シーズン1 第六章 誘拐事件四:冬馬の活躍
第六章 誘拐事件四:冬馬の活躍
美萩は上手く結が行えずに魔法が不発に終わってしまう。それを見た敵は、ここぞとばかりに一斉に攻撃を仕掛ける。栄治が大量のチャクラを消費して全身肉体強化を行い、それら全てを蹴散らした。しかし、敵は再挑戦をしようと身構える。ここしかないと僕は手綱を引いて上空へ舞う。栄治たちを庇うような形になったことで、案の定敵は攻撃するのを躊躇った。敵の目的は僕の生け捕りであり、殺すことでは無い。ならば、僕が最前線に出れば闇雲に攻撃は出来ないと踏んだのだ。勿論、躊躇なく飛び出したとは言い難い。タイミングが悪かったり、敵が威力を弱めて攻撃しようと思えば、僕は死に至らずとも相当の痛みに襲われていたことだろう。幸運なことに僕の不安は杞憂に終わり、安堵のため息を吐く。直後、下から百獣の王を彷彿とさせる雄叫びを上げながら栄治が単身で敵陣に飛び込んだ。杖を構える敵に対し、銃を捨て、拳で分からせる。そのまま隣のドラゴンに飛び移り、また一人、また一人と吹き飛ばすその様は猛獣そのものだった。四人全員を簡単にノックダウンさせると、糸が切れたように筋肉が弛緩して冬の空を落下していく。美萩はこうなることを予期していたのか、下で構えて待機しており、小さい体で難なく栄治をキャッチした。栄治は、嘔吐した僕に気を利かせたのか親指を立てて言った。
「全員…ドラゴンの…上で気絶してる……だけだ」
「ドラゴンは、攻撃してこないのか?」
「全員がその個体のように意思を持っているわけじゃないのよ」
美萩は僕の方を見ながら説明する。こうして一山越えた僕らは、休息を求めてドラゴンの上で胡坐をかくも、美萩の言葉で再び表情が強張ってしまう。
「有栖の方は…」
「…行こう」
言葉に反して栄治は膝に手を付いており、最早正常な呼吸とは言えないほどの疲れ具合である。全員が何かしらハンデを背負った状態だった。しかし、残すところあと一人の敵に対し、こちらは一応人数の有利を取っている。これで有栖が無事ならば勝つ見込みは十分にあった。
「見えないな」
栄治は空を見渡しながら声を震わせた。
「地上に落ちたんだよ。もう少し近付こう」
二体のドラゴンは低空飛行に移り変わり、僕の案内で有栖と聖が衝突した地点へ到着する。雪の積もった峠に巨大なクレーターが生じており、なぎ倒される木々には多量の血が付着していた。
「これは…」
「静かに」
僕が声を漏らすや否や美萩が口に手を当てた。美萩と栄治は耳を澄ますようにジェスチャーを送り合っている。栄治は斜め右前方に指をさして徒歩移動を促した。栄治は足元がおぼつかないようで、美萩に支えられながら歩く。盛のドラゴンは僕が降りやすいように腹這いになって、地面との距離を縮めてくれた。ふかふかの雪に飛び降りると、そのまま腰の辺りまで吸収されてしまった。
「ったく、仕方ないわね」
美萩が雪をはじく魔法を使用し、僕を引き上げてから歩みを進める。後ろを振り返ると、不思議なことに自分の足跡は一切残っていない。ドラえもんと同じ原理で歩いているのだろうかなどと考えつつも、横になったまま動かないドラゴンに不安を感じていた。
「前を向くのよ。進むしかないの」
美萩が心を読んだかのように声を掛けてくる。
「うん」
短く返事をしてから、ようやく僕にも微かな金属音が聞こえてきた。不規則に衝突するその音の正体は恐らく、有栖と聖の攻防によるものだろう。高鳴る鼓動を抑えながら、栄治と美萩に倣って物音を立てぬようゆっくりと近付いた。峠道から外れた山の奥深くで死闘が繰り広げられていた。僕ら以外は誰も訪れることの無い静かな森の中で、日本の未来を懸けた争いが行われている。神秘的なその光景に目を奪われた。
「隙を見て助けに行くわよ」
僕らは木の陰に隠れて、有栖のレイピアと聖の刀がぶつかり合うのをじっと見ていた。美萩と同じように右腕をだらんと垂らす聖は、相当に苦しそうな表情である。対して有栖は変わらずの端麗な顔だった。怪我も無く、優勢なように見えるが横の二人は難しい面持ちをしている。
「隙が無い…右腕の負傷がありながら有栖と互角に渡り合うなんて…」
美萩が感嘆の声を漏らす。確かに、一手のミスでどちらが死んでもおかしくないと言える激闘だ。有栖は右手でレイピアを振るいながら左手で結を行い、要所要所で身体強化や魔弾を繰り出しているが、聖はことごとくそれを弾いている。それどころか、結に集中する隙を狙って反撃まで狙う戦闘技術。有栖のステップの度に、余計な労力を消費するだろうハイヒールに躓かないかという心配が過った。これでは埒が明かないと思い、僕は綿密な計画を立ててから戦闘に加わることを提案する。
「確かに…俺もこのざま、美萩も右手が握れない…となると、有栖の前に出ても邪魔なだけかもしれんしな…敵にも奥の手があるかもしれない…。冬馬の作戦を聞こう」
僕らは有栖をいつでも救出できるよう、彼女から目を離さずに作戦を企てた。
「敵の面を剥ぐには、相手と同じチャクラや魔力が必要だ。有栖を出来るだけチャクラを使用しない戦闘スタイルに誘導することが肝だ。近距離戦だから成り立つ今の攻防に僕らが介入すれば、聖が魔法が不得意でない限り、間違いなく距離を取ろうとするだろう。人数不利で近距離戦を展開するのは馬鹿だ」
「そうですね」
「僕らの状態からして、こっちとしても近距離は不利だろうからね」
赤く膨れ上がった美萩の右手を見ると、美萩は心配しないでとその手を振った。少しだけ眉に皺が寄るのを見逃さない。やはり、美萩を戦闘に立たせることすらも望ましくない。
「互いにイーブンな遠距離戦に縺れれば、チャクラを消費して戦う長期戦になるだろうね。もしかしたら、敵のチャクラ量の方が上手になるかもしれない。とにかく、有栖と聖が離れてはならない。そして僕らが中距離で支援するんだ。有栖が結を使うのは、局所的な肉体強化や、魔法を弾くために魔力を込める時と、ちょっとした魔弾を放つ時くらいだ。それくらいなら、美萩は左手でも出来るだろう」
「ええ。問題ないわ」
「栄治は残ったチャクラが少ないだろうから、美萩の左手が追いつかないってタイミングでサポートをするだけでいい」
「見くびるなよ」
「逆に、やりすぎるんじゃないぞ。あくまで戦闘の主体は有栖だ。余計なことをして足を引っ張るな」
「分ってる。ただ、有栖でも他人の施す強化魔法に対応するのは難しいだろう。それに、これは保険でも弱音でも無く、事実として言うが…。俺たちが有栖に合わせるのも至難の業だ。銃の照準を合わせること、敵の攻撃に合わせて身体を動かすこと、トリガーを引くことの三つを別人が担当するってことだ。ここで言えば、あの目まぐるしい攻防をしっかり追えていないと無理だ」
「それってできないって言ってるのかな」
「だから、見くびるなよって」
「つまり、こんなすごいことを俺と美萩なら出来るぜって言いたいのかな」
栄治は激しい呼吸の中、短く笑って頷いた。
「それで、作戦ってのはそれだけじゃないだろうな」
「勿論。これだけじゃ現状維持とほとんど変わらない。大きな狙いは敵の隙を生むことだからね」
「具体的にはどうするのよ」
「僕の心理術が光るのさ」
「格好つけないで言いなさい」
「僕らが出て行けば、確実に意識がこっちへ向く。警戒すべき敵が僕を除いて三人に増えるんだ。でも、それだけじゃ大した隙とは言い難いね。有栖が面を剥ぐために失敗しないだけの隙を作らないといけない。敵は僕らが整形に気付いていないままだと思っているはずだろう。それがバレてるなら、相殺が天才的に上手い有栖に近距離戦は選ばない。僕らの狙いが知られれば、それこそ遠距離戦を強いられる。狙いを悟られないように、上手く話術を使うんだ。そこで具体的方法だけど……君たちの直接の反応が一番の薬だから、内緒にしておくよ」
僕がわざとらしく勿体ぶったように話し終えると、美萩が不満そうに溜め息を吐くがそれ以上のことは無かった。栄治は諦めたように首を振ってから重そうに腰を上げた。
「じゃあ、冬馬様の仰せのままに」
その声を合図に一目散に僕が有栖の傍へと駆け寄る。続いて栄治と美萩がよろよろと合流した。予想通り、聖は有栖から距離を取ろうと試みるも、作戦会議中に無線を繋いでおいた有栖は、逃がすまいと距離を詰めた。
「あんた、もしかして有栖につないでたの?」
「当たり前じゃないか」
美萩の素っ頓狂な質問に笑顔で返答する。
「魔法はどうやって?」
「彼」
僕が栄治を見る。美萩は目を見開いて一拍置くと、鋭い目付きに変貌した。
「ったく、有栖の気が散ってたかもでしょう!?」
「その怒鳴り声を抑えるために黙ってたんだ」
美萩の頭でカチンという音が聞こえた気がして、有栖の援護を急かす。栄治も何か言いたそうではあったが、美萩と共に結を始めることにしたようだ。僕は邪魔にならぬよう少し後ろへ下がって、聖の今の状態を分析しようと目を凝らす。
有栖の攻撃に対して上手く刀で受け流し、有栖の手元を一瞬だけ見て結の形から次の攻撃を予測して回避している。攻撃を避けることで生じるカウンターのチャンスを逃さず刀を細かく操る。しかし、右腕の痛みが激しいのか、刀を振るう前に痛みを堪えるような力みが伺えた。それから何度も、有栖の攻撃を退けつつ、カウンターを行い、時折距離を取ろうと試みるも阻止されるということを繰り返している。
「準備オッケーよ」
美萩の声が無線越しに聞こえた。当然、有栖にも聞こえており、有栖は呼吸の合間を縫って了解と言った。
「よし!」
栄治の気合の叫びと同時に美萩の魔法が放たれ、有栖のレイピアに魔力が込められた。栄治が先ほど使用したような、全身への常時肉体強化を施す魔法では多量のチャクラを消費してしまう。そのため、基本は局所的な身体強化、武器強化を図る。しかし、効果時間はたった一秒にも満たないため、栄治が例え話をしたように、照準を合わせてここだというタイミングで放たなければならない。高精度な魔法操作とチャクラコントロールが不可欠なものだ。
それを、この二人はやってのけた。レイピアの突きは初めて聖の体に到達する。左鎖骨の少し上に喰い込み、鈍い悲鳴を上げて足をもつらせた。しかし、聖は咄嗟に刀の頭を握って振り上げたため、有栖の顎の先を刃が掠り後退を強いられる。距離を取られてしまうと思った矢先、美萩が叫んだ。
「脚!」
有栖は単語の意味を理解して、後ろへ引き下がろうとする右脚を踏ん張らせて前傾姿勢となる。機転を利かせた美萩が、有栖の体勢を強制すべく足元に小さな爆発魔法を放った。衝撃に身を任せて前方へ小さくジャンプする。聖は当然、見事な連係プレーに再び虚を突かれ、有栖の動きに対応できずに一瞬だけ体が止まった。僕はこのチャンスを見逃さない。
「有栖!刀を奪え!結が出来ない今、怖いものは刀くらいしかない!」
ブラフではあるものの、聖からして現状一番されて困ることのはずだ。片手による結では大した魔法は唱えられない。それ故、聖は絶対に刀を死守しようと努めると読んだ。
「ふんっ!」
有栖は着地時に転ばぬよう、華麗なステップを踏みながら聖の刀を抑えんと腕を掴む。可愛らしい唸り声を上げて聖と腕相撲を繰り広げるも、流石に利き手がレイピアで塞がっていては勝つことは困難なようだった。
「そのまま腕を離すな!」
栄治は美萩のクールタイムをカバーすべく、有栖の左腕に肉体強化の魔法を効かせた。ところが、聖はドーピングされた有栖の腕力と拮抗する耐久力を見せた。有栖の腕力が元に戻り、逆に有栖が不利な状況に陥ってしまう。有栖が戦闘継続困難となる怪我を負うか、死亡すれば僕らの負けは確定する。これ以上死人を増やさないために、みんなとの約束を守るために、僕は一心不乱に駆け出した。先刻のような恐怖心は微塵も感じていなかった。僕に居場所を提供してくれた恩人の命を助けるためならば、この身を投げ出す覚悟があった。予め用意していたものではない。有栖の危機を目の当たりにして、心のどこかにその覚悟が眠っていたのだと今気付いた。初めての友人を二人も失いたくない。
「見くびるなと言ったろう」
静かで鋭く、深みのある声が森の中に響き渡った。同じ気配を感じた。盛が後を託した時と同じ気配。
「栄治ッ!」
僕のすぐ横を、炎を全身に纏った栄治が豪速で通過した。手を伸ばす頃にはもう既に届かぬ距離にいた。聖は栄治の渾身の突進に気付く。
「こんのおおおお!!」
有栖は甲高い絶叫を上げながら、効力が切れたはずの細い腕で、聖を逃がすまいと力を振り絞っている。
「この寄せ集めの社会不適合者共があああ!」
聖は悔しそうに叫んだ。直後、有栖がこちらへ大きく飛び退いてすぐに、聖は爆炎に包まれる。栄治の姿も見えなくなってしまう。
「お…おい…そんな…」
灼熱の炎がじりじりと肌を焼く。それでも、僕らは痛みを忘れてそそり立つ火炎の柱を凝視していた。原理は不明だが、炎は周囲の木々を燃やすことは無く、また雪を溶かすことも無かった。次第にその炎は小さくなっていき、中の様子が見えるまでに薄くなる。
「隊長!」
柱の中心では栄治がぐったりと倒れている。対する聖は未だ立っていた。ただ、バランスを取るのがやっとのようで身体をふらふらと揺らす。服が焼け落ちて露わになった右半身は、火傷によって皮膚が爛れている。左半身は健在で刀を握ったままだった。
「し…死んだ…?死んだのか?」
栄治の死を受け入れられず、生きていると言い聞かせた。脚の力が抜けて地べたに尻を着くと、細く長い指が肩に触れた。
「大丈夫よ。彼はほとんどのチャクラを消費しただけ。寝てるだけよ」
美萩の言葉で栄治の状態を注視すると、大きく肺が膨らんでいるのが確認できた。シャットダウンしかけていた脳が再起動し、栄治を救出するという追加されたタスクを消化すべく二人に指示を飛ばす。
「栄治を助けるぞ!距離を取られな」
美萩と有栖は僕の台詞が終える前に駆け出して、あっという間に聖の懐に入り込んだ。
「あわよくばここで相殺を…」
そう簡単に願いは叶わない。聖は八十キロ近い栄治の体を蹴り飛ばして美萩に衝突させ、続いて有栖の顔面目掛けて刀を突く。有栖は身を翻して何とか回避し、華麗な足さばきでもう一度距離を詰め直し、再び金属同士が激突した。どうにか聖の隙を作り出そうと観察するが、彼の気迫に押されて思考が鈍る。人のものとは思えない呻き声に唾を呑んだ。聖の黒目は霞んでおり、眼球のほとんどが白目に見えた。恐らく何も見えていない状態に近いはずだが、有栖の剣技を見事なまでに退けている。足元を見ても、その場を一切動かずに右腕の力だけで刀を振るっていた。自らの領域に入る異物を全て切り落とさんとする剣豪の姿がそこにはあった。
「冬馬!何もしないなら栄治を見てて!」
美萩が怒号を発する。はっと我に返り、栄治を木陰まで運んでいる美萩を手伝った。
「いい。ここが正念場よ。絶対に逃すわけにはいかないわ」
美萩の鋭い眼光には、敗北の二文字は映っていなかった。ただ勝利を追い求めるその姿に感化され、力がみなぎった。
「君たちをみていると、ネガティブで暗い自分が吹き飛ぶよ。ほんと」
「いい傾向ね。おちゃらけキャラは辞めたのかしら」
美萩がシリアスな状況に似合わないふざけた笑顔で煽った。僕も釣られて小さく笑う。
「キャラじゃないって」
「ほら、行くわよ」
格好良く首で合図を出す美萩に頷いてから、有栖を助けるべく聖の背後に回るように迂回して近付いた。聖は有栖との交戦に忙しそうで、こちらには気付いないようだった。しかし、僕らの姿を有栖が一瞬だけ目で追ってしまう。
「後ろへ気が逸れたな!」
聖が叫びながら有栖のレイピアを弾き、後方へジャンプした。狙いを僕らへチェンジしたのだ。美萩は銃を取り出し、安全装置を外してトリガーを引く。明らかに骨が砕けている右手で銃を撃った。当然、悶絶するほどの痛みに襲われ悲鳴を上げている。僅か一秒にも満たない動作で銃弾が放たれるが、聖は銃弾を感知して小さな弾を刀で真っ二つにしてしまう。一回転の後、地面に着地して距離を詰めてくる。美萩も動きを止めることなくバックステップで距離を取りながら射撃を行うも、木を盾にしたり、刀で切断したり、直前で回避したりと多彩な手段で避け続ける。美萩の横にぴったりと付いていくだけでも必死な僕は、彼らとは住む世界が違うということを認識した。しかし、そこで落ち込む僕はもういない。
「僕もいることを忘れるなよ」
聖へ向かって一直線に走り出す。辛そうに銃を構える美萩に代わって今度は僕が体を張る番だ。聖は僕を殺せない。彼がボスではないのならば、勝手な判断で僕を殺すような真似はしないだろう。足を撃たれた人質は寧ろ足枷であるという話を聞いたことがある。逃げるのに遅れをとってしまうのだ。同じ状況を作り出せば良い。
「美萩!構わず撃て!」
僕は皆まで言わず、美萩を信じてそれだけ叫んだ。僕は聖の腰を掴んで倒れ込む。聖は突然目当ての人物が自らを差し出してきたことに驚きながら、重心を崩して尻もちをついている。
「自分から来るとはね…!」
聖は刀を持つ腕で僕を抱え込み立ち上がろうとした刹那、一発の発砲音が聞こえて二の腕に鋭い痛みが走った。
「んああ!」
悲痛の声を上げたのは僕だけではなかった。聖の左腕には穴が開いており、血が噴き出している。美萩の銃口からは硝煙が上がっていた。どうやら美萩の放った銃弾が聖を貫通して僕の腕にまで到達したようだ。太い注射針を永遠に差し込まれているような感覚に耐えようと、声を漏らしながら激しい呼吸を繰り返してしまう。僕よりも重症なはずの聖は、まるで痛みをも力にするように気迫が増し、僕を抱える筋力が向上していた。しかし、起き上がりに苦労を要しているようで、足をバタバタさせながら頑張って助走を付けようとしている。後ろから空を切る音が聞こえて僕は首を後ろへ捻ると、有栖がレイピアを振りかざしながらこちらへ向かっているところだった。
「邪魔だあ!」
僕は聖に背を蹴り飛ばされ、近くの木へ腹から激突する。衝撃に驚いた体が反応して噎せ返す。銃弾が埋まったままの右腕も、激しい振動に耐え兼ねて痛み刺激を脳へ伝えていた。何とか立ち上がって有栖と聖を見ると、起立動作中で腰が低い聖に有栖が上からレイピアを振り下ろしているところだった。聖は受け止めきれず初めて腕が下がる。
「武器を!」
念を押すように声を振り絞った。反応の良い聖は、唯一の武器を渡すまいと咄嗟に全身で左腕を庇うような態勢を取った。ほとんど動かせない右半身の全部を使って右腕を覆うような姿勢だ。
「それだと、刀を上に持ってくるのは難しいだろう」
僕が小さくガッツポーズを決める。勝負あった。
「残念でしたね」
有栖が勝利宣言の後、レイピアを上空へ投げて、空いた右手で聖の顔面に触れる。黄色い閃光が迸るようなエフェクトの後、聖の素顔が露わになった。聖は咄嗟に刀を振り上げるも、背後から接近していた美萩によって取り押さえられ、正面から有栖の蹴りが左手首に決まり刀が宙へ舞った。美萩は空っぽになったその両手を後ろで組んで手錠を掛ける。
「そっちが本命だったか……」
観念したようにぐったりと座り込んだ。そんな聖を美萩と有栖は目を見開いて凝視している。口元のほくろは奇麗に消えて、潰れた鼻に見合わないぱっちりとした二重の青年だった。聖は霞んだ瞳で美萩と有栖を覗き込むと、感慨深そうに言った。
「強くなったじゃないか…このチームも…」
「局長…」
有栖が信じられないという表情と共に細く声を漏らした。僕が知らないということは、こいつが以前の無能と言われていた局長なのだろう。通りで強かったはずだ。日本一の隊を相手にして、盛に呪文を唱えさせ、栄治を戦闘不能に追い込み、美萩の右手を粉砕骨折させるという恐ろしい戦績を残した。部隊を統率する力は無くとも、この若さにして局長にまで上り詰めただけはある。
「話は後にしよう。凪と有紗ちゃんのところへ」
僕の言葉が終える前に上空で僕らを呼ぶ声が聞こえた。
「みなさーん!大丈夫ですかー?」
凪の声だった。
「降りてきてー!」
美萩が腹から発声すると、争い後の平和を謡うようにこだまとなって繰り返された。二人が地上へ降り立ってから、事情を説明して栄治を起こしに行く。元局長に世話になっていたはずの二人も、美萩と有栖のように開いた口が塞がらないという感じだった。栄治は特にショックも驚きも見せることは無く、クソ野郎と捨て台詞を吐いただけだった。木陰で腰を下ろして、ボロボロの僕たちに有紗と凪と有栖で治癒魔法を施した。それでも、完全な回復とまではいかず、止血と痛み止めといった応急措置に過ぎなかった。
「早く病院へ行った方がいい」
不安そうな凪の背を、美萩は優しい笑顔で軽く叩きながら言う。
「まだ、やるべきことがあるのよ」
「姉さん…これ以上のことは他の人に任せよう。とりあえずこいつの上の人を調べなきゃ始まらないんだからさ。それまで治療する猶予はある」
凪は愛しの姉に怪我を負わせた局長を目の敵と言わんばかりに睨みつけた。
「まあ凪の言うこともごもっともだな。本部がどういう状態化は分からないが、他の隊だって動いているはずだ」
栄治も凪に乗っかって休息をしようとするが、僕は全くの反対意見を唱える。
「休んでいる暇はないよ」
僕の発言に不満を述べようとする一同だったが、先に元局長のお言葉によってその不満は払拭されてしまう。
「君の…言う通りですよ…まだ、各地の原発には爆弾が…仕掛けてあります…から」
短く笑う元局長に対し、栄治たちは顔を引きつらせて青ざめている。ただ、有栖はこの事態を予想していたのか澄ました顔のままであった。
「凪と有紗ちゃんは元局長の策にすっかりはまってたってわけ。今日この時の為に、僕らをメルトダウン計画から遠ざける策を、三年も前から講じてたってわけだ」
元局長が漏らした戦闘中の言葉によって、一つの仮説が生まれていた。戦闘中は考える余裕などなかったが、こうしてじっくりと考察してみると事件の顛末は複雑ではなさそうだった。
「そう……。僕のことは…聖と…呼んでくださいよ…。まあ、いいです…けど。それじゃあ…隊の頭脳……百発百中の名探偵…冬馬君の、推理パートと…行きましょうよ」
具合が優れない割には良く喋ると感心しつつ、必要以上の持ち上げ方に少し気分が良くなった。
「んじゃあ気持ちよく…と言いたいところだけど、まず聖を治療しよう。死んだら情報を引き出せないからね。僕の推理にもミスがあるかもしれない」
「危険だ!」
凪が不安そうに言うが有紗は凪を宥め、治療してあげよるように説得した。
「私一人じゃこの怪我を措置するのは大変なの。姉さんのチャクラはなるべく使いたくないし。お願い、凪も手伝って」
「…分かったよ」
渋々了解し、二人がかりで聖の手当てを行う。次第に呼吸が安定したのを見て、ようやく事件のまとめに入った。
「じゃあ説明するよ。先ずは聖についてだ。こいつは、凪と有紗ちゃんを利用して僕らを今回の事件の核から遠ざけた…メルトダウンだけにね」
「不謹慎なギャグを言うもんじゃない」
栄治が隊長として見逃せないと、弱々しく忠告をする。
「ごめんなさい。続けると、三年前、凪に近付いたのは僕らを刈羽原発へ誘き出すための布石だったんだ。だっておかしいだろう?まだ自分の研究とは言えないような、授業の一環としてのお試し研究体験をやってる生徒に声を掛けるなんて。これが大学院生のガチ研究だったらダイヤモンドの原石として目を付けてもおかしくはない。その狙いを予測させるもう一点の事柄…それが有紗ちゃんとの出会いだ」
「なるほど」
有栖一人だけが先の展開を理解して、一足先に頷いていた。他は全く分からんと顔に書いてある。
「じゃあ有紗ちゃんに聞くけど、僕が思うに、有紗ちゃんも何度か聖に会ってたんじゃない?」
「ええ。勿論、凪くんと一緒の時だけでしたが」
「それって、凪から誘われたのかい?」
「そうです。凪くんから、局長が誘いなさいって言ってくれたと伝えられた時だけ行ってました…断る理由もないので」
「ふむ。こうやって客観的にみると、明らかに聖が二人を引き寄せているように思えるよね」
「でもどうして私が会っていたって思ったんです?」
「いやね、僕の仮説が正しいと証明できる根拠の一つになるから聞いただけだよ。どうせ当たる方に懸けてる二分の一なんだから、まるで読んでいたかのように喋ったほうが魅力的だろう?」
「なるほど……」
「って、ここまで言わせるなよ恥ずかしい」
話術やマジックの中身を説明するというのは、やっている側としてはかなり嫌な時間なのだ。格好良く決めても、種が割れれば当たり前のことをイキイキと行っているだけと捉えられてしまうからだ。
「そんなことはいいから」
いつも通りのしかめ面が出来るくらいにまで回復した美萩を見て安堵する。
「何よ」
「いいや」
「ここからは歩きながら話してちょうだい」
美萩は左手を付きながら起き上がり、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。それから、聖の治療を終えた凪と有紗に、今度は栄治を支えるという使命を与えていた。
「ったく、俺より隊長向いてるぜ」
栄治が美萩の小さな背中を眺めながらぼそりと呟いたが、僕らは返す言葉が出ずに独り言として過ぎてしまった。栄治は済まないとだけ言って二人の肩を借りていた。
「きょくちょ…聖さんは、一人で歩いてください」
今の局長との混同を避けるためか、有栖は聖と呼ぶことにしたようだ。その方が僕的にも分かりやすくて有難かった。
「相変わらず、淡々としてますね」
聖も美萩や栄治と同様に重そうに身体を持ち上げると、ゆっくりと前進を始めた。手錠もされているし、流石にこれ以上は何も出来ないだろうが念のため有栖を聖の見張りに付けた。美萩を先頭に、僕と栄治たちが並行して、最後尾に聖と有栖という順で帰路につく。
「それで、聖が凪君と有紗ちゃんを狙っていた理由だけど、単純に簡単だったっていうことだろうね。長年に渡る計画であればあるほど、足跡を残したくは無いはずだから。犯罪ってのは、長期に渡れば渡るほど追いかける側が有利になるのさ。計画や拠点などを完全に隠しきるなんて不可能。リスクは最小限に、危険なことは他人にやらせる。これ、犯罪の基本ね」
「どういうことですか?」
有紗がこちらを向いて尋ねる。
「つまり、自主的にこの隊を動かしてくれる人がターゲットということだ。栄治には兄弟はいないし、子どももまだ一歳だったよね」
「そうだが」
「それなら母親は子どもにつきっきりですべての行動が制限されている状態ってわけさ。そんな状態で、有紗ちゃんや凪みたいにダイナミックに動き回れない。盛の場合は、両親もそこそこの高齢で賢い人だ。怪しい話には引っかかりにくい。奥さんもいないってことで、全くの対象外ってこと。そこで、夢と希望に溢れた初心な青年少女に目を付けたんだ。大人の汚さを知らない君たちなら、簡単に心を掴むことが出来ると考えてね」
「この最低男に…私たちはまんまと騙されたってことですね…」
「ごめんなさい。僕が皆さんを巻き込んでしまった」
「違うさ。君は被害者の一人だよ。悪気があったわけじゃないんだし、聖に悪知恵を入れられてたんだしさ」
「そう…ですが…僕が用心していれば…僕があなたみたいに…あなたみたいに賢ければ…盛さんは……!」
丸まった背中の中では、希望を裏切られた恨みや、騙されたという悔しさ、みんなを巻き込んでしまった愚かさなど、数多の闇が蔓延っているのだろう。魂の真ん中で渦巻くそれに打ち勝つには、自分が強くなるしかないと僕自身が良く分かっていた。
「凪は…将来の夢があるか」
鼻をすすりながら、凪は前を向いたまま短く頷いた。
「なら、二十歳にも満たないその歳で奈落に落ちてはいけないよ。少し落ちては這い上がって、また落ちては這い上がるんだ。そうやって、大人になっていく。僕や姉さんたちは、そうやって後悔しては何度も上へ上へと登って今を生きている。勿論、栄治の歳になったってこれからまだまだ後悔や試練は積み重なっていく」
最年長の栄治は何か言いたそうに鼻を鳴らして、凪の有紗の肩を両手で小突いた。
「大人ってのは後悔で出来てるんだ。幾つ後悔を乗り越えようとしたかでその人の質が決まる。君はまだ子どもだ。子どもは希望で満ちている。まだまだ本当に後悔する出来事が待っている。それを乗り越えるんだ。姉さんのように立派になりたければ」
「まだ三十路にもなってないクソガキが何言ってんだ」
栄治が僕の決め台詞を笑い飛ばした。釣られて有栖がくしゃみと思えるような声を発する。
「冬馬さん、今のはちょっと臭すぎですね」
有栖にまで笑われるほどのものだったのかと、急激に恥じらいと後悔が押し寄せてきた。
「あんた今、後悔が一つ生まれたわね」
先頭を歩く美萩もわざわざこちらを振り返ってまで茶化してくる。凪と有栖も良い笑顔を作っていた。二人のその表情を見れただけでも、僕は恥を掻く意味があったのだと自分に言い聞かせる。
「でも、冬馬さんの仰る通りです。僕はまだまだこれからですよね。今回の件…盛さんのことも含めて、教訓にしたいと思います」
凪は首だけこちらに向けて、短く頭を下げた。栄治は凪の短髪をくしゃくしゃとかき回す。
「素敵よ。凪くん」
「やめてくれみんなの前で…」
耳を赤らめて首を小刻みに震わせていた。
「さ。もう少しで着くわ。冬馬は簡潔に説明してちょうだい」
美萩が気持ちを切り替えろという言葉を上手く変換する。僕らはその意図を汲み取り、緩んでいた全身の筋肉が若干収縮した。
「そうだね。って、どこまで話したっけ?」
道草を食って、元の道が分からなくなるという間抜けっぷりを披露することで、美萩たちに復習のためのアウトプットを促す。
「三年前、この隊が出来る少し前に、聖が有紗ちゃんと凪を引き合わせたってくらいしか進んでいないわ。冬馬は自分の頭脳をひけらかすためにか知らないけど、一々理由が長いのよ。簡潔に言いなさい。まとめる力も頭の良さよ」
美萩から有難いお言葉を頂戴する。理由を省いて事実だけを見ると、たったこれしか進んでいないことに驚愕する。しかし、工程や過程を説明しながらでないと、凪や有紗との事実確認が抜けかねない。
「ごめんごめん。でも、一応その推理をする理由は言うからね。美萩や有紗ちゃんたちも、おかしな点があれば指摘してくれ。あくまで何も知らない僕が、今まで落ちている情報から推測するだけだからね」
「それはそうね」
「僕らをこの件から遠ざけたかったのは、僕らの隊が優秀過ぎるからだよ。まあ優秀なのは当然の事なんだろうけどね。聖の言っていた特別の隊にするってのはあながち間違いじゃない。その特別ってやつが、善では無く悪であっただけで」
「冬馬は、俺たちが全員選抜されて隊になったと言いたいのか」
「そうだよ。勿論、表面上は美萩が有栖を推薦したってことになっているけど、それって結局その訓練生の中で一番優秀な子を引っ張るって話だろう?誰が選んでも有栖が選ばれるに決まってるじゃん」
「それは違うかもしれないわね。私だけじゃなくて、他の隊も必ず一人は訓練生を引き抜きゃなきゃいけないことになっているから。私の前に訓練生を選んでいた隊もあったし、他にも優秀な子は多くいたわ。たまたま有栖を見逃していたってだけよ。それに、昨年まで私たちは酷い戦果だったことを忘れたのかしら」
「だから、僕らは特別な隊だって言ってるでしょうが。詳しくは有栖の母親が知ってるんじゃないかな」
そう言って後方の有栖を見ると、明らかに面持ちが変化していた。白く塗った顔面に青色が加わったように見えるほどだった。いつもの澄まし顔を作ろうとするも、口の結び具合から余計な力が入っているのが分かる。前方の有紗は、栄治を担いでいない空いた方の腕をふらふらと揺らしている。恐らくこれが有紗の隠し事をする癖なのだろう。普通の人間は、突如として核心に触れられた時に必ず防衛反応が出る。意識すればするほど表情から遠いところに現れる傾向がある。それは、顔で読み取られないようにしようと思うからだ。嘘八百を並べる時に目が泳ぐのと同じように、手や足が宙を漂い身振り手振りが大きくなる。有紗は恐らく、こちらを睨む美萩に表情を読まれぬように防御をしているのだ。有栖は僕の心理術を学習しているのか、死人のような顔色と唇の強張り以外は奇妙なくらいに不自然なところがない。否、不自然なのはその風貌の全てであった。命を懸けるには隙だらけのハイヒール、レイピアの握り方を一つ間違えれば折れてしまいそうな長い爪、地雷メイクのパーツの一つであるつけまつ毛は目に入れば大変だし、それら全てが戦闘向きではないのだ。極めつけは両親の挙動である。
「有栖のことは一旦置いておきましょう。この後母親に確認するしかないわ。時間の許す限りね。忘れないで、原発の件も」
「そうだね。有栖の母親の件は本部に戻って、人員を確認してからにしよう。本部は大慌てで人を集めているだろうから、魔法特化部隊と話を付けて転移魔法を使ってもらおう」
「いえ。正直に話すので大丈夫です」
有栖が以外にもすんなりと隠し事を認めた。嘘を吐こうという仕草は見られないが、さっき観察した限りでは嘘が上手い。
「お母さんが探していたもの…と見せかけて隠そうとしていたものが、これから有栖が暴露することの証拠になるんだろうから、結局は有栖宅を捜索しなきゃならないよ」
「そう…ですか」
「さて、それじゃあいよいよ、策士聖の上司を紹介しようか!」
僕は落ち込んだ雰囲気を払拭しようと高らかと宣言する。空気が読めないのか、ノリが悪いのか誰も気遣いを生かそうとする者はいない。
「えっとー。まあ、あれですね。局長です」
「まああんたの考察聞けば、その結論に着くでしょうね」
予想外なことに一同は驚きを見せなかった。
「あ、そう…。一応すれ違いの無いように説明するけどさ、この部隊を作り上げたのは聖じゃない。今の局長が裏で聖を操っていたって感じだね。優秀な人間だけを集めた部隊が二年も成果を出せないってのは、幾ら聖が無能なふりをしていても無理だ。確か、我が部隊の上司である防衛省が内閣へ申請して、許可が下りないと軍の増設は無理なんだよね?」
「ええ。別に他の部隊が新部隊を作ろうって提案出来るけど、提案しても予算がどうのとか誰が指揮を執るだとか、自分の戦績はこうだからこの役職に就くとか色々と細かいことを全部決めて、それを各省に提出した後で、どこかの省が挙手をしないといけないの」
「つまり、部隊について…細かく言えば経営なども含めて、熟知していなければ提案は出来ない。新部隊の提案をするってのはかなり力が必要になるってわけだ。僕は局長について全く興味が無かったけど、ここ三か月見ただけで彼の舵取りの上手さが理解できた。数々の事件、調査、会議…どれを見ていても秀でていた」
そこまで言うと、有紗の秘密が気になって仕方ないという顔をした凪が僕の方を向いて反論をぶつけた。
「ですが…僕と話している時の聖さんも、かなり饒舌…というべきなのでしょうか…いえ、その当時はとても賢い方だなと…。言葉選びもそうですが、身のこなしや他人への接し方など、まだお兄さんと呼べる歳なのに大人びているなと思ったんです」
「確かに、彼は落ち着いていて余裕があるよな。分かるよ。でもそれは自分が相手よりも優位に立っていると知っているからだ。僕らとの戦闘中、追い込まれる度に挑発を繰り返したりしていたよ。極めつけは、寄せ集めの社会不適合者共がって叫んだやつかな。あれ本音だったよね」
聖の顔面を凝視するも、さあねと微笑するだけで目立った仕草は見せなかった。
「それが僕の仮説を生んだきっかけだったんだよ。寄せ集めって、色んな所からわざと引っ張ってきたみたいな言い方じゃないか。他の部隊のことは詳しく知らないけど、もしも隊員が全員誰かに引き抜かれるという制度ならそんな言い方しないだろうし、僕らは全国放送で戦果不十分ってことは大衆に認知されているんだから、ぽっとでの新米がとかこれまで再開の部隊がーとかさ、色々あるよねって話」
「そ…そうですか…」
凪はそれ以上突っ込んでこなかった。他に意見があるかと皆に聞くも、誰も口を開こうとするものはいなかった。つまりそれは、これまでの推理に、誰の視点から見ても妙な点は無く完璧であるということを意味している。
「さて、これまでの経緯は分かってけど、局長の目的もタイムリミットも分からないままだ。もういつ爆発していたっておかしくないくらい、聖に足止めされてしまったし急がないとね」
僕らは澄んだ空気を小刻みに吸い込みながら歩みを進めた。負傷した兵を抱えながら歩く有紗と凪は勿論のこと、有栖と美萩の速度もかなり遅くなってしまっていた。普通、帰り道の方が短く感じるというものだが、今回ばかりは二倍もの時間が掛かっているように思えた。気付けばお日様も陽気に顔を出しており、雪に反射して眩しくなるくらいだった。眉に余計な力が入ることさえも嫌になる疲労を感じながら、やっとの思いでドラゴンの下へと辿り着いた。