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本と神様の約束  作者: 全無
第一章 冒険者と商人の奴隷
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6.光は毒を持っている

 メオちゃん。私が初めて貴方を見たとき、私は貴方が見た目相応の生き方をしていないと思ったの。


 今、私の目はそれを証明するかの如く、メオネオン・ライトという人物を映している。


 冒険者ギルドに、カトリーとともに来た。オルバ兄さん達の帰りが遅い。これまでもなかった訳ではないのに、怖がりになっちゃったかな。「心配いらない」とカトリーが言ってくれるけれど、あんなことがあってすぐ依頼を受けに行くなんて。


 だめね、私の方がカトリーよりお姉さんなのに。いつも甘えてしまう。強くならなきゃいけないのに、私の方がよっぽど弱い。


 日が沈んでいく。夜になる。冒険者ギルドに着いたのは、周りの家々が明かりを灯した頃だった。

 冒険者ギルドの前に、奴隷と思われる少女がいた。鼓動が速まる。私の瞳が揺れていることが、私にもわかった。少女の体が傾いたと思ったら、私は勝手に動いていた。

 彼女を受け止める。軽い。とても。メオちゃんも同じくらい軽いかもしれない。そう思うと、何故か無性にメオちゃんに会いたくなった。


 カトリーが少女を抱えてくれて、私達はギルドに入った。ギルド内は異様な空気が漂っていた。纏わりつくような重苦しい空気。私の中の霧が、一層濃くなり心を覆っていく。それが合図だった。


 バキバキバキッッッ!!!!


「キャアァーーー!!」


 悲鳴があがる。いいえ、悲鳴をあげているのは私。目前に迫る魔の手に、体が硬直して動かせなかった。オルバ兄さん達は、こんな敵といつも戦っているというの……?

 死を覚悟した。カトリーが名前を呼んでいるのが微かに聞こえる。それでも身体は動かなかった。


 視界の全てを触手のようなものが覆う直前、紫色の光が過ぎった気がした。そして、雷鳴が鼓膜を打ち、私の前から化け物が消えた。

 白く瞬く光の中に、メオちゃんが立っていた。霞がかっていて、メオちゃんの姿がはっきりと見えない。そう思うと同時に、最後の力を振り絞った化け物が、触手をメオちゃんへと伸ばした。

 メオちゃんの身体が、貫かれる。メオちゃんがいて、身体に穴が開いて。血を流して倒れて……はいない。


「ラリザ、無事か!」


 オルバ兄さんの声がして、体が動くようになり、声の方へと顔を向けた。オルバ兄さんが心配する時の焦った顔をして駆けてきていた。


「オルバ兄さん!」


 向かってくるオルバ兄さんの胸に跳びつく。ぎゅっと、優しく温かい腕が私を包み込んでくれる。胸に溜まった不安が払拭されていく。


 そうだ、メオちゃんは……。


 安心した途端、止まっていた思考が動き出す。


「メオちゃん! メオちゃんはどこ!!」


 首を回して見渡すが、メオちゃんの姿は見つからない。足元を覆い隠していた霞は晴れているというのに、倒れている訳でもない。


「大丈夫だ、ラリザ。メオならそこにいる」


 慌てる私をオルバ兄さんが諭し、二階の方を指差した。そこには階段を下るメオちゃんがいた。まるで何事もなかったかのように、もとから二階にいたとでも言うように。

 初めて出会ったときと比べると、幾分か柔らかい表情をしたメオちゃん。心を覆う霧が晴れた感覚がした。


 私は何か、幻を見ていたのかもしれない。メオちゃんがオルバ兄さんを助けてくれたことが事実だとしても、メオちゃんが化け物と戦えるだなんてありえないもの。

 だからこれは、私が見た夢。私が創り出した都合の良い夢。オルバ兄さんを助けた貴方が、私達を良い未来に導いてくれるだなんて考えてはいけない。


「メオちゃん、怪我してない?」


 勝手に作った妄想を振り払うように、メオちゃんに声をかけた。変わらず無口で無愛想な対応だったが、少しだけ親しくなれたような気がした。錯覚かもしれないけれど、これを第一歩だと思いたい。


 私の小さな救世主ちゃん。






……






 見誤った。完全に見誤ってしまった。甘く見ていた訳ではない。いや、甘かったと言われれば反論はできない。

 私は、このイベントが戦闘だけで終わると思い込んでいた。そうではなかったのだ。


 私の目の前に表示されたメニューウィンドウ。

『SECOND MISSION:兄妹の絆

 ★二人を商会から買い取る

 ★二人を離れさせる

 ★二人を支配する』


 セカンドミッション……。ファーストはどこにいった、ファーストは!


 怒鳴り散らす前にファーストミッションのメニューウィンドウは表示され、偶然か否か、星は埋まりミッションはクリアできていた。冷静になり考えると、このイベントが始まるときにメニューウィンドウが動いていたことを思い出した。自業自得であった。


 それよりも、だ。私の目は、カトリーが抱える少女に釘付けになり動かなくなっていた。

 鑑定の表示に酷似したホログラムのような画面に、ある文字が書かれている。


 彼女がセカンドミッションの片割れ。

 妹、『クイサ・ブライター』。


 私は彼女の悪役になる。




 紫電陽炎。これは、クナイが持つ能力(スキル)だ。スキルとは生物に依存するのではなく、意思に依存する。尤も、私は呪器以外に無生物でスキルを持つものを見たことはない。


《装備》

 影労(キュウジュウイチ)


 糸がついた大きなクナイ一本と、糸で繋がった小さなクナイ三本のセット。無駄を削ぎ落としたデザインをしており、決して離れることはない。


 ランク:S【呪】

 種別:暗器

 効果:「紫電一閃」「紫電陽炎」「紫電絢爛」のスキルを限度なく使用できる。

 代償:使用した際に装備者の存在を数秒後に飛ばす。あるいは数秒間消す。あるいは数秒間注目を浴びる。秒数は、半径25メートル内にいる動物の数に比例する。


 今回は、数秒間私の存在が消えていた。扱いによっては一つの存在が狂うような代物。これだけの規模で使用したのは初めてだ。


「メオ、ちょっといいか?」


 カルアが階段を下りながら言った。私に用があるらしい。予想はしていたが、オルバ達が言及してこなかった分、つい身構えてしまう。

 犯人であるクランのメンバーは、警備兵に連行されていった。ギルド職員が被害者達を看るようだ。


 事件は終わった――


 手持ち無沙汰となったのは、私、ギルマスのカルア、ナハトアの翼のメンバー、そして一人の奴隷の少女だ。私はカルアについていき、ギルドの一室に入った。今回はカルアと私の二人だけで。ギルマスの圧力のようなものを感じなくもなかったが、オルバ達がついてくる気配もなかった為、私だけで問題はないのだろう。

 通された部屋は、ギルマスの執務室だった。つまり、彼女の部屋ということだ。校長室や社長室のような家具の配置に、世界間での共通点を見つけ嬉しくなった。

 カルア自らがお茶を淹れて私に出してくれた。向かい側の席にカルアが座って話が始まった。


「まずは礼を言わせてほしい。ありがとう、メオ」

「メオネオン・ライトです」

「そうか、メオネオン・ライトというのか。君が嫌でなければ、私もメオと呼ばせてもらってもいいかな?」


 名乗っていなかったことを思い出し名乗っただけだったので快諾した。カルアの笑顔が深まった気がする。


「ところで、メオ君。君はどこで毒について学んだのかな?」


 気の所為じゃなかった……。

 言葉一つで相手の表情の見え方が変わる。畏まった言い方と笑顔に何か含みがあるように思える。


 よし、これでいこう。


「先生に教えてもらいました」

「先生って?」

「先生は先生です」

「その先生は今どこに?」

「もういません」


 私の態度に負けたかのように、「……そうか」とだけ言って笑った。真実として受け取ったのかは分からないが、惜しむような痛みがあった。毒の知識を持った誰かに会いたかったのかもしれない。


「さて、本題に入ろうか」

「はい?」


 お茶をすすっていたところだった。カルアが間を狙って言い放ったのは。


「この事件においての最高貢献者は君だよ、メオ。ただ、残念なことに報酬を与えることができない。これは公にはできないことだからね。

 そこでだが、私ができることでメオの望みを聞くことにしたんだ。ほら、なんでも言ってごらん。私はギルマスだからね」


 ほら、ほらと、カルアの好奇心を宿した目が光る。何をそこまで期待しているのだろうか。公にできないというのは、カルアが言っていた悪魔憑きが関係しているのだろうが、今この場で聞かずとも応えてくれるかもしれない。

 まずは、「望みというのは幾つまでですか?」と聞いてみた。これを知らないと選択肢を絞れない。


「嗚呼、そうだね。幾つでもかまわないよ。君は二十八人もの人の命を救ったのだから」


 確かに、私は結果的に多くの人の命を救った。しかしそれは、行為の過程による副産物にすぎない。


 私は今、悪役だから。悪役らしくやるまでだ。


「事件の時にギルドに入ってきた、あの女の子をください」




 カルアとの話が終わり、オルバ達がいる酒場へと戻った。気分の良い私とは対照的に、カルアは暗い表情をしていた。それを不思議に思うのは当然だろう。秘密は守ってもらわなければならないのだから、カルアとは誰にも言えないような秘密を共有した。私自身のことは元奴隷だと伝えてある。勿論、他言や言及、詮索をしないように念を押しておいた。

 酒場に来て私が真っ先にしたのは、少女の状態の確認だった。彼女は既に目を覚まし、抱えていたカトリーではなくラリザの背後に隠れていた。人が増えたことで困惑している。

 少女ではなくラリザに用があるのだと、見上げるようにして示す。ある意味で勇気をもらっていたことに気付き、唇を噛み締めた。


「メオちゃん、!」


 ラリザのやや掠れた声が頬をかすめたかと思えば、柔らかい感触が身を包んでいた。良かったという言葉が震えていた。抱き締める腕が震えていた。侵されるように、思い出すように、私の身体も震え出していた。

 空いている両手はまだ、ぬくもりに応えられる熱を持っていない。






 その後、カルアの協力により、奴隷の少女を私の名義で買い取った。ステータスの所有物として奴隷の項目が増え、彼女の名前が刻まれた。

 同時にミッションの一つがクリアされ、黒星が白星へと変化する。


 ――ところで、真犯人は誰なのだろうか……。

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