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『婚約破棄は法廷で』シリーズ

婚約破棄は法廷で~口は禍の元って、知ってます?

作者: 千椛

 静まり返ったその場所に、二つの足音が響く。一つは、重々しさの中にも壮健さを思わせるもので、もう一つは少し固さを感じさせる、コツン、コツンと響くものだった。

 二つの足音はやがて用意されている椅子の前で止まる。


「これより王宮法廷における御前裁判を始める。全員、面を上げよ」


 司法長官の声が響き、その場にいる全ての者が顔を上げた。その一瞬、法廷の床全体に白い魔法陣が浮かび上がるが、それは瞬く間に消え、気づいた者がいた様子はなかった。


「判っているとは思うが、この場において、嘘、偽りを申すこと、一切まかりならん。また、質問に対して返答無き場合、それは肯定と取られると思え。よいな」


 陛下のお言葉に、今度は一斉に頭が下げられる。


「では、これより開廷する」


 陛下が椅子に座られると、その耳元に側に控えていたローブ姿の人物が何か囁く。陛下は満足そうに頷くと、今回の被告とされている公爵家の令嬢の方を向いた。


「被告人デルフィーヌ・キャンデロン、前へ」





 ****




 私、キャンデロン公爵家のデルフィーヌは、この国の王太子であるアドルフ殿下の婚約者となった五歳の時からこれまで、お妃教育を真面目にこなし、それなりの評価を得ていると思っていた。しかし七歳年上の殿下はそうは思われてないようで、会うたびに私の足らない部分を指摘される。やれ、ドレスの趣味が悪いだの、お前と居ても癒されないだの、どうでも良いのではと思われることをぐちぐちと聞かされるのだ。


 自分が王太子の好みではないという自覚はあった。

 元々殿下には一つ違いの婚約者がおられた。侯爵令嬢のフォスティーヌ・アウデバート様で、ハニーブロンドに青い瞳の彼女と王太子殿下は、それは仲むつまじい間柄だったと聞く。しかし、生来少し身体の弱かったフォスティーヌ様は九歳の時に急な病で亡くなられたため、それから二年後、私が新たな婚約者として選ばれたのだ。

 その時すでに学園に入学され、同じ年頃や年上の令嬢達に囲まれた十二歳の殿下にとって、銀髪でグレーの瞳の五歳児は、多分ぱっとしない幼子にしか見えなかったのだろう。これまでずっと、義務としての対応しかされた覚えがない。


 今は学生時代から懇意にしていた子爵未亡人を寵愛されていると、もっぱらの噂だ。父からも、恐らく婚姻後、たいして時を置かずに愛妾に迎えることになるだろうと言われている。


 それでも婚姻まで半年、学園の卒業まであと二ヶ月となった今になって、このような問題が起きるとは思いもよらなかった。


「デルフィーヌ様、ひどいです。いくら私がオーレリーの妹だからって、こんなことを……」


(あぁ、またか)


 食堂で友人との昼食を楽しんでいた私のテーブルに、コデール子爵家のアリエル様がぼろぼろになったノートを手に、涙を浮かべながら来たのだ。彼女は王太子が今、最も寵愛しているバーディン子爵未亡人の妹だが、だからといって私が彼女に嫌がらせをする理由など無いのに、最近此のような言いがかりをつけて来ることが何度も起きている。


「アリエル様、前にも言いましたが、私はそんなことはしてませんし、する理由もありません」


「君、確か五学年のCクラスでしょ?なんで六学年のSクラスの彼女が、わざわざ君のクラスまで行って、そんなことをする暇があると思うの?」


 うんざりして私が言うと、同席していた第二王子のフィリップ様も呆れたように言う。通常のAからDクラスと違い、Sクラスはまず校舎自体が違う。一学年から六学年までのSクラスだけを集めた特別校舎があり、授業内容も警護の人数も通常のクラスとは全く違うのだ。


「きっと、誰かに命じてやらせたに決まってる!」


「フィリップ様、信じてくれないんですか?」


 アリエル様を守るように立っていた男子生徒二人が、がなりたてる。少し垂れ目な青い瞳とハニーブロンドの彼女は男性の庇護欲をそそるらしく、こうしたナイトに事欠かないようで、たいてい何人かが一緒にいる。

 その時、隣のテーブルから声が上がった。


「まぁ、五学年にもなって、未だに持ち物の管理がお出来にならない方がいるなんて、わたくし、びっくりですわ!ノートや教科書の置きっぱなしが校則で禁止されているのは、一学年でも知っていますのに」


 皆の視線が一斉にそちらを向く。それは所々に朱が混じった淡い金髪の、まだ幼い少女だった。着ている物は地味だが、よく見ると質の良いものだし、所作からして、高位貴族なのが見て取れる。


「何よ、あなた。生意気な口を利いて!まだ一学年か、二学年でしょ。上級生を敬うってことを知らないの!」


 しかし、アリエル様はその事に気づかないのか、明らかに下の身分の者に対する態度だ。


「そう言うあなたこそ、上級生であるキャンデロン様を敬う態度を見せてくださいな」


 その少女は高圧的な態度に動じるどころか、その緑の瞳には、事態を面白がるような光が宿っている。


「なんて生意気なの!私が誰だか判っているんでしょうね?」


 そこに、所々に朱色の混じる黒髪の少年が、割って入ってきた。


「お前が誰だろうが、関係ない。うちの妹に文句があるなら、俺が相手になる」


「あら、お兄様」


「げっ、ベルクールだ」


「妹って、ちょっとアリエル、これヤバいよ」


 少年を見た男子生徒達が慌てだし、アリエル様を引っ張って行こうとする。

 アラン・ベルクール。四学年のSクラスで、先だっての剣術大会で上級生をことごとく打ち破って勝ち上がった優勝者だ。では、この少女はベルクール辺境伯のご令嬢ということか。

 男子生徒達から耳打ちされたのだろう、悔しそうな顔をしながら、アリエル様達は立ち去っていった。


「キャンデロン様、うちの妹がご迷惑をお掛けして、申し訳ない」


「まぁお兄様、わたくし別にご迷惑など」


「かけているだろう。っとに、何でもかんでも首を突っ込むんじゃない」


「ふふっ、仲が宜しいのね。大丈夫よ。逆に助かったくらいだから」


 私が笑いながら言うと、ほらご覧なさいと言わんばかりの顔をして、


「第二王子殿下、キャンデロン様、ご挨拶が後になって申し訳ありません。ベルクール辺境伯が娘エマーリアと申します。そしてこちらは、わたくしの友人のセレナです」


 エマーリア嬢の隣に座っていた、明らかに平民と判る少女が緊張した面持ちでペコリと頭を下げる。彼女の衣服が地味なのは、おそらくこの少女に気を遣わせないためだろう。


「学園で殿下はいらないよ。フィリップで良い」


「私もデルフィーヌでかまわないわ」


「ありがとうございます。わたくしもエマーリアとお呼び下さい」


「ほら、挨拶が済んだのなら、さっさと食べてしまえ。午後の授業が始まるぞ」


 その言葉に慌てたように食事を再開させる様子は、やはり年相応のもので可愛らしく、先ほどまでの嫌な気分も次第に薄れていった。




 ****




「アリエル、そっちはどんな感じ?上手く行ってるの?」


 家に戻ると、お姉様がアドルフ王太子と応接室のソファーでいちゃついていた。この光景は見慣れたもので、二人が学園に通っていた頃から続いている。

 もっとも、そのせいでお姉さまはまともな嫁ぎ先が見つからず、結局三人の子供のいる男やもめの子爵に嫁ぐことになった。そして結婚してわずか2年で夫が死んでしまったため、我が家に出戻り、王太子とよりを戻して今の状態だ。

 殿下は王宮にお姉様の部屋を与えたいらしいが、うちが子爵家ということと、お姉さまが未亡人ということが邪魔をして、上手くいかないらしい。仕方なく我が家に入り浸っている。


「それがさぁ、なかなか上手くいかないの。あの女Sクラスだから、ある意味守られているのよね。フィリップ殿下もすぐあの女を庇うし」


 おまけに今日は別の邪魔も入った。あの生意気娘、いつか絶対痛い目に遭わせてやるんだから。


「そう。じゃあ、なにか別の手を考えないと」


「出来ればスキャンダラスで、センセーショナルなのがいいわ!」


 あの女が二度と立ち直れない様なものなら特にね!


「だったら、こういうのはどうだ?」


 悪い顔をした王太子が、計画を囁く……




 ****

 十日後



「デルフィーヌ、大変だ!財務省から、訴えを起こされた!」


 帰宅した途端にお父様から告げられた言葉に私は最初、何かの間違いだと思ったのだが、そうではなかった。それは正式な裁判の起訴状で、そこには罪状を横領と贈賄とし、本来なら王太子妃となるために必要な品を買うために準備されている予算を、私が私的に流用しただけでなく、その事を隠すために二人の役人に賄賂を渡し、さらに口止めのために身体を使って誘惑したという内容が書かれていた。


 全く身に覚えのない罪状とその内容にショックを受け、思わずよろけるが、後ろに控えていた侍女が支えてくれたおかげで、何とか倒れずに済んだ。それでも息をするのも苦しく、身体がどんどん冷えていくのが判る…


「お父様、このような事実はありません…私は…」


「判っている。お前は嵌められたんだ。しかし、これは正式な起訴状だから、裁判は避けられない。しかも公判までわずか一週間しかない。そんな短い期間で、どれだけの準備が出来るか…」


「そんな…」


 令嬢がこのような内容で裁判にかけられるなど、スキャンダルもいいところだ。おまけに公爵家にも被害が及ぶのは避けようがない。父も兄も出来るだけのことをすると約束してくれたが、そのための時間はあまりにも少ない。絶望的な思いに苛まれた私は、食事も摂らずにベッドへと入ったが、結局一睡も出来ないまま朝を迎えた。


 しかし、最悪の事態は、これだけに留まらなかった。


「デルフィーヌ様、これであなたも終わりよ。今度の事は、ちゃんと目撃者がいるんだから!」


 翌朝、学園に登校した私の前に立ちはだかったアリエル様は、腕に包帯を巻き、三角巾で吊っていた。その後ろには俯いた一人の女生徒と、その腕を掴む二人の女生徒、そして、先日アリエル様と一緒にいた男子生徒が得意満面の顔でいる。


 生徒達が口々に言う。


「私見ました!デルフィーヌ様がこのクレアにこっそり命令しているところを!」


「私もです!」


「僕たちは、クレアがアリエルを階段から突き落そうとするのを見たんだ!」


「幸いにも気がついたのが早かったから、アリエルは大けがをせずに済んだけど、下手すると大変なことになっていたはずだ」


「すみませんデルフィーヌ様。私、捕まって問い詰められてしまって。だから、黙っていることが出来なくて・・・」


 目の前で繰り広げられる茶番劇は余りにお粗末で、私は言葉も出なかった。ただ、このような事は誰も本気にしないだろうと思ったのに、どうやらそうではなさそうで、野次馬となった生徒が集まりだし、だんだん周りが騒がしくなっていく。


「これでもう、あなたはオシマイよ。どうやら財務省の方からも、訴えられているんでしょ?散々お金を使い込んだ挙句に、そのことを黙ってもらうために身体を使って口止めしたとか。そんな卑しい女はさっさと自分の罪を認めて、修道院にでも行けばいいのよ!」


 周りの喧騒がさらに大きくなる。昨日我が家に届いた書状の内容を、アリエル様がすでに知っているということは、やはり今回の事は王太子と子爵未亡人が関与している可能性が高いのだろう。こんな事をするほど、私は疎まれていたのかと思うと、さらに絶望感が襲ってくる。


 その時、クスクスという笑い声が聞こえたかと思うと、エマーリア様が笑いながら私とアリエル様の間に立ち塞がった。その後ろには、フィリップ様もいて、


「ふふふっ、たかだか、《王太子の寵愛を受けている子爵未亡人の妹》でしかない子爵令嬢風情が、貴族として最高位にあたる公爵家の令嬢を私的に裁こうだなんて、烏滸がまし過ぎて笑えるわ。それに加担される方々の浅慮さは、言うに及ばないわね。一体あなた方って、なに様になったつもりなのかしら?」


「また出たわね、この生意気娘!あんたが辺境伯の娘だからって、私が怯むと思っているのなら、勘違いもいいところよ!」


「あなたがどう捉えようと関係無いわ。わたくしは事実を言ったまでだもの」


 どこまで事態を把握しているのかわからないが、エマーリア様はニコニコしながら言い切る。


「そうだね。そんなに彼女を裁きたければ、正式な裁判に僕がしてやろう。そして、第二王子の名前で君たちを証人として召喚することにしよう。クレア・ビーチャムはもちろん、アリア・ベドウ、セシール・ブーデ、ヨアン・カルド、ユリス・シャプイ、そしてアリエル・コデール、この場合君が訴訟人だな。判っているとは思うけど、王族からの召喚を拒否した場合、それだけで不敬罪確定だからね」


 フィリップ様の言葉に、その場にいた全ての者が無言となった。それまで得意げな顔をして私を責め立てていた生徒達に至っては、今では青い顔をしており、中には震えている者さえいる。

 そのフィリップ様の提案で、これ以上騒ぎが大きくなるのを防ぐためにも、私は当分の間、学園を休むことになった。



「デルフィーヌ、おまえが散財したとされている店が判ったぞ。《ドラットル宝石店》、《マダ・セデスのメゾン・ド・クチュール》、《バーボーの遊技場》の三店だ」


 その日の夕刻、疲れた顔をした兄が告げたのは、聞いたこともない名前の店だった。そのことを伝えると、


「判っている。だが、どの店からも六年以上前から請求が来ているらしい。おそらく、利用していたのは王太子殿下とオーレリー様だろうが、それをどうやって証明すればいいのか…今回の場合、店側がグルなのは確実だからな…デルフィーヌ、悪いがしばらくはあちこち調べ回ることになるだろうから、屋敷に戻れないかもしれない。不安だろうが、耐えてほしい」


「判りました。お兄様、くれぐれも無理はなさらないで…」


 その言葉通り翌日から兄は屋敷に戻ることはなく、私は何も出来ない自分自身を歯がゆく思いながら、頭痛と胃痛を抑えるための薬が手放せない日々が続いた。


 ***



「被告人デルフィーヌ・キャンデロン、前へ」


 あれから一週間。私は証言台に向かって歩いている。


 法廷は一段高くなった正面にジャルベール司法長官と、彼の両脇に書記官が二人座っている。その脇には騎士と兵士が数人控えていた。

 私が立たされた証言台の右側には、フィリップ殿下や目の下にクマを作った兄のクリストフなど、私の弁護をするために集まってくれた人達が座っており、左側には訴訟人側の証人達が座っていた。後方にはここへの出入り口があるが、そこにも兵士が数人立っている。


 一階分高くなった傍聴席が背面を除いて法廷を取り囲むようにあるが、正面に座られているのは陛下とローブの人物のみだ。小柄だから、おそらく女性だろう。傍聴席と陛下たちのいる場所を隔てるように二列に騎士たちが並び、一番手前にはさらに二人いる。


 フィリップ殿下の尽力で、今回の裁判は御前裁判となった上に非公開とされたため、関係者以外は入ることが出来ないが、傍聴席の右側には私の家族や親戚達が心配そうに座っており、左側の傍聴席には王太子殿下やバーディン子爵未亡人、コデール子爵夫妻が座っていた。ただ、叔母であるドレール伯爵は右側に座っているのに、その夫であるゲオルグと息子のザカリが左側に座っていることが気になった。



「おい、なんでその女は拘束されてないんだ!」


「アドルフ王太子殿下、今この場で発言して良いのは、私と、私の質問に答える者、私が発言を許可した者、そしてこの場の最高責任者であらせられる国王陛下のみです。それに異があるのなら、即刻ご退場願います」


 私の姿を見て大声で騒ぐアドルフ殿下に対し、司法長官が冷静に言い放つ。舌打ちのようなものが聞こえたが、それ以上の発言はなされなかった。


「では被告人、名前を言って下さい」


「デルフィーヌ・キャンデロンです」


「では、訴訟人及び、起訴状の内容をこれから読み上げます。今回は三通の起訴状があります」


(三つ?二つは判るけど…)


「第一の起訴状。訴訟人はアリエル・コデール。起訴内容は同子爵令嬢に対する器物破損及び、傷害教唆で、このことに対し、アリエル・コデールはデルフィーヌ・キャンデロンの魔法学園の退学及び、怪我を負ったことに対する賠償金三千万デルを求めてます。証人は魔法学園学生クレア・ビーチャム、アリア・ベドウ、セシール・ブーデ、ヨアン・カルド、ユリス・シャプイ、そして訴訟人であるアリエル・コデールの六名」


(嘘の怪我に三千万って…)


「第二の起訴状。訴訟人は財務省財務大臣補佐官ギヨム・デジャルダン。起訴内容は、公金横領と贈賄。証人は財務省役人であるグレゴール・ドネ及びジャクス・フーケ、そして宝石商アースノー・ドラットルとメゾン・ド・クチュール経営者ベルティヨン・セデス、賭博場経営者ビバウト・バーボーの五名」


(やはり、一度も会った事のない者ばかりだ…)


「第三の起訴状。訴訟人はアドルフ・ド・バルザック王太子殿下。起訴内容は姦通の罪で、今回の裁判の事を踏まえ、デルフィーヌ嬢の有責での婚約破損と、キャンデロン公爵家にはその責任を取るために息子クリストフ共々の隠居を要求。また、キャンデロン公爵位は、現公爵の実弟であるゲオルグ・ドレールに譲るようにとのことです」



 そういうことか!私は今告げられた言葉に愕然としながらも、叔父たちがあそこに座っている意味や、アリエル様が嫌に自信たっぷりだった訳を、納得した。なんてことだ。彼らの間では、すでに話はついているのだ。おそらく叔父が公爵になった暁には、姉共々養女にしてもらう約束でもしているのだろう。

 腹立たしさと悔しさで、思わず唇を噛む。右側の傍聴席を見ると、父と叔母が驚きと怒りの表情で、叔父を睨み付けていた。


「それでは、被告人。私の質問に答えてください。第一の起訴状のアリエル・コーデルに対する器物破損及び傷害教唆の罪をあなたは犯しましたか」


「いいえ、私は、そのようなことは一切しておりません」


 先ほどの怒りがまだ収まらないせいか、自分でも驚くほど大きな声で否定する。


「では被告人はいったん下がってください。証人一番から三番、前へ」


 私がお兄様たちの側に用意されている椅子に座ると、青い顔をした三人の令嬢たちが証言台の前に並ばされた。私の時と同じように名前を言うよういわれ、それぞれが名乗る。


「では、クレア・ビーチャム。あなたはデルフィーヌ・キャンデロンに頼まれ、アリエル・コーデルを階段から突き落としたとありますが、それは事実ですか」


「いいえ!いいえ、事実じゃありません!私、アリエル様に脅されて、仕方なくそう言っただけなんです!だって、うちの領は貧しくて、唯一の収入が農作物なのに、言うことを聞かなければ、一番の卸先であるコーデル領から締め出すって言われて…」


 途端に傍聴席が騒がしくなる。


「ちょっと、あんたどういうつもりよ!裏切る気!?」


「裏切るも何も、私は脅されて言わされたのよ!それに、もし此処で嘘を言った事が後でばれたら、それこそどんな目に遭うか判らないじゃない!」


「静粛に。では、アリア・ベドウ、セシール・ブーデの二人に聞きます。あなた方はクレア・ビーチャムがデルフィーヌ・キャンデロンに、アリエル・コデールを害するよう頼まれるところを確かに見たと、ここに書かれていますが、それは事実ですか」


「「…すみませんでした。それは事実ではありません…」」


 先ほどのクレアの言葉で観念したのか、真っ青な顔をした令嬢二人は口々に謝罪と、言い訳を始めた。

ずっとフィリップ殿下に憧れていた二人は、今回の事がうまくいけば、将来アリエル様とフィリップ殿下が結婚した後、殿下の愛人にしてやるとアリエル様に言われたということを、涙ながらに喋りだしたのだ。

 それを聞いたフィリップ様は苦虫を噛み潰したような顔をされている。


 その後証言台に呼ばれた令息二人も、証言台に立った途端に青い顔ですべては嘘だったと言い、自分達はアリエル様に、自分の愛人兼近衛騎士にしてやると言われて今回の事を引き受けたことを認めた。おまけにその前約束として、それぞれ胸とお尻を触らせてもらったことまで告白したため、傍聴席はさらに騒がしくなった。


「嘘よ、嘘よ、みんなして嘘をついているんだわ!これは公爵家の陰謀よ!」


 アリエル様が大声で訴えるが相手にされず、結局第一の起訴内容は全て虚偽だったということで、起訴は取消しとなったばかりか、虚偽の訴えを起こして私を陥れようとした罪で、逆にアリエル様が拘束されることになった。


「放しなさいよ、なんで私がこんな目に遭うのよ!あの女が、デルフィーヌがすべて仕組んだのよ!」


「静粛に。アリエル・コデール、それ以上騒ぐようでしたら法廷侮辱罪を適用します」


 そう言われて黙らざるを得なかったアリエル様以外の証人達は、兵士によって法廷から連れ出されたが、その際、公爵家から正式な抗議及び今回の賠償金の請求が後日あるだろうことを告げられたため、青い顔を今度は白くして、出て行くことになった。



  ***



「あぁ、いやだ。ほんと使えない子達ね」


「仕方ないだろ。まさかこんなところで証言させられるとは思ってなかっただろうし、陛下に嘘偽りは言うなと言われれば、びびってあぁなるさ」


「だけど賠償金って」


「大丈夫。公爵家が代替わりしたら、そんなもん不問になるさ」


「それもそうね」


「それに、本番はこれからだ」



  ***



「では、第二の起訴状に移ります。デルフィーヌ・キャンデロン、証言台へ。あなたはここに書かれている公金横領及び収賄の罪を犯しましたか」


「いいえ、一切身に覚えがありません」


「では被告人はいったん下がってください。証人九番から十一番、前へ」


 宝石商とメゾン・ド・クチュール経営者、賭博場経営者が呼ばれ、先の証人達と同じように名前を言った時点で、クリストフ兄様が挙手して発言を求めた。


「ジャルベール司法長官、ドレス及び、宝石類に関しては予算の使用を認められているはずですが」


「確かにその通りです。しかし、予算は無尽蔵に使える訳ではなく、それぞれに決められた額があり、今回はそれを大幅に逸脱しているために、証言してもらうことになっております」


「…そうですか。了解いたしました」


「では、宝石商アースノー・ドラットルに質問します。あなたの店で、ここ一年におけるデルフィーヌ・キャンデロン名義で買い上げられた宝石の総額はいくらになりますか」


「はい、キャンデロン様には昔からご贔屓にしていただいておりますが、ここ一年のお買い上げは今までよりも群を抜いており、わたくし共はご成婚が近いせいだとばっかり思っていたのですが…金額は、六千五十三万デルになります」


「ありがとうございます。次にメゾン・ド・クチュール経営者ベルティヨン・セデスに質問します。あなたの店で、ここ一年におけるデルフィーヌ・キャンデロン名義で買い上げられたドレスの総額はいくらになりますか」


「はい、うちの店も前から何度かご注文をお受けしていたのですが、ここ一年は大幅に注文が増えておりました。私もご成婚が近いせいだとばっかり思っていましたので…ここ一年でお作りしたのは全部で28着で、その合計金額は五千七百万デルになります」


「ありがとうございます。最後に賭博場経営者ビバウト・バーボーに質問します。あなたの店で、ここ一年におけるデルフィーヌ・キャンデロン名義で支払われたお金の総額はいくらになりますか」


「うちは金さえ払ってくれれば誰でも遊べる、健全な賭博場ですんで。ここ一年ですよね。えっと、チップなんぞは判りませんが、うちで支払われたのは差し引き三千二十四万デルってところですな」


「判りました。本年度のデルフィーヌ・キャンデロンに割り当てられている予算は、宝飾品代及びドレス代を合計して七千万デルとなっております。これは事前に公爵家にも通知が行っています。しかし、今回使われた金額は合計で一億四千七百七十七万デル。しかも賭博場などの遊興費に関しては予算外の出費ですので、到底認められるものではありません。しかし、なぜかこれらが認められ、すでに国庫から支払われている。この辺りについては後程証人七番と八番に聞くことにしたいと思います」


「長官、よろしいでしょうか」


 兄が許可を求める。


「まず、アースノー・ドラットルさん、ベルティヨン・セデスさん、こちらをご覧ください」


 兄が二枚の紙を宝石商とメゾン経営者それぞれに見せると、突端に二人の顔色が悪くなるのが判った。


「こちらはあなたの店で使用されている顧客のサイズ表で間違いありませんね」


「…間違いありません」


「…はい、間違いないです」


「では、その顧客の名前をお二人同時に読み上げてください」


「「…デルフィーヌ・キャンデロン様です」」


「ありがとうございます。では、司法長官、こちらの書類は王宮侍女統括責任者からお借りしてきた婚礼衣装とそれに使用する宝飾品作成のために測られたデルフィーヌ・キャンデロンのサイズ表です。双方を見比べてください」


 先ほどの紙に加え、新たに二枚の紙を司法長官に差し出す。


「…これは、全くの別人のものとしか言いようがないですね」


「はい、これにより、何者かが我が妹の名を騙り、ドレスや宝飾品を注文、着服していた可能性が高いと私は考えています」


「判りました。書記官、これらを証拠の品として保管を」


「次にビバウト・バーボーさんに質問します。あなたは普段から遊技場に出て接客することはありますか」


「…時々は。特にお得意様が来たら、顔ぐらいは出しますんで」


「ありがとうございます。では、年間三千二十四万デルともなれば十分得意客といえるでしょう。あなたは一度でも賭博場で()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、接客したことがありましたか」


「…いいえ、一度もありません…」


「ありがとうございます。長官、今の証言から、賭博場に出入りしていたのも、妹の名を騙る別人だという可能性が高いと思われます」


「判りました。では、証人九番から十一番はいったん下がって、証人七番と八番は証言台へ」


 二人の財務省の役人が証言台へと並び、これまでの証人同様、名を名乗る。


「グレゴール・ドネとジャクス・フーケに質問します。今回横領を働いた人物から、本来なら予算外の出費である過剰な衣装代や宝飾品代、そして遊興費の請求を通す便宜を図るかわりに、賄賂を受け取ったというのは事実ですか」


「「事実です」」


「では、その際に口止めとして身体を使った誘惑を受けたというのも事実ですか」


「もちろん事実です。とても楽しい時間を過ごさせてもらいました」

「ええ、私もとても有意義な時間でした」


 二人の役人はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、私の方を見たため、その気持ち悪さに鳥肌が立った。しかし、その直後の司法長の質問で、事態は違う様相を見せ始める。


「ほう、まさか17歳でまだ学生の被告にそのような事が出来たのですか」


「いえいえ、そんな小娘なんぞではなく、我々のお相手は閨のことを十分に理解していて、男と肌を合わせ慣れている未亡人ですからな」


「そうそう、おかげで一晩中、しっとりねっとりと楽しむことが出来ました。…あっ…」


 その瞬間、自分たちの口走った言葉に愕然とした役人たちは、慌てて己の口を押え、これ以上は喋るまいとするが、


「では、質問を変えます。今回の事は、あなた方二人が公金を横領した挙げ句、その罪をすべて公爵令嬢に押し付けようとしたということで、宜しいですね」


 司法長官の言葉に貌を青くした役人たちは、口を押さえながら、首がもげるのではと思うほどの勢いで横に振り続けるが、


「無言は肯定と見做す!」


 陛下の言葉に、今度はあわてて喋りだした。


「我々は王太子殿下に命令されただけです!請求書を通す代わりに、確かに賄賂は貰いましたが、全ては王太子と子爵未亡人の差し金で、公爵令嬢が身体を使って誘惑してきたと証言しろと命じたのも、王太子殿下です!実際は未亡人が我々を誘惑してきたんです!!」


「おまえら、自分が何を言っているか判っているのか!!」


 王太子殿下が叫ぶが、証人達の言葉は止まらなかった。


「そうです!横領だって、殿下が命じた通りに請求書を処理していただけであって、我々はその額に比べれば、ほんの僅かな金をもらっただけです!今回の事だって、役所を首にはなるけれども、それ以上の罪は問わないようにしてやるし、さらにお金を積んでくれると言うから引き受けたのに!」


「直ちにアドルフ王太子と子爵未亡人を捕らえよ!」


 司法長官の声が響いた途端、騎士たちが一斉に動き、王太子とオーレリー様を取り囲んだ。


「父上、これはなにかの間違いです!放せ、俺は王太子だぞ!」


「放しなさいよ!あいつらは嘘吐きなんだから!ちょっと、痛いじゃない!」


 抵抗するものの、二人はあっという間に騎士たちに取り押さえられた。それでもさらに騒ぐ二人に対し、陛下が


「それ以上騒ぐようならば剣の使用を認める!」

 

 と言ったことで、ようやく静かになった。




「さて、こうなると、あなたに聞くのが一番いいと思われますので、アリエル・コーデル、証言台へ」


 司法長官の言葉で、アリエル様が証言台に立つことになった。


「アリエル・コーデル、今回のことに関して、あなたが知っていることを、全て話しなさい」


 後ろ手に拘束されているため、手で口をふさげないからか、唇を噛んで喋るまいとするアリエル様を追い詰めるように、長官は質問を変える。


「では、今回のことを計画したのは、全てあなただということで、宜しいですね。何も答えないということは、肯定と見做します」


 司法長官のその言葉に目を見開いたアリエル様は、それまでの態度とは打って変わり、堰を切ったように喋り出した。


「はぁ?そんな事あるわけないでしょ!私にそんな力も権限もないんだから。そもそも今回の事は全部、邪魔なデルフィーヌを排除するために、王太子とお姉さまが企んだのよ。私、王太子とお姉さまが、まだ学生の頃からデルフィーヌが予算をあまり使わないことを良いことに、色々と使い込んでいたのを知ってるわ。しかも、メゾンも宝石商人も、店に来たのが偽者のデルフィーヌだと知っていながら、請求書を王宮に送っていたんだから」


「いや、我々は決してそんな…」


「そうです、そんなこと一切…」


「うるさいわね!だって、考えてもみてよ。お姉さまが王太子と一緒に使い込みを始めたのは13歳の時で、その頃デルフィーヌはまだ8歳なんだから、全然体格が違うのよ。普通に考えたら判らないはずないじゃない。

そいつらは判ってて、ドレスや宝飾品を作っては請求書を王宮に送ってたのよ。どうせそれも水増ししてるに決まってるわ。それに、賭博場も同罪よ。10歳になるかならないかの子供が賭博場に行くわけないじゃない。馬鹿でも解るわ!

第一、私はお姉さまに頼まれたから、デルフィーヌに濡れ衣を着せたんだから!お姉さまも殿下も言ってたでしょ!婚約破棄出来たら、修道院に送るふりをして、前々からデルフィーヌをいやらしい目で見ていたジケル男爵に売るつもりだって!すでに約束を取り付けてあるって話してたじゃない!

あぁもう、これで私、公爵令嬢になれないわ。どうしてくれるのよ!せっかく公爵が代替わりしたら養女にしてもらう約束だったのに!!」


「あんただって、フィリップ様と結婚させてくれるんだったら、何でもするって言ってたじゃないの!」


「静粛に!二人とも、それ以上騒ぐと法廷侮辱罪を適用するぞ!」


 司法長官の大声が法廷に響き渡り、姉妹はようやく静かになった。



「では、第三の起訴状に移ります。すでに事実が判明していますが、形式ですので。それでは被告人は証言台へ。ここに書かれている姦通の罪をあなたは犯しましたか」


「いいえ、私はそのようなことは一切いたしておりません」


「ありがとうございます。戻って下さい。それでは最後の証人をここへ。この証人はこの度の件に関して、どうしても証言したいことがあると、自らこの場に来ることを望んだ方です」


 法廷の入り口の扉が開き、一人の女性が騎士に付き添われ案内されてきた。あれは…


「証人、名前を言ってください」


「クローディーヌ・アウデバートと申します」


「…なんでお姉さまが?司法長官、この女は娘を亡くしてから頭がおかしくなっていて、領地に閉じ込められていたんです!だから…」


「コデール子爵夫人、それ以上一言でも発すれば、法廷侮辱罪を適用します。では証人、証言をお願いします」


「はい。この度の案件は、わたくしの娘の死が大きく関係していると思い、こうして証言台に立つことにいたしました。アドルフ王太子殿下の元婚約者であった我が娘フォスティーヌは、幼いころから少し身体が弱かったため、定期的にある薬を使用していました。

それはわたくしの妹アルベルティーヌが嫁いだコデール領で取れる植物を原料としていたため、妹がその薬を毎月届けてくれておりました。妹はよく娘のオーレリーを連れて来ておりましたが、一歳しか変わらない従妹と遊ぶのも、フォスティーヌの良い気晴らしになるだろうと、わたくしは歓迎していたのです。

しかし、娘はある日急に体調を崩し、そのまま亡くなってしまいました。わたくしは絶望の淵に立たされましたが、夫や息子がわたくしを支えてくれたので、何とか耐えることができておりました。

そんな時、妹と一緒に我が家に滞在していたオーレリーが言ったのです。『おばさま、わたし、この家の子になってあげてもいいわよ』と。最初はわたくしを慰めるために言っているのかと思いましたが、その後に続いた言葉に愕然としました。『お母様も言ってたわ。フォスティーヌの物は、いずれ、すべてあなたの物になるのよって』。

それからしばらくして妹アルベルティーヌから、オーレリーを養女として、王太子殿下の婚約者にしてはどうかという提案の手紙が届きました。娘を亡くしたばかりで、そのようなことを考えたくないと断りの返事を出したにもかかわらず、同じような手紙が何通も届けられるようになり、私は確信したのです。娘の死の原因はアルベルティーヌが届けてくれていた薬にあるのだと。もちろん証拠はありません。娘の死と共に薬も処分してしまいましたから。

ただ、フォスティーヌとオーレリーは従姉妹同士ということもあり、とてもよく似ています。もし、オーレリーが学園に入り、王太子殿下の目に留まれば、どうなるかと不安になったわたくしは、密かに王妃様にご相談し、王妃様はオーレリーが学園に入ってしまう前に新たな婚約者を決めることをお約束下さいました。そして、デルフィーヌ様が新たな婚約者となられたのです。

これで妹からの娘を養女にしろという要求は無くなると思っていましたし、実際、一時は来なくなっていたんです。しかし、オーレリーが学園に入り、王太子殿下と親しくなったという話を聞くようになったころから、またその要求の手紙が届くようになりました。

わたくしは夫と息子の協力の下、体調が悪いふりをして領地に引きこもることで、何とかその要求から逃がれることが出来たのです。

今回はその手紙全てを持ってきております。本当は燃やしてしまいたかったのですが、もしかしたら何かの役に立つのではないかと思いとどまったことを、今では神に感謝しています」



 夫人が語り終えた後、重い静寂が法廷を包みこんだ。


 しかし、直ぐに一つの声によって破られた。


「殺したのか?!」


 騎士に拘束されていた王太子が、その身をよじり、何とかしてコデール子爵夫人に詰め寄ろうとしていた。


「おまえがティーを、フォスティーヌを殺したのか?まだ幼い、自分の姪を?彼女はまだ、たった9歳だったんだ!なぁ、おい、なんでだ?!なんで殺した!!」


「そんなの、不公平だからに決まってるでしょ!兄は伯爵家を継いで、姉は侯爵夫人。なのに私は子爵家って、どう考えてもおかしいじゃない!しかも姉の娘は王太子の婚約者で将来の王妃なのに、うちの娘は精々同じ子爵か、頑張っても伯爵夫人どまりだわ!こんなの不公平でしかないわ!だ・か・ら殺したのよ!お姉さまが素直にうちの娘を養女にしていれば、こんなことは起きなかったのに!」


「わたくしの〔愛娘を殺した女〕が産んだ娘を、王妃になんて、絶対にするわけがないでしょう!」


「今すぐコデール子爵及び夫人を拘束しろ!」


 陛下の声が響く。


「放せ!俺は何も知らん、この女が勝手にやったことだ!」


「放しなさいよ、なんで、なんでよ!なんで私や、私の娘が幸せになったらいけないのよ!!おかしいでしょう!」


 抵抗し、叫び声を上げる子爵夫妻は引きずられるようにして兵士たちの手により法廷の外へと連れて行かれた。扉が閉まり、ようやく夫人の声が聞こえなくなった時、私はほっとした。そこでようやく、彼女の余りにも自分勝手な悪意に当てられたせいで、気分が悪くなっていた自分に気づいた。



「では、この度の判決を言い渡す。被告人は証言台へ」


 少し掠れ、疲れたような陛下の声が告げたため、私は証言台に立つ。


「被告人デルフィーヌ・キャンデロンは、三つの起訴状すべてにおいて、その内容が虚偽であったため、無罪である。また、彼女を貶めるために罪を捏造した者、己の罪を彼女に着せようとした者、そして、それに加担した者たちはすべて捕らえて牢に入れ、後日それぞれの罪を明らかにした上で裁くことを、ここに約束しよう」


 その言葉に私は令嬢としての礼を執る。その頭上を、司法長官の声が通り抜けた。


「これにて閉廷とする」


(やっと、終わった…)



 その直後、ドレール伯爵である叔母が手を上げ、司法長官に発言を求める。


「陛下、私はこの度の騒ぎの一端を担った夫ゲオルグを離縁しとうございます。お認め下さい。それとザカリ、あなたには再教育を施しますから、覚悟なさい!」


 陛下が頷き、叔父と従兄弟が青い顔をして座り込むのが見えたが、もう私は彼らとは関わり合いになりたくなかったため、見なかったことにした。



 ***



「あぁ、緊張した。でも、色々上手くいって良かったよ!」


 王宮に用意されていた控えの間のソファーに倒れこむように座りながら、兄が言う。お父様は今回の事に関する賠償を求める手続きに取り掛かるため、早速法務省に出向いている。


「お兄様、色々と尽力して下さり、ありがとうございます」


 本当に、一時はどうなるかと思ったが、無事に冤罪が晴れてほっとした。


「お礼ならフィリップに言ってやって。彼のおかげで色々手に入ったんだから」


「フィリップ様、この度は、本当にありがとうございました」


 改めてお礼を言うと、


「いや、こっちこそ、兄上が迷惑をかけてすまなかった。まさか、あのような事を計画していたとは…」


「でも、よくあの二店のサイズ表なんか手に入りましたね」


「いや、元々あの二店の請求書に疑問を持っていた財務大臣補佐官のギヨム・デジャルダンが、秘密裏に内偵を入れていたんだ。そのお陰だよ。彼はグレゴール・ドネとジャクス・フーケの事も疑っていたから、今回の事でいろいろと炙り出せることを期待して、協力するふりをしていたみたいだ」


 どうやら私の知らないところで、いろんな動きがあったようだ。

 部屋つきのメイドがお茶を淹れてくれたので、私も座ることにした。思いのほか疲れていたのだろう、いつもより少し砂糖を多めに入れた甘い紅茶が、その温もりと共に身に染みる。


「でも、裁判での質問って、本当に大変だったんだよ。実は事前に質問する内容を提出させられてさぁ、え、司法長官もグルなのか?って疑ったくらい、書き直させられたんだから」


 兄の言葉に、もう一度お礼を言う。本当に心配と苦労を掛けたと思うが、これでようやく平穏な生活に戻れると思うと、自分でも驚いたことに、急に涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。

 兄がハンカチを、フィリップ様が肩を貸してくれる。二人の優しさに挟まれ、私は自分の心が納得いくまで泣き続けた。




 ******



「エマーリア嬢、いや、パシェット伯よ、今回の事は世話になった。まさかこのような結末になるとは思いもよらなんだが、これもまた致し方ない事だろう」


 ひどく疲れたお顔をされた陛下からねぎらいのお言葉を受けた後、わたくしはお父様たちといったん自宅へと戻ることにした。


 今日は開廷前、別室で事前の打ち合わせを陛下と行った後、身長でわたくしだとばれないように、わざわざ15センチもある上げ底の靴を履いてローブを羽織り、法廷に向かったのだ。そして、


「これより御前裁判を始める。全員、面を上げよ」

  (【確認〈対象者・法廷にいる全ての人物〉ファクトムLv4発動】)


 司法長官がそう言うのと同時に特殊魔法を発動させ、そのことを陛下に伝えた。


 《特殊魔法ファクトム》 それは真実を暴き出す魔法。その効力はLv1からLv5まであり、Lvと対象人数によって使う魔力は変わってくる。Lv1では本音を交えたお喋り程度だが、Lv3になると()()()()()()()に対して本音を8割程度話してしまい、Lv5になると、本音どころか知っていることや隠していたい秘密までベラベラと喋ってしまう。ただし、このような魔法が存在することを出来るだけ隠すため、証言者や傍聴人には、上手く誘導され、うっかりしゃべってしまったと思わさないといけない。そのため、デルフィーヌ様側の質問内容をあらかじめ知る必要があったりと、結構大変だったようだ。


「今回は法廷ということもあったから、ちょっとばかり張り切ってLv4にしてみたけど、殊の外面白かったわ」


「エマ、無理をして、疲れてないか?」


「かなり長時間だったし、お前はあまり丈夫ではないからな」


「お父様もお兄様も心配性ね。確かに少しばかり疲れたけど、すべて丸く収まったし、王家の我が家へのちょっかいも、これで無くなるんじゃない?」


「それに関しては、わしがうまくやっておくから、気にしなくていい」


「ふふっ、お願いしますね。あっ、あと、出来ましたらこれも」


 お父様に数枚の紙を束ねた物を渡す。それは友人のセレナと共に考えた婚姻や相続に関する新しい法律の提案書で、長年不当な扱いを受けている幼馴染のために、セレナがずっと考えていたものを基にしたものだ。今さらどれだけ役に立つか判らないが、これから先、彼の様な者を出さないためには必要だろう。


 自室に戻ると寝巻に着替え、ベッドに転がって天蓋を覆う布を眺める。色鮮やかな刺繍で描かれているのは、正義を司る女神テーミスだ。しかし、自分が思っている以上に疲れていたのだろう、横になったとたんに瞼が降りてくる。あわてて上掛けの中に潜り込む。


「箝口令が敷かれたけど、これで一応、すべて丸く収まったってことよね?」


 そう呟くと、その後は睡魔に引きずられるように、眠りに落ちていった。




 ******



 裁判で私の無罪が証明されてから一か月程が経った。結局、王太子は表向きは病死と発表されたのち廃嫡され、子を生せない身体にされた上で、平民として王家の管理している小さな領地の領主代理として働くことになったらしい。彼についていったのは城の下働きをしていた少女、ただ一人だった。


 バーディン子爵未亡人は、もうじき裁判が始まる。バーディン子爵亡き後を継いだ息子ベレンが、夫殺しの罪でオーレリーを訴えたのだ。こちらはまだ薬が残っていたらしい。


 コデール子爵家はお取り潰しとなり、子爵夫妻には毒杯が渡された。夫人は最後まで抵抗していたため、無理やり口をこじ開けて飲ませることになったと聞く。アリエル様は平民として鉱山での強制労働六年の刑が下りた。役人二人も同じ刑で、こちらは十年らしい。


 アリエル様の友人達も、脅されていたクレア嬢を除く全員に賠償金の請求が認められたため、それぞれの家は大変なことになり、当事者たちは学園を退学させられ、その後は修道院に送られたり廃嫡されたりしたようだ。


 街からは羽振りの良かった三軒の店が無くなり、ジケル男爵家は領地と財産の没収を受けたので、こちらも風前の灯火だろう。


 私は新たに立太子されたフィリップ殿下と、再婚約することとなった。もともと、私はフィリップ様の婚約者候補だったのを、王太子の婚約者に繰り上げた経緯があったため、うちの両親もこの婚約を歓迎してくれている。私自身、幼いころから仲良くしてくれていた彼との結婚は、有難い話だった。フィリップ様のお気持ちは判らないが、これからゆっくりと互いを思う気持ちを育んでいければと、考えている。


「お嬢様、フィリップ殿下がお越しになりました」


 今日ご訪問の予定などあったかしらと思いながらも、応接室へと急ぐ。そこには照れたような顔をしたフィリップ様が大きな花束を抱えて立っていて・・・


(これって、もしかして・・・?)


 私は少しばかり希望の見える未来へ向かって、一歩を踏み出した。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。


誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいざまぁ [気になる点] 自白魔法は唐突にでてきた感ある 主人公サイドの”悪くない側の人”も、陛下が見ている前なのに話し方が雑...(+裁判長の許可なくしゃべってる) [一言] *犯人…
[一言] この内容で王太子が幸せになる道と言われてもいや要らんだろとしか思えない 冤罪被せようとしたあげく糞貴族に売り飛ばそうとしてたんだぞ?
2021/12/09 06:44 退会済み
管理
[一言] 淡々と主人公が語る話とも違い、主人公の存在をあまり感じられませんでした。そして、王太子をどう思っているのかという感情が伝わってこない為かざまぁと思いませんでした。 後、誰が誰の姉妹なのか、母…
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