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本と神様の約束  作者: 全無
第一章 冒険者と商人の奴隷
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光を見つけた

 四方八方に蔓が伸びる。鋭く壁に突き刺さり、掠った者は皮膚を抉られた。壁に刺した蔓を支柱として、男が宙に浮き、繭のようにして囲われていく。気を失った男は、もう一切の悲鳴を上げなかった。蔓は床や天井にもその手を伸ばし、縄張りを拡大していく。


 セーカが躊躇なく繭に矢を放った。当たった。そう誰もが思ったが、メオネオンだけは「いや……」と口の中で呟く。繭から蔓が一本、新たに伸びてきて矢を弾いたのだ。次の矢がすぐさま射られる。セーカに続くように、他の弓使いも弦を引く。しかし、そのすべてが蔓に邪魔された。

 剣や短剣、ナイフといった武器を持つ者は、壁や床に根を張る蔓を切っていく。一本切るのに随分と力がいるのだろう。冒険者でも断ち切るのに時間をかけている。コンラートとイゼファも蔓を切っていっている。

 ギルマスのカルアはメオネオンとオルバの前に立ち、迫りくる蔓をいなし続けてくれていた。


「メオ、ここから出よう。そして応援を呼びに行こう」


 オルバがメオネオンの目をまっすぐに捉え、静かに、優しく笑んで言った。メオネオンをここから離す為に、メオネオンに見せないようにしようとしている。

 オルバは優しい。周りに影響を与えられる程に優しい。メオネオンはこの場で最も役立たずだ。それはメオネオン自身が肌でひしひしと感じていた。皆が戦っているのに動いていないのだから。オルバの言うことは正しいのだろうとメオネオンは思う。もとから戦力外。小さく幼い体で戦うことなどできようはずもない。そう思われて当然だ。だが、メオネオンはそんなことはどうでもよかった。自分がすべきことは、はじめからわかりきったことなのだ。


 メオネオンは何も言わず、ただオルバの瞳の中の自然を見つめていた。無言の意味を悟ったオルバは、しぶしぶといった様子でメオネオンを下ろした。

 オルバはメオネオンの行動が気になっていた。危険に晒すことになるが、それは現時点でそうなってしまっている以上全力で守るだけだ。腰に提げている剣を抜きながら決意する。

 メオネオンは状況などお構いなしに、ゆったりと靴紐を結び直している。「え、それ!?」とオルバが出かかった言葉を抑えてむせるが、それも聞こえていないようだ。しかし、その手付きは迷いも無駄もない。

 そのメオネオンの異常さに気付く者はまだいない。この数分後、嫌でも皆が目にすることとなるのだが、オルバだけは微かに感じ取っていた。


 メオネオンを除いたギルド内のすべての者が魔物と化してしまった男と戦っている。戦況は悪化する一方で、体力をすり減らすばかりだ。

 ギルマスであるカルアは前線に出られずにいる。手元で毒の調合を繰り返し、スティレットで蔓に毒を負わせている。が、蔓は毒が効かないようで、勢いが弱まることはない。カルアにとっては相性が悪い相手のようだ。

 また、魔法使いも動けずにいる。この場で使える魔法は、土魔法、風魔法、光魔法、闇魔法、命魔法(その他派生した魔法があるがここでは略す)がある。それらの魔法を使える者がいないということだ。火魔法や水魔法を使うとするならば、相当なコントロール能力が求められる。もっとも、周囲の人や建物を考慮しないとなれば話は別だが、この場にそのような非情な人間はいないらしい。

 つまりは、現時点で好転させる何かが起きない限り、手詰まりとなったわけである。

 現状を打破するような奇跡が起きないということは、冒険者を生業としてきた彼等は十二分に理解していた。そんな、誰もが唇を噛む中、メオネオンが立ち上がった。

 ゆったりとした動きに反し、ここまででおよそ四秒。




「何でもいいから魔法使えよッ!!」


 剣士が魔法使いに向かって声を荒げた。焦りで冷静さを欠いている。魔法使いも負けじと「無茶言わないで!!」と返す。


「こっちはこっちで避けるだけで手一杯だっての」


 誰にも聞こえない声量で魔法使いが愚痴る。護身用として魔法使いが持つロッドでなんとか凌いでいるのだ。

 メオネオンは無表情でそのやり取りを横目に見る。視界の一部で、オルバがカルアと並んで繭からの攻撃を弾いている。それを見てほっと息を吐くと同時に、オルバがむせていたことに気付いていたメオネオンは感心した。


 流石は冒険者、切り替えが早い。


 流れるように視線を一周させた後、誰も見ていないことが確認できた為アイテムボックスを開いた。そこから武器を取り出すのだ。

 空間に歪が生じ、そこに手を入れる。傍から見れば手がなくなったように見え、引き抜いた手に持つ武器はマジックのようであろう。

 メオネオンが取り出したのは、三本の小さなクナイ。そして、一本のナイフサイズのクナイだった。クナイには柄の先に輪があり、糸が通されている。その糸はとても細く、光の反射すらしない為見えにくい。小さなクナイは三本が糸で繋がれ、ナイフサイズのクナイは糸が結ばれているだけになっていた。

 左手の指の間に、鉤爪となるように三本のクナイを持つ。右手には一本のクナイを逆手に握る。危なげもなく、違和感もない。




 メオネオンが戦線に立つ。


 オルバとカルアの背後から一直線に繭へと駆ける。繭からの攻撃がメオネオンへと集中する。左手を一振りしたかと思えば、三本のクナイが迫りくる蔓を紙のように斬り裂いた。見えない糸で引かれ、クナイがまた左手に戻る。

 元からここにいましたとでも言うように、メオネオンは繭の下に駆け込んでいた。

 メオネオンが姿勢を低くする。瞬間、高らかに舞い上がった。メオネオンのクナイが繭に届く。右手に握った一本のクナイだ。

 蔓と同じ紫の繭の下が薄く裂かれる。落ち際に左手で一振りする。中の空洞に届き穴が生まれた。


 どぱっ!!


 繭から流れる紫の粘液。メオネオンが頭から被った。メオネオンの身体から蒸気が上がる。


「「メオ!!」」


 オルバとイゼファの声が重なって、メオネオンの耳へと届いた。コンラートとセーカも遅れてメオネオンを見る。

 粘液は見るからに毒を含んでいる。そして、それを見て顔を青くさせたのはナハトアの翼だけではない。カルアもだ。


「私の毒を、利用したのか…………!」


 繭がカルアの毒を溜め込んでいた。魔物はそれを利用する程の知能を持っていたのだ。

 メオネオンが粘液を被ると同時に、繭がメオネオンに偏らせていた蔓を冒険者とギルド職員、警備兵に向ける。


 蔓が多い。視界を覆っていく。

 メオネオンを呼ぶ声が響く。


 ザシュ、ザシュ、ザシュッ。


 小気味よい音が三度。クナイが蔓を突き刺した音だ。メオネオンの左手からクナイが消えている。

 三人がそのクナイの近くにいた。まるで図ったかのように。

 蔓が三本のクナイに一斉に迫る。いや、クナイの近くにいた三人にだ。


 ナハトアの翼、中衛のイゼファ。そして、冒険者の女性とギルド職員の男性。


 クナイを中心に光魔法が発動する。結界が張られた。三人を守る結界。


 メオネオンが、消えた。

 毒を含んだ粘液が流れ続けている。そこにメオネオンの姿はない。

 蔓の攻撃が結界に向かう。目の敵とでもいうように。


 ギエエエエエェェェェェェェェ!!!!


 突然、繭が叫声を上げた。




……




 やっと、やっと、やっと。…………着いた。


 小さな影が大きな扉を前に佇んでいる。扉を開けようとはしない。立っているだけで精一杯なのだ。

 濡れた髪は既に渇いた。擦り切れた足裏は黒く染まっていた。瞼が重く、もう開いていられない。

 ぐらりと重心がずれる。小さな影が地面にぶつかる直前、何者かが影を受け止めた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 絹のように柔らかい声が影を包み込む。小さな影は、その柔らかさに身を預けたくなった。しかし、そうはしなかった。

 扉に手を伸ばす。その先に行かなくてはならない。自身の為ではない。


 にぃ。声が掠れ、言葉にならずに消えていく。


 小さな影は、ようやく冒険者ギルドに足を踏み入れた。

 帰りの遅い兄達に痺れを切らしたラリザは、カトリーとともに冒険者ギルドに来ていた。二人はここで初めて、小さな影に出会った。



……




 繭が暴れ出す。それは、悶え苦しんでいるように見えた。

 何が起きているのか。底知れない無知への恐怖が、その場にいる者達を包む。

 繭が形を崩し、そこが次々に裂けていく。穴だらけになる。

 そして、その恐怖が、驚愕へと変化した。


 メオネオンが、繭の中から出てきたのだ。それも、男を引き摺って。

 男は意識がなく、腕と脚は蔓のように変化していた。それが繭の内側に繋がれ、なかなか繭から引き剥がせない。

 メオネオンがクナイで繭の壁を斬る。男を息を切らして運んでいる。

 やっとのことで男を繭から引き離したときだった。


 誰が想像しただろうか。非戦闘員を意図的に狙うということは、それだけの知能があるということ。ここは冒険者ギルドであり、ダンジョンではない。


 繭が伸ばす蔓の勢いが弱まる。倒せた? そう思うだろう。結界に向けていた敵意がなくなり、繭本体へと蔓が回収されていく。


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 子供でありながら、冒険者に遅れを取らない戦闘力を見せつけ、男を助け出した。あまりの異常さに誰も身体が動かなかった。動かせなかった。


 バキバキバキッ!!


 蔓が下階へとその腕を伸ばす。床板が耳に残る騒音を立てて割れた。疑問符が冒険者達の頭上に浮かび止まない。


「キャーーー!」


 聞き覚えのある悲鳴がオルバの脳を揺らした。


 動いたのはメオネオンだけだった。階段を煩うように柵を越え一階に下りる。身体より二倍も三倍もある高さを、恐怖などないとでも言うように軽々と。


 間に合え……!


「メオちゃん!?」


 ラリザの声がするが、メオネオンはもう前しか見えていなかった。繰り返した時の数だけ焦りが募る。

 残るクナイを握る手が震え出す。緊張のような圧迫感がメオネオンの背を走った。しかしそれが、メオネオンには心地良く感じた。口角が上がる。笑っている。


「『紫電陽炎』」


 紫色が辺りを包み込み、そしてすべてが終わった。




……




 ふわりと、メオネオンの海が波を立てる。

 七、八歳くらいの見た目。大自然を湛えるショートヘア。暁色混じりのグレーの瞳。中性的で整った容姿。

 空のすべてを、森や海のような自然すべてを写したような姿。それが、メオネオン・ライト。


 紫電を写し、息を吐く。

 小さな影は、そこに光を見つけた。

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