シーズン1 プロローグ
プロローグ
季節感の薄い街に来て三年が経った。この場所は閉ざされているかのように、春夏秋冬の匂いがしない。アパレルのお姉さんの恰好を見て、夕暮れ時の肌寒さに気づく。ごった返す人を掻き分けて、さらに閉鎖された揺篭に乗る。
「間もなくみなとみらい、みなとみらい」
無機質なアナウンスを聞いてから、波に押し戻されないように扉の近くへ身を寄せる。地下鉄は中が反射して自分の顔が良く見える。左に曲がった癖っ毛を上手くセンターで二つに割り、ワックスとスプレーで固めた自慢の髪型は少し崩れかかっていた。萎れて額に垂れてしまっている髪束を持ち上げて、別の束に絡ませる。いつ見てもくっきりの二重に、もう何年も機能していない涙袋は、ジャニーズ顔負けの整い様である。ふと、高さが自慢の鼻から小人が顔を出していることに気付いて引っこ抜いたところで、丁度電車が停車した。
「みなとみらい」
車掌の一声を合図に、振られたコーラ缶を開けたように、一気に人が流れ出す。唯一の荷物である財布を落とさぬよう、ポケットへ手を突っ込んだまま早足で駅から逃げ出す。地上へ出ると、太陽は見えなくなっており、代わりに満月が顔を出していた。赤色のコーチの腕時計に目をやると、七時半を回るところだった。一年の月日が経っても、プロポーズをした場所へと訪れるのは緊張する。みなとみらい東急スクエアの外階段を上って行くと、ライトアップされた観覧車と並木道が展望できる穴場スポットが存在する。階が上がるにつれて心拍数も比例した。アパレルお姉さんのせいか、単に自分の冷汗のせいか手先足先が妙に冷たく感じる。待ち合わせは四階であり、現在三階で足を竦ませている。
「頑張れ僕」
大きく深呼吸をした後、鉛のような重い脚を動かして、一段ずつゆっくりと上った。目線と地上の高さが同じになり、同時に懐かしい後ろ姿が見えた。背まで伸びた黒髪を際立たせる薄手の白ワンピースに、すらりとした美脚を持ち上げるハイヒール。間違いなく相手を意識している服装だった。
最後の一段に足を掛けると、彼女もこちらを振り向いた。一年前よりも化粧が濃くなっている。くっきり描かれた眉に長いまつ毛、真っ赤な口紅を飾ったギャル。
「久しぶり」
彼女の声は一年前よりスモーク掛かったような感じだ。手のひらサイズしかないブランドバッグからは、ラッキーストライクと書かれた煙草が顔を出している。
「やあ。丁度一年前だったね」
周りを見渡して人が少ないことを確認してから話し始める。
「そうね。あんたがあたしを追いかけてから一年ね」
彼女はニヤリと笑って手すりに両腕を着いて夜景を眺める。相変わらず憎らしい態度だった。
「それで、一か月も前から私に会いたいなんてロミオメール送って置いて、プランは無し?」
「そんなわけ。取り敢えず、積もる話をしようさ」
「あんたのそういう所がつまんないの。無理して人を騙すようなキャラ作り上げてさ。根は真面目なくせしてダッサイ」
彼女は首だけこっちを向いて、厳しい目付きで言い放った。メールでは冷めた雰囲気は感じられなかったが、これが世に言う、恋は盲目というやつなのだろうか。僕が何か返そうと言葉を模索していると、彼女が続けて喋った。
「またそうやって、人の核心を突こうとしてる。たまには咄嗟に来る感情を表に出してみなさいよ」
僕は観念したような顔を見せる。
「分ったよ。まだ君に未練があるんだ。今日は君に話が合ってここへ来たんだ」
「話なら聞いてあげるけど、これで済んだらもう構わないで。あんたの両親が死んだって言われたから来ただけよ。これで会うのすら断ったら、それはそれで私の良心に欠けるもの。あと、仮にもデートよ?なんで喪服で来たわけ?」
人の心があるなら、高額の指輪を受け取って消えたのはどう説明してくれるのだろうか。
「ごめん。両親が死んだってのが本当って証明したくて」
彼女は全身をこちらに向けると、首を曲げながら黒目を回して、小さく声を漏らしながら息を吐いた。
「呆れた男ね。頭おかしいわ」
「ごめん…」
本当の感情を押し殺して悲し気な表情をして見せる。
「今日はいいお店を予約したんだ」
「喪服の人となんて行きたくないわ」
「ぱっと見黒いスーツでしょ。喪服と言われなければ分からないよ」
「人間みんなあんたみたいにバッドマナーなわけじゃないのよ」
「着替えてきたら付いてきてくれる?」
「ええ。奢りでね」
図々しい奴だと愚痴を垂れるのは心の中だけである。あと一押しなのだ。
「じゃあスマホで調べるから貸して見せて。今日自分のスマホ落としちゃって」
ポケットをひっくり返し、嘘ではないことを証明する。
「財布はあるから安心してよ」
「嫌よ。あんた詐欺師じゃない。何されるか分からないわ」
「酷いね。間違ってないけどさ」
「いい加減、人を騙すのやめなさい」
「いつかやめるよ」
僕は会話の合間に身振り手振りを加えながら、少しずつ彼女との距離を詰めて、腕を伸ばせば手が回せるくらいまで近づいていた。このまま財布と携帯を貰って、ネットに強い詐欺仲間が作り上げた偽広告をクリックすれば、自動で口座番号を取得できる。あともう一歩近づければ、僕の復讐劇が幕を下ろす。
「僕は君のことが大好きだった。財布にされていると分かっていても、高価な指輪をプレゼントした。君はそれを持って消えたじゃないか。どっちが詐欺師か分からない?」
彼女は、それが誇れる功績であると言わんばかりにふんと鼻を鳴らす。
「どんなに人を騙すのが上手くたって、女の魅惑には勝てないのよ」
僕と彼女は互いを見つめながら、本心を探るように瞳の奥に宿す野心に目を凝らしていた。彼女の眼球は僕を金として捉えているのが良く分かった。メール越しでは上手く繕っても面と向かえば騙されない。そんな卑怯で憎い彼女にようやく復讐できるのだ。僕は大股で彼女の眼前に立ち、きゅっと引き締まった腰に手を回して引き寄せる。
「私、あんたのこと好きじゃないんだけど」
まんざらでもなさそうな甘い声色だ。目的を忘れそうになる悪魔の囁きを振り払い、ワンピースのポケットに手を忍ばせる。彼女は昔から財布だけはポケットに入れている。バッグを探る手間が省けるからと言っていたのを忘れていない。未だに彼女との思い出は鮮明に覚えている。悔しくて、恨めしくて、悲しかったあの日々も。
「男は大好きだろ」
手のひらに財布を捕え、後は引き抜くだけである。僕は彼女の唇を貪ろうと顔を近づけた刹那、子頭部が引きちぎれるかと思うような痛みが走った。体が咄嗟に反応して後ろを振り向くと、ダボダボのパーカーを着た、ストリート系の大男が視界に入った。176センチある僕の身長を頭一つ越えている。明らかに日本人では無く、色黒で鼻が高い海外ラッパーである。
「ファッキューメン」
男はそう言いながら僕の胸倉を掴むと、軽々と宙に持ち上げた。突如参戦したラッパーに混乱と恐怖を抱きながらも、その太い腕をひっぺがそうと必死の抵抗を見せるが、男はそれをものともしない。
「離せ!」
取り敢えず叫んでみるが状況は変わらない。助けを求めようと彼女の方を振り向くと、ニヤリと笑いながら男の後ろへと回った。背中から男の胸を撫で下ろして、自身と男に酔いしれたような甘い涎を溢している。
「言ったでしょ?どんなに賢い男も、女の魅惑には勝てないのよ」
「この最低女」
悔しさの余り、珍しく汚い言葉を使ってしまう。
「あんたの両親が死んだってあたしには何関係もないわ。あんたは出会ったときからあたしの財布で、自己肯定感を上げてくれるだけの道具よ。あんたみたいなヒョロくて陰湿な奴は嫌いなの」
酷い言われように胸が痛んだ。
「前からそう思っていたのか…?」
「そうよ。あんたも感付いてたんでしょ?財布ってことにさ」
「それでも僕は、あの言葉を信じていたのに」
「ちゃんとした職に就いたら結婚を考えるってやつ?」
「ああ」
男の顔が少し曇って腕に込める力が強くなったような気がした。
「あんなの大嘘真っ赤なウソ。もう少し金出してくれるかなってさぁ。でも彼が出来たから、あんたはいらない。勿論彼は財布なんかじゃないわ」
そこまで言うと、彼女は男の頬に一つキスをする。
「愛してるの」
僕はその言葉でようやく目が覚めた。僅かに残していた希望と願望が崩れ落ち、彼女と出会ってからの二年半という長い時間を溝に捨てる覚悟が出来た。
「地獄に落ちろクソビッチ」
遂に男の堪忍袋が破れて、聞き取れない言葉を叫びながら僕を地面に投げ捨てた。
「うげっ」
背中から着地して、こちらも妙な声が出る。
そこから先は、考えるよりも先に体が動いていた。理屈を重んじる僕にとって、怒りで我を忘れるなんて馬鹿のやることだと思っていた。だが、自分の一部を形成するほどまでに大事な人に裏切られるということは、途方もなく暗い闇に落ちていくような、底の無い絶望に苛まれる。それを怒りという感情を爆発させて、どうにか心を保つしかないのだろう。勢いよく飛び起きて、男についたキスマークを目掛けて拳を振り上げた。男は驚いたのか重心が崩れ、脚をもつらせながら僕を弾き飛ばした。そして、我に返る。やけに体が軽く、重心が安定しない。風一つ無い晴天だったはずが強風に煽られる。
「ちょっと、いくらなんでもやり過ぎよ!」
激高した彼女が遠目に見えた。巨体の男もみるみるうちに小さくなっていく。僕は次に来る衝撃に身構える。恐らく、想像を絶する痛みだろう。否、痛みを感じる暇さえないのかもしれない。ここはみなとみらい東急の四階である。死ぬには十分な高さだった。それを理解して、沸騰していた頭の血が徐々に引けていく。
しかし、暫く待ってもその瞬間はやってこない。視界が少しずつ狭まって、意識ははっきりとしたまま灯りの無い洞窟へと誘われる。死の瞬間は体感速度が急激に遅くなると聞く。今自分は正に死の寸前をスローモーションのように過ごしているのか、あるいは既に死んでいて三途の川を渡るところなのか。何にせよ、最後のひと時を大事にしようと、これまでの人生を振り返る。
冬馬 明と名付けられ、五体満足でこの世に生を受けた。若くして僕を生んでしまった両親は、二十歳になるまで僕を虐げていた。俗にいうデキちゃった婚というやつだ。小さい頃からスポーツと勉強を無理やりさせられ、中学生にして英検や漢検を二級まで取得し、両親からお前の稼ぎを頼りに生きるとまで言われたハイスペック男児。高校生活では、友達は一切作らず勉強に全てを振った。娯楽はアニメ鑑賞。学年一位を落としたことは無く、父親の暴力に歯向かったことも無かった。東大の医学部へ進学し、一人暮らしの楽しさと引き換えに成績を多少落としつつもストレートで卒業した。それからは、両親の強引な説得に負けて実家へ帰宅するが、家業の酒屋を継げと言われて家を飛び出す始末である。あれだけ勉強して、バイトでもこなせる酒屋を継がなくてはならないなどおかしな話である。人と関わりが無かった僕に情なんてものは無く、老人や頭の悪そうな奴を見つけては、妙なものを売り付けたりネズミに引きずり込んだりと悪事を働いた。勉強は出来ても、人間性は皆無だったのだ。それから一年、金だけありふれていた僕は、幸せを求めて出向いたキャバクラで譲に惚れ込んだ。知り合って一月で付き合った。そして翌年プロポーズし、現在に至る。
「望まれない子。でも私たちはお前のことが大好きだ。よく生まれてきてくれた。よく頑張った。ああ。頑張ったよ…」
唯一愛してくれた遠くの祖父母を思い出して、二人に言われた言葉を紡ぎながら声に出す。愛の籠った素敵なフレーズだ。これだけ苦労して生きてきた僕をぞんざいに扱った両親やあのカップルは許せない。一時期流行った言葉が浮かぶ。リア充なんて…。
「爆発しろ」
そう呟いた刹那、急激に目が眩んで咄嗟に腕を前に出す。教育映像などで頻繁に見るビッグバン、宇宙誕生の瞬間に似た光景だと思った。状況を理解できないまま暫く目を瞑っていると、背中に強い衝撃が走る。
「うげっ」
僕の悲鳴ともう一つ、女の叫び声が聞こえた。
「デジャヴ!」
眩しさに目を慣らしながら、幾度か瞬きを挟んで開眼する。見慣れた景色だが、そこはみなとみらいでは無かった。朱色の煉瓦をベースに白いラインで飾った窓と時計、和国の鉄道のシンボルであるにも関わらず様式にデザインされた建物が目に映る。いつの間にか東京駅へと来訪していた。時計の針は八時と五分を指しており、僕の心境とは正反対の快晴の空であることを認識する。
「どうなってんだ…」
目を疑った。東京へワープしたことも奇妙だが、それよりももっと不可解なことがある。周囲の建造物は自分の知っている丸の内駅舎周辺と何ら変わりないが、日常では絶対に目にすることの無い現象が、ほんの数メートル先で起きていた。
「ドラ…ゴン…?」
スーツを着た男が、バス運転手の制服を着た女性が、部屋儀の老夫婦が、学生服を着たカップルが、ドラゴンに乗って移動している。尻元には鞍のようなものを敷いて、首には手綱を付けて操っている。バスのような大型のドラゴンもいれば、一人乗り用の小型のドラゴンもいる。赤色のドラゴンがほとんどだが、時折水色や緑色の個体も見かけられた。赤色のドラゴンに二人で乗る人が多い印象だった。
呆気に取られていた僕の下で、何かがもぞもぞと動くのが分かって素っ頓狂な声を出した。
「ちょっと、退いて…」
「わぁ!ごめんなさい!」
そういえば女の声がしたと思い出し、慌てて起立する。下を見ると、華奢な体の女性が腰を抑えながら立ち上がるところだった。
「せっかく整えた髪の毛が台無し…」
彼女は肩甲骨の辺りまである奇麗な黒髪を手で溶かしながら呟いていた。顔に掛かった毛を避けると、きりっとした一重に鎮座する小さな黒目で僕を睨みつける。高い鼻にお人形さんのような小さな口が一本のライン上に置かれている。顔を褒めることが失礼なくらいの美人である。彼女を惚れさせるには内面を褒めるのが良い手だろう。
「なにじろじろ見てるのよ。あんた警察官に痴漢を働いたのよ。逮捕するわ」
「ちょっと待ってくれよ。痴漢って…」
そこまで言って口を窄める。出かかった言葉を呑み込む。
「…え?」
彼女は僕の視線を察して、信じられないという声を出した。
「私の体に魅力が無いと言いたいの?」
肉付きの殆どない細い体は、ホラも吹けないくらいの残念さである。それに、警官に似た恰好をした女性に手を出すなんてまともな人間では出来ない。
「い、いやそうじゃなくて、警察の制服着てるのに痴漢なんて、イカレてるだろ?」
「そのイカレた考えをして、行動までしちゃったのが」
ぐいっと体を前に倒して、人差し指で胸の真ん中を突きながら言う。
「あんたなの」
「勘弁してくれよ」
彼女はどこからか手錠を取り出すと、僕の手を後ろで組んで問答無用でカチャリと閉めてしまう。意外にも力が強く、抵抗すれば投げ飛ばされかねないと思った。
「さ、行くわよ」
通行人の視線と手に掛けられた錠の冷たさに不快を感じながら、彼女を刺激しないよう丁寧な言葉で弁明する。
「いやいや、本当に誤解だって。頭が混乱していて…」
どうにかして誤解を晴らさなければということは分かっていても、どうしたらあの空のように晴れるのかまでは分からずに、言葉に詰まってしまう。自分の状況をどう説明して良いのやらと、ぐるぐると思考が巡ってしまう。
「その…本当に…混乱してる」
初めて混乱という言葉を使った。
「はは。便利だな。混乱って」
「混乱してるのに随分と余裕なのね。もういいかしら。時間が無いの」
ピシャリと言い放ち、か細い腕で僕を引っ張る。
「勿論、移動はドラゴンでね」
「独り言も厳禁よ。変態おじさん」
「君と同じくらいの年齢だと思うけど」
「何を馬鹿なこと言ってるのかしら。私は今年で二十九歳よ」
僕は勝ち誇ったようにニヤリと笑って、丁度良い間を置いてから言う。
「今年で二十八だよ」
彼女は僕の顔を舐めるように見る。
「ふん。老け顔ね」
彼女はそう言うと、青色のドラゴンの耳元で口笛を吹いた。それを合図に、ドラゴンは首を僕の股に通して勢いよく持ち上げた。
「うわぁああ!」
「だっらしない声ね」
宙に放り出されてからドラゴンの生暖かい首の上を滑り落ちて、鞍の上でピタリと尻が止まる。そんな僕の様子を楽しむかのようにドラゴンの尻尾が揺れた。トラックくらいはありそうな高さで、振り落とされたら大怪我間違いなしである。
「おい!手錠を外してくれないとおっこちちゃう!」
ドラゴンの上で上手に回転して前を向きながら叫ぶ。まだ下にいる彼女はそれを無視して、両手を大げさに振ってパントマイムを披露している。
「何やってんだ?」
最後に大きな円を描いたと思いきや、彼女の足が地を離れて、次の瞬間には僕と同じ高さに顔があった。驚きで声も出ない僕を横目に、ドラゴンの首元に敷かれた鞍に着座して再度パントマイムを始める。
「ほら、これで安心して罰を受けられるわ」
彼女にそう言われて首を傾げていると、ドラゴンが前傾姿勢を取った。
「うおおお…お?」
先ほどのように滑っていくのかと思われたが、どういうわけか、僕の体は重力に反してその場で停止している。ドラゴンの背に密着したままで腰は一切浮いていない。
「じゃ、取り敢えず事情聴取と行こうかしら」
彼女がこちらを振り向いた時、雷が落ちたかのような発光に伴って轟音が響き渡った。周りの人々やドラゴンが取り乱す。音の方角を見ると、オレンジ色の煙が巻き上がり黒い塊が吹き飛んでいた。爆発事故だと理解した頃、爆風が僕らの元まで到達して夏の蒸し暑さを感じた。そこで、ふと周囲の人々の服装が目に留まった。秋の寒さに見合わない半袖を着る人ばかりである。そういえばとても丁度良い気候であると思い、生年月日を訪ねようとするが、それより早く彼女の口が開いた。
「行き先変更よ」
彼女は手綱を思い切り引くと、どこからかパトサイレンを鳴らしながらドラゴンは勢いよく走りだした。
強烈な風を受けても苦しさは無く、風圧に負けて目を瞑ることも無かった。風が心地よくも感じられる。これも彼女のお陰なのだろう。周囲には彼女と同じような服装の人が集まり始め、気付けば空を飛んでいた。世界は不思議で溢れている。何気なく発した言葉が物事の動き出す鍵になることだってある。気温は良好。天気は晴れ。季節、西暦不明。ただ、僕は何となくそうだろうなと思っていた。そうと思わなければこの状況を説明できなかった。呑み込めなかった。これは俗にいう異世界転移であると。
大賞用投稿。落選後非公開予定。