6.魔力とクレヨン
さて、魔法だ! と喜ぶのはいいとして……。
一体どうやって使うのか。
朝食が遅かった為、昼は抜きである。その分、魔法の話をしてくれた。
この世界の魔法には、属性が存在する。人によって適正が異なり、使えたり使えなかったりするらしい。
属性は全部で七つ。火、水、土、風、光、闇、そして命。全ては“無”属性から派生した属性であるのだとか。
魔力の属性は、色で判別することができるらしい。
BTB溶液か何かかな?
「この水晶に触れてみて」
違いました。
そう言って取り出されたのは、占い師が使うような大きさの水晶。空を映したような色をしている。光の加減で幻想的に輝いていた。
私はそれに、何の躊躇いもなく手をあてた。
水晶は空の青を失い、見る見るうちに透明の何も映さないガラスに変化した。無色不透明だった。
「からっぽ……」
気づけば、言葉が出てしまっていた。私にはそれが、からっぽのようにしか見えない。
「ああ、ヴァイオレットはどうやら無属性持ちだね。珍しいよ」
ユノアの暖かい声に安心する。使えもしない魔力を抱えて、ただ喰らわれるだけなのではと、少し心配だったのだ。本当に安心した。
でも、無属性ってどう使うんだろ?
分からないことは聞こう。
「ユノア、無属性ってどう使うの?」
自分が思っていたものよりもずっと、小さな声がでた。
まだ慣れない。違和感しかない感じだ。
「無属性は、火、水、土、風といった、自然属性とは少し違うんだ。身体強化系が主な使い道かな。
それぞれには色があると言ったろう? 無属性には色がない。つまり、どんな属性も使うことができるんだよ。色のない無属性は、色をつけることができる」
おおぉ! 全属性。
舞い踊りたい! しないけどね。
それから、私はユノアに教わりつつ、水、土、風の三属性に魔力を変化させた。よって、私は現在、無、水、土、風の魔力を持っていることになる。ユノアには、全ての属性を軽く使って見せてもらった。
終わる頃には、既に日が木々の高さになり、辺りは暗くなっていた。
夕食時、ユノアからまた魔法の話をしてもらった。その後は部屋で沈むように眠った。
目が覚めたとき、ユノアはもういなかった。朝食の用意が一人分あるだけで、ユノアの姿が見えない。どうやら何処かへ出掛けたらしい。書き置きも何もないが、そう思えた。
私は朝食を食べた。食器を片し洗おうとしたが、水がなかったので、片すところまでとなった。
ユノアは魔法を使う為、いちいち水を置いていたりしないのだろう。
やることがないので部屋に戻る。ここで暮らすことで余裕ができた。そこで、日記を書くことにした。
文字で埋まっている部分もあるが、まだまだ白紙だらけの本がある。それを机に置く。椅子がなかったが、立って丁度いいので問題ない。
そしてペンを持ち、暦が分からない為この世界に来てからカウントして………。ペンを持つなんてできなかった。
何せペンがないんだから。
はぁぁ。盲点だった。
これでは書けない。紙とペンが揃ってこそ『書ける』なのだ。
ペンでなくとも、せめて書く為の何かがあれば……。
ないならどうする?
作ってしまえばいいじゃない!
そうだよ、作ればいいんだよ。魔法は使えない。でも私には、前世から受け継いだ地球の知識がある。科学がある。
考えろ。最も速く作れるものを。
ボールペンは却下。シャープペンシルも却下。鉛筆も時間がかかってしまう。材料が少ないっていったら……クレヨンだ!
クレヨンの材料は、ロウソクと着色用の顔料。顔料は、石を粉にして作ったものだ。案外簡単に作れるものなのだ。
私は籠を持った状態で、少々乱暴に部屋を飛び出した。急いでダイニングに向かった。全体を見廻し、ロウソクがないか探す。
目を、これでもかという程見開き、そして見つけた。壁際にあるキャンドルランタンを。壁に取り付けた小さな棚に、植木鉢と共に置かれている。
火はつけられ、今もロウは溶け続けている。
これでロウソクは見つけた。溶かす必要もない。次は、顔料となる石だ。
これはもう見つけている。
外で黒色の小石を集める。粉末状にするのにどれだけかかるか分からないが、一番速いのは確かだ。
ついでに、器になりそうな石と、細長い形をした石も探して拾っておく。
家に入り、壁のキャンドルランタンを椅子に登って取る。
行儀悪いと言われようと関係ない。気にしない。
白い紙があるのにペンがないのが悪い。うん、ただの言い訳だけどね。
部屋で作業をしようかとも思ったが、灯りが少ないのでダイニング兼リビングで行うことにした。
『クレヨンの三分クッキング』
なんて題名で始まる朝のテレビ番組。…………無いな。三分は無理だ。
三分では無理とはいえ、クレヨンの作り方はそう難しくない。
前世で生きていた頃では、ロウはワックスだったり、顔料は人工の石油から作ったものだったりする。
一、材料のロウと顔料を用意する。
ニ、二つを混ぜる。
三、クレヨンの形にして固める。
四、完成!!
私の場合、石を削るところから始まる。石同士で叩いてもいいのだが、材質によっては手間になる為、ナイフを使うことにした。
器として拾った石に黒い石を置く。ずっと身につけていたナイフを手に取り、刃をぶつけた。
キィと嫌な音が鳴る。思わず顔をしかめた。刃こぼれはしていない。結構丈夫だ。
今気付いたけど、服を着替えていなかった。着替える服もないのだが。
風呂にも入っていない。どうりで痒いわけだ。
着替えの服とお風呂に関してどうにかしたいな。
そんなことを考えながら、私は手を動かした。
随分と危ないことをしている自覚はある。
こんな時、『良い子はマネしないでね』的な文字が出たりするのだ。今の自分は見るからに子供だから、全く説得力がない感じがする。
そんなこんなで顔料となるものが手に入った。上手くいくかは別の話なのだが、なかなか良いのでなかろうか。
平たい石の上に黒い粉がある。石は若干器に見えなくもない。ガラスを使った、古めかしい洒落たキャンドルランタン。中のロウソクから、溶けたロウを器に垂らした。
棒状の細長い、手に持つのにピッタリという、感動的な石。それを使い、器の中身をかき混ぜた。
この世界のロウソクは、きれいな白ではない。薄い黄色って感じの色をしている。塩析をしていないのかもしれない。
ロウソクと黒い粉が混ざり、黒い粘液が出来上がった。後は固めるだけである。
器の中で、できる限り形を整える。乾燥するまで放置する。
上手くできることを祈ろう。
日記をつけると決めてから数時間。時刻は昼を回っていた。
クレヨン作りが終わった途端、私は手持ち無沙汰となってしまった。
キャンドルランタンは元に戻し、未来のクレヨンし○ちゃん以外の物は、籠の中に入れた。それの入れ替えにして、私は夏みかんということになっている果物を取り出した。
昼食代わりとしてそれを食べる。食べられなくなってしまったら勿体ないというのもあるが、他に食べる物がないからだ。
その後、何をしようかと悩んだ結果、日記の内容を考えることにした。が、すぐに内容が尽きてしまった。
仕方ない、まだ特別何かがあったわけではないのだから。別に何もなかったというわけではなく、情報が少なすぎる為の保留といった感じだ。学びながらになるだろう。
学ぶで思い出した。魔力の属性変換をしておけばいいのでは? と。
魔力自体が得体の知れない物質、または生物の為、変化も変換もある意味変わらない。後々調べてみたくなるだろうが、今はこれでも充分な情報だろう。
さて、魔力の属性変換について説明しよう。
魔力は身体中を巡り、熱を持った血液のようなものであり、意思によって操ることができる。
そんな魔力の属性変換は、無属性でないとできない。
今現在、私が持っている属性は、無、水、土、風の四つの属性だ。最も量が多いのは無属性で、他三つは同じくらいだと思う。数値が出るわけでもないので、正確なことはわからない。
魔力は、身体の成長よりも急速に増えていく。貴族でないと死んでしまう理由がこれに当たる。その他にも、魔力と貴族の柵の理由はあるだろうが。
魔力の属性変換は至って簡単。
念じればいい。
ね、簡単でしょ?
マジでびっくりするくらい簡単だった。念じるにも想像しないといけないみたいだが、それも楽なものだ。
残りの属性は、火、光、闇、命だ。
私は念じた。ユノアが戻るまでの時間を使って。その途中、クレヨンを部屋に持って行ったくらいしか動いていない。
しかし、日は随分と傾いた。知らぬ間にだいぶ時間が経っていたらしい。
ユノアが帰ってきた。手に革でできた鞄を持っている。
前に出掛けたときは持っていなかった物だ。今回は持っていったということだろうか。
ただいま、と一声かけてから、鞄をテーブルに置いた。
「今日は服を買ってきたんだ。ヴァイオレットはそれ以外持っていないだろう? ずっと同じ服を着続けるのには無理があるからね」
ナイスタイミングだよ!
ユノアってテレパシーか何か使えるんじゃないのか?
感激する私をよそに、ユノアは服を取り出していた。
置かれた服は全部で五着。麻や絹、革などの素材から作られた、シンプルなデザインの服だった。
麻でできた服は五着のうち三着。絹だけ若干高級感のあるデザインになっている。革は、森の中で動くことを考慮した作りだ。
これで問題がひとつ解決した。
残る問題は、風呂だ。お湯につけた布で拭くだけでもいいから、どうにかしたい!
という訳で、ユノアに使っていない布とお湯を強請った。
案外あっさりともらうことができた。
桶の八分目程まで入れられた湯は、ユノアが魔法で生成したものだ。布は、地球で言うバスタオルのように柔らかいものではないが、強く擦らなければ皮膚に悪くない程度。
私は嬉々として部屋に向かった。
久々の湯浴みは満足できるものだった。
服も着替え、気分は爽快と言っていい。気付かぬ間に軽いストレスが溜まっていたようだ。
その後、ユノアと夕食を食べ、一日が終わった。
クレヨンは翌朝、試してみようと思う。