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一度唱えたら死ぬ呪文  作者: モノ創
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シーズン1 第四章 誘拐事件二:局長の行方

 第四章 誘拐事件二:局長の行方


 家族への聴取をしにわざわざ新潟まで遠出をしていたのが、突如として爆弾解除任務へと路線変更してしまった。誘拐の件も早急に解決しなければならないが、日本のあちこちでメルトダウンが起きてしまっては、誘拐犯逮捕などと言っている場合ではなくなる。

「満場一致で刈羽原発へ向かうということでいいな」

 栄治が玄関先で僕らの意見をまとめる。問題の有栖も、迷いなくテロを止めるという方針を採ってくれた。後はこの家族だ。

「お前は何を隠しているのかはっきり言ってみろ!」

「ちょっと落ち着いてください!あなたにも話すから、取り敢えず避難することが先でしょう!」

「お前…!有紗が新潟県内に捕らえられていたらどうする!?」

 はっとした表情で口元を抑え、最悪のシナリオを想像してしまったのか、激しく嗚咽を繰り返している。そんな母を見かねた有栖は静かに二人へ近づいて、蹲る母の方を摩りながら話した。

「大丈夫よ。私たちが有紗を見つけ出して、テロも止めて見せるわ。私は軍人だけど、あなたたちの娘であり、有紗の姉だわ。どれか一つを選ばなければならなくなった時、きっと私は論理的な考えは巡らない。浮かぶのは家族の笑顔だけよ」

 そう言ってから僕らの方を向いた。

「私は家族を、大切な家族を守るために軍に入りました。国民を平等に救わなければならない命を受けたけれど……私が家族を優先することをお許しください。皆さん」

 隊長は一歩前へ出て、ふざけるなという言葉の半分まで口に出したところで、美萩と盛が割って入った。

「ああ。問題ない」

「全然、問題ないわ」

 二人の一言で有栖は初めて笑顔を見せた。メイクのコンセプトとは真逆の天使のような笑顔だった。優しくも強い、覚悟を決めたような声色で、いつもより一段と声を張って言った。

「ありがとうございます」

 彼女の重圧に栄治も圧倒されてしまい、歯ぎしりをしながら下がった。

「クソッ」

 ぼそりとそう呟いたのが分かった。彼はどうしてこうも頑固なのだろうかと不思議に思っていると、そんな僕に気付いて八つ当たりを始める。

「お前もお前だ!勝手ばかりしやがって!誰も隊長の命令を聞こうともしない!」

 彼は右手で僕の胸倉を掴んで持ち上げると、左手に拳を作って力を込めた。

「ちょっと隊長!やめてください!」

 美萩が大声で注意をするも、白い雪の上で真っ赤に燃える彼には届かない。それを見た盛が力づくで引きはがそうと、魔法を使って栄治の右腕に光の玉をぶつける。

「この野郎…!」

 栄治は盛をぎろりと睨んで僕を突き飛ばす。運よく石畳を避けて柔らかい雪の上に尻を着いたため怪我を負うことは無かった。

「盛!その男頭いかれてる!」

 盛を助けるべく挑発するも、効き目は無い。盛は鋭い剣幕で迫る栄治を、恐れることなく仁王立ちしながら待っている。

「殴るなら殴ればいい。あなたが我々の隊長として相応しくないと改めて上に進言できる」

 盛が低い声で警告を発すると、栄治は少し躊躇って拳の力が緩んだ。

「有栖の両親の顔を見てたか?有栖の覚悟を感じたか?俺たちよりも先に、テロを止めようと発言した冬馬の勇気を認めたか?俺はお前を隊長として見ていない。今までは形だけでもと思っていたが、もう敬語も遣わないし、指示もいらない。正直、俺たちのチームには不十分だ」

 全員が盛の思い切った台詞に呆気に取られている。

「…そうか。なら勝手にしろ。俺は俺で好きなようにやる。家族を守るために」

 栄治は僕らを残して上空へ消えてしまった。美萩はこの場をどう収めようかと悩んでいるようだが、有栖が助け舟を出した。

「ごめんなさい。私の勝手で…」

「いいのよ。あなたの考えは間違っていない。どう考えても隊長がおかしいわ。さあ行きましょう。無駄な時間を使っちゃったから急がなきゃ」

 そこでとあることに気付いてしまう。

「詳細を知ってるのって隊長だよね……?」

 一同がっくりと肩を落とす。

「そういえば局長と連絡が付かないとか言って、一度本部へ戻っていたから遅れたって…」

 盛はそう言いながら無線という名の光の粒をいじる。

「駄目だ。局長と繋がらない」

「タイムリミットも、爆弾が原子炉のどこにあるのかも不明ってことね……」

「隊長を追うしかないのね」

 有栖が立ち上がって両親から離れようとするが、二人は有栖の腕を引っ張って引き寄せた。

 二人は有栖を囲うように抱きしめて涙を流す。先ほどまで怒鳴り合っていた夫婦が、娘を介して一つになる。不可視なはずの愛情がそこに実態として存在していた。その光景に羨ましさを覚えた。自分には与えられなかった世界で一つの、変えることのできないプレゼントだと思った。

「頼むから…無事でいてくれ」

「あなたまで失いたくないわ…」

 有栖は二人の胸に顔を埋めながら諭す。

「大丈夫。必ず姉妹そろって帰るから。もう行かせてちょうだい」

 ゆっくりと腕から離れて、名残惜しそうに両親から遠ざかる。そんな有栖を見た美萩が彼女の手を取る。

「有栖も、両親も必ず守るわ」

「さあ急ごう!」

 盛の気合の入った一声で僕らはドラゴンへ飛び乗り、普段の有栖を表現したかのような、白銀に染まる大きな家を後にした。上空では慌てふためいた人々がドラゴンで避難しており、流星群のように東京方面へと移動している。

「空はごった返していて危ないぞ!」

 このまま上昇すれば濁流に小石を投げ入れるのと同じことが起きかねないと判断した僕は、低空飛行を提案する。

「そうね。緊急時なら危険飛行も許容されるでしょうし、その手で行きましょう。ただし、器物破損は許されないかもしれないから、あと、人に当たらないように注意しなさい」

 美萩の忠告を受け止めて、僕らは下降しながら原子力発電所のある方角に舵を切った。普段の倍以上の速度で住宅街を抜けていく。魔法で風圧を受けないとはいえ、建物や電柱にぶつかったらひとたまりも無いだろう。風を切る音がより恐怖心を増幅させる。安全バーの無いジェットコースターに乗車したような気分だった。

「そんなに飛ばして、人がいたらどうするんだ」

「大丈夫だ。俺のドラゴンは無能じゃない」

 そう言った直後、ドラゴンが左へ曲がろうとする動作を急遽中断してひらりと上昇する。下を見ると、同じように低空飛行をしている老夫婦が、手を伸ばせば届きそうな距離感で通過していく。

「な。言ったろ」

 ドラゴンは再び高度を落としてから羽を大きく振り下ろして急発進した。

「冬馬さん的には、今回の事件どう思いますか」

 いつも通りの有栖の声が耳元で聞こえた。

「そうだな。栄治の話だけではなんともなぁ」

「具体的な情報を聞きそびれたわね。ったく、局長ってば、こんな時に何やってんのよ」

「それなんですけど、こんな日本を巻き込んだ緊急事態なわけですよね。なので、日本の戦力全てを動かすのではないかと思って、この部隊最上層部の防衛省へ連絡したんですけど、そちらも繋がりません。先ほど内閣にも連絡してみましたが応答は無し」

「なるほど」

 盛が悟ったように相槌を打つ。

「本部が隔離されたわね」

 僕だけがその意味を理解出来ずにいると、有栖が解説を加えてくれた。

「無線は相手方も魔法ダイヤルを設定していないと通信できないんです。ラジオの電波と同じ要領ですので、本部側のダイヤルがバグっている…つまり通信障害を発生させられると、向こう側からこちらのダイヤルへアクセスしてこないと通信できないんです」

 ドラゴンは何とか無事に住宅街を潜り抜け、大通りへと辿り着く。土地が高くなっており山道を走るのだと理解できた。

「じゃあ向こうからの連絡が来るまで詳細不明のままってことか」

「そういうことになります。暫く連絡が無ければ、本部のダイヤルごと逝っちゃってると思います」

 山道へと続く閑散とした国道が冷たい風を吹いている。僕らに良からぬ事態を通告しているように嫌な空気を作り出していた。身体が心に訴えかけるように冷汗を流して、寒さか恐怖か判別できないまま身震いする。

「このアラートも悪趣味だ」

 盛がぼそりと呟いた。耳をつんざくような鋭く高い音と圧のある重たい音が混ざり合った不快な音色である。そのアラートによって人々はより不安に陥っているだろう。

「気にしてられないわよ」

 美萩の心強い一言に、盛は頬を持ち上げてこちらを向く。

「俺たちの副隊長は頼りがいがあるな」

 それを聞いた美萩は恥ずかしそうにふんと鼻を鳴らす。

「さて、恐らくだが、僕らが今回のテロの要だろうな」

 薄暗いトンネルに差し掛かり、再び不安を煽られるのを回避すべく状況整理を再開する。

「刈羽原発は東京に電力を送っている世界最大規模の発電所だ。ここが爆発すればここら一帯の日本海に住む魚は地獄を見るし、東京の電力も麻痺、住める地域も激減だ」

「海が汚染されれば国際問題にもなりかねないわ。中韓は喜んで疲弊しきっている日本を叩くでしょうね」

「まあひとまずそれは置いといて、先ずは東京の電力不足かな」

「俺もそっちの方が心配だ。科学を頼りに生活する人々にとっては大打撃だ。それから、魔法と科学に格差が生じるというのも大きな問題になりかねない」

 魔法区域の科学に対する偏見の実情を知っている盛は、その事態を重く捉えているようだった。

「そうですね。魔法の勢力が圧倒的に優勢となりますね」

 そこで僕らは同じことを考えたはずだ。もしかすると、魔法軍の策略なのではないかと。

 トンネルを抜けると、積み立てられた雪の壁によって道幅がかなり狭くなっていた。周囲の景色も大きな木々が見えるようになり、本格的に山道へと入り込んだのが分かる。四人は一様に周囲を警戒し始める。恐らく全員が同じ懸念をしていた。

「ここで挟み撃ちにされたら……」

 美萩が一級のフラグを建築したその刹那、つい数秒前に通過したトンネルが地鳴りと共に火を噴いた。突然の爆音に驚いて心臓が飛び出しそうになる。崩壊するトンネルから飛び散る瓦礫と火花が頭から降り注いだ。続いて、足場を失った木々が雪崩を起こして迫り来る。

「大丈夫だ!ドラゴンの速さなら雪崩に巻き込まれることは無い!最悪上昇して」

 盛が叫んだ直後、僕らが乗る三体のドラゴンの翼に銃弾が食い込んだ。悲痛を鳴き声を上げながらも懸命に着地を試みる。

「マジかよ…」

 盛はすかさず杖を取り出して、全てのドラゴンに治癒魔法をかける。美萩は銃弾の出所を探そうと目を凝らすが周囲に人影は無い。空高くに逃げ惑う市民が見えるだけだ。

「弾が奥まで食い込んでいて完全な回復は困難です!副隊長と有栖の方は無事ですか!」

「私も同じく飛べないと思われます!」

「私も飛ぶのは酷そうだわ!」

 自然の脅威をすぐ後ろに感じながら、ドラゴンは死に物狂いで走り続ける。低空飛行が功を奏し、何とか体制を崩さずに着地する。痛みに負けなかった彼らに感謝せねばならない。

「次も来るよ!次にこの子たちに被弾したらここを乗り切れないわ!」

 美萩、盛、有栖の三人は顔を合わせて頷き合うと、死角を潰すため互いに背を向けて三角の陣を作る。その意図を汲んだかのように三体が近づき合い、意思疎通を図っているのか、互いに鳴き声を浴びせている。以心伝心とは正にこのことである。

「冬馬は色々考えてくれよ」

 現状、足手纏いである僕に盛は優しく仕事を与えてくれた。

「盛にしては情を感じたよ」

 盛は無表情でその意気だと返答する。

 有栖はレイピアを構え、美萩は銃を抜いて安全装置を解除する。カチャリというその音を合図に、無数の銃弾が美萩の周囲に出現した。その銃弾をこの目で捉えることが出来たのは盛のお陰であった。僕と盛以外の物体の動きが、まるで晴天の空を流れる雲のようにゆったりと流れている。盛は眉間に皺を寄せながら空いた左手でパントマイムを繰り広げる。歯を食いしばって腹の奥から雄叫びを発して左手を握りしめると、美萩に着弾する寸前で、銃弾は魂が抜けたように地に転がり落ちた。

「うげぇええ」

 一気に脱力した盛は、情けない声を上げながらがくりと膝から崩れ落ちる。

「あっぶな……助かったわ」

「いいんですよ…それより俺はチャクラが尽きましたんで、暫く休みますよ」

「おいおい!」

 僕が盛を起こそうと手を伸ばすと、密着していた臀部がふわりと浮いた。そして、これまで盛の魔法の影響により感じていなかった自然の摂理に襲われる。風圧に押され体が仰け反り、次いで呼吸も苦しくなる。バランスを取るのも困難で落下の恐怖に見舞われる。ドラゴンの背と布の隙間を全手指の第二関節で掴んで、離すまいと重心を前に倒す。両脚は何とか横っ腹にしがみつくように股関節に鞭を打っている状態だ。

「盛!お前も吹き飛ぶぞ!」

 盛はドラゴンの首が上下するのに合わせてバウンドしながら、こちらへ転がってくる。

「ぶつかる!」

 体当たりに備えて目を瞑るが、予想していた衝撃は一向に来る気配が無い。目を開けると、盛は杖を光らせて何とか僕にぶつかる直前で魔法を発動したようだった。

「お前の分はないからな……」

 盛は腹ばいになったままぐったりと寝込んでしまい、僕は彼の後ろで強風を耐え凌ぐという構造になってしまう。

 対して、美萩と有栖は共に結を行って身体強化を図っていた。二人の全身に結の紋章が纏わり付いたのが準備完了の合図だった。

「見えました!十時の方向!」

 美萩は有栖の言葉を認識してすぐに銃を放つ。すると、何もない空中で赤い液体が飛び散った。灰色の空に濃い緑色が浮かび上がり、次第にそれは人型となる。

「隊服……!」

 美萩は自らの部隊を象徴する深緑色の服装に驚きを隠せずにいた。

「それも、私たちの部隊じゃないですか」

 有栖も同様に、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。上空で男は、僕らを見下ろしながら悠々とドラゴンに跨り、迫る雪崩から必死に逃げる僕らを笑って見物していた。不敵な笑みを浮かべるその口元に見覚えがあった。

「口元のほくろ…。お前あの爆発現場にいたな」

 僕の言葉に微笑する。

「なんですかその情けない恰好は」

 男は僕へ近寄るとパチンと指を鳴らした。攻撃されると身構えていたが、僕の体はドラゴンと密着しており、力を抜いても吹き飛ばされなくなっていた。風を感じることも無くなっている。

「どういうつもりだ」

 男は美萩に撃たせないため、僕に隠れるように並走しながら話を続ける。男の怪我を見るが、美萩の銃弾は膝の上を掠った程度であった。三体のドラゴンは、それぞれ限界速度で走っており、すぐ後ろでは木々がなぎ倒されているため、並列での移動を強いられている。つまり、右から美萩、有栖、僕と盛という順のために、彼女たちはほくろの男に攻撃することが出来ない。

「盛!早く何とかしろ!」

 美萩のしっ咤は盛には届かない。男は再度指を鳴らすと、光の粒が生成されて有栖と美萩の元へ飛んで行った。

「無線…」

 有栖が困惑しているのが分かる。

「何のつもり」

「やあ皆さん聞こえますか」

 男の声が無線越しに静かに響いた。

「まあ御覧のとおり、私は敵です」

 男の言葉に耳を傾けながらも、僕らは更なる難所へ突入した。身体が大きく傾いて、脚を踏ん張らなければ後ろへ倒れてしまいそうなほどの上り坂に差し掛かる。ドラゴンは糸のように細く鳴き、血の流れる翼を畳んでから脚の筋肉を盛り上げる。

「冬馬さん。僕は貴方をスカウトしに来ました」

 男の意味不明な一言に構っている余裕は無く、僕らの意識は迫りくる土砂に向いていた。

「雪崩に巻き込まれて死にたくないですよね?痛いですよ。とても痛いです。助かりたければ私の手を握って。さぁ」

 そう言って男は僕の左手のすぐ前に右手を差し伸べた。そして、あれこれと思考巡らせる余裕の無い僕は、その救いの言葉に釣られて手を取りそうになる。しかし、有栖の大声と同時に飛んできた銃弾によって阻止された。

「駄目です!!」

 銃弾は見事に左手の甲を貫通し、血しぶきが僕の顔面に降り注いだ。無数の神経が切断され、男は喉から叫んで痛みを誤魔化している。

「ふん。銃弾の軌道を変えることくらいお茶の子さいさいよ。私たちを舐めないで」

 美萩は得意気にそう言ってから、僕を睨んだ。

「何考えてるのよ」

 その一言だけで十分だった。

「ごめん。死ぬのが怖くて」

「あんた、局長に言われたんでしょう。命を懸ける覚悟が無ければ務まらないって」

「…言われたよ。今でも胸に残ってる…」

「それに、あんたよ。爆弾を止めようって言ったの。少しは見直していたのにがっかりだわ。あんたが手を取って逃げれば、私たちの脳の機能半分を失うことになるのよ。もう半分は有栖が全て負うことになるの。一文無しプラス痴漢を働いたあんたを救ってくれたのは、有栖だってことを忘れないで」

 美萩の言葉で恐怖が払拭された。三か月の間で築き上げた信頼が無に帰せば、再び以前の自分へと逆戻りである。ようやくまともな仕事を見つけ、武器を最大に発揮してくれるように計らってくれる上司に出会い、能力を信じてくれる仲間を持った。僕を信じて命を預けてくれていた。

「僕は……」

 言葉に詰まっていると、盛が小さな声で呟いた。

「俺たちとお前は…友達だからな…忘れるなよ」

 盛は優しい笑顔を浮かべている。これで最後なのではないかと思えるほどの満面の笑みだった。

「君たちが…僕の人生で…初めての友達」

 直後、重力を失ったように全身が軽くなる。何が起こったのか分からず視線を動かすと、盛と共に重力に逆らって宙を舞っていた。少し下の方では、雪崩に呑まれながら苦しそうに鳴き叫ぶドラゴンの姿が見られた。美萩と有栖のドラゴンは無事なようだが、ほくろの男から怒りを買って魔法による攻撃を受けている。真横で光を放ちながら落下していく杖を視認して、僕が放り出されたのは、盛が魔法で浮かせくれたお陰であると理解する。しかし、チャクラが空になった状態では、浮遊を維持できずにそのまま地面へまっしぐらという状況だった。盛は空中でランダムに回転しながら結を行う。彼のチャクラは既に底を尽きているはずだが、何か策でもあるのだろうか。そう思って、勉強して得た様々な知識を重ね合わせて考えても、答えは一つしか導き出せなかった。

「盛……おまえ」

「隊には、お前が必要だ。誰にも代えられないお前の賢さが必要だ……。両親を…頼む」

 盛は最後にもう一度微笑んで、呪文を唱えた。

 時間の流れを操る魔法は誰しもが使えるわけでは無い。盛に潜在的に眠る呪文によって引き出される個性魔法である。そのため彼のチャクラのほとんどと引き換えに、ほんの数秒の間だけ使用可能なものだ。命を代償にした場合、止められる時間は約十五分。そして、目に映る人間の中から何人でも指定して、通常流れる時間と同じように動かせる。盛と知り合ったばかりの頃に、そう説明してくれていたのを思い出して状況を理解した。僕と有栖と美萩の三人と二体のドラゴンだけを取り残して、ゆっくりと時間が進んでいる。動画をスローで再生するように、周囲はガムを伸ばしたような音に変化する。呪文を使用した本人も、空を旅する蒲公英のように、静かに終着点へと向かっていた。有栖と美萩は鞭をしならせてドラゴンを静止させる。

「ありがとう」

 僕は心の底から溢れ出る感謝を、来世へ進む彼に述べた。空中で盛を追い越してからようやく、地上へ垂直落下中だったということに気付く。

「有栖!」

 叫び声は、美萩の魔法によって救助されてから発せられる。

「ごめんなさいね。私で」

 身体がふわりと浮いてから着地させられて、地を踏むことの安心感を味わった。

「いや、ありがとう」

 普段なら言い合いになるところだが、上空を力なく漂う盛の姿を見るとそんな気も起きなかった。彼の勇気ある行動に、僕らは再び気が引き締まり、前を向く。

「彼の十五分…いいえ、彼の今までとこれからの時間を…。彼の一生の時間を無駄にしないようにするわよ」

「はい」

「ああ。言われなくとも」

 有栖は誰もいない場所に向かって銃を向けているほくろの男に手錠をかける。美萩が男を軽々と持ち上げて自分のドラゴンの後部座席へ座らせた。

「こいつは眠らせておくわ。強い催眠魔法だからそう簡単には起きないわ」

 有栖は僕と男が落下しないよう魔法を施し、その後僕をドラゴンへ跨らせてから手綱を引いた。

「残念だけど、盛を乗せていく余裕はないわ」

 このまま十五分が経過すれば、盛は自身のドラゴンと共に雪崩に呑み込まれてしまう。そうなれば遺体を奇麗な状態で回収するのは不可能だ。美萩は淡々と言ってみせたが、苦渋の決断だっただろう。僕と美萩は彼女の決定を尊重し、時間の流れに逆らって全速力で現地へと向かった。移動の途中、僕は重たい空気に肺が潰されるかのような苦しさを感じていた。沈黙が続き、三人の周りを漂う負の感情を払うように早口で盛の話をした。

「あいつはいい奴だった。僕を友達と呼んでくれたのに…初めて出来た友達だったのに…。置いて行かれてしまった」

「……」

 美萩と有栖は静かに僕の声を聴いていた。それから、盛の家に一度お邪魔したこと、素敵な両親に愛されていたこと、週一で盛と飲んで騒いだことを語った。言葉の途中で涙が零れた。両親が死んだときだって泣かなかったのにと呟くと、色々な感情を読み取ったのか、有栖も続いて泣いてしまった。前に座る彼女の涙は、彼女の体から離れて宙に舞うと、大粒の水晶のように円形を保ちながらゆっくりと空へ昇って行く。盛の信念は、育ててくれた両親への恩返しだった。

 到着する頃には魔法の効力は切れていた。盛の死を悲しむようにしんしんと大粒の雪が降っている。豆腐型の巨大な建物が無数に立ち並ぶその施設の敷地は広大で、この中を何の手掛かりも無しに探すのは困難そのものだった。

「あとどれくらい時間があるかも不明なのよね……ほんと、緊張しちゃうわ」

 遂に引き返せない所まで来てしまったことを自覚したのか、口調の割に声が震えている。

「珍しく弱気なんだな」

「あったりまえよ。さっき目の前で仲間が死んだのよ。三年も苦楽を共にした仲間がね」

 それ以上は何も言わないことにする。やはり、盛を失ったことによる心の傷は深いようだった。美萩はどこにも吐き出せない思いを目の前の鉄格子にぶつけた。魔法を放ち、無理矢理に入り口を作ってしまう。

「さ。時間短縮よ」

 ドラゴンとほくろの男を置いて、美萩を先頭に発電所内へ入るとあることに気が付いた。

「足跡だ…まだ新しい」

 若干雪が被りつつある足跡を発見する。恐らく男の足のサイズだ。僕らは建物を縫うように身を隠しながらそれを追った。施設内部のかなり奥まで進んだ頃、何者かが一つの豆腐へ入り込む。全員がその人影を目視したのを確認して、武器を構えながら後ろを付いていく。建物の中は電子力発電所の名にふさわしい位にメカメカしく、けたたましく鳴り響く機械音に耳を塞いだ。少し進んで左手に見える部屋は明かりが付いている。はみ出す機械のせいで狭くなっている一本道を進み、光が漏れる部屋の前で、美萩が扉に手をかけ、有栖が少し後ろでレイピアを構えた。二人は無言で頷き合ってタイミングを合わせると、勢い良く扉を開けて突入する。有栖はすぐさま左右を確認し、美萩は銃を構えたまま部屋の中心へ入っていく。戦闘技術を持たない僕は命大事にを誓って、様子を伺うことに徹する。

「誰もいないわ」

「でも、確かに人影がここへ入りましたよね」

「ええ。冬馬も気を付けなさい」

 二人から離れることに不安を感じて、頼もしい仲間たちの傍へ寄る。学校の理科室のような殺風景な内装だった。長机が二つ置かれており、背もたれの無い丸椅子が五つある。机には食べかけの弁当が湯気を立てながら散らかっていた。部屋の中心には黒と赤で汚れたホワイトボードに理解不能な数字が並べられている。

「ほんの数分前までここに人がいたんだな」

「それは逃げずにここに留まろうとしてたってことでいいかしら」

「ああ。僕らが見た人間は、間違いなくここに居たんだ。二人か三人だな。それから、僕らを待っていたんだ」

「ってことは、ここに誘導されたってことかしら」

「その通り。僕らがあの山道からここへ来るのを見越して足跡を残した。それからこの室内へ通し、わざわざ湯気の立つ弁当を置いて、ここに人がいますと示したいという意図を感じる」

 その言葉の直後、背後に気配を感じて振り返ると、入り口を塞ぐように暗闇の中で二人の男女が立っていた。

「うおぁ!」

「ひっ」

 僕の声に驚いた有栖は短い叫び声を上げながらレイピアを振り上げる。しかし、途中で動作を止めて、その男女に目を凝らした。

「有紗…?」

 続いて美萩も大きな声を発する。

「凪!」

 男女は部屋へ入り、誘拐犯とその被害者とは思えないような笑顔でこちらを見つめていた。有栖とは対照的なナチュラルメイクに丸眼鏡の地味な女の子というのが第一印象だった。目立つ顔立ちでは無いものの、二重瞼と引き締まった唇を持っている。一つ一つのパーツが確立している別嬪さんだ。緑のダッフルコートからは淡い水色のスカートが下がり、加えて厚底のブーツを履いているところを見ると、とても誘拐された人の身なりとは思えなかった。対する凪も、ポロシャツの上からセーターを着こなし、首元からシャツの襟が見えるようなセットで、紺色のスキニーを履いている。一重の垂れ目に良く似合うマッシュヘアには、アイロンをかけた後の斑が伺えた。どう見ても二人ともデートへ行く格好だった。お泊りセットでも所持していないとこれほど奇麗に整えられないだろう。その様子を不審に思った有栖が状況を説明するようにと、半ば苛立ちを表した声色で詰めていく。

「ご、ごめんなさいお姉さん。騙すようなことをして」

「本当にすみません!でもこれは、有紗さんを守るためなんです!」

 頭を下げながら、先ずは謝罪を済ませる二人。

「その有紗ちゃんを守るためってどういうこと?あなた、手紙を残してても言葉足らずで誘拐と認定されてたんだけど」

 美萩もいつになく厳しい口調でしかりつけた。

「わざとそうしたんだ。警察が介入するように…というより、姉ちゃんたちがここに来るように…有紗を守るために!」

「さて、話がややこしくなってきたぞ」

 姉妹姉弟の口論を聞くのも面倒なため、四人に割って入ってお茶を濁す。丁度五人分ある椅子に座らせ、爆弾はないんだろうと切り出すところから始まった。

「どうしてそれを…?」

 弟が不思議そうに僕に尋ねる。

「だって君たちが僕らをここに呼んだって言ったじゃん?君たちが姉さんを殺してやりたいと思っているなら話は別だけどそうは見えない。それにもうすぐ爆発するなら、君がさっきから新しい単語を覚えたばかりのオウムのように有紗を守るため!とか言いつつ、ここに留まっているのは頭がおかしいからってことになるからね。まああとその恰好かな」

「そう…ですよね」

 凪はようやく自らの醜態に気付いたのか、顔を赤らめて後頭部をポリポリと搔いている。

「と、いうことで取り敢えず僕らの命は安全にはなったけど」

 大きな深呼吸を吐いた美萩と有栖は、ぶつぶつと文句を言いながら武器を収めた。

「まあ結果的に僕らは助かっているわけだし、話を進めよう」

 僕と美萩と有栖、有紗と凪で向かい合うように席を整える。凪は食べかけの弁当を頬張った。

「まず有紗ちゃんは、お母さんを巻き込んだことを悔いているね」

 有紗は観念したように俯きながら、ええと一言返す。

「母が口を滑らせたんですか」

「お母様が悪いみたいな口ぶりはよしなさい」

 その形相に見合わない上品な呼び方に面喰いつつも、何かを察した美萩に眼を飛ばされたのでこれについては触れないでおく。

「だって…お母さんがあれこれ詮索してきたから、嫌だったけど少しだけ本当のことを混ぜて嘘を吐いたの」

「ふーん。嘘が嘘でなくなる技法を知っているんだ」

 有紗のことを挑発してみると、見事に食いついて反論してきた。

「違いますよ!濁しただけです…嘘っていうのは…その…」

 言葉が詰まったので彼女の本心を代弁することにした。

「有紗ちゃんは、何か大事なこと、それも自分が苦しくなるような大変なことをお母さんに隠していたんだよね。本当は助けてほしいのに、言うことが出来ない。そんな辛い思いから解放されたくて少しだけ本音を話してしまったんだね。例えば……」

 そう言いながら、脅しのつもりで凪に鋭い眼光を向けた。

「凪から口止めされるようなこと……妊娠とかだろうね」

 若い男女の、両親を含んだ不安の種で一番大きな問題はこれだろうとふっかける。その様子を見ていた美萩と有栖は、僕の常套手段だと高を積もらずに、今回ばかりは息をのんでいた。

「違いますよ!」

 有紗が咄嗟に反論する。どうやら凪より有紗の方が感情的になりやすいようだ。

「本当かな?ならわざわざ両親や姉さんに内緒で駆け落ちごっこなんてしなくていいんじゃない?」

「そんなんじゃないです!私たちは大事な任務を……」

 そこまで言ってから、母親を責めていた自分自身が口を滑らせてしまったことに気付く。それから申し訳なさそうに凪の様子を伺っていた。

「ごめんなさい」

「ふむ…見たところ彼氏による暴力とかは無さそうだし、これ以上何も話してくれないなら、君たちの両親にはこう報告しよう。妊娠したのを隠すために、新潟県の終わりを勧告して、愛し合っていた僕らは二人で最後の性夜を過ごしましたって。と、いうことで片付けようかな」

「ちょ」

 早口でそう告げて椅子から立ち上がる僕を制止しようと有紗が声を漏らす。そんな有紗を無視して、弟に白い眼差しを向ける美萩と、全てを察しているのか無表情な有栖を起立させて扉へ向かう。

「待ってください」

 部屋から出る寸前で凪が僕らを呼び止めた。待ってましたと言わんばかりに、振り返ることなく立ち止まる。僕の顔を見た美萩は、僕の言葉が真意でないということを理解して安堵の表情を浮かべていた。

「安心するのはまだ早いよ」

 無線越しに小声で忠告する。

「そうね」

 美萩は緩んだ表情筋に力を入れて、引き締まったいつもの顔に早変わりする。

「凪。あんたは弟だけど、言い訳も聞かないし無駄な説明も要らないわ。ただ、真実だけを話しなさい」

「うん」

 席に戻って今回の騒動の真相を聞くことになった。有紗にお茶を入れるように凪が指示を出した後、淡々と喋り始める。

「姉さんにもちょくちょく話していたかもしれないけど、僕と有紗はかなり息が合ったんだ。互いに、互いの姉さんのような立派な人間になりたいって思ってた。でも僕は訓練とかはちょっと嫌だから、エンジニアとして勉強してた。それは姉さんがまだ家にいた時から見ていたし分かるよね」

「ええ。真実だわ」

「ん。別に疑ってないよ。続けて」

「有栖さんの卒業式の日、僕と有紗と局長も交えた五人でランチをしたあの後から連絡を取り合うようになってた。あの時、僕は局長とも連絡先を交換してたんだ。局長が、仕事の話があるからって」

「ちょっと待ってくれ」

 僕は思わぬ登場人物に耳を疑った。

「局長とランチをしたのか?」

「そうですよ。事実だよね。姉さん」

「いや、事実なのはそうなんだろうけど、局長は普通幾つかの隊を持っているよな?」

「ええ。魔法科学特別合同部隊は、今は十五部隊しかないけど、全部局長が指揮しているわ」

「君たちがランチをした当時は、部隊が一つしかなかったとか?」

「いいえ」

「僕は君たち四人がランチして、有紗と凪が知り合ったということくらいしか知らないんだ。少し説明してもらっていいかな」

「いいけど、それって意味あるの?」

 僕の知らないところで話が混在していると思い、一度整理してもらうことにした。局長という人物が、その話の行方次第では相当に怪しくなってくると感じていたということもある。贔屓する目的が何か必ずあるはずだ。今回の事件では、部隊の制服を着た人間に襲われ、本部や上層部と連絡が付かない惨事に見舞われている。交流戦で一位を獲得した最強の隊が、盛の犠牲という重い打撃を受けるほどの窮地に追い込まれた。有栖の妹と美萩の弟が同タイミングで、大規模な避難命令を発令させるほどの事件を巻き起こした。こんな偶然があるだろうか。どこかに全ての辻褄が合う鍵が落ちているはずで、この迷宮を抜ける鍵が局長にあると踏んだ。

「やっぱり、あの男も交えて移動しながら話を聞こう。有紗ちゃんたちは、ドラゴンがあるのかな」

「ええ。皆さんとは違って、赤の一般用のドラゴンなので速度は遅いですが…」

「ないよりはましだ」

 ゆっくり話している場合では無いと直感が言っていた。寒さの薄いこの世界で悪寒が走り、嫌な予感というものがする。有紗の入れてくれたぬるいお茶を一気飲みして部屋を出た。凪は自分のドラゴンを呼んで有紗と一緒に跨る。無線を用意してもらい、男は眠らせたままで二人からの情報を先に聞き出すことにした。



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