シーズン1 第五章 誘拐事件三:隻腕のドラゴン
第五章 誘拐事件三:隻腕のドラゴン
美萩と有栖のドラゴンが回復していることを確認して上空へ羽ばたいた僕らは、避難指示の方法として、テレビ放送や携帯端末による緊急放送を行っただろうと推測していた。それを見て移動しているはずなので、彼らと合流すれば安全地帯が分かると判断する。皆が向かった先は東京方面だと推測して、閑散とした大空へ羽ばたいた。人混みに代わって大粒の雪が空を埋め、少しだけ冷たいと感じた。
「それで、続きを聞かせてもらおうかな」
「分かりました」
凪は順を追って説明をしますと前置きして話し始める。
「局長は、理由は詳しく話しませんでしたが僕ら四人をランチに誘ってくれました」
そこで美萩が補足を加える。
「当時の局長は若い二十代くらいの青年だったわ。今年の一月頭から冬馬の知ってる局長に変わったの」
「その局長が交代した理由は知ってるのか?」
「通達では、成果不十分ね」
交流戦の時に、これまで全くと言って良いほど功績を上げていないと教えてくれたことを思い出す。
「まあ。分からなくない理由だな。続けて」
「はい。局長は、栄治さんの部隊を筆頭に十五隊ほど編成してあると話していました。その時、姉さんを副長にすることも決まっていたそうです。姉さんは元々、科学特化の部隊でしたが魔法も器用に使えるということで、前の局長に引き抜かれたんです」
「凄いじゃないか」
美萩は鼻を鳴らす。いつも通りの照れ隠しを眺めていると、睨みつけられたので目を逸らす。
「何でも、姉さんの部隊は他とは違う隊にしたいと言ってました。あの人は、建前と本音の使い方が上手でしたので言うことの半分は信用してませんでしたが…」
「他とは違う隊にしたいその目的が不明だからな……。その前の局長と連絡はとれないのか?」
そう言うと、凪と有紗は目を合わせて、何か共通の事柄を確かめてから頷いた。
「本当は……本当は誰にも話すなと言われていたんですが…」
「凪君…話すしかないよ」
有紗は、ここへきて暴露することを渋ってしまう凪の背中を優しく押した。凪はもう一度有紗へ頷いてから続きを離した。
「局長はそのランチの日から、主に僕と連絡を取り合っていました。合同部隊はもう一つ科学の進歩が足りないと常々口にしていました。そこで僕の高専での研究に目を止めてくれたんです」
「君は確かまだ十九歳だったよね?」
「はい」
「つまり、十六の時から研究熱心に取り組んでいて、軍の局長に目を付けられるほど優秀だったのか?」
不可解だと表情に出してしまう。
「何よ。弟の成績が不相応とでも?」
「凪くんは優秀と聞いてますよ。実際の成績表も申し分ないです」
美萩と有栖のダブルパンチを喰らいつつも、僕は頭に引っかかる疑問を正直にぶつけた。
「高専って、大学と高校を一緒にやっちまおうっていう学校だろ?確かに、賢い人が行くイメージは強いけど、研究とか本格的にするようなところなのか?」
凪は謙遜も込めて否定する。
「正しくは、高校と専門学校を一緒にやるんです。冬馬さんの言いたいことは分かりますよ。だったら尚更そんな深く研究なんてやるのかって感じですよね。実際その通りで、僕はインターネットについて表面だけ触れたような研究をしていました。まだ高校二年生でしたので、三年生、四年生またはその先を見据えただけのお試し研究でした」
「そんなお試し研究に局長が興味を持つっておかしいぞ。高専に知り合いが一人だけいたんだが、最初の方は先生に従って手を動かすくらいって言ってたくらいだから」
弟の功績を否定したように捉えてしまったのか、美萩は隙ありとばかりに僕の言葉に被せながら嫌味を飛ばした。
「あんたに友人がいたのね」
「知り合いって言っただろ」
抜かりない美萩の攻撃にため息が出る。盛はこの女のどこに尊敬を抱いていたのだろうか。
「えっと…凪くんの話を聞きましょうよ」
糸の張ったような空気が出来つつあり、有紗が場を保とうと気を配っているのが分かった。
「ごめんね。大人げなかったな」
美萩ではなく、あくまでも有紗に謝罪をする。
「そうね…ごめんなさい。冬馬も」
明日は嵐だろうか。美萩の謝罪は、僕の喪服に気付いたあの日以来だった。あっけらかんとする僕を見て小さな声で照れくさそうに、何とか言いなさいよと漏らした。
「あ、ああ…。いいんだ」
「隊長も冬馬さんも、盛さんの死で心が乱れてるの。二人とも、許してあげて」
隊で最年少の有栖が一番大人な対応をしていた。僕と美萩は有栖にも一言謝罪する。
「謝ってばかりだからマイナスな気持ちになるんです。感謝を伝えてください」
有栖の至極真っ当な説教に、僕ら二人で咄嗟に謝罪の言葉が出てしまう。
「あ」
二人で同じことに気付いて慌てて訂正する。その様子を見た三人は、面白いコントを見ているように笑い合っていた。
「では、続けましょう」
凪は先ほどよりも幾分か緊張の解けた声で話を再開した。
「局長は僕と研究を重ねるために一年半ほど前まで顔を合わせていました。多い時は二月に一度のペースで会ってました。互いに多忙な時はもっと期間が開いてしまっていましたが」
「局長は私たちには何も言ってなかったわね」
「うん。姉ちゃんたちにもそうだけど、このことは誰にも何も言うなって口止めされてたんだ」
「いかにもって感じになってきたな」
十六にして軍に協力を依頼されている高専生など、ニュースで取り上げて良いほど素晴らしいことのはずなのに、家族にも話してはいけないというのは奇妙である。
「冬馬さんはやはり、元局長が怪しいと?」
有栖が言う。
「ああ。元局長もそうだけど、現局長も引継ぎを経ているはずだから彼も怪しい。僕の知ってる局長が猫を被っていただなんて考えたくもないけどね…。彼にはお世話になったし」
「そうですね。私もあの局長のことは好きでしたから」
「そうね」
「ここ一年半ほどは先に言った通り、通話でのやり取りしかしてませんでした。研究のことも顔を合わせなくなってからぱったりで、ついこの前久しぶりにその話題が上がったんです。ネットの件が魔法区の過激派に反感を買っている…的なことを慌てた様子で話してました」
魔法区の過激派は、科学の普及に反対意見を示している危険思想の集団だと覚えていた。科学が普及すれば、人々の持つチャクラエネルギーが退化し、人々が怠惰になっていくという考え方を主軸としている。科学専攻だった美萩の前でうっかりと、一理あると呟いてしまって尻を蹴られた記憶が蘇る。
「あ、あああの危ない思想のあの人たちね」
「僕らの研究データを破壊しようとする人間が、姉さんのいる合同部隊に紛れている可能性が高いと言ってました。それで彼は、情報漏れを懸念して姉さんの隊だけが僕らと接触する機会をどうにかして作ると」
インターネットの研究についての疑問を無視すれば辻褄の合う話ではあった。魔法区域の人々が科学技術の進歩に対して非協力的であることは昔からそうであるようだし、テロに近い事件を起こしたという文献も読んだことがあった。それに、魔法による無線も、作戦遂行中の長時間にわたりチャクラを消費し続けるという問題を指摘されている。携帯端末やテレビに関してもほとんどは無線と同じシステムで繋がっており、インターネットという概念は重宝されているようなことを聞いていた。
「うーむ。もっとちゃんと局長の話を聞いておけばよかったな」
「講習会なんてくだらないとか言ってるのが悪いのよ」
他にも詳しいことを講義していたような気もするが、思い出せなかったので諦めてしまうことにした。
新潟県と群馬県の境である三国峠を見下ろす頃、局長の話題について美萩と有栖の知らないエピソードが多量に存在しており、中々先に進まないことにストレス感じ始めていた。凪からは簡潔に話そうと努めているのが伝わっていた。しかし、ワンシーンを何度も振り返る長寿アニメのように、互いに質問を飛ばし合い欠けた情報を補い合う作業は多くの時間を消費してしまう。これからは質問を後回しにしようと僕が提案し、美萩と有栖は賛成した。こうしてようやく話が前進しようとしているところに、もう何度目か分からないトラブルが舞い込んだ。
「お前たち!」
斜め後ろ方向から、耳障りな漢らしい叫び声が響いた。振り返ると、いじけてどこかへ消えてしまっていた栄治の姿があった。普段ならその傲慢で横柄な態度も無視できるが、今回ばかりは文句を言わずにはいられない。大切な友人が死んだのだ。こいつさえいれば、盛は死なずに済んだかもしれないのだ。
「お前…今まで何やってたんだ」
僕の声帯が普段よりも深く、重く震えていたような気がする。僕の本気の怒りを悟った美萩と有栖は、若干の恐怖を感じているのか顎を引いて静かにしていた。恐らくこの世界に来てから初めての感情だった。生涯で二度と無いと思えるほどの怒りが、足の先からふつふつと湧き出ている。
「そんなことより」
栄治の言葉に被せて怒鳴った。
「そんなこと!?お前がいじけてどっかに行ってなければ盛は死ななかったかもしれないのに!そんなことだと!?」
僕の絶叫を聞いた栄治は、まさかと呟きながら盛の姿が見えないことを確認する。
「美萩…有栖…冬馬……」
有紗と凪に目を移し、最後に帽子の男を見た時に眉をしかめたのが分かった。
「その男…」
「この男に…こいつに襲われて…盛は僕たちを助けるために死んだ…!」
栄治は責任を感じたのか、はたまた現実から目を背けているのか、僕を見ずに下を向いたまま歯を食いしばった。
「そうか」
そんな栄治の情けない姿に、脳血管の一つが切れたような感覚がした。
「そうかじゃねえよ…。お前ここの隊長なんだろ!?給料もみんなより高く貰って、上手く行けば昇格して前線から真っ先に離れるような立場にいるくせに!胡坐かいてんじゃねえよ!」
栄治は顔を上げて反論しようとしたが、それよりも早く美萩のドラゴンが衝撃と共に血しぶきを吹き、悲鳴を上げて急降下した。雪と共に落下していく彼女らを助けるべく真っ先に動いたのは栄治だった。手綱を引くと、彼のドラゴンは羽を地面に垂直にして脱力し、重力に身を任せる。対して美萩のドラゴンは、バランスを失ってしまったことでパニックになっておりバタバタと羽を不規則に動かしていた。美萩の魔法コントロールが乱れて、帽子の男は宙に放り出されてしまう。一方美萩は手綱にしがみつくので精一杯といった様子だった。
「捕まっててください!」
有栖の忠告を脳が処理するよりも早くドラゴンが八十度ほど右に旋回して上半身だけが置いて行かれそうになる。ドラゴンと接していない部分は普通に重力の影響を受けるため、油断は出来ないということを思い知らされた。帽子の男を確保すべく巨大な大木に向かって一直線に進み、あと少しのところまで近づいたところで男の姿が消えた。有栖は咄嗟に手綱を引っ張って、細かい枝を吹き飛ばしながら大木と並行して空へ昇る。上空では、緑のローブに赤マントといった悪趣味な服装の、ざっと見渡して十人ほどが僕らを取り囲むように待機していた。ボスの趣味なのか、皆一様に革で造られた烏天狗の面を被っている。驚くべきは、警官や軍用の青色のドラゴンに乗っているということだ。異様な光景に言葉が出ない有栖だったが、敵意を本能で感じ取ったのか徐に武器を取り出す。
「こんなにも行政機関に裏切り者がいるなんて」
「同感だな」
面の一人が大事そうに帽子の男をドラゴンに座らせてパントマイムを始めた。
「まさか…」
有栖はその様子を見ているだけで、無謀に敵へ突っ込んでいこうとはしなかった。結を終えると男は目を覚まし、状況を整理するように辺りを見渡す。そうかと独りで呟いてから甲高い口笛を吹いた。峠の中から一体のドラゴンが出現する。彼のドラゴンは雪崩の中に置いてきたはずだが、まだ別のドラゴンを飼っていたのだろうか。
「そっちは替えが無くて苦労してそうですね」
男は目覚めが良さそうにいきいきと挑発してくる。
「グッドモーニングクソ野郎」
男は僕の返しに不敵に微笑むと、急上昇して結を始めた。
「盛さんの呪文はやっぱり強力でしたね…。彼のせいで計画が押してるので、次は冬馬さんを力づくで貰っていきますよ」
「さっきもそうだったろうに」
有栖は僕が会話をしている間に栄治と無線で連絡を取り合っていた。有栖の安堵する溜め息で美萩が無事に救出されたことを察する。帽子の男も栄治の方を見てから指示を飛ばした。
「全員逃がすな!何としてでもここで仕留めろ!手前にいる一番可愛い青年は残して置けよ」
つぶらな瞳で僕の目を見つめて余計な一言を加える。背中にサブイボとやらが生えて身震いした。
「済まないね。ボスの命令なんだ」
「主犯はお前じゃないのかよ」
「ああ。もっと上の存在だよ」
僕らでは敵うまいと余裕の表情をしていた。特別に訓練された青色のドラゴンを何体も所持しており、難なく僕らの部隊へ潜入できる人材を用意できる人物など、本部の人間以外に有り得ない。主犯は元局長か、防衛省か、それ以上だと内閣にまで上ってしまう。全部隊の指揮を執る内閣にまで腐敗した根が浸透していれば僕らの隊だけでどうにかなる問題ではなかった。
「有栖…ここを突破しても…」
絶望が芯を伝い気力が失せていくのが分かる。魔法も銃も扱えない僕ではそもそもここにいても仕方ないのだ。盛の守った命を無駄にしたくないという感情だけが、論理的思考を無視して全身を駆け巡っていた。そして、プロポーズをした時のように行動力が先走り、こうなれば良いという希望だけを頼りに言葉を発する。
「僕が大人しく君に捕まれば……みんなを無傷で返してくれるか」
翼が空を切る音だけが規則正しく雪山に鳴り響く。後ろで戦闘態勢を整えているはずの美萩も言葉を発しない。前に座る有栖も言うこと無しという具合に静寂に身を任せていた。帽子の男は僕らの様子を楽しむようにニタニタと笑いながら動こうとしない。重い空気が流れる中、口火を切ったのは隊長の栄治だった。いつになくどすの効いた声で、何より、頼もしいと思えるほどの落ち着き払った話し方だった。
「いいか冬馬、よく聴いてくれ。俺はお前たちと口論になってから頭を冷やしてた。すぐに頭に血が上るのは俺の悪い癖だ…自分で理解出来ている。そういう時、解決法として自分なりのやり方があるんだ。恥ずかしくて黙ってたが、勘違いさせてしまったようで悪いと思っている。それから盛のことも申し訳なかった。実は、盛に頼まれてあることをしてたんだ」
僕らは静かに栄治の声に耳を傾けていた。僕らと無線を繋いでいない敵軍は、暇そうに待機している。
「おいおいコソコソと作戦会議ですか?こざかしい真似が得意なのが、魔法科学なんちゃら部隊の特性ですもんね」
男の挑発に乗るように栄治は無線を切って僕らに近付くと、大声を張って全員に向けて話し始めた。
「お前が盛を殺した奴だな!」
面の集団は攻撃が来るのかと身構える。そんな敵を軽く笑い飛ばしてみせた。
「僕が殺したというのは間違ってますね。勝手に死んだんですよ」
「まあ何でもいい!盛が最後の力で残した遺言をお前たちに伝えてやる!正直…この目で冬馬たちを見るまでは盛が死んだとは思いたくなかったんだがな…!」
「うっさいおっさんですね…」
栄治は僕らの前に出てドラゴンの上で仁王立ちを決めると、僕らを見下ろしている帽子の男に向かって人差し指をさして宣言した。
「冬馬も然り。この場にいる全員を生還させる……!俺はこの隊の隊長として、全員を無事に生還させる責務がある…!そして未だ混乱に晒される市民を安心させる義務がある!」
栄治の宣戦布告に呼応するように重たい灰色の雲が避け、周囲に漂っていたよどんだ空気が晴れた。僕らの絶望を一周する演説に、美萩と有栖の背中にも力が込められていく。背中越しに覚悟が伝わってくる。
「凪と有紗ちゃんを守らないとね。冬馬も守って見せるわ」
栄治の後ろで銃を構えた美萩がこちらを振り返って笑った。有栖も同じように僕を見てからレイピアを握りしめた。
「冬馬の覚悟は全員に伝わった。お前は昔の自分を責めているような話し方をする時がある。過去の過ちを見つめ直すのはいいことだ。でも、お前の心の中はまだ未熟で色々な渦で出来てる。だけどな、その渦の真ん中には、誰よりも優しい漢が陣取ってるはずだ。お前のやり口とか、上っ面を作った感じとか凄い気に食わないが…嫌いじゃない」
栄治の言葉の直後、有栖はリズムを刻むように口笛を鳴らしながら手綱を叩いてドラゴンに合図を出す。その意図は不明だったが、ドラゴンはちゃんと理解したようで低く唸りだした。吐息に黒煙が伴うようになり、火の粉が風に吹かれて消えていくのが見えた。ドラゴン用の肉体強化術なのだろうか。
「こいつら火を噴けるんだね。肉体強化の魔法と同じ感じなのか?」
「そうですけど。ちょっと、呑気なことは後で言ってくださいよ」
有栖が珍しく僕をしかる。それから声のトーンを落として続けた。
「冬馬さん。ごめんなさい。すぐにダメだって言えなくて」
言葉足らずではあるものの、言わんとしていることは理解できた。僕が身を差し出した際に何も言えなくなってしまったのを悔いている。僕はそれを責める気は毛頭無かった。
「いいんだ。有紗も居たんだし」
「本当に」
「感謝をしなさい。そう言ったよね」
有栖は表情を変えずに頷いた。太陽の光が、風になびく長い黒髪の合間を縫って差し込んだ。彼女の瞳は十分すぎるほど希望に満ちているように輝いていて、天使が舞い降りたと錯覚しそうなほどに美しかった。
「じゃあ。姿勢を低くして。捕まっていて下さい。男の狙いは冬馬さんですから」
有栖は、僕が乗馬の体制に移ったのを確認してから前を向き、同様に前傾姿勢になった。普段は地雷メイクのきつい少女だが、いざとなるとさながらヴァルキリーへと変貌する。その彼女のギャップに虜になりそうだ。吊り橋効果というやつだろうかと雑念に囚われていると、有栖は僕の心情を悟ったのか再び忠告してきた。
「煩悩を感じますね」
「いや、気のせいだ」
「そうですか」
その言葉は風に飛ばされる。有栖が手綱を叩くと凄まじい速度で弧を描くように回転し、後ろで身構えていた面の集団に向かって突撃した。訓練を積んでいない僕が酔わないのは有栖の魔法のお陰だった。しっかりと周囲の動きを捉えており、有栖の死角をサポートするくらいの余裕はある。
「後ろは任せろ!」
余計なお世話と言わんばかりに、有栖は早速一人目を目掛けて突撃した。狙われた敵はすかさずドラゴンを盾にするように操り、有栖の一突きは大きな首元に突き刺さる。惜しくも操縦者に届かず一度後退しようとするも、痛みを与えた僕らを天敵と認識したのか、深手を負ったはずのドラゴンは大量の血液を噴射しながら反撃を開始した。こちらの方も負けじと爪を立てて反撃するも、横から迫るもう一体に対応しきれずに脇腹を爪で抉られてしまう。
「止血するので、少し無防備になります!」
有栖は爆発魔法を唱えて二体を遠ざけ、レイピアを宙に収めてから両手で結を始めた。手綱からの指令を失ったドラゴンは静かにその場に佇んでしまう。抜かりない調教がここで仇となった。完全に制止したドラゴンは防衛本能も機能していない。
「動かなくなったぞ!」
「日頃の躾が良すぎるのも考え物ですね。盛さんのやり方を学んでおくべきでした」
そういえば彼の個体は盛が細かく手綱を引かなくとも機敏に動けていたと思い出す。そこで、僕も戦力となるべく隊員にとある提案を持ち掛けた。
「みんな聞こえるか!」
僕らよりも少し上空で五体をまとめて相手にする美萩と栄治からの返事を待つ。栄治と美萩のコンビネーションによって一体を撃墜した直後、美萩が返事をした。
「隊長に代わって私が聞くわ!なんか作戦でもあんの!?」
縦横無尽に飛び回るドラゴンから美萩の絶叫が聞こえる。僕らも方も、未だ有栖による結が行われている途中だというのに敵が迫ってきていた。
「お互いに忙しいからイエスかノーで答えてくれよ!」
「さっさとしなさい!」
「もし、盛のドラゴンが生きてたらこっちへ呼べるか!」
美萩は少し間を置いてから、自信の無い声でイエスと答えた。出来るなら確実にやってもらわないと困る。
「呼べるのか!?」
再度念を押すように尋ねると、今度ははっきりと叫んだ。
「イエス!」
「じゃあよろしく!」
そこで互いに話すのをやめて、眼前に迫る敵へと集中した。有栖の一撃を喰らったドラゴンは無傷のドラゴンに遅れを取っている。先行する個体の操縦者は銃を構えているが、空中での射撃は美萩並の腕が無ければ当てることはほとんど不可能である。
一度、美萩に空中での銃撃戦のコツを聞いたことがあった。百発百中の美萩の銃理論はかなり感覚的なところがあったが、要約するとドラゴンの次の挙動に合わせてトリガーを引いているということだった。
「有栖。口笛でもドラゴンは操れるか」
「口笛はこの子たちに細かい動作をさせる為の準備動作に過ぎないわ。人間が手足を動かすような細かい動きを、この子にこれからこうするから構えておいてって三半規管から直接脳へ訴えかけるものよ。だから、答えはノーね」
「じゃあ場所を交換しよう。僕がやる」
長らく盛の操縦を見ていたために、大まかな手綱の引き方は理解していた。ただ、理解しているだけであって実際にやれと言われたらそう上手くはいかないだろう。しかし、チームへ溶け込めていないベンチの選手が、怪我をしたレギュラーメンバーに代わって出場した時のように、多少ぎこちなくとも戦わなければならない。やらなければならない。
「大丈夫。命がかかってんだ。必死でやるよ。盛の時みたいに何もやらないで守られるだけじゃ無能な頭脳になってしまう」
有栖はいつもと変わらぬ声色で言葉を発する。
「ええ。そうかもしれないですね。ですが、魔法の解除は結無しで出来ますが発動は結が必要です。吹き飛ばされないようにしてください」
「それはお互い様だ」
二人で歩き回るには狭い背中を綱渡りの要領で移動して前後を入れ替えた。擦れた跡のある手綱を握ると、命が吹き込まれたようにドラゴンが大きく呼吸を始めた。僕を庇う頼もしい味方の背中は見えず、少し斜めに下がった首筋があるだけだった。隆々しく浮かび上がった竜鱗が乗る者を守護するかのようで、右から左にかけて大きく裂かれた古傷が一層ここに座ることの厳しさを物語っていた。普段は飛べる車だとしか思っていなかったが、みんなが楽しそうに世話をする理由をようやく理解した。眼前にはもうすぐそこへと敵が迫っている。敵のドラゴンも愛されて育たれてきたのだろうか。苦楽を共にしながら成長してきたのだろうか。
「敵ですよ。相手が人間だろうとドラゴンだろうと、彼らは私たちと私の大事なこの子の命を奪おうとする敵です」
「そのエスパー時々怖いよ…じゃあ、結を間に合わせてくれよ」
有栖の言葉を重く受け止める。深呼吸をして、殺す覚悟を決めた。
敵が私と同様の腕でも私が負けることは無い。そう豪語した美萩のどや顔を思い出す。銃は反動で上に跳ねることは必然で、それを抑えるには力を下に加える必要がある。ドラゴンは機械ではないので、飛行を続けるには必ず翼を上下に羽ばたかせることが必須。つまり、ドラゴンは常に上下に揺れているということで、銃の反動制御が楽なのはドラゴンが下揺れをして重力が一緒にかかる時だということだ。そして、銃を撃つ予備動作。それは射撃の寸前、反動制御の為に必ず肩に力が入る。
「ここだ!」
思い切り手綱を右斜め横に叩いてドラゴンに急下降を命令する。銃弾が僕の耳元をかすめて後ろへ流れた。耳から血が流れ、少しタイミングが遅かったことに気が付くが有栖の生存を確認する余裕はない。魔法も無しに無茶な指令を出したために、革性の敷物から尻が離れて何とか足で鞍の引っかかりを捉えながら手綱にしがみついている状況だ。有栖は無事にドラゴンにしがみ付いているだろうかと不安に思いつつも、どうにかして手綱を引き挙げて上昇の指示を出そうと試みる。しかし、振り落とされないように手綱を握っているせいで、ドラゴンに合わせて手綱が緩んだり締まったりしており、意思を伝えるのは困難だった。山頂の険しい環境で育った逞しい木々に呑み込まれそうになる直前、背中が温かい感触に包まれて脇腹から腕が伸びた。雪のように白くも、内に秘めた逞しさが溢れる細い腕だ。赤いネイルが施された奇麗な指で手綱を何とか握りしめて、僕の体ごと一生懸命に持ち上げた。声帯がちぎれるのではないかという悲鳴を上げる有栖に、ドラゴンは正直に答えて羽を一振りする。ドラゴンの首の数倍はある大木をなぎ倒すほどの風圧を地面に叩きつけて、一瞬だけ停止してすぐに上昇を始めた。積もった雪が竜巻にまかれるように天に帰り、少ししてから地上を目指して二度目の落雪をする。絶体絶命のピンチを潜り抜けた僕らは無言で宙を漂っていた。背中で荒い呼吸を感じる。
「ちょっと!有栖が!有栖が!」
美萩の不安そうな声が耳をつんざく。無線からの音声は調節される仕組みなので、美萩は文字通り耳元で叫んでいたのだ。いつの間にか栄治と美萩のテリトリーに入り込み、再び囲まれる形となった。
「有栖も僕も、ほら、御覧の通り無事だよ。ドラゴンもね。それより結構人数削ったね」
帽子の男を抜いた十の敵は六にまで減っており、栄治と美萩を相手にしていた方は息切れをしていた。こちらは二体のうち一体に深手を負わせただけという悔しい結果である。
「国で一番強い部隊の隊長と副隊長を舐めるなよ」
栄治が勇ましく言い放つと同時に、僕はある疑問を口に出した。
「凪と有紗ちゃんがいない」
「大丈夫よ。私が遠くへ移動させておいたわ。こっちへ向かってたあの子と凪たちを魔法で入れ替えたのよ」
指をさした方角を見ると、敵陣の外で大量の血を流しながら空を舞う一体のドラゴンがいた。巨体に見合わない小さな腕の右側を失っており、羽には無数の木の枝が突き刺さっている。胴体には見るに堪えない痛々しい切り傷が幾つもできていた。
「盛のドラゴン…」
変わり果てたその姿に胸を締め付けられる。盛が僕の運搬役だった。毎日のようにその背中に跨り、数多の風を切った。そんな勇ましい盛のドラゴンが今にも死にそうなほどに衰弱している。
「あの傷の治療は、盛さんでないと無理です」
有栖は淡々と残念な知らせを告げる。
「つまり、もう長くは無いってことだね」
「あの出血では、今を生きるのに精一杯なはずです」
有栖のドラゴンの脇腹を見ると、傷は残っているものの血流は止まっていた。
「有栖のドラゴンが無事ならとりあえずはいいさ」
次の攻撃に備える僕らは、ほとんど再起不能のドラゴンに構っている余裕など無かった。敵の一人に僕らが孤立したドラゴンの会話をしているのを察知され、弱り切った体に容赦なく火の玉を撃ち込んだ。
「やめろ!」
僕の叫びも虚しくドラゴンへ直撃し、黒い煙を上げている。しかし、ドラゴンは微動だにせずこちらを見つめていた。僕の目を凝視しているのが分かった。
「美萩。僕を魔法であっちへワープさせられるか」
「私は物と物を入れ替えることは出来るけど、それ以外は出来ないわ。それに言っとくけど、チャクラをめちゃくちゃ消費するのよ」
「俺に任せろ」
栄治はそう言い終わる前に結を行う。攻撃が来ると判断した敵の集団は、息を合わせて遠距離の魔法を放つ。四方八方から放たれる魔法の玉を迎え撃つべく、有栖はドラゴンから飛び降りて空中浮遊を始めた。同時に美萩も宙を舞い、トリガーを引く。三発を有栖がレイピアをかざして相殺し、もう三発を美萩が銃弾に魔力を込めて相殺した。天才にしか成し得ない神業を二人でやってのけ、敵はあからさまに動揺していた。
「どう?私もこんな奴らの魔法なら打ち消せるようになったわよ」
空中で有栖に並んだ美萩は、張り合うように有栖の腕を小突く。
「痛いです」
有栖は冷徹にそう言ってから、すとんとドラゴンの頭に着地した。
「ったく、私には厳しいんだから」
美萩も栄治の元へと戻る。
「そろそろ来るわよ。冬馬は飛び乗る準備をしなさい」
「え?」
美萩が耳を疑うような言葉を口にした直後、盛のドラゴンは引力に吸われるようにこちらへ向かってくる。
「うおおお?!」
かなりの速度で近づいてくるため、衝突するのではないかという恐怖に、美萩の言葉通り身構えた。ふと、背中を押されて体が足場を失って空を蹴っている感覚に陥った。下を見ると逞しい背中は消えており、代わりに彼方に大木の先っぽが伺える。
「有栖さああああん?!」
有栖に押し飛ばされたことを理解して助けを求めるも、有栖はそっぽを向いてしまっている。策があるのだと信じて目を瞑ると、何度も味わった硬い革の感触が腹部に伝わった。瞼を開けると、そこには傷だらけの体で飛行するドラゴンの背中があった。満身創痍を感じさせない、威風にみちた歴戦の竜の如く大きく翼を広げている。盛の無表情が乗り移ったかのような顔つきでこちらを見ていた。まるで、盛の仇を討つと訴えかけるように力強い眼差しだ。
「分かった。やろう。でも、あの帽子の男は生け捕りだ」
僕の言葉に呼応して、流血する口から黒煙が吹き出て火の粉が舞う。僕は前席へと移動して手綱を掴んだ。
「そんなドラゴンで何が出来るのです?いい加減降参してくれれば楽なんですけどね」
ほくろの男は僕の方まで聞こえるように大声で挑発すると、日本刀のような長身の刃を備えた武器を取り出した。戦闘の中で僕らの覇気が増しているのを感じ取ったのか、いよいよ指揮者が身を乗り出す。
「俺の固有魔法、ワープを楽しんでくれたかな」
栄治が敵陣の真ん中で二丁目の銃を構えながら言った。
「ところで冬馬、作戦はあるか」
「あるよ」
そう答えると、そうかと呟いて両手に持った銃の安全装置を外した。
「死ぬ間際、盛から託されたことがあった。あの男の面を取れ。そう言われた」
「それは、つまり…?」
「恐らく、魔法で整形してあるってことだ」
そこで僕はとある仮説が浮かんだ。
「魔法の整形って、確か幻影魔法の応用だよね。交流戦の一試合目で敵が使った影分身のやつを、顔にだけ焦点を当ててるって認識で合ってるかな」
「そうだ。だから幻影魔法を無力化すればやつの面は剥がれる」
「なら、私がやります」
有栖と美萩が同時に志願するが、有栖の有無も言わせぬ一声で美萩は引き下がった。
「私、失敗したこと無いです」
美萩が黙ったことで勝負あった。
「美萩は俺と雑魚狩りだな」
栄治は笑いながら美萩を慰めてからドラゴンの上で身体強化を始める。
「俺が前で、お前は後方支援だ。冬馬は無理に戦闘しなくていい。盛のドラゴンなら自分の意思で動けるから下手な操縦も要らない」
ストレートな戦力外通告にショックを受けつつも、自分のやるべきことは明確であると理解して前向きな返事を返す。
「アイアイキャプテン」
僕の仕事はこの隊の頭脳であること。彼らが苦戦を強いられた時、捜査に行き詰った時にようやく能力を発揮する影の存在。それが僕の本来のあり方なはずだ。犯罪抑制効果を期待して、隊の名を馳せるために僕の功績を大々的にメディアに取り上げさせていたことで忘れてしまっていた。
前の世界では他人を見下してばかりだったが、この世界へきて以来、人には向き不向きがあるのだと思うようになっていた。僕は相手の気持ちを読み取ることが得意で操れるほどの心理術を持ち合わせている。その反面、人との関わり合いで素直になることが出来なかった。何かにつけて、本心はこうだ裏の顔がどうだと詮索ばかりしていたのだ。僕に友人がいなかったのは両親のせいではなかったのではないかと考えるようになっていた。僕は信念というものを持っていない。親のせいで、祖父母のせいでと言ってばかりで自分がどうしたいかを口にしたことは一度たりともない。そんな僕でも、この世界で運良く能力を認めてもらい、遺憾なく実力を発揮できる場所に就いた。そして、友人がいて上司もいるというありふれた幸せの中に居場所があった。その居場所を守りたいという気持ちの高まりは、日々の生活の中で芽生えていた小さな苗木が、盛の死をきっかけに急成長した感覚だった。
「僕はここにいる全員を生還させる。その責務があるからね」
栄治は上を見上げながら漢らしく笑う。
「あんたらしいわ」
美萩が百年に一度の優しい声を漏らした。澄まし顔の有栖はレイピアを握り直して気持ちを表している。
「さて、そちらも準備万端のようですね」
ほくろの男は刀に魔法を込めて武器の強化を図っていた。漫画で見る妖刀のように、刀身からは紫の靄が漏れ出す。僕と同じくらいの身の細さとは思えないほどに、重いはずの刀を縦横無尽に振り回して威嚇して見せた。
「相手は僕らに勝つ自信があるんだ。有栖一人で化けの皮を剝がすのは難しい。先ずは周りの雑魚からやるんだ!」
「了解!」
全員が同時に返答する。円形に陣を描く六人に対し、日本軍最強の三人が雄叫びを上げながら突撃する。
「君たちは目当ての僕を最後に残すみたいだけど、僕は好物を先に食すタイプなんだよね!」
ほくろの男は高らかと宣言して少し離れた僕の方へ直行してくる。敵意を察知した隻腕のドラゴンは火の粉を散らして深呼吸をした。そして、敵が眼前まで迫った頃、大きく咆哮してその前進を怯ませてから操縦者へ向かって牙を向けた。すかさず手綱を引いて回避したが、大きく崩れた体勢を整えるため一瞬の隙が生じる。それを見逃さずに左腕で帽子の男を引っ搔こうと試みるも、これもあと一歩のところで逃してしまう。
「冬馬さん。大丈夫ですか」
「時間は稼ぐから、先にそっちを何とかした方がいい。僕は殺されないからね」
「これまでの事件のように、そう簡単にはいきませんよ」
ほくろの男は余裕の笑みを崩さない。
「お前さ、どうしてそんなに僕が欲しいんだ」
「お前…はちょっと嫌です。僕は今、聖という名前があるので」
「どうせ偽名なんだから何でもいいじゃないか」
「これから仲良くなるんですよ?名前くらい今から呼び合っておかないとでしょう」
「質問の答えがまだだけど」
「そうですね。簡単に言えば、君の頭脳は厄介で必要だからです」
聖はそう言うと右手で結を始めた。自分自身に攻撃手段が無い僕は、器用に聖の結を解くことは出来ない。手綱を叩いて進めの合図を送ると、こちらの意図を汲み取ったのか大きく旋回した。敵の横腹を突く位置に出ると、身を大きく翻して後足で聖を狙う。僕は何とか手綱に腕を絡めて落下を防ぐ。やっとの思いで聖へ目を移すと彼の悶絶する姿が見えた。聖のドラゴンは一度距離を取るべく下降すると、血液が宙に置いて行かれていた。聖の右腕は深く抉れており早急に治療が必要な状態であった。
「……」
人に危害を加えてよしとは何事だろうかという罪悪感と、敵のボスであり盛の仇である聖へ深手を負わせたことに喜びも感じていた。しかし、今は感情の波に吞まれている場合ではないと自分をしっ咤する。
「有栖!こっちへ来れるか!」
「行ってこい!」
栄治の指示により、有栖が混戦の中を離脱してこちらへ移動する。
「相手は聖と名乗った。心当たりはあるか」
「いいえ。ないです」
「そうか。聖の右腕は高レベルの治癒魔法でないと回復困難な状態だ。刀を左手に持っていたから利き手ではないだろうけど、結を行うか刀を振るかのどちらかしか出来ないと思う。今がチャンスだ」
「分かりました」
有栖の地声が聞こえるくらいまで接近したのを確認し、下を指さす。
「あれだ」
有栖は聖を視認すると一秒も無駄にはしないと言うように急下降する。それを見ながら、有栖をどうサポートしようかと考えを巡らせていると、美萩から助けを求める声が聞こえた。
「二人じゃ捌ききれないわ!こいつらちょっと強いわ!冬馬こっちへ!」
「行ってください」
有栖は墜落した聖へ突進しながら冷静に呟いた。
「気を付けて」
その言葉が届いたかは定かでは無かった。僕の心配と同時にドラゴンの悲鳴が山に反響して周囲一帯に轟いた。雪が煙のように舞い上がっていて、二人の様子を伺うことは難しい。仕方なく、有栖の無事を信じて美萩の救助へと向かうことを決意する。
「行こう」
手綱を振らなくとも僕の意思は伝わった。ドラゴンは力強く、有栖が来た空路を進んだ。美萩と栄治が、二体のドラゴンとその操縦者の心臓を撃ち抜いたのが見える。美萩はリロードを挟もうとするも、面の一人の魔法が右腕に直撃した拍子に銃を手放してしまう。その右腕からは充血した赤い斑点模様が浮かび上がっている。栄治の後ろで、悲鳴も漏らさずに渋い顔をする。痛むはずの腕を動かしながら両手で結を行おうと試みるも、そうはさせまいと別の烏天狗が二人の上空から銃を構えた。
「あの上のやつを狙う!」
僕はそう叫んでから手綱にがっちり捕まると、一気に加速して、銃を放つ前に体当たりに成功する。手負いの体には酷なやり方だったが、ドラゴンは顔をしかめることなく、狂ったように攻撃を続けた。敵のドラゴンは、首が裂けて両腕を嚙み千切られてから落下した。弱肉強食の、野生の世界を目の当たりにした僕は、散った肉片を目で追って気分が悪くなる。済んだ空気に酸っぱい嘔吐物が漂った。解剖生理学で見る肉塊とはまるで違う、臨場感のある死に、耐えることが出来なかった。美萩や栄治、有栖がこんな惨い死に方をする可能性があると考えるだけで胃が痛くなる。残りあと四人を、今のところ戦闘での活躍は薄い僕、美萩と、肩で息を繰り返す栄治の三人と二匹で退けなければならない。得意の策略を上手くはめる自信などほとんどなかった。しかし、やらなければやられるという緊張に、半ば強制的に突き動かされて行動に出る。