8.絶望
とても短いです。
朱の絨毯が敷き詰められている。
私の手もまた、似た赤で塗られていた。
呼吸が荒い。どうしても、整えられない。
原因は判っている。
夢はいつも、幸福か絶望で分けられている。
あの夢はきっと、絶望側の夢だ。
魔法を使ったその夜、夢を見た。
ユノアが魔法を見せてくれる夢だった。教えるとは違ったが、充分なほど見せてもらった。
見せることしかできなかったのだろう。
始め、それはあまりにも曖昧で、現のこととは思えなかった。まだ夢を見ているのだと思いたかった。
ナイフが重く感じた。寝起きではっきりとしない意識の中、両手で強く握り締めた。
突き刺すには、結構な力がいる。それも、この小さな身体では、助走が必要だ。軽い小走りで、全身を支えに、何の躊躇いもなく。
刺した。
じわりと、そこを中心に鮮血が流れる。肌を、服を、床を。あらゆる物を一色で染め上げ、赤い部屋が出来上がった。
私の目には、世界の色が赤だけに映った。
時の止まった部屋で、重いものが倒れる音がした。
静寂が破られた。夢から引っ張られたような錯覚がした。
一人の男が立ち、こちらを見ていた。
蔑み、呆れ、憐れみ、哀しみ。
様々な感情の入り交じった瞳で。
「ゆのあ」
ようやく出た言葉は、倒れた者の名だった。
「殺せ」
男が言う。
私の身体は、それに従って動く。
泣きたかった。
泣けなかった。
叫びたかった。
叫べなかった。
私は、ユノアを殺した。他ならぬ自分の手で。コントロール不能となった腕が、何度も振り下ろされては血飛沫が舞う。
ユノアの目には、もう既に光がなかった。私はそれを眺め、尚もナイフを振り下ろす。
何がなんだかわからず、消えられるものなら消えてしまいたかった。何かを感じることもなかった。
《確認しました。
称号『鎖繋者』を獲得……成功しました》
《確認しました。
称号『鎖繋者』により、スキル『束縛』を獲得……成功しました》
《確認しました。
称号『従順者』を獲得……成功しました》
《確認しました。
称号『従順者』により、スキル『忠犬』を獲得……成功しました》
《スキル『束縛』の効果により、個体名ユノアナの能力を引き継ぎます。
完了しました》
《スキル『忠犬』の効果により、全てのスキルの効力が上昇しました》
イレイアは相変わらず平常運転で。私は放心状態で。男は無表情無言で去っていく。
男が扉を閉めた瞬間、身体にかかっていた力が抜けて、床にへたり込んでしまった。
「どうしてこうなった」
《回答不能》
「これからどうすればいい」
《回答不能》
生きなきゃダメだよ、か。
命であった頃、雪乃に言われた言葉。
《……解決案を提案。
生きることをお勧めします》
「はは。イレイアにも言われちゃった」
生まれ変わったのに自ら終わらせるのは、バカと同じになってしまうだろう。なら、生きるしかない。
荷物を全て持ち、出立する準備を行う。とはいえ、荷物はほぼ無いに等しい。
さあ、出かけよう。そう扉に手をかけた時、昨日までなかった物があることに気づいた。
テーブルに何かが置いてある。金属製のプレートだ。両端に穴が開けられてあり、紐が通されている。少々不恰好だが、異世界感が出ていていい。ある物はもらって行くことにする。
ユノアを埋葬しようにも、私にはできなかった。この体ではどうしようもない。
今度こそ扉を潜り抜ける。
あてのない旅が始まった。