな?」
「い、いや…私は…」
紺色のスーツを見事に着こなして優秀に見えるマジメガネだったが、どっち付かずの返答をしている。そんな彼に代わって、ビッグボクが声を張った。
「ええ。街中では色々な憶測が飛び交っていますので、このような事態ですし信憑性に欠けていてもやはり不安に思うものです」
ビッグボクは、仕草についての指摘を回避すべく両手を茶色いスーツのポケットに入れていた。僕の視線に気づいたビッグボブが口を開く。
「あんたまたジロジロ観察して気色悪いわね。そう言えばニュース見たわ。こじつけ推理で世間は騙せても、私たちは騙されないわ。この詐欺師が」
ゴキブリと格闘するかのような面構えをしながら罵声を飛ばす。僕は煽るように微笑を浮かべて言い返す。
「わざとらしく唾を飛ばしながら喋るところを見ると…。はっはーん、僕に対する恐怖心を抱いているね?」
「そんなわけないでしょう!」
「そうかそうか。僕らにバレたくない何かがると…」
「だから!」
「おお、また僕の心に訴えかけるように表情が変わったね!いやあ面白いくらいにはっきりと顔に書いてあるよ!」
「黙りなさい!ねえちょっと周りの人もいい加減止めなさいこの詐欺野郎を!」
ヒステリックになり始めたビッグボブに昭道が何やら魔法を使用した。次の瞬間、糸で吊り上げられたように体がぴんと張り、そのまま動かなくなってしまった。
「金縛りをかけたわね…許されないわよ!権利濫用で訴えてやるわ!」
「これはいい」
体の自由を奪われたことを利用しようと、とあることを男二人に持ち掛けた。
「なあ。彼女のことを助けたいか?正直に言えば、君たち二人を解放すると約束しよう」
その一言で、室内の空気が一変した。ビッグボブの異様な叫び方によって、濁流に呑まれたような混沌とした場が静まり返る。この発言には美萩も口を挟まずにはいられなかったようだ。
「ちょ、ちょっと勝手なことを言わないで!」
「う、うーむ…」
僕は美萩の声を掻き消すようにボリュームを上げて話し続ける。
「ぶっちゃけてしまうとね、僕らは君たちの善意ってやつを試しているんだ。君たちが捕まることはもう間違いない。例の証拠も復元中だよ」
最期の一言に、心配そうにビッグボブを見つめていた二人の目線が泳いだ。そして、ゆっくりとこちらを向く。両親に言いたいことがあっても言えなかった自分の、あの頃の情けない顔にそっくりだった。昔の自分を戒めようと…否、嫌悪して強い言葉をぶつけてしまう。
「そのどうしてみようもないと言いたげな顔も、誰かの助けを請うような態度も、路頭に迷った己を制するのではなく他人に責任を擦り付けようとする腐った性根も…全部捨てて吐き出した方がいい。今こうして、軍の本拠地に三人を連れてきたのは救いの手を伸べているからだ。勿論、こっちにメリットもないのにそんなことはしないさ」
演説に拍車をかけるべく、ここからは声量と声色に気を遣いながら抑揚を付けなければならない。喋りの前段階として、僕から注意を逸らさないように、周囲の音をシャットダウンする魔法の一手を放つ。鈍い打音が机から響き渡り、次の瞬間、掌に痺れるような痛みが走った。ただ眼前にある机を思い切り両手で叩いただけだったが、突然の轟音と僕の激昂に一同は驚きを隠せずに僕を見つめた。無数の目玉が僕に集まるのが分かる。
「もしも、原発が爆発したら!君たちに訪れるのは地獄だ!今まで通りの生活も不可能!健常者としての生活も不可能!身体的にも精神的にもだ!罪を犯したという事実をこの先何十年も背負って生きていくのか!?毎日、周囲の人々の嘆きを聞き、ニュースで流れる涙を見て、警察の顔色を伺いながら暮らすのか?いくら大金を積まれたって、君たちにそんな覚悟は無いね。…僕もそうだったよ。お年寄りや情報弱者と呼ばれる人たちに詐欺を働いていたけど、鬼になる覚悟が無きゃ…人としての尊厳を捨てる覚悟が無きゃ、金に呑まれるだけだ。金は身の丈に合った分くらいが丁度いいんだ。モノを操る側が操られてどうする!」
一旦そこで言葉を区切り、三人に自身の奥に眠る本当の感情に向き合う時間を作り出す。ほんの十五秒くらいの空白でも、彼らにとっては長い時間だっただろう。正と負の狭間でもがき苦しむような感覚に陥ったはずだ。その証拠に、三人の表情は歪み、互いとの間に溝が構築され始めていた。
「私は、妻よりも…妻と不倫していたこの男よりも…自分が大切だ…。いいのか…?幸せって…なんだ?」
煮え切らない感情を、言葉に死ながら自問自答するようにぽつりぽつりと呟いている。そんな夫を見たビッグボブからは焦りが露わになる。
「はあ!?あなた何を言ってるの!」
動かすことの出来ない巨体に代わって、口だけが頑張って自身を大きく見せようとしていた。犬が自分の尻尾をいつまでも追いかける如く、ビッグボブは捕まらない夫の心に必死に手を伸ばしているようだった。間抜けと言い表すのが丁度良い。
「僕だって…こんなこと、やりたくてやっているわけじゃない!」
もうほとんど自白と言っても過言では無いのだが、日本の司法とは面倒なもので、もっと具体的な内容ではないと恐らく弾かれてしまう。
「もう君たちがやったのは分かってるんだからさ。協力してくれないかな?誰に頼まれて、何をやって、その人たちから今後どうなるって聞いてるのか話すだけでいいんだ。そうすれば、君たちは解放される。拒めば、シェルター避難の行列の最後尾に並べてやる」
部屋の隅に置いてある時計をわざとらしく見てから言う。
「おっと、タイムリミットはあと三十分だ」
「この詐欺師がああああ!」
ビッグボブが咆哮を轟かせるのに対して、男性二人は静かに告げた。
「分かりました」
「話します」
その瞬間、ビッグボブは言語とはかけ離れた音を発するも、昭道が彼女に手をかざすとピタリと騒音が鳴りやんだ。
「ちょっと黙っておれ」
それを見たマジメガネとビッグボクは、容赦のない昭道を危険人物とみなして距離を開けた。その様子を、本人は笑いながら眺めている。
「ほっほっほ。君らには何もせんよ。喋る口が無くなっては困るからのお」
「ま、まあその辺にして。聴きましょうよ」
僕は互いの間に割って入って、二人を椅子へ座らせて手短に話をするようにと釘を刺した。
「妙な噂が立ちにくいように報道が規制されているはずだけど、君たちはなんで大慌てでシェルターに入ったのかな。かなり早めに避難していたようだけど、それはまるで東京が危ないと言っているようだ。じゃあメガネ君、答えて」
「そう…ですよね。噂話が蔓延っていたのは本当の事です。東京も危ないんじゃないかって皆ヒソヒソと話し合っていました。まあ、所詮は噂話なので、最初にあんなに慌てふためいていたら僕らが何か知っていると怪しまれてもおかしくないです。それに相まって、僕らは早急に避難していますしね。僕らは、東京にも放射能が降り注ぐように仕組むという事を聞いていました」
「なるほど。じゃあ旦那さんに質問です。誰に言われて、目的は何かと言うのは知っているのか、教えてくれないかい」
「目的は知りません。誰に言われたかというのは、証拠隠滅の件ですよね」
「もちろん」
「それについては、そこの奥さんに言われました」
その一言で、背筋に悪寒が走った。
「え、それについては…?」
「ええ。もう一件聖さんから、あなたの誘拐を頼まれていましたが…ご存じなかったんですか」
「いや、知ってはいたけど…でも…そうだよ…なんで…どうして僕が欲しいんだ?彼はどうして僕に執着するんだ…?」
「自分と同じレベルの頭脳の持ち主でないと、僕の代わりは務まらないと…」
記憶の片隅に追いやっていた情報が収束されていく。全く無関係だと思っていた人々が、推理によって導かれた最もらしい答えが、感情任せの煽り文句が、一度引いた潮が再び押し寄せるように凄まじい勢いで圧し掛かった。
「あ…分かった…」
意味不明だと言うように、一同が僕へ問いかける。
「聖は…敵じゃなかったんだ」
「おかしくなったのかしら。冗談でも、盛の死を侮辱するような真似は許さないわ」
美萩が鋭い剣幕で僕を睨む。
「話している余裕はない。はやく、はやく聖をここへ転送するんだ!」
呑気に座り込んでいる転送魔法使い五人に苛立ちを抑えられなかった。しかし、状況が理解できない様子の彼らは、戸惑いながら一々昭道に許可を求める。
「聞こえなかったんか!やれい!」
彼らは飛び上がってそそくさと結を始める。そして、光が放たれ、収まるとそこには四肢を切断された胴体が転がっていた。ご丁寧に、聖の頭部は付属されている。無残な姿に耐え切れず、凪と有紗ちゃんはトイレへ駈け込む。
「どういうことだ…」
一人で歩行できるようになった栄治は、聖の遺体を調べるべく、肉片に顔を近付けた。
「奇麗に切断されているな。刃物では勿論のことだが、魔法を使ってもこれほどに奇麗な垂直を描くのは中々…」
「聖は、僕の味方だったんだ…殺されるのを分かっていて…僕が…聖の代わりに…」
衝撃的な物体が眼前に広がり、これまでの推理がミスリードに釣られてしまっていたことも相まって、ショックで言葉が出てこなくなってしまった。
「何だって?」
創史が聞き返す。その言葉を無視した僕に、創史が声を張って再度問う。
「何だって!?」
その声で我に返った僕は、冷静を取り戻して説明口調に戻る。
「聖は局長の命でこの部隊を作ったのに違いは無い。ただ、局長の狙いは四人だ。有栖、栄治、美萩、盛の四人。彼らを上手く操れれば、他の隊員なんてどうだっていい。わざわざジャイパンクの特別支店長に融資を受けてまで大きくする必要は無いんだ。美萩がさっき説明してくれたように、上層部から許可を得られれば基本何でもいいんだろう?なら、隊数を抑えて少数精鋭という形を採用すればいい。金もかからないんだし、ローリスクハイリターンなことに間違いはないから許可が下りないはずないんだ。それを聖が無理矢理に大きくしたんだ。昭道さんが言ったように、聖がその証拠書類を隠していたのなら間違いない」
「ちょっと…全然わからないわ」
「局長は交流戦で、君らの試合だけ見てどっかへ行ってしまった。君らを筆頭に、君らを特別にとか言ったり、わざわざ任務に同行したりと贔屓しすぎだと思わないか?聖から局長に代わるまで全くの成果無しだったのにだ。聖は逆だったんだ。僕らを襲って来たあの連中…彼ら上手いこと魔法使ったり銃用いたりしていたよね。君らが強すぎて目立たなかっただけで、魔法特化とも、科学特化とも言い難い戦い方だった。要するにこの魔法科学特別混合部隊は三極化、もしくは二極化しているってこと。聖派と局長派のね」
「待って…それって私たち…」
「そうだ。君らは局長派と呼ばれる、唯一の局長の味方なんだ」
「おいおいおい!今原発事件を解決しようとしている最中だろう!俺たちの部隊が局長派だって?他の隊員が聖の味方だって?言いがかりも大概にしろよ!」
栄治が声を荒げるのも無理はない。最悪の宣告をしていることは自分でも十二分に理解していた。
「事件解決しようとしているのは聖も同じだったんだ」
そこで、マジメガネが申し訳なさそうに口を開く。
「あ、あの。他にも話すことはあるでしょうか…」
「全てだよ。君らの知っていること全て」
「僕が奥さんと関係を持ち始めたのは、奥さんが支店長からお金を貰っていたところを見てからでした。黙っていることを強要され、恥ずかしながら体で解決してやるという誘いに安易に乗っかってしまいました。奥さんが酒に弱いことは周知の事実でしたので、酒を飲ませて支店長からお金を貰っていた理由を聞き出したんです。奥さんが彼…爆破した犯人を支店長に会わせていたのは、支店長が奥さんに頼んでいたからです。支店長はなるべく時間を掛けずに交際の件を片付けたいと思っているようでした。対して犯人は、あなたの言った通り奥さんに体の関係を強要されていました」
「仲介役という立場を利用して…欲に溺れるメスめ」
ビッグボクが涙を堪えるように表情筋を収縮させている。やはり一時は愛した人物という事だけあり、三か月と言う月日が流れても無感情にはなれないままでいる。慰めるという程でもないが、ビッグボクにも優しく声を掛ける。
「あなたは、とても我慢したんでしょう。奥さんの裏の顔を全て知っていて、奥さんを守ろうと黙認を貫いたのですね。遠すぎず近すぎない距離感で」
彼の肩に手を置くと、俯いて肩を震わせた。ビッグボブは、丸まった夫の背中を、遠くの存在を眺めるような目で見つめていた。
「旦那さんには、本当に申し訳ないことをしました。勿論、謝罪は済ませてありますが、それでも罪の心は消えません」
「当然だよ。じゃあ続きを」
「僕はある日、いつもと同じようにホテルに行き、お酒を飲ませて支店長の事や社長の娘さん周辺について、興味本位で質問しました。すると、奥さんは泥酔しながらではありましたが、面持ちを変えて喋り出しました。先ずは奥さん自身のいきさつから始まりました。支店長からお金を貰っているのは、いやらしい関係という事では無くて犯罪の口止め料なのだと。加えて、軍のお偉いさんへ賄賂を贈る仲介役になってしまったのだと」
そこで涙を拭ったビッグボクが代打に立つ。
「私も彼と同じように酒の席で問い詰めました。同じようなことを喋ったので、彼の言うことに嘘はありません。妻も最初は何も聞かされず金を渡され、仕事の一環でとある人に手渡しで金を渡して欲しいと依頼されただけだったようでした。何回目かで不審に思って問い詰めると、支店長はあっさり暴露したようです。自分が捕まれば君も捕まるという脅し付きで…悩んでいるはずだった妻に…あの時妻に…助ける手段を持ち合わせていたらと思うと……!」
「あなた……」
ボッグボブも涙を浮かべた。手遅れな感情を抱いて、これまでの悪行を懺悔するように声帯を震わせた。
「いつの間にか良からぬことに足を踏み入れた私は、男と金に溺れることで自分を、新たな自分として誕生させたんです。空を切るような悩み事から解放されて、毎日が幸せになりましたから…。でも、私の幸せで不幸になった人がこんなにもいたなんて…全く気が付かず…いえ、気付かないふりをしていたのかもしれませんね」
「皆が皆、色々なことを蔑ろにした結果よ」
美萩が三人に反省の隙を与えないと言わんばかりに鋭い口調で言う。
「早く続きを話しなさい。時間が無いの」
美萩の一言に若干戸惑いながらも、ビッグボブが口を開く。
「私は、そのお偉いさんとやらに金を届け続けていたわ。それで信用を買ったのか、お偉いさんから支店長を爆殺するように依頼されたの。計画は用意してあって、君は男を支店長に会わせ続けるだけでいいって言われたわ。その男が社長の娘と付き合っていたあの男よ。勿論、交際も、支店長があの男を呼び出すのも計画の内で、全て仕組まれたものだった。その強引な権力と飛躍しすぎた金にパニックになった私は、理性を失いその男に手を出し始めたわ。お偉いさんからもお咎めは無かったから。それから暫くして事件の日がやって来た。当日は、支店長室から下のフロアには結界を巡らせておいたの。私程度の力じゃ、建物の損傷を防ぐ程度の耐震強化魔法を施すので手一杯だった。だから建物の倒壊は免れたけど、他の従業員は怪我を負ったってわけよ。私たちは上手く身を隠していたから無事だった。爆殺の目的は、証拠資料焼失のカモフラージュ。そこの名探偵君が奇麗に引っかかったってわけね」
ビッグボブが言い終えると同時に、創史の無線に連絡が入った。スピーカー状態は続いており会議室内に再び隊員の声が響く。
「支店長室から報告!焼け焦げた紙の破片を幾つか発見しました!鑑識へ回して復元も可能と思われます!」
その報告に僕らはガッツポーズを取った。これで大掛かりな計画まで練って消したかった重要な何かを掴むことが出来るからだ。その何かとは、今回の計画の目的と言って間違いは無いだろう。こうして、散りばめられた今回の事件の全容が回収されようとする中、唯一浮かばない顔をする者が一人いた。
「どうしたんだ昭道」
創史は隣で神妙な面持ちの昭道に声を掛ける。昭道は口を閉ざしたまま結を始めて、謎の紋章が部屋中に駆け巡るほどの強大な魔法を使用した。次の瞬間、会議室に居たはずの僕らは、交流戦会場となったグラウンドの草を踏んでいた。
「おい!急に転移させるな!何かひと…こ…と…」
創史は怒鳴りつけながら周辺を見渡すと、事態の重大さに気が付いたのか次第に声の覇気が喪失していった。
「う、うわぁ…あぁ」
凪が気の抜けた叫び声を上げてからすぐに嘔吐した。その横で有紗も青ざめて絶句している。美萩、有栖、栄治は咄嗟に武器を取り出すと、この惨事を巻き起こした張本人に向けて武器を構えた。
「局長…」
栄治が低く唸ると、局長は足元に転がる数百の死体を蹴り飛ばしながら平然と喋り始めた。
「凄い転移魔法だ。まさか何百もの死体を一度で移動させるとは…。ああ、昭道さんの仕業なら納得いく。第三の目で見ていたな?折角、必死こいて原発に仕掛けた爆弾を解除しに来たってのに、相手が私じゃあ無理だよな。なあ?栄治くん」
声色、仕草、言葉の使い方など、全てが僕らの知っている局長とはかけ離れていた。局長の姿をした別人と言われても頷けるほどに違っていた。言うなれば、邪悪な黒いオーラを見に纏った怪物であった。そんな怪物に、栄治は怯むことなく返答する。
「各地に散った隊員を一人でやったのか。仲間はいないのか」
「ああ。仲間何て信用できない傀儡は必要ない。私一人で十分十分。逆に問うが、君は蟻が数百匹で向かって来たら逃げるのか?それも、蟻は一斉に襲い掛からずに、ちょっとずつ分散しながらちょっかいをかけてくるんだぞ。数十匹を何回かに分けて蹴散らすようなもんだろうが」
「余裕綽々な状態を言いたいのだろうけど、隊長の問いはそういう意味じゃないわ。各地に散らばっていたはずなのに、局長一人でどう対処したのかと聞いているのよ」
「ああ。美萩君おはよう。そういうことか。教える義理も無いけど…特別に」
局長はニヤニヤと不快な笑みを浮かべて、誇らしげに、愉快そうに叫んだ。
「君たちの…君たちの力のお陰だよぉ!聖のことはもう見当が付いていたんだろう?聖はずっと私の邪魔をしてきたんだ。私は聖が目障りで仕方なかった。私は…私は私は!」
狂ったように高らかと金切り声を上げながら一人で爆笑している。狂気に満ちた男を前に、僕らはその奇妙さで一歩引いてしまっていた。
「私の目的はたった一つだったんだ。金儲けさ金儲け。ジャイパンクの支店長も同じような野望を抱いているのは知っていた。だから声を掛けたんだ。二人で金儲けをしよう。そしてこの国のトップに立つ会社を設立しようと話し合っていたんだ。いつまでも、誰かの下で働き尽くすなんて御免だからだ…。核爆発によって放射能が蔓延すれば、それによって数々の会社がダメージを受ける一方で、海外へ流れる人を喜んで運ぶ旅行会社や航空会社、その他の会社など特定の会社は儲けが出るだろう?他社が勝手に墜落しつつ、自社は儲かる仕組みを作るために、株や投資をあらかじめ行っておく。どうだ?賢いやり方だろう?」
「それと、俺たちがどう関わってくるんだ」
「君たちはその目的を達成するための手駒なんだよ。当然、作戦中に私たちの所へ辿り着く人間が現れることは想定していた。軍が総動員で私を狙い撃ちにすることも想定済みだった。だから能力の高い君らを集めて、私の手元に置いておいた。能力の高い君らを遠ざけるというのも一つだが、君たちの戦闘データから、君たちと同じように動くロボットを作成していたというのが一つ。そのロボットを隊の迎撃に当てたんだ」
「なるほど、だから聖はなるべく戦闘が発生しないように栄治たちの戦果を潰していたのか。隊の功績が高ければ高いほど、テロリストや犯罪者との戦闘が多くなる任務が与えられるし、交流戦でも試合回数が多くなってしまうから」
僕の言葉で、僕と言う存在を思い出したかのように局長が反応する。
「ああ。冬馬君。君もそう言えば想定外だったよ。邪魔だった。君が推理によって犯人を捕らえてしまうから、私の駒が戦う機会が減ったんだよ。それと君だよ君」
局長が指をさしたのは、僕らの後ろで静かに様子を伺っていたマジメガネだった。
「ぼ、僕?」
「君さあ、聖に協力してたよね…?まあ全容は知らなかったにしろ、冬馬君の動向を探るように言い渡されていたよな?あの爆発後に聖と接触したよな?聖にデマ情報を流しておいたのに、刈羽原発へ行く冬馬君の下へ向かった時にようやく分かったんだ。容疑者である君ら五人の捜索がやたら簡単に終了していたのも、聖が規制したからだった。君ら三人のうちの誰かに協力を求めていたからなんだって!中でも君がやたら怪しい動きを見せていたから……。罪を軽くする代わりに協力しろとでも言われたか?」
苛立ちを露わにする局長に、マジメガネは悲鳴を上げながら後退りする。身の安全を確保するために、本部に残っていた緊急対策班の中に避難してから叫んだ。
「そうだよ!でも、支店長や支店長の取引相手だったあんたに喧嘩を売るつもりじゃなかったんだ!ただ、罪を軽くするから協力してくれって頼まれて…簡単な仕事だからって…!」
「そうか…そんな君に教えてやろう。そこに立つ冬馬という得体の知れない存在に、聖は魅力を感じていたんだ。自分が命を絶った時、全ては彼に任せようと企んでいたんだよ。つまり、どういうことか理解できるか?」
「い…いえ…」
「私の敵ってことなんだよ。その敵の味方をしたのが、君なんだ」
そう告げた次の瞬間、軍人に囲まれた場所にいたはずのマジメガネが声を上げる暇もなくバラバラになった。もうそこに、人としての形は無かった。その様子を見た昭道と創史が、すかさず身構える。創史は巨大な長刀を取り出し、昭道は古から存在しているような木製の杖を地に着けた。
「全員、構えよ!」
後ろにいた科学特化部隊の重火器部隊が装備を揃えて前進した。僕と凪と有紗は、戦力外通告を受けて最後尾へ追いやられる。当然、二人は恐怖に満ちた顔を浮かべて、僕にしがみ付いていた。
「大丈夫さ。彼らは強い」
隙間から最前線の戦闘状況を伺おうと隊列から少し外れる。
「聖は君たちを殺すことが、私の作成したロボットの停止に繋がると踏んだ。それは正しいんだ。君らの命が、ロボットの生命力!魔法と科学の融合!ロボットに足りないのは人間のような知性や感情。それを補うために、君らのチャクラに細工を施してロボットの行動パターンに繋げたのさ!」
局長は見世物を披露するように両手を天へ伸ばしながら演説をすると、彼の両隣に三体の人型ロボットが出現した。マネキンのように白の体にのっぺらぼうで気味が悪かった。
「残念ながら盛君は殺されてしまったが…まあそれでも、これまでのデータで十分だろう」
ロボットは僕らを敵と認識し、こちらへ全力ダッシュを始める。重火器部隊が応戦するも、ロボットの耐久力はマシンガンを凌ぐほどで傷一つ付かない。続いて、ロケット砲が発射されるも、グラウンドの土を抉り取るだけで、爆炎の中からは、何事も無かったかのように走り続けるロボットの姿が視認される。数々の兵器による攻撃で、グラウンドは原型を留めておらずそこら中に穴が開いた。その損害に対して、ロボットは平然と稼働を続ける。火薬の嫌な臭いと砂埃が漂い、足元には肉片が転がっている。戦争の残酷さを目の当たりにしながらも、僕らに怯むことは許されない。
「残弾数僅かで」
最前線で奮闘していた男の首が吹き飛んだ。続いて、付近にいた数人の体が真っ二つに切り裂かれて絶命する。死体の中心には有栖と同じレイピアを握るロボットが突っ立っていた。次に、魔法特化部隊の緊急対策班が、転移魔法を使用していた隊が、美萩や栄治と同じピストルを操るロボットに殺され、前には栄治、美萩、有栖、昭道、創史の五人しか残っていなかった。美萩は前を向いたまま、重く力のこもった声で呟いた。
「あんたたち三人に怪我はさせないわ。大事な弟一人と、余計な二人を守れないで何が信念よって感じ」
「余計なって…」
美萩は一瞬だけこちらを向いて、親指を立てて見せた。美萩の勇姿に、僕ら三人は同時に唾を呑んだ。美萩が、彼女たちが僕らを守る。そう思うだけで、心が軽くなった。
「タイムリミットは十五分だ。果たして君たちに止められるかな?」
「こいつを倒せば邪魔者は消えるぞ!絶対にメルトダウンを阻止するんだ!全員!戦闘開始!」
栄治の合図で美萩と有栖が散開する。三人は、浮いた有栖人形を取り囲むと、敵に攻撃の隙を与えぬよう一斉攻撃を畳み掛けた。弾丸やレイピアの威力では傷つかないため、各々が強化魔法を施す。有栖人形はその一撃一撃に多少の怯み動作を見せるも、体で銃弾とレイピアによる斬撃を受けながら有栖に反撃を繰り出した。互いのレイピアがぶつかり合い、耳障りな金属音を響かせて互いに後ろへ吹き飛ぶ。
「くそッ!埒が明かない!」
栄治がリロードを挟みながら嘆くが、そのすぐ後ろには美萩人形が迫っていた。
「栄治!後ろ!」
僕の必死の叫びも虚しく、栄治は致命傷を避けるのが関の山だった。脇腹を弾が貫通して血しぶきが舞う。少し遅れて絞り出すような鈍い鳴き声が響いた。
「隊長!」
美萩が倒れ込んだ栄治のフォローに回るために、有栖人形を有栖に任せて自身の分身へ体当たりする。ロボットと共に地面に転がるが、今度は盛の杖を持ったロボットが魔弾を放った。美萩に直撃する寸前で、透き通った黄色い壁に遮られ爆散する。
「間に合ったわい」
昭道が美萩のカバーと栄治の治癒を同時に施していた。そして、美萩の前に出現させた壁を消して、美萩人形に向かって杖をかざす。糸に引っ張られるように宙に浮き、そのままグラウンドの壁に激突した。昭道は続けてパントマイムを行うと、美萩人形に重力が宿るように、崩壊した壁の瓦礫が襲い掛かる。ギシギシと音を立てながら脱出を試みるも、遂に衝撃に耐えきれず四肢が胴から離れてしまった。
「先ずは一体じゃの」
「こっちもまだ衰えてはいないぞ」
今度は自分の番と言うように、創史は目まぐるしい速度で金属をぶつけあっている有栖と有栖人形の間に入っていく。驚いたのは、そのレイピア二本をことごとく回避しながら結を行っていることだ。
「こっちのことは気にしなくていい。いつも通り武器を振るえ」
有栖はレイピアの速度を落とすことはなかったが、敵は創史を捉えたり有栖を捉えたりと混乱しているようで、上手く有栖の攻撃を流すことが出来ずにいた。
「幾ら高性能なロボットとはいえ、人間のように信頼を武器には出来んからな。こんなやり口には対応できないだろう。ターゲットがあっちこっち逸れてしまっているんじゃないか?」
結を終えた創史の右腕に紋章が入る。余裕の笑顔を浮かべながら大きく振りかぶると、目にも止まらぬスピードで拳を突き出した。創史が強烈な顔面パンチを喰らわせたと理解したのは、有栖人形の頭が吹き飛んだからだった。その右腕は蒼色に輝いており、まるで拳に竜が憑依したかのようだった。
「さ、流石だぜ…」
栄治が感嘆の声を漏らす。そんな戦場のど真ん中で寝ている栄治を、昭道が浮かせて後退させた。
「冬馬君達は栄治を介抱してやれ」
「わ、分かった」
「昭道!久しぶりにやるか?」
創史が昭道の前に立つ。
「ほっほっほ。ええのおええのぉ。若かりしあの頃を思い出すわい」
創史は昭道とハイタッチを交わすと、美萩人形と盛人形へ向けて跳躍する。空中で再び拳に竜を宿らせて降下し、先ずは美萩人形に重力の乗った重い一撃を喰らわせた。しかし、右腕が吹き飛ぶに留まり、左腕で銃弾を三発放たれる。創史の胸に吸い込まれると思われた銃弾は、美萩を守った時と同じ黄色い壁に阻まれ、地面に無気力に転がり落ちた。弾は撃ち尽くされ、リロードを挟もうにも片腕では上手くいかないと判断したのか、銃を捨て肉弾戦に持ち込もうとステップを踏む。その動作を見た創史も、踵を浮かせながら軽快な足さばきで近づく。
「任せておけい!」
昭道の怒号を合図に、美萩人形と創史の肉のぶつかり合いが始まった。ただ、相手は痛みを感じないロボットであり、さらに硬いボディに身を包まれている。圧倒的不利な状況かと思われたが、先の雪山での戦いのように、昭道が上手く肉体強化やバリアを施してサポートをしていた。美萩と栄治の二人がかりでやっと成功していた戦術を昭道は一人でこなす。それだけでも素晴らしいことなのだが、彼はちょっとした隙を上手く活用して魔弾を放ち、地面を凹凸させて敵の脚を盗り味方の脚を採っていた。創史が怯むときには黄色い壁を、ステップを踏み外したら地面を動かして、攻撃の際には肉体強化を施す。僅かに生じたチャンスには魔弾を炸裂させる。素人目でも理解できる異次元の戦いに、僕らは息を呑むだけだった。しかし、敵もそう簡単にはやられてくれはしなかった。盛人形も真似を始めたのだ。
「ほう…ロボットと言えど、成長の余地があるか…」
昭道はそう呟くと、盛人形を目掛けて魔弾を打ち込む。咄嗟に防衛プログラムが働いたのか、美萩人形へのサポートを怠り保身に走った。盛人形は魔弾を弾くことに成功したものの、見方を見捨てる結果となってしまった。その隙を昭道と創史は見逃さない。一瞬だけ後ろへよろけた美萩人形を追撃すべく、創史は左足を軸に、右足を浮かせて回転して渾身の蹴りを繰り出した。勿論、そこには昭道の強化魔法が組み込まれている。上昇気流が可視化されるように砂埃が舞い上がり、美萩人形の胴体が粉砕されて砂埃と共に明後日へ消えていった。残るは盛人形だけだったが、昭道の高威力の魔弾によって塵となった。
「やるじゃないか」
見物をしていた局長がヘラヘラしながら拍手をしている。
「さて、ワシと創史、美萩と栄治と有栖に対してお主は一人じゃぞ」
「おっと、忘れたのかな?ロボットに時間をかけ過ぎたね」
そこまで言うと、徐に腕時計を確認した。
「タイムリミットはあと五分」
「ふん。戯け。お主がここにいるという事は、お主も巻き添え喰らうという事じゃ。嫌なら止めるしかないぞい。お主の夢だった大金儲けの計画とやらも焼き尽くされるわ」
「馬鹿だなあ…。対策しているに決まっているじゃない。放射線防護服でも、転移魔法でも、やりようは幾らでもあるでしょうに」
「そ…そうじゃのぉ」
反論の余地も、爆発を止める術も持ち合わせない僕らは、ただその時間が来るのを待つだけに思えた。そんな絶望的状況に、誰も口を開けない。
「おいおい。戦意喪失か?」
「…いいや」
口火を切ったのは栄治だった。栄治は痛みで苦しいはずの身体を何とか立ち上がらせると、僕の肩へ手を置いて、力の籠った眼光で僕の瞳をじっと見つめた。それから何も言うことなくふらふらと前へ出る。この覚悟を決めたような、希望に満ちたような顔に見覚えがあった。同じような雰囲気を知っていた。
「栄治…」
そして、僕らは彼の固有魔法を知っていた。
昭道も察したのか、栄治に何も言わず背中を押した。
「ありがとうございます」
栄治はそう言ってまた歩き始める。有栖に笑顔を向け、美萩の頭を撫でて、創史の前へ立った。
「その覚悟…確と見届けよう」
創史にも礼を言ってから、無線を使って僕らへ言葉を残そうと静かに喋り始めた。
「お前たち…長くは語らん。遺言として聞いてくれ」
事態を察した局長は険しい面持ちとなり、宙からゴルフボールサイズの漆黒の球体を取り出した。
「お前たちを遠ざけたかった一番の理由はこれだよ…!容易く爆弾を解除できてしまう個性魔法と呪文があるからだ!」
局長の周辺を浮遊するその物体に、創史と昭道の表情が変化する。
「全員で栄治君を守らんといかんのぉ…」
「全員戦闘準備!」
創史の一声で、栄治を囲むような陣形を整えた。そんな中で、栄治は落ち着き払った様子を貫き、静かに語る。
「身勝手で横柄な俺に付いてきてくれて感謝している…冬馬とは喧嘩もあったが、お前は多分、いい奴だ。お前は自分の事が嫌いだから、ずっとキャラを作っていた。そこは気に入らないが、まあ、それが冬馬らしさという事で受け入れてやろう」
「何分かったようなこと言ってんだ」
無線越しに、栄治が笑ったのが分かった。
「止めてみろ」
遂に局長が動き出す。球体は拳銃へと姿を変えて手に納まると、そのまま栄治へ向けて弾を放つ。弾丸には弾丸をと言わんばかりに美萩が撃ち弾く。当たり前のように神業を披露した美萩に舌打ちして、局長は左手で魔弾を放出する。狙いは当然栄治だった。
「お前が来てから、隊長の俺は立場が無くなった。指揮はお前に任せた方がいいのではないか、戦闘も…俺よりも美萩や有栖の方が得意だ。魔力もない。じゃあ何があるのかって考えてた…」
有栖が魔弾を相殺して、そのまま創史と共に局長へ向かって駆け出した。手に持っていた銃が形を変えて刀に変化し、その刀で上手く有栖のレイピアを受け止める。有栖が横に流れて、その後ろから創史が拳を前に出すも、刀が壁状に変化してその一撃を阻む。勢いが殺された創史は、局長の眼前で停止してしまった。壁は再び刀に戻り、局長は創史の頭を凝視しながら刀を振り下ろした。創史の頭部を刃が掠める寸前で、創史の足元の芝が急成長して刀に絡みつく。
「ギリギリセーフじゃの」
刀は宙でピタリと停止した。創史と有栖は堪らず後退して栄治の前へと戻る。
「結果、俺にはお前たちに勝るものは無かった。でも、何もなかった俺だったからこそ、努力と経験を積む大切さが分かったんだ。それは仕事においてだけじゃない。俺には大切な妻と息子がいる。家で俺の帰りを待っている…。俺が妻子を持てたのは、その努力の賜物だった。驕らず懸命に進み続けた俺を、妻が見てくれていた」
「私たちもですよ。隊長」
美萩が言った。
「隊長は誰よりも訓練に励み、任務の反省を積み重ねていました。そんな隊長の下だったから、私たちも才に溺れず、塵を積み上げることが出来たんです。あなたの姿を見ていなければ、私たちの成長は止まっていたはずです」
「…そうか。人はどこで見ているか分からんな」
栄治の周囲に派手な紋章が広がっていくのが見えた。膨大なチャクラが魔力に変換されて体から漏れ出している証だった。刻々と栄治の死とメルトダウンまでの時間が進んで行く。局長も焦りからか、こちらへ魔弾と銃弾を浴びせようと撃ち続ける。しかし、猛攻撃も虚しく、空へ散った。
「俺の…世界でたった一人の妻と子を…よろしく頼む」
栄治は結を終えて両手を前に突き出す。
「じゃあみんな…元気でな」
その言葉を最期に、栄治は呪文を唱えて両手を叩くと栄治の頭上から数十もの爆弾が降り注いだ。残り三秒と刻まれたタイマーを目にした僕らは、それぞれが出来ることを行った。
「栄治!」
僕の叫び声は轟音と炎によって搔き消され、辺り一帯は黒煙に包まれた。しかし、僕らは黄色い壁に覆われた空間によって守られて、外から隔離されたお陰で爆発に巻き込まれてはいなかった。ただ茫然と、爆発を繰り返す様子を眺めるだけだった。