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運命を紡ぐ双子関連

街外れの教会に佇む女神

作者: 楓麗

 幾度となく冷たい風が吹き抜ける年の暮れ。


 たくさんの雪が降り積もる小さな街の中で、温かな笑顔を振りまく心優しい女の子がいました。


 困っている人がいればすぐにでも駆けつけて、どんなことでも解決してくれます。


 ですから何か困ったことがあると、街に住むほとんどの人はいつもその女の子を頼りにしていました。






「あっ、しまった! 靴紐が――っ!!」


「でしたら、わたしのリボンを使ってください!」


「おぉ、本当にありがとう! 君のおかげで助かったよ!」






 突然と靴紐が切れてしまって困っている人を見つけた時には、髪を結んでいたリボンを千切って靴紐代わりにしてあげます。


 男の人は再び靴紐を固く結ぶと、ニコッと笑顔を浮かべました。






「おっ!? 俺の丹精込めて育て上げたリンゴちゃんが――ッ!!」


「ほいっとほいっと! はい、ちゃんと全部拾いましたよ!」


「おぉ! お嬢ちゃん、サンキューな!! 良ければ一つ、持っていってくれよ!」


「いえいえ! お役に立てたのなら、それだけでわたしは十分です!」






 店頭に並んでいたリンゴが道端にこぼれ落ちてしまったのなら、すぐさま拾い上げてあげます。


 店主はお礼としてリンゴを差し出しましたが、女の子は悪いと思って微笑みながら丁重に気持ちだけ受け取りました。



「あっ! うぅ……! 痛いよぉ~!!」


「あら大変っ! でも大丈夫! すぐに痛くなくなっちゃいますからもうちょっとだけ我慢しててね?」


「あっ!? もう全然痛くないっ!! おねえちゃん、ありがとう!!」


「どういたしまして! 男の子は元気が一番! でも転ばないように気をつけてね!」






 広場でかけっこをして遊んでいた子どもが転んで泣いている姿を目撃すれば、急いで駆け寄って優しく頭を撫でてあげながら擦りむいた膝の傷を治療してあげます。


 元気いっぱいになった男の子は笑顔でお礼を言うと、そのまま手を振って走り去っていきました。






「うぅ……ねぇ、おねえちゃん。ぼく、お腹が空いたぁ……」


「ごめんね。もう、これくらいの大きさのクッキーしか残っていないの……」


「それなら、わたしのお弁当をどうぞ! 料理にはすごく自信があるんです!」


「そ、そんな、悪いですよ!」


「いえいえ、二人で仲良く食べてくださいな?」


「ぁぁ……本当にありがとうございます!」


「わぁ~! おねえさん、ありがと~!!」






 貧しくて貧しくて、お腹を空かせている幼い姉弟が前を横切ったのなら、満面の笑顔を浮かべて手作りのお弁当を渡してあげます。


 二人は天からの贈り物のようにお弁当箱を受け取ると、女の子に向かって心から感謝の気持ちを述べました。






 本当に優しい女の子。


 いつでも周りの人たちへの気配りを忘れずに、自分のことを犠牲にしてまでも他人のことを最優先に考える心優しい女の子。


 時には「少しやり過ぎなんじゃないかしら?」と心配されたり「無理しちゃダメだぞ?」と、優しい声もかけられたりします。


 ですが、女の子は決まってこう答えるのです。






「大丈夫です! わたしは、みんなの笑顔を見ることができるだけで十分に幸せですから!!」






 女の子がみんなに見せる笑顔は決して、嘘偽りのない本物でした。


 お日様のようにふんわりと温かく、月明かりのようにやんわりと優しく、星明かりのようにキラキラと輝くその姿は泡沫うたかたの儚さを彷彿ほうふつとさせます。


 それでも街の人々は心配するどころか、次第に女の子の優しさに甘えていってしまったのです。










 柔らかな月明かりが雪の結晶を照らし出す聖なる夜。女の子はひとり街外れの教会を訪れました。人通りの途絶えた教会は誰が見てもさびれていて、教会にひっそりと佇む女神の像もまた悲しげに来訪者である女の子を見下ろしています。






「ふぅ……ちょっぴりだけど、寒いかなぁ……」






 雪の降る夜はとても寒くて寂しくて、女の子は小さな身体を縮こませてしまいます。


 ですが、震える身体を温めるためのコートも既にあげてしまい、首に巻いていたお気に入りの赤いマフラーも両手を包んでいた手袋も子どもにあげてしまいました。


 暖を取るにしても湿ったまきでは火も点きませんし、火種となるマッチもおじいさんに渡してしまって火を灯すことすら叶いません。


 冷え切った両手にひたすら息を吹きかけることくらいでしか、雪降る夜の極寒を紛らわせる手段はありませんでした。


 しかし、所詮しょせんは気を紛らわせる程度のものです。


 静寂に包まれた独りぼっちの教会の中に、ただ白い息がむなしく漂っていきます。






「うぅ……お腹も空いてきちゃった。あれ、わたしっていつからご飯食べてなかったかなぁ……?」






 自問自答を繰り返しても誰も答えてなどくれません。


 ここには女の子以外、誰もいないのですから当然のことだったのです。


 街外れの丘でピクニックをするためにせっかく作ったお弁当も、お腹を空かせていた貧しい姉弟にあげてしまいました。


 夕食を作る材料もみんなあげてしまってその上、料理に使うための道具も全部手放していました。


 おやつのために買って楽しみにしていたショートケーキも、目の前でケーキを落として泣いていた女の子に代わりとしてあげていたのです。




 全てはみんなの笑顔のために、この街に住む人々の祝福を祈ってやったこと。


 女の子は何も不満なんて抱いていません。


 それが女の子の願いであるのなら、自分を犠牲にしても喜んでくれる姿を見ることができただけで本望だったのです。






「わたし、みんなのために何かできたかなぁ? しっかりと、みんなを幸せにできたかなぁ? ちゃんと、みんなの心にわたしの想いが届いたかなぁ……?」






 女の子は何度も何度も繰り返し、女神の像を見上げて胸に秘められていた想いを解き放ちます。


 誰も答えてくれなくても、神様ならきっと女の子の想いを聞いてくれていることでしょう。


 教会に舞い降りた女神の像も女の子と同じく独りぼっちだったのですから。


 女の子の強い想いが聖なる夜を越えて天まで届き、降り頻っていた雪は次第に温かな光のヴェールへと変わっていきます。


 そして、女神の像の背後にあったステンドグラスに、ふわっと明るい光景が浮かび上がりました。


 そこにあるのは雪もすっかりと解けた輝かしい街の姿。


 多くの人々が幸せに満ちた表情で、協力し合って生きています。


 まさに、女の子が望んだ笑顔の絶えない世界。


 草花が綺麗に生い茂った街外れの丘には、美しいほどの輝きを解き放った教会が佇んでいます。


 教会の中では白い礼装をまとった男性と純白のヴェールに身を包んだ女性がお互いに手と手を繋ぎ合って、女神の像を前に誓いの言葉を交わしていました。


 祝福に包まれた挙式に参列した多くの人々もまた嬉しそうな笑みをたたえ合い、温かな拍手が新たな門出を祝うようにして教会の中に満ち溢れていくのです。


 柔らかな光に包まれた女の子は、みんなの幸せそうな表情を目にすると嬉しそうに微笑みました。






「ぁぁあッ! 本当に、よかったぁ……!!」






 女の子は本当に嬉しそうな笑みをニコッと浮かべて、そっと瞳を閉じていきます。


 一粒の涙が女の子の頬をつたい、柔らかな光に身も心も包まれて静かに眠りにつきました。











 この日を期に、街の中で温かな笑顔を振りまく心優しい女の子の姿を見る者はいなくなりました。


 みんな最初はとても心配していましたが、時間が経つにつれて「あの子はきっと神様の子だったんだ」と、あがめるようになっていきます。


 しっかりとした形で、みんなの笑顔をはぐくんでくれた女の子をまつりたい。


 それが今の自分たちにできる最大限の恩返しだと考えた人々は、街外れの寂れた教会を再び修繕することに決めたのでした。


 たくさんの想いが、たくさんの人が今日も街外れの美しい教会に集まってきます。


 人々の心から忘れ去られていた教会は、こうして再び命を吹き返したのです。


 感謝の気持ちを込めて、街に住む人々は今日も教会へ足を運んでは女神の像の前で祈りを捧げます。


 この街に温かな笑顔を育んでくれた女の子のために、そしてこれからも続く笑顔の絶えない幸せな世界のために……。






――みんな、ありがとう……!






 教会に佇む慈愛に満ちた女神の像は誰から見ても神々しく、七色に輝くステンドグラスから差し込む光が女神の像を温かく照らし出していきます。


 この教会が修繕される前からある女神の像。


 頬に生じた微かなひび割れがまるで、涙を流しながらも嬉しそうに微笑んでいる女の子の姿に見えると、今でも語り継がれているそうです。

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