最初の一日と、最後の一日
卒業式の朝。いつものように朝食をとる。
ーーとれる訳が無い。そんな余裕はない。
俺は、今日死ぬかもしれないのだ。
母親の顔を見ると、なぜか涙が出そうになる。
客観的に見るとヤバイよな。
重い足取りで学校に行くと、そこには緊張で顔が破裂しそうなくらい赤く染め上がった春の姿があった。
「閏、俺やべーよ、くそ緊張してマジ死にそう」
「うん。わかる。俺も死にそう」
……春よ、軽々しく『死にそう』という言葉を発するんじゃねぇ。
「じゃあ、行ってくるわ」
「え。おい! もう行くのかよ!?」
「止めるな閏。男に二言はねえ」
そういう問題ではない。
もし仮に悠花が俺の『運命の女性』で、春の告白が成功した場合、俺は今日の0時を過ぎた途端に死ぬ。
ゆえに、なるべくならリスクを避けたいーー
けど、止めるって言っても、なんかそれはそれで変だよな。
しかし、俺は冷静だった。
なぜか。『春は、モテない』。
春とは小学生からの付き合いだが、奴に女気があった記憶がない。
無論、俺も人のことはいえないが、この男よりはモテる自信がある。多少は、な。
第一、悠花が春のようなどこにでもいそうな男子中学生と付き合うわけがない。興味すら示さないはず。
心配した俺がバカだった。ここは春を慰める理由をーーーー
「付き合ったよ!!!!!!」
………………
「…………はああああああああああああ! ?」
そこにいたのは満面の笑みを浮かべる春。その隣には、悠花がいる。
「え……ど、どこがいいんですか! この男の!」
「ちょ、おまえそれはないだろ!」
「閏くん……だよね」
透き通るような声。
実のところ、俺は悠花と殆ど話したことがなかった。学校祭の時に、一度だけ同じ班になったくらいだ。
「閏! 悠花も来月から尚英行くって!」
「そうか……良かったな……」
「閏くん、春からもよろしくね」
「ああ、うん。よろしく」
ごめん、それどころじゃない。
本来なら、友人の恋愛成功を全力で喜ぶべきなんだろうが、今の俺にそんな余裕はない。
ーーその日の0時を回った瞬間、お前は死ぬ
頭の中でダウトの言葉がフラッシュバックした。
……まずい。今日、死ぬかもしれん。
その後普通に式があり、友人と別れを惜しむ時間のはずだったが、本当にそれどころじゃなかった。
…………死にたくない。
……………………死にたくない……!!
式が終わり、俺はダッシュで家に帰った。
友人の恋愛が成功したとか、卒業が悲しいとか、今はそんなことどうでもいい。
ーー悠花が、仮に俺の『運命の女性』だったら……
可能性は限りなく小さいとは言える。だが、本当にどうなるかわからない。
今はただ、怖い。怖すぎる。
『閏、今日はありがとな! 悠花、ずっと俺のこと気になってたんだとさ! マジ相談して良かった!』
春からメールが届いた。
俺は、ベッドに横になって横目でそれを見た。
時計は、11時を回っている。
ーーあと1時間で、俺は死ぬかもしれない。
時間、止まってくれねえかな。
こういう時に限って、時間は進むのが尋常じゃないほど早いものだ。
刻一刻と、時計の長い針と短い針がぶつかりそうになる。怖い。怖すぎる。
『55』
ーードッドッ
『『56』』
ーーーードッドッッドッドッッ
『『『57』』』
……………
心臓の音がうるさ過ぎて、もうなにも聞こえない。
頼む、神様……
……死にたく……ない……!!!!
『『『『58』』』』
『『『『『59』』』』』
ーーーーーー!!!!!!
…………
ーー気づいたとき、俺はまた自分の部屋にいた。