シーズン1 第七章 日本原子力発電所爆破事件一:有栖の本音
第七章 日本原子力発電所爆破事件一:有栖の本音
ブルードラゴン二体とレッドドラゴン一体が、隻腕のドラゴンを労うように囲っていた。最期まで主のお供であることを示さんと、目を閉じて静かに眠りについていた。全ての細胞が活動を停止している。僕はこれまでの彼の活躍を称え、感謝の意を述べてから深く一礼をした。盛と僕の二人を常日頃乗せ続けた逞しい背中を撫でていると、自然と涙が溢れ出した。摩擦で擦り切れた手綱と腰掛けはそのままにして、有栖のドラゴンへ飛び乗る。
「さあ。行こう」
聖のドラゴンは行方不明ということで、法律に定められた定員である二人乗りをオーバーし、美萩と栄治と共に三人乗りを強行した。そのため栄治のドラゴンはスピードがややダウンしてしまい、少々時間をかけて東京へと辿り着いた。大量の避難民が軍事基地の地下へと押し寄せており、正面から本部へ入るのは高難易度のミッションであった。地上も空もごった返しており、部隊本部周辺はお祭り騒ぎである。
「さて、どうやって入ろうか」
栄治が難しい顔をして呟く。すると直後、ドラゴンを除いて僕らの体が発行し始めて、数秒後には交流戦の行われた巨大グラウンドへと周囲の景色が移り変わっていた。動画の編集で見るような、唐突に背景が変化するあの現象に混乱していると美萩が説明してくれた。
「転移魔法。誰かが私たちをここへ飛ばしたのよ」
「なるほど」
上から見るよりも随分と広く感じるグラウンドを見渡していると、僕らと同じように光を放ちながら百はいそうな数の人間が現れる。その正体は、左から魔法特化部隊、科学特化部隊、最後に魔法科学特別混合部隊だった。以前見た時は七百人近くいたような気がするが、どこかへ出払ってしまっているのだろうかと疑問に思う。さらに、もう二人が僕らと百人に挟まれる位置に出現する。彼らは他とは異なる風格を備えており、二人とも淡い青色のスーツを着用していた。無数に並ぶ皺や白髪、禿げ具合からそれなりの高齢と推測できるが、背筋が真っ直ぐに伸びており、何より栄治に負けず劣らずの体格だ。左からメガネ白髪、口髭禿げと命名しよう。
「さて、あの男に作られた子供たちよ」
僕らを睨みつけながら意味深な言葉を呟いたのは眼鏡白髪であった。
「君たちのいきさつは第三の目で確認していんじゃ。声も勿論、こちらへ一方的に届くように魔法を施していての。君たちのダイヤルはあの男によって隠されていたので分からなかったんじゃよ。連絡が取れず、応援もやれずに済まなかったな」
あの男というのは恐らく局長の話だろう。やはり、本部もこの事態に対応すべく総動員で動いていたようだ。
「こちらこそ、遅くなってしまい申し訳ありません」
栄治はそう言いながら有紗と凪に支えられたまま敬礼の姿勢を取ろうとする。
「やめたまえ」
無理に体を動かそうとする栄治をメガネ白髪が制止した。理解ある上司のようだ。
「えっと、この人たちは…?」
先ずそれが分からなければ、これから話されるであろう大切な内容に付いていけないと危惧して疑問をぶつける。すると美萩が、信じられないと言いたそうな顔をしながら溜め息を吐いた。
「あなたそれでも軍に遣えているのかしら」
「まだ正式じゃないさ」
「あっそ。この方々は他部隊の局長さんよ」
メガネ白髪が魔法特化部隊の局長であり、口髭禿げが科学特化部隊の局長であると紹介される。二人は失礼を働いてしまった僕を気にも留めず、淡々と現在の状況について説明を始めた。
僕らが有栖宅へ訪問中、急激に巨大なチャクラが爆発したような痕跡を感知した魔力部隊がその場所へ急行していた。普通の証券会社がチャクラを感知した現場だったようで、調べているとデスクでぐったりと倒れている中年男性を発見。死亡を確認し、死因は呪文であると断定した。登録された個人情報には、無数の物をワープさせられるという呪文との記載があり、直後、各地の原子力発電所から通報が相次いだそうだ。具体的には、東通、女川、美浜、島根、伊方の発電所となっている。僕らの出向いた刈羽は、やはり対象外であった。通報を受けて、すぐさま内閣によって軍総動員での解決を命じられた。そこで、魔法特化部隊と科学特化部隊は迅速に集合が出来たが、どういうわけか魔法科学の部隊だけ連絡が付かない。不審に思ったメガネ白髪と口髭禿げの二人は一度僕らを訪ねてここへ来るも、有紗と凪の誘拐事件に当たっているため新潟まで出向いてしまっていると言われたそうだ。そこで、緊急事態に見合わない笑顔の受付嬢に事件のことを話すと、驚いた様子で全フロアへ連絡をしていた。局長はいるかと聞くも不在と返され、どこへ行ったのかも検討が付かないとのことだった。加えて、ダイヤルが妨害されて無線が繋がらないと言う。不穏な気配を悟った二人は、僕らの動向を追うべく第三の目を飛ばし、他の隊員は、報道の統制や各地の情報収集に避難民の誘導などと大忙しだったらしい。現地の発電所従業員によると、爆弾のタイムリミットは全て同じで三時間だったようだ。それから一時間弱にして、ようやく一般警察職員との連携や報道機関との確認作業が安定し、軍は日本原子力発電所爆破事件と名付けた今回の騒動を収めるべく作戦会議が開かれようとしているところであった。
以上のことを局長の二人が交互に喋り、一息つこうとどこからかペットボトルの茶を取り出して、せーので飲み干す。それから、再び口髭禿げが口を開いた。
「私は科学特化部隊局長である。名は創史。君ら、特に冬馬君の活躍は良く知っている」
「あ、ありがとうございます」
禿げ頭とはいえど凄まじい貫禄を持ち合わせた老人だった。自然と背筋が伸びて、声帯も普段とは違う震え方をしてしまう。
「わしは魔法科学部隊局長を務めておる。昭道というもんじゃ。よろしくのお」
対するこちらは、人を何人か殺めていそうな見た目とは裏腹に温厚な物腰であり、拍子抜けしてしまう。
「よ、よろしくお願いします」
不自然に挨拶になってしまった。
「それではお二方、これからの方針をお聞かせ願えますか」
栄治は慣れた口調で二人へ問いかける。当然のことだが、上司に対する口の利き方というものを弁えているようで安心した。
「冬馬くんの推理はほぼ完璧に近かった。君らの隊を設立したのは聖ではない。三か月前、冬馬君が軍に入隊するきっかけとなった事件があっただろう。あの事件の被害者である旅行会社特別支店長から聖へ多額の賄賂が流れていたことが判明した。旅行会社ってのはその年の景気とか気候によって売り上げが左右されやすい。それに、同レベルの会社が争った場合、おおよその売り上げは拮抗するんだが、その支店だけグラフが他と大きくずれたんだ。本社への聞き込み時にそう言われたんだが、それ以上詳しくは掘り出せずにいた」
後半に連れて声が枯れてきて、もう一度新しい茶を取り出してごくごくと飲んでいる。そんな創史から昭道へ襷が渡される。
「ただ、今回の件を受けて、ついさっき聖や局長の事を調べたんじゃよ。局長室のほんの隅っこに結界によって不可視となっていた棚が出現しての。わしがこじ開けたところ…」
喋りながら昭道は、空中から焼け焦げた紙束を見せびらかすように取り出した。すると聖が僕らの前へ出てその紙を凝視する。
「ふん。中々やりますね昭道さん。貴方の器用なところは昔から尊敬していますよ」
「何が昔からじゃ。お前さんが軍へ来たのはたった五年前じゃろうて。それと結界にはお主の魔法癖が見られたぞ」
五年前という衝撃の数字に驚きを隠せなかった。つまり、軍へ来てから僅か二年で局長の座まで上り詰めたという事になる。これもあの局長が関与しているのだろうかと疑問に思うも、聖が勝手に解消してくれた。
「歴代最速の昇進なんて言われてましたからね。僕の実力は誰もが認めてたじゃないですか。コネじゃないってね」
僕を見ながら自慢気に話す。
「お前の話はどうでもいい。私らの目的を忘れるな昭道」
喉を回復させた創史が話に割って入った。
「この紙には、支店長が金を盗んだと思われる時期と金額が記されていた。特別支店の不可解な売り上げ時期や他店舗との売り上げを照らし合わせると、丁度同じくらいの売り上げ金額になったというわけだ」
「でも、それでは局長が犯人と断定はできませんね」
美萩はもっともな意見を述べて老人二人を唸らせる。
「そうじゃがの…でも今はそれくらいしかないからのお」
「そこで、我々は聖の尋問と局長について調べる。目的が分からなければメルトダウンを止めても、それが本命ではないかもしれんからな」
「君らは本部に近い美浜と、余力があれば島根を担当してくれんかの。北は移動手段と連絡手段が豊富なうちらに任せなさい」
「ダイヤルは互いに予備のものも作成しておこう。また敵に妨害されてしまってはたまらんからな」
「分かりました」
チャクラが回復してきた栄治は、一人で直立できるようになっており、声色にも覇気が戻っているように感じられた。しかし、栄治の返答の直後、水を差すようで悪いと思いつつも、僕は準備に取り掛かろうとする一同を引き留める。皆を静かにさせてから、確認のために少し時間をかけて考える。
「話してみぃ」
時間が惜しいと言うように、昭道が沈黙を破った。
「例の支店長を殺害した犯人は無関係な人間をも巻き込んでしまうような巨大な爆発を巻き起こした。支店長と直接会えるネタを握っているにも関わらず、自分が死ぬ呪文まで使って殺すなんておかしいんだ。その特別支店に何か、消したいものがあったとかなら、ミスリードを誘うようにわざわざ手の込んだ爆発殺人を起こす理由も理解できる」
発言の直後、美萩が食い気味で反論する。
「あの時あんたがそんなの丸投げして、容疑者の保護しかせずに立ち去ろうとしたのをお忘れで?」
「あ…ああそうだったかな…はは」
「ははじゃないわよ!結局その件は警察に任せたのよ。私たちは交流戦があったから」
「ったく、それもそれだよな。事件を警察に引き継がせて自分たちは見世物運動会ときちゃあね」
「そこまで!」
昭道が先ほどまでの温厚さと正反対の怒鳴り声を上げた。驚いた僕らは驚きの余り、揃って後退りする。
「も、申し訳ありません」
「ごめんなさい」
美萩の後に続いて謝罪を述べると、再び柔らかい表情に戻り、いいんじゃよと笑顔で答えた。この飴と鞭の切り替えが局長に求められるものなのだろうか。
「で、冬馬はその事件が今となって不可解に思っているわけじゃの?」
「え、ええ。局長や聖と関連する事柄があるとのことだったので。不可解な点は潰すべきかと思われます」
貫禄や威厳に押されて自然と敬語で話してしまう。社会的に、上司に当たる人物なのだから敬語を用いるのは当然なのだが、これまでの自分の人生で上の人との繋がりなどなかったので謙るとか敬うとか、難しい概念だったのだ。しかし、この世界へ来てからというもの、自分よりも凄い人は世の中大勢いるものだと感心していた。そんな僕の心を悟ったのか、昭道は諭すように言葉を発した。
「冬馬君は、もう少し周りの観察をした方がいいのお。他人の裏を読むとか、心理戦を繰り広げるというような、そういう観察とはまた違うものを、じゃよ。心遣いだったりその人の不器用さだったり、キレイな面を探そうとする目を持って、その人の心から出る言葉や感情を感じ取れる器、直感を養うんじゃ。せっかくの男前も、根暗な策士に見えて残念じゃい」
初めて大人に教育をしてもらえたような気がした。これまで、教師と呼ばれる人物は、授業の進行に困ったら僕を頼り、育むことが義務の両親は僕を蔑ろにしていた。誰一人として、僕の進むべき道を照らしてくれる人はいなかった。改善すべき点、良き点を示してくれた初めての人物が現れたことに感動を覚えた。
「はい。ありがとうございます」
久しぶりか、初めてか、根上の人に対して社交辞令や茶化し抜きの、心の底からの礼を口にする。皆は僕が深々と頭を下げるのを見守ってくれていた。顔を上げると、昭道と創史は優しく微笑んで僕の肩を軽く叩いた。
「あ、それとな」
思い出したかのように創史が話し始める。
「外出中の冬馬君の推理を聞いていた私らは、有栖君の自宅へ赴いたよ。それもこれも、魔法特化部隊の転移魔法のお陰だがな」
礼を交わし合う二人に有栖が近寄った。
「では、分かってしまいましたか。私は…首を切られるという…ことですか…」
覚悟を決めていたのか、流石と言うべきか、いつも通り淡々と発言する。
「君はこの件をどう思うか言ってみなさい」
有栖は考える素振りを見せず、昭道と創史の瞳から目を逸らさずに語った。
「当然、良くないことだと思っています。無理矢理私を連れ出した軍もそうですが、好き勝手させろと連呼していた私も軍の規律を乱しています。それから、こうして今思うと、私もまんまと局長に乗せられていたんだと、後悔しています」
事情を呑み込めずにいる美萩と栄治、凪の三人はその様子をただ見ているに過ぎない。もどかしそうに美萩が口を挟もうとするのを栄治が制止した。
「そうではない。今後どうしたいか、言うてみい」
「私は…まだこの隊に居たい。この隊のみんなが好きなんです」
その言葉を聞いた昭道は、難しい顔を浮かべて頷いた。
「どうするよ創史」
昭道の問いに創史はさてなあとどっち付かずの回答をする。その後、有栖から僕へと視線を移すと、皆に説明するようにと合図を送った。
「それでは、二人が有栖の処分を考えているうちに…今回の件について話そうかな」
横で固まる有栖に申し訳ないと思いつつも、己に課された責務を全うするため一同に有栖と軍の悪行について暴露する。
「有栖と出会ったときからずっと疑問に思っていたことがある。それは服装だ。軍という統率性の高い仕事に従事しながら、ネイル、ピアス、ハイヒール、必要以上の化粧。仕事に差し支えないほどのオシャレとは言い難いだろう」
「だが、この部隊は割とそういうの緩いぞ。問題視されることもしばしばあるが」
栄治が有栖を庇うように反論する。どことなく、口調が強いように感じた。
「緩いとは言っても流石にやりすぎだよ。じゃあ聞くけど、その問題視されることもあるってのは主に有栖なんだろう?僕らの部隊の他の隊を見ても、ここまで派手に化粧をしようとする人はいない。したくても我慢している人だっているはず。それに、命のやり取りをする仕事なのに、危機感が低すぎるとは思わない?」
栄治は対面する隊を見渡しながら、そう言われてみればと呟いた。
「有栖の才能を手放さないために、かなり接待されていたんだと思っていたわ。実際私も接待っぽく振舞っていたから」
美萩は、僕らの会話を澄まし顔で聞いている有栖を眺めながらそう言った。無意識なのだろうが、彼女のことを話すときの二人の言葉遣いはやや優しかった。
「美萩の言う通り。聖と局長は有栖という存在がどうしても隊に必要だった。それは、今回の計画のための最重要人物だったからだ」
美萩と栄治は険しい顔をする。同時に、そこまで理解が及んでいなかった有紗が目を見開いて絶句した。
「有栖は、聖や局長に懇願されていたんだ。有栖の呪文、個性魔法、魔法と科学を掛け合わせる才能や、冷静な判断力とそれらを使いこなす頭脳…こんな最強の子供を軍が見逃すはずは無かった。恐らく、個性魔法や呪文を登録する以前から、軍へ有栖の存在が出回っていただろう。父親は代々伝わる名家を引き継いだことから、四方八方に繋がりがあるだろうね。そこから軍に情報が流れるのは当然のことだよね。そこで、今日の計画を企てていた聖と局長は、有栖のスカウトを企てる。ここからはかなり推測になっちゃうんだけど許してね」
僕は周囲の反応を見つつ、話を再開する。一同は静かに僕の推理を聞いていた。恐らく、矛盾点などは今のところ無いのだろう。
「有栖の父親は人柄の良い優しい人物だった。僕らを招き入れ、ソファーから腰を上げて一礼までしたくらいだ。ただ、母親との喧嘩の調子から察するに家の中ではかなり厳格な人なんじゃないかな。世間体を気にする父親ってのは家の中では結構横柄だったりするもんだ。それを理解していた局長と聖は有栖の母親と有栖だけに話を持ち掛けた。父親に出てこられると、ダイヤモンドの原石である有栖の今後の成長に影響が出るし、周囲に言いふらして世間に広まることを危惧したんだろう。まあそこで色々な葛藤があったとは思うけど、結果だけ言うとだ。有栖は母親に似て、キレイな衣装、メイクにネイルというような女の子らしい恰好をしたかったから、しつこい誘いを厳しい条件付きで承諾したんだよね。その条件ってのが、派手な服装の許可や出来るだけ安全な任務の斡旋、強いチームへの配属などなど…って感じだと思うんだ。それを書類で了承した母親は、有紗ちゃんや
父親に見つからないように隠した。しかし、有紗ちゃんは何かしらの方法で有栖の入隊理由を知ってしまった。そしてそれを母親も知ってしまった。有紗ちゃんと母親の間でどんなやり取りがあったのかは分からないけど、結局有紗ちゃんは、それが世の中へ広まると家族が非難を浴びると思って黙っていたんだね。それから暫くして、有紗ちゃんが行方不明に、僕らが捜索しに自宅へ訪問してしまった。母親は当然、有紗ちゃんによって証拠が暴露されてしまったかもと考えたはずだ。だから、何かを探している不利をしながらその書類を自分の懐に入れるなり、小物や衣類などに包み隠したり、どうにかして隠し切ろうとしていたんだ」
有紗はどう言って良いのか分からずに有栖の様子を伺うも、頼りの有栖も俯いたまま動かずにいたため同様に下を向いてしまう。
「空気を読めないかもしれないけど、続けないといけないと思うから…。ただ、擁護する点があるとすれば、有栖の才がこの隊に必要っていうのは、具体的に有栖の能力をどう使おうとかいうわけじゃないと思うんだ。有栖の条件を呑んだのは、聖や局長のさらに上の防衛省も同じだ。軍全体で有栖という才能を欲していたことに間違いはない。もしも聖が放置していれば、いずれはどこかの隊にスカウトされて入隊しかねないと思ったんだろうさ。それで、我先に有栖を手に入れようと頭を下げ続けたんだ。それに、有栖や有栖の母親は悪くない。入隊を拒む有栖を無理に誘ったのは向こうの方だ。有紗ちゃんだって、さっき僕が間違って推理した時に訂正しようとしなかった。姉を守ろうとしたんだよね」
嫌な立場に立たされてしまった有栖を不憫に思い、僕も栄治や美萩と同じように有栖と有紗の味方に付く。そのことを示そうと彼女らの前に立ち、僕は昭道と創史に向けて深々と頭を下げた。自分で洗い浚い話しておいて、何とも矛盾したことをしているのだろうか。
「以前の僕ならば、こんな真似はしなかったかもしれません。人を見下して、子馬鹿にしてきた僕が誰かのために頭を下げるなんてあり得ませんでした」
僕は自分自身でも酷い言葉遣いであると失笑しそうであった。しかし、人にどう思われるかと気にして言葉を妙に変換したくなかった。本心をぶつけてみたいと思った。
「彼女は帰る場所の無い僕を拾ってくれて、僕の能力を認めてくれて、チームに入れてくれました。初めて友人を作れたのも、初めて人の役に立ちたいと思えたのも、初めて人の優しさに触れることが出来たのも…貴方方みたいな敬える上司に出会えたのも、毎日楽しいと思えたのも、彼女がきっかけをくれたからなんです」
そこで耐え兼ねた有栖が声を荒げて口を挟む。彼女のそんな声を聞いたのも初めてだった。
「私があなたを誘ったのは」
その叫びを遮るような声量で被せて言う。
「たとえそれが自分の役割を僕に押し付けるためでも!自分の責任から逃れるためでも…!僕は君に救われたんだ…。君が僕の人生に希望をくれたんだ」
有栖は口を閉ざして鼻を啜った。僕の背に顔を押し付けて、口を押えながら嗚咽を漏らし始めたのが分かった。小さな細い指で僕の服を強く握りしめて、繰り返し嗚咽していた。
「有栖に責任は無いと思います。ですから、有栖を…許してやってください」
僕がさらに深く頭を下げると、美萩と栄治が僕を挟むように両隣で同じような姿勢を取った。
「私からもどうかお願いします」
「有栖は我々の隊に必要不可欠です。もちろん、大切な仲間としても」
少しの間、有栖が涙を流す音だけが聞こえていた。盛が死に、有栖は問題を抱えている。僕は戦闘に加われないし、局長は二代に渡って悪事を働く始末。有栖だけでは収まらない問題だらけ隊を、他の人たちはどう処分するのだろうかという不安が渦巻いていた。しかし、目の前に立つ局長二人は、そんな暗闇を払いのけるように大声で笑った。
「顔を上げいぃ!」
再び昭道の怒号が響き、僕らは一斉にそれに従う。
「わしらの考えは予め決まっておったわい。のお創史よ」
「ふん。勿論だな。お前たちに異論の余地なし」
「つまり…」
栄治が恐る恐る結論を聞き出そうとする。それを無視して、創史は僕を退かして有栖を皆の前へ引きずり出すと、こう宣言した。
「これまで通り、我が国日本に遣えること!以上だ!」
創史の喉も張り裂けんばかりの大声に呼応するように、彼らの後ろで控える数百の隊員が吠えた。大地を震わせる歓声に、僕らも有栖を担ぎ上げてまるで戦争に勝利したかのような騒ぎを起こしている。この瞬間だけは、事件のことを忘れて有栖の存続を祝おうと高らかと天へ手を掲げた。