5.仲間
人間って、何なのだろうか…………。
人間を言葉に表すことは、難しいことだと私は思う。
私はこの世界に来て、女の子に生まれ変わったのだとばかり思っていた。本当は違ったのだ。
髪を見たとき。
それは、異世界人になったのだと思っていた。
自分の声を聞いたとき。
それは、幼いことが原因だと考え、深く考えることはなかった。
自分の姿を、未だ見ていない。でも、これだけは分かった。
私は人間じゃない。
女でも、男でもなく。女でも、男でもある。そもそも人間でなければ、性別が両方であってもおかしくはない。
あぁ、せめて自分自身の説明書があればなぁ。
《はい。何でもご質問ください》
「へ?」
唐突に返された返事に、間の抜けた声が出てしまった。棒読みにも程がある返事だ。
聞き覚えのある声であった。そう、記憶を取り戻したときに聞こえた、あの機械音声のような声である。
《ユニークスキル『大賢者』及び、『人工知能』により、人間の行う会話の再現。成功しました。
質問をどうぞ》
一方的な会話であったような気がしないでもないが、それはひと先ず置いておいて……。
この声は、能力であると名乗った。それはつまり、スキルが使える。そして、使えているということに他ならない。
魔法とはちょっと違うけど、スキルが使える!
…………私はというと、舞い上がっていた。
勿論、実際に舞い上がっている訳ではない。
この、ユニークスキル『大賢者』及び『人工知能』……さん? は質問に答えてくれるらしい。どれほどかは分からないが。
そんな訳で、聞いてみた。超どストレートに。
質問! 私は何?
《人間であり、人間ではありません》
ず〜ん、という効果音が聴こえてきそうな程、望んだ答えと違い、落ち込む。それも無理はないことなのだ。
人間だと思っていたら、人間ではなかった。それは、人が動物に育てられ、自分をその動物だと思い込み、ある日突然『違う』と断言される。それと同じことである。
人間であって、人間ではないとは、一体どういうことなのか……。
まあ、できる質問からしていけばいい。それだけだ。
ということで……私の話相手になって。
要らぬ前置きをしたが、そこは気にしないだろう。
《かしこまりました》
うん。私のことはミコトって呼んでくれていいから。
《はい。ミコト》
で、あなたの名前は?
無いだろうと、わかっている質問を名も無き者に問い掛ける。
長い時間『イレイア・リィン』と話をした。
勿論、名付け親は私である。気に入ってもらえたようで何よりだ。喜んでいるようには思えないのであるが……。声しか聞こえないので。それも、実際には脳内に響いている。と言った方が正しいだろう。
良い話相手が見つかって嬉しいのだが、単調な話し方で面白味に欠ける。話し方が駄目なら、内容を良くすれば良いのだと思うが、質疑応答ばかりで、全然話にならない。
しかし、無理に話をする気もない。したいときにすれば良い。ただそれだけである。
イレイア・リィンは、地球の私の知識、記憶から成り立っている。つまり、前世の話ができる貴重な存在、という訳だ。
これから先、前世のことを話せる者に出会える確率など、ゼロに近いのだから。
そして、折角だからと『しりとり』をすることにした。
しりとり。
《Redo》
ドゥドゥク。
《空空漠漠》
空空寂寂。
《クァバ》
virtual………。
他人にとって、あまりに面白味のないしりとりが続く。
長い時が経ち、私は知ることになった。同じ知識、記憶を持つ者としりとりをしても、終わりが果てしなく遠いことを……。
イレイアと話をし、『大賢者』というスキルの扱いが分かるようになっていた。
『木偶人形』
私はこのスキルを、そう呼んだ。人間のようでそうでない。まるで自分のような、このスキルを『木偶人形』と。
イレイア、今の時間。
《0時17分です》
イレイアと話初めてから30分以上が経っているらしく、現在では日付けが変わっていた。この世界は、地球とは異なるが、地球に近い時間経過速度だった。
不思議な程に眠気は全くなく、時間が勿体ないからと、スキルや魔法の話を聞くことにした。
《スキルとは、生命体が必ず持つ魔素を消費することで発動する異能力、または能力のことです。
スキルの習得には、そのスキルの条件を満たす必要があり、現在所持している『大賢者』は、地球の知識量と異世界であるここの情報をすり合わせた結果、条件の知識量を満たしていた為取得しました。》
つまりは、条件を満たせさえすれば、スキルを習得可能というわけか。魔法を使いたいが、スキルも使えるに越したことはないのだから、集めてみてもいいかもしれない。
そんなことを思いながらイレイアの説明を聞くうちに、子供の身体であるが為か、寝落ちしてしまった。
遠ざかるように聞こえる声は、意識が遠のく証なのか、イレイアの気遣いなのか。恐らく前者であろうと知りながらも、仲間ができた喜びを噛み締められたことが、私の脳を麻痺させた。
いつもより重い目蓋を持ち上げると、そこにはすでに見なれた天井が、視界を占領していた。
籠は必要ないと判断し、置いて部屋を出た。長い廊下を進み、装飾の入った扉を開けようと、宝石のような部分に手をかざす。
内側からであれば開けられると、ユノアに教えられたのだ。
果たして、扉は開いた。
扉の向こう、椅子に腰掛けるユノアがいた。
紅茶が淹れられた、まだ湯気が立つティーカップがテーブルに置かれ、本を片手に何やら考え込んでいる。
この世界の文字を、私は覚えたばかりだ。
ユノア曰く、私に教えたものは現代の公用文字であり、国や地域でそれぞれの文字は別にあるらしい。
文字さえ覚えれば、イレイアが翻訳してくれそうだけど。
ユノアはこちらに気付くと、難しい顔を緩め、笑顔を作った。
既に朝食は済ませているらしく、私の朝食を用意しようとしてくれる。しかし、私はそれを制した。
あまり我がままは良くないが、今日はカップ一杯のコーンスープが飲みたい。コーンスープが作れるかどうかが問題だが、伝えてみることにした。口数は多くないが、伝わっただろう。
一瞬驚きで目を見開くユノアだったが、すぐに嬉しそうに目を細めた。私はその意味が分からなかったが、私の朝食を用意しようと動くユノアを見て、考えるのをやめた。
希望通りの朝食で、身体を芯から温める。ほぅ、と声が出てしまう。
そう言えば、どこで食料を入手しているんだろう?
あとで色々教えてもらわないと。
私はまだ、この世界では無知すぎる。常識を知らない。ここでユノアと出会えたことが必然だったとしても、このチャンスを逃してはいけない。そう思った。
朝食が済むと、私はユノアと向かい合う形で座っていた。心なしか、暗い表情をするユノアに、こちらも不安になってくる。何の話だろうと待っていると、ユノアが口を開き話し始めた。
「ヴァイオレット。君の魔力について、話をしようか」
そう切り出したユノアの声は、低く重いものだった。
「稀者を知っているかい?
普通、魔力を持つ者は貴族だ。それは、魔力が血によって受け継がれるものだからなんだけど。ごく稀に、血縁関係がなく魔力を待って生まれる者がいる。それが稀者だ」
深刻そうに話すユノアを見て、私は何をするでもなく、黙ってそれを聞いていた。最後の言葉を聞くまでは………。
「――…………君は、死ぬんだよ」
「……ぇ?」
意味が理解できず、フリーズした。
――魔力に喰われる。
その言葉が、頭の中をぐるぐると反響する。生まれ変わったばかりだったせいか、上手く立ち直れない。ユノアが話すということは、解決策があるということだ。それを考えつくまで、どれ程経ったことか。恐らく数秒だろう。
そんな私の考えを見通したように、後半とでも言うように話が続く。
「大丈夫、方法がない訳じゃない。現に、貴族は生きられているからね」
私は聞いた。ユノアのいう方法がどういったものなのかを。
貴族と庶民の違い。思い浮かぶのは権力と金。
話では、魔力操作と魔力容量が重要らしい。
魔力操作。魔法を使うことも含めた、魔力の扱い。
魔力操作は教えられなければいけない。魔力を持つ者、または魔力に詳しい者が必要。つまりは、教師だ。
独学でもできるが、子供では難しい。
魔力容量。その名のとおり、魔力が入る容量。生まれながら持つ容量は人それぞれ。
成長に伴って大きくなるが、それより先に魔力が増えて溢れてしまう。これを、『魔力に喰われる』というらしい。
魔力は圧縮することが可能。しかし、それにも限界はある。その為、魔力は体外に出すことが好ましい。
貴族は、魔力を吸収する魔術具を用いて解決している。
以上のことから、私は嫌でも魔力の扱いをマスターしないといけないらしい。尤も、ユノアに教わればいいだけなのだが。
そういう訳で、現在正午過ぎ。
私は遂に(そんなに経っていないし決定事項ではあったが)、ユノアに魔法を教わる。