7.残った奴隷は恨む
カルアとクイサ・ブライターと共に、私はまた冒険者ギルドに戻ってきていた。クイサは私に手を引かれ、抵抗もせずついてきた。今夜はここで夜を越す予定だ。ナハトアの皆には、カルアが上手い言い訳を言ってくれたお陰で誤魔化せた。
「本当にこれで良かったのか、メオ」
「良いんですよ、これで」
冒険者ギルドの部屋の一つを宿部屋として使わせてもらいクイサが寝静まった後、カルアがクイサを見ながら言った。クイサは奴隷紋を持たない奴隷だ。奴隷として買わずに、孤児として預かることができた。
「回りくどいのは承知の上です。でも、これは無駄じゃないですよ」
「ふふふ、君は本当に何者なんだ……。まるで、探偵か、かの予知能力者のようだね」
「ギルマス、それは深読みしすぎですよ。私はただ、友人の頼みを聞く為に動いているだけですから」
小さく笑っていたカルアは、そうか、と言って口を閉じた。無言の状態が続いて数分後、私達は布団を敷いて眠った。
リュフォネ。この件は、思ってた以上に複雑みたいだよ。
「ん……メオ、おはよ」
朝がやってきた。布団を抜けてから五時間近くが経ってから、カルアがのっそりと起きてくる。
「…………おはようございます、ギルマス」
あまりの遅さに軽蔑の目を向けたが、カルアは気にもとめずあくびを返してきた。今が何時だと思ってるのかな。日は高くに昇り、冒険者ギルドは二階を立ち入り禁止とした上で運営をとっくに始めている。
コンラートが来ていたらしい話をテニィというギルド職員の女性から聞いた。しかし今日はもう予定がある。これからの計画は、決してズラすことはできないのだ。
時は半日前に遡る。
ラリザがギルドを出ることを惜しむのも無理はなかった。私の身体は二種類の毒が回った上、戦闘で疲弊していた。隠す為の余力は残されていない。
私は立っていることができずに、床へと崩れ落ちた。ラリザが肩を掴み支えてくれなければ、後頭部を強打していたことだろう。ラリザの声が震えていたのが気がかりだが、私には上手い言い訳は思い浮かばず、カルアが毒使いだからと預かると言いなんとか言い包めることができた。
ラリザがギルドを出たことを確認し、私達はラリザが向かった宿とは逆方向に歩を進めていた。なお、私はカルアに抱えられている。
「自分の体調も把握できていない者は素直に年長者の言うことを聞くべきだよ。そもそも君は成功するかどうかもわからない毒の中和を目分量などで行っただろう。本来二種類以上の毒を扱うときは猛毒を扱う以上に注意を払うべきなんだ。一種類ならまだしも二種類では副作用がどのように身体に影響を及ぼすかわか…………」
と、くどくどと小言を言われたわけだが、カルアの意見は正論で、反論などできるはずもなかった。
疲れて寝てしまったクイサのことは、冒険者を看る為に残っていたギルド職員の男性が抱えて運んだ。子供を抱えとある商会に入る姿は、端から見れば裏社会の住人に見えたことだろう。
捲られた天幕の下から、喉を突くような香と臭気が逃げ場を得て流れ出てきた。ここ、テント型の商会は、旅商人が営む奴隷商会だ。中は明かりが少なく、物音はしても何がいるのかまで窺うことはできない程暗かった。
一つの光がこちらに迫り、持ち手の顔の高さまで持ち上げられた。多すぎる装飾品を身に纏った、下品な笑みを浮かべる男だった。
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなモノをお探しでしょうか」
言いながら、火の揺れで不気味さをもった奴隷商の目が動き、私の目とぶつかった。売りに来たとでも思ったか、品定めをする目が全身を撫で回した。不快感に耐えきれず、カルアの肩に顔を埋める。見た目相応の行動をしたからか、カルアの腕が抱き締める力を強めた気がした。
この男が生理的に受け付けられないことはたしかだけど……。
それから、奴隷商は隣の抱えられたクイサを見つけ、おお! と喜びの声を上げた。
「これはこれは、私どもの商品ではございませんか! まさか捕らえて持ってきてくださるとは」
カルアの手がぴくりと動いた。そっと振り返ると、奴隷商の手がこちらに伸びてきている。目の前を覆うように伸ばされた手に恐怖を覚える。
私に手が伸ばされたのは、カルアがクイサの前に移動した為だった。商談がしたいというカルアの言葉でその手は止まり、奴隷商は私達を入り口近くの商談室に通した。
部屋は、奴隷商の見栄とは裏腹に、とても簡素なものだった。三人掛けの長椅子が向かい合わせにテーブルを挟んで置いてある。明かりはあるが、やはり薄暗い。自身の為だけに財産を利用するような人物なのだろう。
奴隷商は私達を、布が申し訳程度に貼られた、一見クッションであるかのような長椅子を勧めてから出て行った。お茶を淹れに行くと言っていたが、一体どれだけ待たされるのやら。しかし、自分達だけの空間が自然と生まれたことは嬉しい誤算だった。
私は、さっきのことを言うには今しかないと思い、「ギルマス」と声を発した。が、それは小さく震えていた。数拍置いてから笑い声が降ってきた。
「あっはははははは……。すまない、すまないねメオ。そりゃあ、あんな男に触れられるのはごめんだよな」
私を長椅子に座らせ頭をわしゃわしゃとなで、涙目になりながらカルアはケラケラと笑ったのだ。
キレてもいいかな……? と思い始めたが、「すみません、メオさん」と、申し訳なさそうなギルド職員の男性。
「この人は精神年齢が未だ幼いのです。ですから大目に見てあげてはくれませんか? 悪気があったわけではないので。……多分」
ギルド職員の男性が、クイサを私の横へと、肘掛けに寄りかからせるように寝かせてから言った。目線を合わせてくれる優しさは上司に似なくて良かったと言わざるを得ない。
最後の「多分」が多少気になるところではあるが、うん、キレるのはやめておこう。それにしても、カルアにはいい加減頭を撫でるのを止めてほしい。
「それは私を子供扱いしているということか? 上司に向かって言うセリフじゃないだろう、ネイタ」
「メオさんと比べるとよっぽど子供じゃないですか!」
「こいつはそもそもガキじゃないっ!」
子供じゃないなら何なのかと、ネイタが怒鳴り気味に問い詰め、私の頭にのるカルアの手が抑えつける形になる。
痛い……。
奴隷商が扉を叩く数秒前、ようやく頭の上から手が退かされた。私も気が付いたが、冒険者の経験からか、二人とも気配を察知したらしい。そして、嘘のように静かになった部屋にノック音が響いた。
一瞬のうちに、カルアは私の空いている隣に座り、ネイタはカルアの後ろに立っていた。
急ぎ席に着いたなど露程も思っていない奴隷商は、湯気の立たないミルクティーを自ら注いだ。ご丁寧にも、嘘とわかる理由を述べながら。
「使用人が出払っておりましてね。自分で淹れるのは久々でお時間をおかけしました」
「いえいえ、猫舌なので少し冷めている方が私としては嬉しいですよ」
「丁度いいです」と、ごく平凡な返答をするカルアだが、何か考えがあるのだろうか。私が伝えた通りにしてほしいのだが。




